ラルクとマリア
俺は家族が好きだ。お腹がすけば食事を与えてくれるし、眠れなかったら一緒に寝てくれる。良いことをしたら褒めてくれるし、悪いことをしたら叱ってくれる、森で遊びたかったら一緒に遊んでくれる。そんな家族が大好きだ。
優しい母さんが好き、厳しくも頼りになる父さんが好き、一緒に遊んでくれる妹が好き。俺も家族として、与えられるだけではなくいろいろ与えられるような人になりたい。特に妹であるマリアはまだ6歳と幼いし、兄として出来ることはしてあげたいと思っている。
何故今このようなことを思ったのかというと今日で俺が10歳の誕生日だからだ。10歳になると世間的には成人扱いされ、定職に就く。仕事をしてお金を稼げば、もっと美味しいものが家族で食べられる、父さんとお酒を飲めるようになる、母さんや妹にもっと綺麗な服を着させてあげられる、家族に笑顔が増える。
俺はずっとこの家族を大切に守っていくんだ。
「ラルク、10歳の誕生日おめでとう」
「ラルクおめでとう」
「お兄ちゃんおめでとう」
母さんがそういうと父さんもマリアもおめでとうと続き、なんか気恥ずかしい気持ちになる。いつもより少し豪華な食卓に囲まれて、杯に酒を注がれて父さんと飲む、普段と違う行いに、成人したという実感が湧いていった。
父さんは普段よりも飲んでいる量が多いし、母さんはその隣でいつもより笑っている、マリアはチキンに夢中であまり話を聞いていない。そんな空気にあてられて俺も笑いっぱなしでお酒が進む。
始まって一時間というところで父さんが奥から木箱を持ってくる。
「ラルク、誕生日プレゼントだ」
開けるとそこには小さいナイフが入っていた。
「ラルクも10歳から食事処での下働きだ、仕事道具がないと話にならないからな」
「ラルク、もう大人なんだからしっかりするのよ」
「ありがとう、父さん、母さん」
父さんと母さんから貰ったナイフは成人したての下働きが与えられるようなナイフではなく、働き始めて5年ほど経ってから、自分で新調するような質のいいナイフだった。鍛冶職人の父さんが自分のために作ってくれた唯一無二にのナイフだ。
「お兄ちゃん、これは私からのプレゼント」
「え?」
両親からはともかくマリアから何か貰えるなんて予想外だった。渡されたものは包装も何もない、花で作られた首飾りだ。がたがたでいい出来とは言えなかったが、むしろそれさえ美しく思えてくる。
「お兄ちゃんの仕事が上手くいくようにって祈りを込めておいたよ」
「...ありがとう、マリア」
妹の気持ちにこみ上げてくるものを何とか抑えて笑って返事を返した。
「さあさあ明日からはラルクも初仕事なんだからそろそろお開きよ」
暖かい雰囲気の中、俺の成人の誕生日会は終わりを迎え、貰ったナイフを手に取り、部屋へと戻ろうとした時、玄関の扉からコンコンと人が訪ねる音がした。
「ん?誰だこんな時間に」
扉に近づく父さんをみんなで何となく見ていた。お客さん自体も珍しいし、何よりこんな夜更けである。そして父さんが扉を開けた。
「...どちら様でしょうか?」
父さんの背中越しでよく見えないが知らない人のようだ。その瞬間父さんの首が飛んだ。
「我らは王国騎士団だ、国家反逆罪の罪において貴様を処刑する」
「いや、殺してから言わなくても...]
そんな普段通りの会話を続ける二人、飛んできた首が食卓に転がり、俺と目が合った。
「うあああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「キャアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!」
「うるせえ」
母さんと俺が同時に絶叫する。そんな状況でも客...いや、敵は何の躊躇もなく近くにいた母さんの顔を殴りつけた。
「ブホェッ」
「はは、女が出しちゃいけねえ声してんぞ」
そのままそいつは母さんの髪を思いっきり引きちぎりながら壁に叩きつけた。
母さんはぐっとうめき声をあげ意識を失い、そのまま剣で心臓を貫かれた。
「さてと」
男の一人がそう呟く、次は俺とマリアだ。俺は躊躇なく父さんから仕事のためにと貰ったナイフを木箱から取り男に向かう。
「死ねゴラァァァァァァァ!!!!」
「ああ?別にお前はリストに入ってねえよ、しかしお前誰に向かってナイフ向けてんだ?」
男は即座に俺のナイフを叩き落し、顔を殴られ転がる俺の上に跨ってきた。必死に脱出しようとするも全く気動きが出来ない。
「なあ、誰に向かってナイフ向けてるか聞いてんだけど」
実際そんなことはどうでもいい、そんなことはラルフにも分かっている。
「子供の躾は心が痛むな」
殴る、殴る、殴る、身動きが出来ないまま殴り続けられる。最初に男に向かっていった気概もあっさりと飛散しした。許しを請うことしか出来なかった。
「ずみません、ずみません」
暖かい村で過ごしてきた俺にとってこんな屈辱で理不尽なことは初めてだ。どんなに向こうが悪いと思っていても謝ることしか出来ない、謝ってもなお嬉々として自分を痛めつけてくる相手、どれもこれもが初体験で、既に心が折れていた。
「ずみませんじゃねえよな?俺にナイフを向けたよな?その罪は自分で支払わないとな?」
男は腰の剣を抜き取り、ラルフの目に思いっきり刺した、否、刺さらなかった。途中で男の動きが止まったのだ。
「...ああ?」
「...」
男が後ろを振り返る、俺もつられて男の後ろを見るとそこには、男の背中にナイフを突き刺している無表情のマリアがいた。
「こ、このクソガキィィィ!!!」
男は即座にマリアを振り払った。しかしマリアは握りしめていたナイフを離さなかった。その瞬間男の背中からドバっと血が溢れ、床を赤に染めていく。
「クライン!!直ぐに俺を城まで運べ、血が止まらん!!」
「いえ、心臓を完璧に一突き、もう諦めましょう」
「何をふざけ」
男が逆上しようとしたところで後ろにいた男が、マリアからナイフを奪い、心臓をもう一突き。そのまま男は息絶えた。
男の死亡を確認し、ナイフを男の心臓から抜き去り軽く振るって血を払う。その流れるような所作でこちらに顔を向け、左手を胸に当てながら話す。
「さて、話をしよう、私はあなた方を殺さない」
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幸せな一時から一転、地獄のような出来事が通り過ぎ、目の前には騎士が一人。背は高く180以上はあるだろう、顔もまだ幼さは残してはいるが端正な顔立ちをしている。母さんと父さんの死体は別室に運びこんだ。よってこの場にいるのは俺とマリアとこの騎士だけだ。
「さて、どこから話そうかな...まずはこの状況の説明からだな」
騎士は床にどっかりと座りながら俺たちにも座るように目で指示する。おとなしく俺とマリアは騎士と向かい合わせになるように座る。
「俺たちがここに来たのはお前らの父親が国家反逆罪で処刑しにきたから...までは言ったんだっけか、覚えてるか」
「ああ、その瞬間父さんの首が...」
思い出したら泣きたくなってきた。その後の出来事で怒りと恐怖が入り混じってぐちゃぐちゃになっていて目を背けていたが父さんは死んだんだ。
「その先は言わなくてもいい、見てたから知ってるしな。それでお前らの父親が具体的に何をしたかというと、国に仇なす者達への武力提供、犯罪者に武器を売っていた訳だ」
「そんなわけない、父さんが犯罪者に手なんか貸すもんか」
俺は即座に否定する。しかし騎士は興味が無いように続きを話していく。
「これは国が決めた事実だ、覆らん。そして今さら証明も出来ない、死んだんだからな。大事なのはお前らのこれからだ、どうしていきたいと思ってるんだ?」
「どうもこうもない、父さんと母さんが死んで働き手が俺一人だ。俺がマリアを食わせていく」
今日が成人でよかったと本気で思う、両親が死んでどれだけ悲壮に暮れていても、死んだことは覆らない事実だ。それでもマリアは生きている。生きるためには金が要る、守るためにも金が要る、俺が稼がなければならない。
「バカ、国家反逆罪の息子がその辺で働けるわけないだろ」
何を言われているのか分からなかった。働けない?金を稼げない?守れない?
「お前が今置かれている状況は父親を失って、働き口を失って、妹を失って、これからどうしようか、ってところだ」
働けないという事実を告げる最後に、とんでもないことを言われ驚愕する。
「なんでマリアを失うんだよ!!」
「国の所有物である騎士を殺したのだから当然だ」
ふざけるなと思いつつ俺はマリアを守ろうと、騎士からマリアの身を隠そうとした。そこで俺の動きが止まる。マリアは感情の揺らぎなど一切見せぬ相好で騎士を見つめていた。
「何か言いたげだな嬢ちゃん、聞かせてくれよ」
面白いものを見るような騎士と一転してマリアの感情は読み取れない、先ほどまでのマリアと違いすぎて言葉が出ない。
「騎士さんはなんでそんな話をするの?」
「うん?」
「騎士さんの言っていることなんて、私たちに話さなくていいことじゃない、私を殺してはい終わり」
「...」
「私たちに何をさせたいの?」
正鵠を得たマリアの訴えに騎士も黙る、そして意を決したように話し出した。
「いや、参った参った、まさかこんな幼子にそこまで裏を読まれるとは。お前の予想通り、俺にはお前たち二人にしてほしいことがある。時々俺の依頼を受けてほしいんだ」
「依頼って...」
「殺しの依頼だ」
何をふざけたことをと一蹴するのは簡単だ。だがマリアの言う通り、この提案を拒否すれば殺してはい終わりになりかねない。そうしたら全てを失ってしまう、俺が何も言えずに黙りながら、マリアの表情を伺う。未だ無表情だ、というか今まで一緒に過ごしてきてこんな表情見たことない。
「殺しって...俺まだ10歳ですよ。何が出来るっていうんです」
「お前らみたいなガキだからこそ出来ることもあるんだよ、まあ依頼を受けている間の生活は保障する、今回の件も不問だ」
「不問って...出来るんですか?」
「出来る、運がいいことにこいつは嫌われ者でな、死んだところで悲しむ奴なんぞいない、むしろ喜ぶ奴の方が多いだろうな。騎士団内の調整で済む話だ」
...仕方ないか、吞まないと殺される、最後に残ったマリアだけでも守らなくてはならない。汚れ仕事は俺がやればいい。...マリアを守るんだ。決意して返事しようとした時、先に口を開いたのはマリアだった。
「ダメだよ」
「え?」
「簡単に返事しちゃダメ、お兄ちゃん。この騎士さんは待ってくれている、ここで返事をしなくても殺されない」
「どうしてそんなことが...」
言えるんだよと口に出そうとしたが、それより早くマリアが騎士の方に向く。
「そうだよね、騎士さん?」
「なんでそう思う?」
「最初に誓ってたじゃない、私たちを殺さないって、騎士の誓いはそんなに軽いの?」
騎士の誓い...そうだ、俺も見たことがある。そもそも騎士は平民の冠婚葬祭に王国代表として参加している。村の代表者が騎士に向かって何か言って、騎士がそれに応える。あれって騎士の誓いだったのか。
「いや、軽くない、お前の言う通りだ」
「だったら帰って、3日後にまた来て。その時に返事するから」
「わかった、3日後の正午に伺おう...ああそうだ、このナイフは借りてくぞ、上にいろいろ説明するのに使わにゃならんからな」
騎士はそう言うと、騎士の死体を担いで去っていった。訳が分からない、こんなマリア見たことない、なんて声を掛けたらいいのか分からない。
「うっ...ひっくっ」
隣から響く悲痛で震える声に思わず顔を向ける。そこには先ほどまでの無表情なマリアはいなかった。そこにいたのは年相応で両親の死を心から悲しむ最愛の妹だった。俺はマリアの正面まで移動し、そっと抱きしめた。
「...守れなくてごめんな...いや、守ってくれてありがとう」
「お、おにいちゃんまで...な、無くしちゃうかと思った...ほんとによかった...」
その夜マリアは俺の胸で泣き続け、久しぶりに兄妹一緒に寝た、マリアが一緒に寝たがったからだ。...いや、こんなことがあって俺も一人で寝たくなかったし、寝かせたくなかった。
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「それでクライン、何故殺さなかったのだ」
問い詰めているのは騎士団副団長のメルクリウス様だ。俺は先の騒動の後、報告のためすぐに王城の副団長の部屋へ向かった。そして最初から最後まで詳細に報告した後に出た言葉がこれだ。
「なぜとは?」
「あの幼子の言う通り殺して終わりではダメだったのか?」
あの時の一部始終を思い出す。そして今この場で改めて思案しても、この決断は変わらなかった。
「ダメでした」
「理由は?」
「負ける可能性があったからです」
その言葉にメルクリウス様は口を開けて絶句する。俺は騎士団に入って二年目の若手とはいえ、騎士がその辺の幼女に負けるかもしれないというのは有り得ないからだ。
「その幼子の歳は?」
「おそらく8歳前後かと」
「そのような子供に負けるかもしれない?」
「はい」
「詳しく話せ、どうしてそう思った?」
「先程説明したように、兄の方はゴズ様の暴行により完全に心が折られていました。ただただ無慈悲な暴力によってです」
ちなみにゴズ様とは死んだ騎士だ、もう様付けもいらないか。
「その時私は少女に目を向けました。隅で震えているか、もう泣き出してしまうか、泣き出すとこの妹まで殺されてしまうか、そう考えて目を向けると、後ろに手を組んで兄が殴られているのを無表情に見ている...いや、観察しているといった方が今思えば正しいかもしれません、そんな様子の少女でした」
「ふむ」
「兄は心が折れましたが、少女の方は心が壊れたのかと考え、目を離しました。そしてゴズ様が剣を振り上げ兄の目を串刺しにしようとした時、先ほど報告した通り、妹が不意打ちで殺しました...完璧な不意打ちで、私も全く反応できませんでした」
正直、ゴズも妹を完全に無警戒というわけではなかったはずだ。後からの答え合わせになるが、結果から照らし合わせれば、ゴズが警戒を緩めるあの瞬間を狙ったのだろう。そして後ろに手を組んでいたのはおそらくナイフを隠していたんだ。そして...
「それだけではありません、このナイフをご覧ください」
現場から回収してきたナイフは、洗ったものの少し薄汚れていた。そのナイフをメルクリウス様は繁々とみる。そして私の考えに気付いたらしい。
「庶民にしてはいいナイフだな、だがこの程度のナイフで騎士の防刃ベストを貫いたのか」
「ええ、刺さった瞬間は私もしっかりと見たわけではないですが、特に苦労もなく差していたように見えました。その技量に敵対は危険と判断し、私は彼らに殺さないと誓いました」
「実際に現場を見ていないから如何とも判断しかねるが、納得しておこう。...私としてはその後の立ち振る舞いの方が不気味で仕方がない、8歳なのだろう?」
ここまでならば正直雑に殺し屋でもさせて、利用しようと考えていた。しかし彼女は予想以上に頭が切れた。諦めて殺し屋になりそうだった兄を止めた。私が頷かざるを得ない殺さない理由を、明確に説明して見せた。その上で『実力行使でこの場で返事させないなら大人しく時間をよこせ』と一方的に言われたようなものだ。
「ええ、とても8歳とは思えません、兄の反応から見ると、今までもそのような素振りは見せてこなかったと思われます」
「それで、これからどうするつもりだ?」
「約束通り三日後に会いに行くつもりです、そこからどうするかは未定ですが、彼らの当面の生活資金は用意してあげてください」
「分かった、報告は怠らないようにな」
「承知いたしました」
私はそう言って副団長の部屋から出た。
これからどのようにあいつらを使うのが良いのか、流石に雑に切り捨てるには惜しい。死力を尽くすまではいかないが、最善は尽くさないとな。
いろいろと考えていた時にふと、もう一つの違和感に気付いた。
「今思えばあいつ、なんであんなに殴られたのにその後ピンピンしてたんだ?」
妹の異常性が際立っていたせいで隠れていたが、今思えば十分すぎるくらいこっちも不可解な出来事だった。
「兄妹そろって異常者か、猶更大切に扱ってやらないとな」