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それではお楽しみ下さい。
桜が舞い散る春の陽光に照らされ、威風堂々とそびえ立つ桜華学園高等学校。校舎からグラウンドに続く通り沿いには桜並木道が淡いピンク色に染まっていた。
『今年も春が来た・・・・・・』
校長室に続く廊下の脇には数多のトロフィーや優勝旗がずらりと陳列棚に鎮座している。
『我が桜華学園、伝統のラグビー部にとって、春は単なる序章に過ぎん』
陳列棚の傍には『常勝 桜華学園ラグビー部』と刺繍された部旗が飾られているが、だいぶ色がくすんでしまっていた。
『しかし、ここ十年近く高校ラグビー最高峰の花園出場を逃しとるわけじゃ・・・・・・常に勝利を収めるじゃと? 常勝なぞ、もはや過去の栄光ぞ』
校長室の立派な両袖デスクを背にして、還暦を過ぎたであろう男性が窓の方を向いていた。
「この桜葉紋次郎・・・・・・教職人生も今年が最後なのだ」
広々としたグラウンドは第一から第三と三つに分けられ、その中央にある第二グラウンド、ラグビー場を桜葉は窓から見下ろしながら眺めていた。
「おお、やっとる、やっとる。我が校の猛者共が。なんとしても、今年こそは悲願の花園へ行ってもらわなければ・・・・・・」
彼の眺める先ではラグビー部が練習に励んでいた。緑草が広がる芝のフィールド、ゴールラインの中央にはゴールポスト二本がそびえ立ちクロスバーと三位一体となってH型を作っていた。部員の一人がゴールポストの中央を目掛けてボールを大きく蹴り上げる。が、
「し、しまった!」
ボールはゴールポストの枠を大きく外し、高々と空に弧を描いて柵を越えてしまう。得点するには、二本のゴールポスト枠とクロスバーを越えた凹の枠にボールを入れなければならないのだ。
「ま、これからじゃ。これから・・・・・・」
桜葉は振り返り、ゴホンと咳払った。
校舎とグラウンドを挟む通りに、ジャージを着た黒髪セミロングの女子生徒が、スポーツ飲料がいっぱいに入ったカゴを両手で抱えて歩いていた。彼女は奥山華凛、学園一年の十五歳だ。
そんな彼女の後を付きまとう金髪の男子生徒が一人。
「おい待てって! 最後まで話、聞いてくれよぉ・・・・・・」
華凛はすました顔で声を無視して歩く。声の主は五十嵐太陽。華凜と同じ学園一年だ。彼は食い下がる様子でしつこく声を掛けていた。
「な~、華凛ちゃん・・・・・・」
「だぁかぁら、私、そんなチャラチャラしたのはタイプじゃないの」
華凜は背後の太陽に振り返りもせずに言い放つ。太陽は自身の髪や制服、背負ったギターケースを触り、
「ぐっ、これのどこがチャラいんだよ」
やや大げさに身振り手振りしていた。そんな彼に華凛は冷徹な早口で、太陽の容姿を的確に指摘する。
「そのライオンみたいな爆発金髪と点線みたいな眉毛に・・・・・・『ズンダレ』まともに制服も着られないヤンキーかぶれの―――」
「うぬぅ・・・・・・ズンダレ? コレか?」
太陽はだらしなく着ているダボダボの制服を摘まむ。
「そのナンセンスなファッション感覚に付け加えて強くもないのに粋がってるとこが、チャライのよ」
「せっかく高校でイメチェンしたのに・・・・・・じゃあ、コレ直したら俺と付き合って―」
太陽の突発的な告白を受け、華凛は立ち止まって振り返る。
「そういう問題じゃないわ。第一、そんな能天気な答えしか出ない性格も嫌い」
彼を見る彼女の目は鋭く、嫌悪に満ちていた。
「うぐっ……」
何も言い返せない太陽に、華凛は踵を返して再び歩き始める。
「じゃ、私、部活があるから。太陽も他に何か打ち込めるもの見つけたら」
太陽は遠ざかって行く華凛の背を目で追いながら、
「お、俺が今一番打ち込めるのはっ!」
遠ざかる彼女に向かって叫ぶが、華凛は両耳にパタッと蓋をしたかのように、何も聞こえない振りをした。それに太陽はカーッと頭に血が上る。
「なーっ! あー、くそ、なんだよ・・・・・・アレのどこがカッコイイってんだよ」
グラウンドでタックル練習をするラグビー部を見て、太陽は吐き捨てるように背を向けた。
「ま、太陽にラグビーの良さなんか頭カチ割られたって分からないわよ」
鼻で笑う華凜の背後で、飛んできたラグビーボールが太陽の側頭部に直撃する。
「ごはッ!」
太陽はその衝撃で飛ばされ、校舎の植木に頭から突っ込んだ。
「あ、マネージャー。この辺にラグビーボール飛んできませんでした?」
ラグビー部員が華凛のもとに駆け寄ってきた。先程飛ばしたボールを探しに来たようだ。
「ううん。飛んできてないよ」
華凜はボールなど知らないといった素振りで首を振った。
「あっれ~、おかしいな。確かこの辺りだったと思うんスけど・・・・・・」
彼は頭を掻きながら、キョロキョロと辺りを見回してボールを探す。
一方、太陽はぶつけた頭を押さえていた。
「ああ、分かんねぇなぁ・・・・・・」
桜の木陰からする太陽の声に、華凜と部員が気付いて植木越しに覗き込む。
「「ん?」」
「誰じゃあ! こんなオムライスボールで遊んでるやつぁ~~~~~~~~!!」
そこには頭に絆創膏を貼った太陽がラグビーボールを持って怒りをあらわにしていた。ラグビー部員を見るや否や、彼は両目から炎を発するがごとく部員にボールを投げつけた。
「ごはっ!」
「あっ・・・・・・!!」
ボールは見事、部員の顔面に直撃した。のけぞりながら痛そうに顔を押さえる部員を見た華凜は、キッと太陽を睨みつける。
「なははははは・・・・・・どうだ思い知ったか!」
憂さが晴らせて高笑いする太陽。そんな彼の顔面に、ふいにドリンクボトルが飛んで来て、
「どはッ‼」
顎にクリーンヒットする。太陽は吹っ飛び、頭上に星が回っていた。
華凛はカゴを地面にドスンと置いて、目を回している太陽に向かって歩いていく。
「頭だけじゃ足りなかったかしら? 何がオムライスボールよ。ラグビーの事、なんにも知らないくせに。部員まで八つ当たりするなんて、最低!」
太陽に対して怒りを露わにする華凜。
「つぅ・・・・・・てて。ん?」
華凛は顎を押さえて起き上がる太陽の前に立ちはだかり、太陽も自身に覆いかぶさる華凜の圧を感じる影に気付いて彼女を見上げた。
「五十嵐太陽! 今度ラグビーを侮辱したら、本当に嫌いになるからね!」
「・・・・・・・・・・・・!!」
華凜の言葉に衝撃と稲妻が走る太陽。去って行く華凛の後ろで太陽はガックリ膝を付いて放心状態になっていた。