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甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?  作者: ひなた華月
第10章 出版社のパーティーへ行こう! 後編
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第33話 パーティー衣装のぐうたら彼女


 叶実さんが姉さんに連行されてしまった3時間後。

 僕は電車を乗り継いで、目的地のホテルに到着していた。


 ホテルは歩いてすぐのところにあったので迷うこともなかったのだが、僕はエントランスに設置されているソファに座って頭を抱えてしまっていた。

 その理由は、実に明白である。


「ううっ……なんで姉さんたちいないんだよぉ……」


 まるで叶実かなみさんの口調がうつってしまったかのようになっているが、以前姉さんたちと連絡が取れない僕の立場になって考えてもらえると嬉しい。

 そう、僕は今、知り合いも誰もいない場所にひとりポツンといる状況なのだ。

 けど、待ち合わせ場所なども決めていなかったし、姉さんからは「会場には1人で行け」って言われたので、その指示に従っては見たものの、こうしてロビーで姉さんたちと合流することなく今の状況に至っている。


 最初は変に意識しないようにしていたのだが、いざホテルのエントランスまで入ってみるとスーツを来た大人の人たちがいっぱい通っていくので萎縮してしまう。

 姉さんからは、別に服装はなんでもいいと言われていたので、いつも外に出かける用のコートくらいしか用意していない。


 そもそも、姉さんたちはどこへ行ってしまったんだ?

 思い返してみると、姉さんが叶実さんをどこに連行したのかも聞いていない。

 一体、僕はあとどれくらいの時間をこのアウェーな空間で過ごさないといけないのだろうか?

 考えるだけで、胃がキリキリと痛んできそうだ。


「おー、久しぶりじゃないか。元気してたか?」


 すると、僕が座っているソファから見える位置で、2人の男性が立ち止まって何やら会話を始める。


「元気だよ。相変わらず新作案は全然通らねえけどな」

「そりゃお互い様だって。俺なんてこれで10回もボツくらったんだぜ。しかも1つは絶対受かると思って原稿まで進めちまってたからダメージでけえよ」

「マジかよ。俺だったらその原稿、他の出版社に持っていくかネットにアップするけどな」

「いや、でも担当の人と一緒に作った話だったからな。俺1人のものって訳じゃないし、違う作品で売れたら、またアテナ文庫で出してもらうように頑張ってみるさ」

「真面目だな、相変わらず。そんなんじゃ、今の厳しい出版業界は生き残れねえぞ」


 ……思わず聞き耳を立ててしまったけれど、話の内容から察するに、この2人の男性は間違いなく作家さんたちだ。

 服装も、別に着飾ってはおらず、僕のように外出用の服で一式揃えたといった印象。

 その点は、姉さんは嘘をついていなかったのでどこかホッとしてしまった。

 だが、その人たちは僕のようにエントランスで待機することもなく、そのまま会場があると思われるフロアに行くために、エレベーターを目指す。

 そして、まだ会話は続いているようだったので、自然と僕の耳にも入ってきた。


「ほんと、昔、編集部にあった『監禁部屋』が懐かしいよな」

「だな。あそこで原稿書かされたときは滅茶苦茶辛いんだけど、作家の仕事してるわ~って思えたしな」

「もしかしたら、今も誰か使ってるかもしれないな、その部屋」

「まさか。新人賞の改稿が間に合わなくて、監禁されたあげく授賞式に隈がくっきりついた顔で出席したのはお前くらいだよ」


 ははは、と2人の男性の笑い声を聞きながら、僕は嫌な予感が脳裏をよぎった。


 あの2人の作家さんの話が本当なら、原稿が間に合わなかった場合の『監禁部屋』が編集部には存在するということだ。

 いかにも前時代的な、それこそフィクションの中でしか存在していないんじゃないかと思われる物騒な名前だったけれど、もしそんな部屋が本当にあるんだとしたら?

 そして、パーティーの当日だろうが、そこに収容されてしまう可能性があるとするならば……。


 僕はその瞬間、畳の小さな部屋でワンワン泣いている叶実さんと、それを椅子で足を組みながら見下している姉さんという謎の光景が頭に浮かんできてしまったのだった。

 しかも、なんかリアルに想像できてしまうのが怖い……。


 叶実さんには、いくら原稿が遅れていたとしても、パーティーでそんな原稿の催促なんてされないだろうと言ってしまったけれど、あの2人の作家さんの話を聞いてしまうと、それがなんて楽観視した意見だったのだろうと思ってしまう。


「まさか姉さん……。本当にこのパーティーを餌にして、叶実さんに原稿を書かせているんじゃ……」

「んなわけねーだろ」


 ぽんっ、と肩を叩かれて振り返ると、そこには呆れた顔をして僕を見下ろしてくる姉さんの姿があった。


「姉さん!」


 たった3時間くらいしか離れていなかったのに、姉さんの顔を見た瞬間、安堵のあまりこの僕が姉さんに抱き着いてしまいそうになった。

 いや本当に、叶実さんみたいな性格になってるな……。

 ん、叶実さん?


「姉さん、叶実さんは?」


 僕はキョロキョロと周りを確認するが、彼女の姿はどこにも見当たらない。

 僕の頭で、もう一度ワンワン泣いて部屋に監禁されている叶実さんの姿が目に浮かぶ。


「ん? ああ……」


 しかし、僕の不安なんて全然気づいていないように、姉さんは面倒くさそうに頭を掻いて、振り返りながら口を開く。


「おい、いい加減出て来いよ」


 すると、丁度僕たちから視界になっている柱の影から、すっ、と黒い影が姿を現した。


「…………えっ?」


 その姿を見た瞬間、僕は言葉を失う。



 ――とても、綺麗な女性がそこにいた。



 黒いドレスを身に纏い、明るいブラウン色をした髪の毛がさっと流れる。


 ぱっちりとした瞳は宝石のように輝いていて、口紅で彩られた唇は少し大人の雰囲気を醸し出していた。


 ほんのりと化粧をしているようだけれど、元々の容姿が端麗であることが分かるくらい、それは自然なもので……。


 僕は人生の中で、こんなに綺麗な人を見たことがないと、本気でそう思った。


「……つ、津久志つくしくん」


 だが、僕を呼ぶその声だけは、何度も聞いたことがあるものだった。

 同時に、この女性の正体が誰なのか、分かってしまった。


「えっ、か、叶実さん!?」


 僕がそう呼ぶと、彼女は頬を真っ赤にして、潤んだ瞳で姉さんを見た。


「ほ、ほら! やっぱり津久志くんも変だって思ってるよ、霧子きりこちゃん!!」


 慌てたようにじたばたとする叶実さんは、確かに僕のよく知っている叶実さんの態度だったが、僕は彼女をフォローする言葉すら口に出せず呆然としていた。

 だが、それは決して叶実さんが思っているような、今の彼女の姿が変だから、というわけじゃない。

 むしろ、その逆だ。


「違うだろ? お前に見惚れてたんだよ。な、津久志?」

「ふ、ふええっ!」


 本来なら絶対に出さないような声を上げてしまう僕。

 そのせいで、ロビーにいた人たちの視線が集まったような気がしてしまい、さらに恥ずかしい目に遭ってしまう僕だったが、叶実さんは僕だけを見て、潤んだ瞳を向けながら問いかける。


「ほ、ほんと……? 津久志くん? 本当にわたし……変じゃない……かな?」


 そう呟いた叶実さんの姿は、今まで僕が接してきた叶実さんとは全くの別人で、戸惑ってしまった僕だったけれど、はっきりしていることがある。


「変じゃない……ですよ。凄く……綺麗だと……思います」


 これだけは、疑いようもない事実だった。


「う、うん……」


 そして、叶実さんは上目遣いのまま、少し前髪で隠れてしまった目をこちらに向けて、呟く。


「ありがとう……津久志くん」


 少しの間、僕たちの間にむず痒い空気が流れていた。


「おしっ、んじゃ受付行くぞ」


 しかし、姉さんの鶴の一声でその空気も一気に瓦解し、実に堂々とした歩調で目的地まで目指す。


「ま、待ってよ霧子ちゃん!」


 叶実さんは、慣れないヒールの靴だったからなのか、少し歩きにくそうにしながらも姉さんに付いていこうとする。


「ほ、ほら。津久志くんも一緒に行こ」

「あっ、はい、はい!」


 そして、僕も言われるがまま叶実さんの隣を歩いて、姉さんの背中を追う。


 ただ、そのときに見た叶実さんの横顔もとても綺麗で、僕はまた、初めて叶実さんと出会った時のことを思い出して、胸が高鳴ったのだった。


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