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甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?  作者: ひなた華月
第2章 僕の任命と先生の正体
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幕間『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』 第1巻 抜粋


「……ありがとうございます、スヴェンさん」


 まだ月が夜空を照らすのは、かつて『ドンレミ』と呼ばれた、小さな村が存在していた場所であった。

 ドンレミは、祖国を守らんがため剣を携え、鎧を身に纏った兵士たちが、身体も心も傷つけられたのちに辿り着く、最後の平穏な村である。


 しかし、その村はもう、この世には存在しない。

 家も、教会も、畑も、全ては業火の炎で焼き尽くされてしまった。


 もちろん、そこに住む人々も、同じように。


 何故、彼らがこのような仕打ちを受けなければならなかったのか。

 祖国の為に戦い、傷つき、五体の一部を失ってしまった彼らが迎えた最後の結末が、このように残酷なものであったとするならば、この世に神はいないのだろう。

 だが、人々はドンレミの者たちが粛正されたことを、当然の報いだと言うだろう。


 何故なら、彼らは1人の吸血鬼の少女を守り続けていたのだから。


「……本当に、皆さんはとても素敵な方たちばかりでした。化物であるこんな私を、受け入れてくださったのですから」


 そっと、死体を埋葬した全ての墓の上に、少女は一輪の花を添える。

 金色の髪に、血のような赤い目をした少女は、修道女の服を身に纏い、悲しみの表情を浮かべる。


 だが、決して涙は出てこない。

 なぜなら彼女は、人間ではなく、吸血鬼だから。


「……スヴェンさん。もう一度、お聞きしても宜しいでしょうか?」


 祈りを終えた彼女は、ゆっくりと立ち上がって、スヴェンを見つめる。

 人間で言えば、齢15歳ほどの容姿をしている彼女ではあったが、生きている時間は18歳を迎えたスヴェンの何十倍……いや、何百倍と生きてきたのかもしれない。


「……なぜ、私を守ってくれたのですか? あなたは私を殺すために、ここに来たのでしょう?」


 至極もっともな質問に、スヴェンは答えることができなかった。

 この少女を殺すことが、自分の使命であったはずだ。

 サザンクロス教会から授けられた力、『ソレイユ』の力を使えば、彼の剣は鉄の刃よりも鋭く、浄化の炎よりも熱い武器となる。

 たとえ吸血鬼であろうと、肉体が再生するよりも先に、身体は燃え、心臓は焼け焦げ、存在が消滅する。


 今まで、スヴェンはその光景を何度も目に焼き付けていた。

 その瞬間こそが、自分が生きていると実感できる。


 それなのに、彼女に剣を突き立てることが、できなかった。


 村の人々から愛され、傷ついた人間を介抱し、献身的に命を繋ぎ止めようとした姿は、とても化物と呼ばれるような者には、スヴェンの目には見えなかったのだ。


 吸血鬼は、人を襲い、肉を喰らい、血を欲する生物だと、思い続けてきた。

 そのように、教え込まれてきたし、実際にスヴェンの知識は決して間違ってなどいない。


 それでも、スヴェンはこの少女を、殺したくないと思ってしまった。


 だからこそ、スヴェンは自分と同じく、吸血鬼の情報を手に入れてやってきた、サザンクロス教会のヴァンパイア・ブラッド・キラーを迎撃した。

 彼は、吸血鬼を匿っていた村人たち全てを『粛正』するために、村に火を放ち、村人を殺害したのだ。

 それが正しいことであると思う人間が、この世界で住んでいる者たちの常識であった。

 スヴェンも、もしその話を人伝に聞いたのならば、彼を糾弾するどころか、当然の『仕事』だと記憶にも残していなかっただろう。

 しかし、彼は少女を……吸血鬼であるはずのジャンヌを助け、彼と対峙する道を選んだ。

 今頃、この地を去った彼が教会本部に連絡を入れ、スヴェンは裏切者として教会の人間から追われる日々を過ごすことは明白だった。


 だが、それでも彼は、知りたかったのだ。

 彼女を守りたいと思った、この感情の正体を。


 そして、スヴェンはようやく、彼女の言葉に返答する。


「分からない。だが、俺はお前に……死んでほしくないと、そう思ってしまったんだ」


 そう答えると、ジャンヌは一瞬だけ目を見開いたが、ゆっくりとほほ笑んだのちに、スヴェンに告げた。


「……スヴェンさんは、優しい方ですね」


 そう言ってほほ笑む彼女の姿を、スヴェンは二度と忘れることはなかった。




 オリポス文庫 著:七色咲月 

『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』 1巻収録「新たな旅立ち」より抜粋



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