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甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?  作者: ひなた華月
第2部3章 同期の作家からの刺客
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2-14 日輪牡丹は自分の夢を諦めない


瀬和せわ様、本日は御足労をおかけし、申し訳ございませんでした」


 夕刻時、僕は三森みもりさんの運転する車で、叶実さんのマンションまで送迎されることになった。


 ちなみに、余談だかスーツ姿の男の人たちの姿はどこにもない。

 果たして、彼らがどこに行ってしまったのか、僕は真実が知るのが怖いので聞かないことにした。


「ですが、どうかお許しを。お嬢様は馬鹿ですが悪い方ではないので。頭は悪いかもしれませんが、それも可愛げがあって私は好きです」


 なんとも返事の困る会話を続ける三森さん。


 これはツンデレというやつだろうか。

 多分、違う気がするけれど……。


「ただ、私も幾分か責任を感じていましてね。幼少期どころか、赤ちゃんの頃から面倒を見ている身としては、やはり甘やかして育てすぎたと反省しております」

「そ、そんなことないと思いますけど……。日輪ひのわさんって、その……しっかりしてると思いますし……」


 少なくとも、僕が知っている同じ作家で、もっとぐうたらな人を知っている。

 それに比べれば、日輪さんは見た目もしっかりとしているし、ご令嬢らしい気品のある佇まいだってしている。


 何より、叶実かなみさんやめぐりさんのように、僕のなりたいライトノベル作家という肩書を持っている。


「そうですか。まぁ、お嬢様の作品の売上は、あなたの主人であります七色咲月様に比べれば、まだまだなのですがね」


 そう告げる三森さんに、僕は少し気になっていたことを聞いてみた。


「あの、三森さん。三森さんって、日輪さんの作品を読んだことってありますか」

「もちろん、全て拝読させて頂いています」


 即答だった。


「実にお嬢様らしい、わがままな子たちが多いですね。特に、新しく刊行を開始した『雪見さん』なんて、お嬢様が自分をヒロインにしたのではないかと思いました」


 まぁ、作者なのですから、キャラクターの性格が似てしまうこともあるのでしょう、と三森さんは付け加える。


 しかし、それは棘があるような言い方ではなく、むしろどこか誇らしい、そんな感じのニュアンスだった。


「瀬和様は、お嬢様の作品はご覧になっていますか?」

「えっと、それは……」

「なるほど、拝読しておられないようですね」

「す、すみません……」

「いえ、お気になさらず。では、私からのささやかなプレゼントとして、あとで寄贈しておきましょう」

「えっ!? そ、それはさすがに……」

「大丈夫ですよ。私、これでも勤続年数が長いので貯蓄はそれなりにありますので。ですが、お嬢様にその分の印税が送られると思ったら悔しいですね。仕方ありません。今夜のスープを激辛にしてお嬢様のもだえ苦しむ様子を楽しむことで相殺しましょう」

「や、やめてください……!」

「冗談です。いくら私でも、食べ物で遊ぶようなことはしませんよ」


 食べ物もそうだけど、自分の主人で遊ばないであげてほしい。


「ということで、瀬和様のご迷惑でなければ、お送りするので読んであげてください」

「わかりました」


 結局、僕は三森さんの言葉に甘えて、日輪さんの作品を拝読させてもらうことにした。


 最初に誘拐まがいで車に乗ったときとは違い、窓ガラスにスモーク加工がされているわけではないので、外の景色はばっちりみえる。

 そして、そこから見える街並みの景色は、段々と見覚えのあるものに変化していた。


「瀬和様、もう少しで到着致しますので、何か私と話しておきたいことはありませんか?私の年齢と3サイズのこと以外でしたら、なんでもお答えしますよ?」


 いや、元々そんなことを聞くつもりはなかったけれど、それならと、僕は個人的に気になっていたことを聞くことにした。


「あの、日輪さんが小説を書き始めたのがいつ頃とかって、わかりますか?」

「そうですね。自作の絵本などを書き始めたのは幼稚園の頃ですけど、本格的に執筆を始めたのは高校に進学した頃でしょうか」


 そして、約束通り、三森さんは日輪さんがライトノベル作家になるまでの話を、簡潔にまとめてくれた。


「初めは旦那様や奥様にも内緒で始めていました。当然、私にも隠しているようでしたが、バレバレでしたね。元々、お嬢様がそういうサブカルチャーが好きなのは知っていましたし、夜にコソコソとパソコンを触っていたことにも気づいていました」


 隠しながらやっていた、ということに、僕は少しだけ親近感を覚える。


 そして、そんな僕の心境を悟ったかのように、三森さんは付け加えた。


「お嬢様も、旦那様たちが反対することはわかっていたのでしょうね。事実、賞を受賞して報告をしたときも、旦那様たちは褒めるどころか、お嬢様を責めました。『そんなことをして、将来何の為になるんだ』と、そうお嬢様に仰いました」


 ズキンッ、と、僕の心の中の傷が音を立てる。


 僕も、一度だけ両親に反抗して、それが原因で今は疎遠になってしまっている。


 別に、それを後悔なんてしたことはないけれど、その出来事は、しっかりと僕の心に刻み込まれてしまっている。


「それで……日輪さんはどうしたんですか?」


 だから、日輪さんがどういう反応をしたのか質問をすると、


「どうもしませんでした。『あら、そう』とだけ言って、お嬢様は旦那様たちを無視して、作家の道を選んだのです」


 なんとなく、そのときの堂々とした立ち振る舞いの日輪さんの姿が思い浮かぶ。


 たとえ、両親が相手だろうが一歩も譲らない。


 そういう確固たる意志を、日輪さんは持ち合わせているのだ。


「日輪さんは、強い人ですね……」

「いえ、そうでもありませんよ」


 しかし、僕の意見を日輪さんは否定した。


「お嬢様は、今もご両親に自分の仕事を認めさせようと努力をしています。そのせいで、少し七色様をライバル視しすぎているような傾向にありますね」


 ……なるほど、と、僕は叶実さんに対する日輪さんの態度の理由に納得してしまう。


「ですが、それ以上に七色様のことを認めていらっしゃいます。それは、お嬢様のお部屋を拝見した瀬和様なら、お分かりになるかと」

「ええ、よく、わかります」


 日輪さんの部屋に大事に飾られてあった『ヴァンラキ』の文庫本は、その証拠だ。


「瀬和様」


 そして、三森さんは最後に、僕にこう告げる。



「夢を追うことは、誰にでも与えられた権利です。それを否定することは、誰にもできませんよ」



 それは、まるで僕を応援してくれるような、そんなメッセージだった。



 同時に、僕たちを乗せた車が停車する。

 僕は長い寄り道を経て、叶実さんが待つ家へと帰宅したのだった。



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