07.アイビスの証言
モルグ街から一時間ほど歩くと石レンガで舗道された道が赤レンガに変わっていた。
家も清潔になり時計塔や教会が立ち並び小さな子供の笑い声が聞こえる。
そこが目的地のベール町であった。
「なにあれ」
鼠が指差した家の屋根には二羽の鳥が羽を休めていた。
しかしその鳥は見るからに機械で出来ていた。
「あれは機械鳥だね」
「バーバード?」
「そう。【B.Which社】っていうところが作ってる鳥で郵便物とか配達とかをしてくれてるんだよ」
「すごいね」
鼠は飛び立つ機械鳥を見ながら心ここに在らずの返事をした。
ベール町のはずれであるこの地はモルグ街から近い為、盗難や窃盗が相次ぎ少し治安が悪かった。
そして全体的に薄暗い印象を持つ赤い屋根の一軒家の前でウルルは止まった。
「ここであってるよな?」
ウルルが依頼書に書き記されている目的地までの地図を見て独り言を言ったのは人がいる気配がしなかった為である。
玄関近くの窓から光はなく花壇に咲くラベンダーはどこか元気なく萎れていた。
小さな子供がいるのだろうか玄関の扉には幼い字で何か書いていたが薄汚れ消えかかっているので解読できなかった。
「見せて?」
鼠が手を開けるとウルルは依頼書を渡した。
「うんあってるよ」
「そうだよね。留守かな?」
ウルルは扉にあるドアノッカーを掴み三度、扉に打ちつける。
すると家の中で何かが動く音がする。
虫が部屋を回るような異質な雰囲気が漂う。
ウルルは後ろに一歩下がると扉が開くのを静かに待った。
しばらくすると扉が開き金髪の女性が出てきた。
髪は少し跳ねていてもしかしたら寝ていたのかもしれない。
「………はい?」
その女性はウルルの仮面と鼠の顔の跡を見て今にも扉を閉めそうだった。
ウルルは笑顔を作って依頼書を女性に見せる。
「アイビスさんですよね?【ナイト】の依頼で来ました。今、大丈夫ですか?」
ウルルの物腰の柔らかさにアイビスの緊張が少し解ける。
「はい大丈夫ですよ……少し散らかってますが…どうぞ」
家の中は散らかってるどころか綺麗に整頓されていた。
しかし所々ある玩具の後や伏せてある写真立て、少しずれてる電話機の受話器など何処か時が止まっているような雰囲気をウルルは感じた。
そしてアイビスの佇まいが何やら寂しげで大きな荒波が過ぎ去った後ようだった。
アイビスは紅茶をウルルと鼠の前に置くと自分も席に座った。
ウルルはアイビスが自分からは話し始めないことを察知して自分から本題に入った。
「……あの…いつ人形を奪われたのですか?」
「三年前です」
アイビスは目を閉じて答えた。
鼠は紅茶に息をかけて冷ましながら近くにあった瓶から角砂糖を入れる。
「どのように奪われたのか。覚えてる限りでいいので教えてくださいますか?」
アイビスは今度は少しうずくまるようにして座り直すと考えているのか少し黙り込んだ。
鼠は紅茶を一口飲むとまだ甘くなかったのか今度は二つ角砂糖を入れて飲み始める。
ウルルは黙ってアイビスが口を開くのを待った。
カチッカチッと時計の針の音だけが聞こえその針の音が次第に孤独の音に変わり始める時、アイビスが話し始めた。
「………もういいです」
「え?」
「……もういいんですよ。きっと見つからないこれはあの子からの罰なんですから」
ウルルは眉を顰める。
「あの子とは?」
アイビスはウルルの目を見てポツリ、ポツリと話し始める。
「私と夫には一人息子が居たんです。小さな子で『俺は心がデカいからいいんだ』っていつもことあるごとに言ってました。本当にその通りであの子は本当に優しい子でした」
鼠は紅茶を飲み終わるとウルルの目を見始めた。
ウルルは黙って自分の分の紅茶を鼠の前に置いた。
ウルルは自分の両親も生きてたらこんなに愛してくれただろうかと一人考えていた。
「そんなある日の事でした。遊びに出かけると夜になっても帰って来なくなって私、慌てていつも息子と遊んでる友達の家に行きました。そしたら玄関の前に大きな袋が……」
アイビスは口を抑えて必死に溢れ出る涙を我慢する。
「なぜか悪い予感がして袋を開けたんです……そしたら…」
その時、アイビスは堪えきれず泣き始める。
アイビスは机を叩く。
「捕まった犯人がなんて言ったか知ってます!?『送る家を間違えた両親の顔と似てないからだ。きっと奥さんが浮気して出来た子供だって』そう言ったんですよ!?私に!考えられますか!!?」
ウルルはゆっくりと首を横に振った。
アイビスは机に置かれている依頼書が目に入ったのか我にかえり服の袖で涙を拭くと今度はゆっくりと話し始める。
「数ヶ月経った時に夫が自分の動石を使って人形を作ってきてくれたんです。息子にそっくりの人形を……」
ウルルはここで依頼の話が見えてきたと目を少し大きくさせる。
「私はその息子をたくさん愛しました。他の家からは哀れみの目線を感じましたが正直、どうでもよかった」
「その息子さんが【人形攫い】に……」
「そうです。夜、家のベットで息子と寝ている時に突然、窓ガラスが割れて数人の覆面を被った人達が襲いかかってきて私の息子を奪っていきました」
「何かその犯人達に特徴はありませんでしたか?」
「……一人、暗くてあまりよく見えなかったのですが女性がいた気がします。そして覆面から少し"緑色の髪の毛"が見えていました」
ウルルは黒の仮面を指でコンコンと叩きながら考える。
「緑髪の女性……か」
アイビスは肩を震わせる。
「でも…でも……もういいんです。私きっとまた息子がバラバラの姿になって発見されたらきっともう耐えられない…!」
ウルルは何か声をかけなければいけないと言葉を考えたがウルルの語彙力は適した言葉を探し出せなかった。
「あ……あの」
何か言葉を絞ろうとして鼠に助けを求めると鼠は角砂糖をそのまま食べていた。
「ジャリジャリで甘いね」
ウルルは鼠のその悲しみが分からない邪気のない声と咽び泣くアイビスの声に耐えられなくなり早歩きでこの場を去った。
「必ず……探します」
そんな的外れな言葉を家に残して。