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甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?  作者: ひなた華月
第2章 僕の任命と先生の正体
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第5話 先生とこれからのことを話そう!


「おいしい~!!!! 卵もふわふわだよぉ~~! わたし、こんな美味しいオムライス食べたの初めてっ!!」


 出来上がったオムライスを口にした叶実かなみさんは、興奮した様子で僕に味の感想を伝えてくれた。

 ちなみに、僕は帰ってから姉さんと一緒に夕食を食べる予定なので、叶実さんが食べているところを、ただただ眺めている状況だ。

 ただ、やっぱり素直に喜んでくれる姿を見るというのは、作った側からすればちょっと誇らしい気持ちにはなる。

 そんなことを思っている間に、叶実さんのお皿に載っていたオムライスが半分以上なくなっていた。


「叶実さん、そんなに急いで食べたら喉詰まらせ……」

「……うぐっ!」


 言ってる傍から、叶実さんは苦しそうに喉を抑え始めた。


「ああ、もう! ほら、お水です!」

「うぐっ……うぐっ! ぷはぁ! ありがとう、津久志くん」


 僕が渡した水を素早く飲み干した叶実さんは、ふぅふぅと息を切らせながらも、またオムライスへと手を伸ばした。


「叶実さん、今度はゆっくりとよく噛んで食べてくださいね」

「は~い」


 口の周りにケチャップをつけながら返事をする叶実さん。

 なんだが、僕もいつの間にか子供と接するような態度で叶実さんと話してしまっている。

 ただ、それが物凄く自然に感じてしまうようになるくらい、僕と叶実さんとの距離が縮まったのだと思う。

 というより、叶実さんが遠慮なく僕と接してくれるのが大きいような気がする。


「ふぅー、ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」


 そして、叶実さんはしっかりと手を合わせて、目を瞑りながらそう口にする。

 今まで、叶実さんのだらしないところばかり見てしまったせいもあるが、彼女はご飯を食べるときはちゃんと「いただきます」や「ごちそうさま」を言うことを欠かさない。

 そういえば、彼女が書いた『ヴァンラキ』でも、そういう何気ない食事シーンでも、食に対して感謝の言葉を告げる描写は必ずされていたような気がする。

『ヴァンラキ』の作風とはかけ離れていると思っていた叶実さんの中にも、ちゃんと彼女の性格が反映されている。


「ん? どうしたの、津久志つくしくん?」

「ああ、いえ、やっぱり叶実さんって『ヴァンラキ』の作者なんだなって思っただけです」

「??」


 当然、僕のそんな考えが叶実さんに伝わるはずもなく、彼女はただ首を傾げるだけだった。

 でも、丁度『ヴァンラキ』の話題も出たことだし、今後のことを話すには丁度よいタイミングだ。


「あの、叶実さん。僕、今後は全力で叶実さんのサポートをさせて貰います。まだ高校生ですし、至らないところもあると思うんですけど……」

「そんなことないよ! 津久志くんは掃除もできるし、こんなに美味しいご飯だって作れるんだから、本当に凄いと思うよ! わたしなんて、津久志くんより年上なのに、1人じゃ何もできないし……えへへ」


 照れ臭そうに笑う叶実さんは、確かに年上という印象は持てなかった。


「いえ……叶実さんは、僕なんかよりも、凄いことができるじゃないですか」


 だけど、彼女は自分の作品を、自分の物語を書いて、沢山の人を楽しませている。

 僕のように、ずっと彼女の作品の続きを待ち望んでいる人がいる。


 ――そして、僕のように……。


「……う~ん、わたしが凄いこと? なんだろ……?」


 しかし、彼女は自分自身で全く心当たりがないと言わんばかりに、唸り声をあげながら考えている。

 まぁ、ここから先を伝えるのは、僕としても恥ずかしいというか、かなり主観的なことを言ってしまうことになるし、変にプレッシャーをかけてしまうことにもなりかねないので、今は僕の所信表明だけ、簡潔に伝えておくことにしよう。


「叶実さん。これからは僕も、叶実さんの力になりますから」


 こうして、一緒にご飯を食べたり、散らかった部屋の片付けなどしか今の僕にはできないけれど、それでも、叶実さんの……七色なないろ咲月さつき先生の力になれるのならば、僕は協力を惜しまない。


「津久志くん……うん! もちろんだよっ! こちらこそ、今後とも宜しくお願いしますっ!」


 叶実さんも、深々と頭を下げておじぎをする。

 やっぱり叶実さん、礼儀作法はしっかりとしている。


 ――なんて感心していると、さも自然な流れのように叶実さんが僕に告げた。



「それじゃあ、そろそろ津久志くんが使う部屋の案内をするね」



 …………うん?


 なんか今、叶実さんが変なことを言わなかったか?


「あ、あの……叶実さん? 僕の部屋って……どういうことですか?」


 恐る恐るといった感じで、僕は叶実さんに尋ねる。


「え、そりゃあ……」


 と、叶実さんは純粋な眼差しを僕に向けながら答える。


「津久志くん。これからはわたしと一緒に住むんだし、部屋はあったほうがいいでしょう?」


 叶実さんは小首をかしげる仕草をしながら、僕に分かりやすく伝えてくれた。

 叶実さんが嘘や冗談を言っているとは、とても思えない。


 ……オーケー。

 なるほど、そういうことね。


「……叶実さん。ごめんなさい。少し待っててくださいね」


 そう言って、僕は食事中にも関わらず、ポケットに入れていたスマホを取り出して、リダイヤルボタンを押した。


『おう、どうした津久志? 先生とまだお楽しみ中だろ?』


 若干含み笑いがあるような気がしたが、ひとまずそこは気にせずに僕は姉さんに捲し立てる。


「姉さん! 僕が叶実さんの家に住むってどういうこと!?」


 僕は単刀直入な疑問に対して、電話越しに今度ははっきりと、姉さんの笑い声が聞こえてきた。


『へぇ~、叶実さん、ねえ……。やっぱ、随分と仲良しになってんじゃねえか』

「そ、それはいいんだよ!」


 変なところを突かれてしまって、急に気恥ずかしなってしまう。

 よく考えたら、今日出会った人を下の名前で呼ぶというのは、かなり大胆なことに思えてきた。


「あれ? 電話の相手って、霧子きりこちゃん?」


 すると、僕の会話を聞いていた叶実さんが、電話の相手が姉さんだと気づいたようだった。


「津久志くん、ちょっと霧子ちゃんと話してもいいかな?」


 そういって、ひょいとこちらに手を伸ばす叶実さん。


「ほら、多分、わたしから話したほうがいいかな、って思って」


 ……確かに、ここは冷静さを失っている僕より、叶実さんと姉さんで話し合って貰ったほうがいいかもしれない。

 そんな判断を自らに下した僕は、スマホを叶実さんに渡した。


「あっ、もしもし霧子ちゃん? うん、そうそう。津久志くんは知らなかったみたいだよ? もう~、霧子ちゃんはドジっ子だなぁ~、あはは」


 姉さんからの声は僕には聞こえてこないが、叶実さんの様子から、やっぱり2人はかなり親しい間柄なのだということが伝わってきた。


「それで、津久志くんのことだけど……。えっ? ううん、そんなことはないよ!? むしろ、わたしは大賛成なんだけど……、うん、うん……」


 会話の内容が片方だけしか聞こえないため、いまいち要領が掴み切れない。

 今更ながら、会話をスピーカーにしてもらおうかと提案しようとした矢先、


「は~い、了解。それじゃあ……えっ、原稿? あはは~、そ、それは……あっ! なんか電波が悪いみたい!! あれ! 全然聞こえないや! とにかく、津久志くんのことはお任せくださいな! じゃあね!」


 プツン! と明らかに電波の不調ではなく、人工的に通話を終了させてしまった叶実さんからスマホを受け取る僕。


「あの、姉さんは、なんて言ってましたか?」

「うん、やっぱり津久志くんには伝えてなかったみたい。だから、わたしから言っといて~だってさ」


 いや、それなんの解決にもなってない気がするんですけど……。


「でね、霧子ちゃんとしては、津久志くんにはこれからわたしの家に住み込みで働いてほしいんだってさ」

「姉さんが……ですか?」


 それは……突拍子もない話で上手く飲み込めなかったというのもあるけれど、僕の胸にズキンと痛みが伴ってしまう。

 姉さんとは、僕が高校へ入学したと同時に一緒に住むようになって、たった半年くらいしか経過していない同居生活だったけれど、僕は姉さんと一緒に過ごせて楽しかった。

 でも、それが一方的な感傷で、姉さんからすれば、僕を引き取ったことを後悔しているんじゃないか、とずっと僕は心の中で不安を抱えていたのだ。

 そして今、その答えを突きつけられてしまったようで、僕はどんな反応をしていいのか分からないまま、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめていた。


「うん。あ~、でも、すっごく忠告はされちゃったかな?『あたしの大好きな津久志をお前に預けるんだから、仕事しねえとマジでどうなるか分かってんだろうな?』って言われちゃいました」

「……えっ?」


 だが、叶実さんの説明を聞いた途端、僕の視界が光を差し込んだかのように、明るくなる。


「姉さんが……そんなことを?」

「そうそう。霧子ちゃんって、本当に津久志くんのことが大好きだからさ。わたしも津久志くんの話いっぱい聞かされたもん。あっ、もしかしたら、わたしが羨ましがってたから、霧子ちゃんも津久志くんに会わせてくれたのかもしれないね」

「……姉さん」


 きっと、屈託のない叶実さんというフィルターを通したから、そう感じただけかもしれない。

 けれど、姉さんの僕に対する気持ちが伝わってきたようで、気が付けば胸の痛みはどこかへ消え去ってしまっていた。


「ただ……これで原稿書かなかったら本当に怖いなぁ……。霧子ちゃん……怒ると本当に怖いんだもん……」

「……叶実さん? すみません、最後のほうが声が小さくて上手く聞き取れなかったんですが……」

「あっ! ううん、なんでもないよ! ちょっとこっちの話です」


 手をブンブンと横に振る叶実さんは、続けて僕に告げた。


「ということで、霧子ちゃんの許可はちゃんと貰ってるので、わたしが責任を持って津久志くんをお預かり致します!」

「お、お預かりって……」


 なんか、知り合いにペットを預けるみたいな軽さなんだけど……。


「じゃあ、津久志くんのお部屋へ案内しま~す。さぁさぁ、こっちだよ!」


 そういうと、叶実さんは兎のようにぴょこんと椅子から降りて僕のところまでやって来たかと思うと、そのまま手を掴んで引っ張っていく。

 そして、叶実さんに案内されたのは、玄関からほど近い扉の前だった。


「は~い、ここが、これから津久志くんのお部屋になる場所です! 遠慮なく使ってね~!」


 意気揚々と宣言しながら扉を開けようとした瞬間に、彼女は台詞を1つ付け足した。


「あっ、でも少し散らかってるから、津久志くんの荷物が来るまでには片づけておくね。元々わたしの部屋だったんだけど、自由に使ってね!」


 そして、僕は目の前に広がった部屋の様子に、またしても息を呑む。

 叶実さんの発言通り、部屋の中は僕が最初にリビングで見た光景と全く同じ景色が広がっていた。

 さすがの僕も、今日はもうこれから片づけを始めようとは思わない。

 だが、今日1日、叶実さんと交流して分かったことは、彼女がこの部屋を綺麗にするためには、年単位の時間の消費が必要だということだ。


「……大丈夫です。僕が片づけますから」


 大きなため息と共に、僕は叶実さんにそう告げるのが精一杯だった。



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