そこに、光が。
雨が降っていた。
通りを行き交う人たちは、傘で身体を隠すようにして、早足で家路を急いでいる。
駅前のバス停やタクシー乗り場には数人の行列ができていた。
夕刻の帰宅ラッシュを少し過ぎた頃である。
駅前の道は商店が並んでいるが、東へ行くにつれしだいにその数は減り、反対に住宅の方が多くなる。
晴れていれば、駅前から伸びる坂道を登りきった所から振り返った時に眺められる、陽が沈んでいく美しい情景が眺められたに違いない。
今の街はどんよりと暗く、家々に灯る明かりかは帰宅する者を迎えるために暖かく灯っているようにみえる。
自分の家を目指す者たちは、傘で疲れた顔を隠し、無言のままに歩いていく。
降り続く雨の中、家までの道は遠かった。
雨は、道に水溜まりを作り、その上を自動車が飛沫を飛ばして走っていく。坂道では雨水が流れてくる。避けることなどできはしない。
いつもなら、こんなにも遠く感じる事はなかった。
それに、一人で帰ることはめったになかった。
空に光が走った。
雷鳴が轟く。
雨脚が強くなった。
どしゃぶりの雨である。傘をさしていても、脚はすぐに雨で濡れてしまう。靴の中にも雨が染み込んできている。
傘の柄を握る手は、汗で濡れているのか、雨で濡れているのか、分からなかった。ただ、叩きつけるような雨を少しでも防ごうと前にかざして、強く握っていた。
なす術もなかった。
再び、空に青白い光が走り、雷鳴が轟いた。
思わず身をすくめて、空を見上げた。灰色の雲の中で、光が動いていた。地響きのような音が、空全体を振動させていた。
さらに雨が強くなった。既に傘は役に立たなくなっていた。時折向きを変える雨と風に対応できなかった。雨に濡れた服が肌にはりついて身体を冷やしていた。
あと少し……。
あの角を曲がって、そうすれば家が見えてくる……。
あともう少し。もう少し……。
角を曲がった所で、足が止まった。一瞬、自分の家が無いのかと思った。
そうではない、明かりが点いていないのだ。他の家々はカーテンが引いてあってもそこから暖かい光が漏れている。
でもあの家には誰もいない。誰も、いないんだ。
そう思った瞬間、急に寒さを感じた。雨のせいではなく、身体の内から冷たいものが広がっていった。
後方から、一台の車が走ってきていた。しかしその音はこの豪雨によってかき消されていた。
立ち止まったまま、明かりの点いていない家を見つめていた。
帰りを急いでいたのだろう。また、こんな日に外を歩く者がいるとは考えなかったのか。その車はスピードを上げていた。
視界が悪かった。ワイパーでフロントガラスをぬぐっても、状況が良くなるわけではなかった。
ハイビームにより、一人の人影を捉えた。
すぐにブレーキを踏んだ。が、タイヤがスリップしてしまう。
強いライトを後方から感じて、振り返った。
運転手は女の顔をはっきりと見た。避けろよ!動けよ!何故、避けないんだ!
目の前に、二つの光。動かなかった。ただ、迫るライトを見つめていた。
そして、そのまま光の中にのみこまれていった。