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甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?  作者: ひなた華月
第9章 出版社のパーティーへ行こう! 前編
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幕間『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』 第8巻 抜粋


「そう……スヴェンはそのまま、逃げてしまったのですね」

「はい……。誠に申し訳ございません」


 サザンクロス教会本部にて、頭を垂れるカメリアを2人の女性が見つめる。

 1人は毅然とした態度で立ち、その表情には感情が一切浮かび上がっていない少女。

 歳はまだ15にも満たないその幼い体躯とは、不釣り合いなほどの大剣を背中に携えている。

 彼女はカメリアと同じ聖神官の1人であり『金剣のリス』と呼ばれる人物だった。

 だが、カメリアは彼女が剣を抜く姿を一度も見たことがなく、声すらも聞いたことがない。

 そして、その隣の玉座にて座る白いドレスを身に纏った女性は、同じく真っ白に染まってしまった長い髪を手で梳かしながら告げる。


「そう……残念ね。またあの子に会えると思っていたのに」

「……申し訳ございません」

「いいのよ、カメリア。ジェルベラを連れて帰ってきてくれただけでも十分だから」


 再び謝罪の言葉を口にしたカメリアに対して、ゆっくりと笑みを浮かべながらその女性は労いの言葉を告げた。


「それで、スヴェンは元気だったかしら? 昔から無茶をする子だから、私は心配なのだけれど……」


 手のひらを頬で触れながら、微笑を浮かべる白き薔薇の乙女。

 彼女こそ、サザンクロス教会の最高位の名を与えられた人物『聖女』ローズ=マリィであった。


「……でも、仕方ないわよね。悪いことをしたら怒るのが、親としての義務ですもの」


 ふふっ、と笑みを浮かべるマリィだったが、その感情はカメリアにも読み取れなかった。


「マリィ様……」


 しかし、カメリアはマリィの口から聞き出したいことがあった。


「スヴェンは、本当に変わってしまったのでしょうか?」

「……どういうこと、かしら?」


 カメリアの問いに対して、マリィは同じく質問で返す。


「いえ……」


 だが、カメリア自身も、なぜそのようなことを聞いてしまったのか分かってはいない。

 それでも、再会したスヴェンと言葉を交わしたときの感覚は、以前の彼とは全く異なっていた。


「スヴェンが……あの吸血鬼を庇う理由が、何かあるのではないでしょうか?」

「……そう。それは『鮮血』の血を持つ吸血鬼が関係していると、そう言いたいのかしら?」


『鮮血』については、カメリアが報告を上げる以前から教会で極秘情報として知られていたことであった。

 そして、『鮮血』の吸血鬼を確保しようと、教会の人間が動いていることも知っている。

 だが、その正体は以前としてカメリアたちには通達されていない。

 しかし、カメリアが確認したかったことは、あの吸血鬼の少女についてではない。

 カメリアにとって、スヴェンは特別な存在だった。


 自分と同じ、家族や信頼できる人もいない、孤独な人間のはずだった。

 そして、誰よりも吸血鬼という存在を許していない人間だったはずだ。

 それなのに、彼はまるであの吸血鬼を家族のように庇っていた。


 ――そう。まるで、人間のように。


「いえ……スヴェンはもしかしたら……彼女のことを『人間』と同じだと……そう思ったのでは――」


「化物よ」


「!!」


 その瞬間、カメリアは全身に悪寒が走った。

 全身に、寒気を感じる。

 自分でも気づかない内に、ガタガタと震え、立っていることさえ苦しみを感じる。

 しかし、目の前に座るマリィは、今もなお、平然とした顔をしている。

 それでも、カメリアは二度と彼女の顔を正面から見ることができないほどの、恐怖を感じていた。


「……そうね、カメリア。あなたには教えておくわ。『鮮血』を持つ吸血鬼の血はね、『人間』が飲むと『吸血鬼』の力を得られると云われているの。それも『人間』のまま、ね」

「人間の、まま……」


 吸血鬼とは、本来は血を吸われた人間が稀に変異して生まれる存在だ。

 そのため、吸血鬼になろうとしても、その人間に変異がおこらなければ、そのまま死んでしまう。


「さて、ここで質問するわね、カメリア。もし『誰でも吸血鬼になれる血』があるとすれば、あなたは欲しくなるかしら?」

「それは……」


 今まで吸血鬼と対峙してきたカメリアだからこそ、分かることがある。

 吸血鬼たちは、人間を超越した力を持ち、生命力を持つ。

 その力を欲する者も、人間の中にはいるだろう。

 事実、サザンクロス教会以外にも吸血鬼を狩る組織は存在し、その者たちは国で禁止されている吸血鬼の肉や血を売買しているという話もある。


 ある者は、美しい美貌を求めて。


 ある者は、不老不死の力を求めて。


 理由は千差万別あれど、全てが人間の持つ『欲』から生まれる願望だ。


 無論、カメリアにもその人間たちの『欲』を理解することはできる。

 だが、理解は出来ようとも、納得はすることはできなかった。


「私は、人間として生きていくことを選びます」


 はっきりと、カメリアはそう答えを出した。


「……ふふっ」


 すると、また微笑を浮かべてマリィは小さな拍手をする。


「カメリア。やっぱり、あなたは私が選んだ子だわ。良かったわね、リス」


 そして、未だ微動だにせず立っていたリスに向かってマリィは呼びかける。

 だが、リスは何も反応せず、ほんの少しだけ眼球をマリィのほうに向けただけだった。


 ――そう、カメリアは確かに、リスを見ていたはずだ。


「――了解。任務の破棄を承諾致します」

「えっ……」


 そう声を漏らしたのは、今まで一度も自分の前では口を開いたことがないリスが初めて言葉を発したから……ではない。


 ごろん。


 と、カメリアの前に、まるでゴミを捨てるかのように、何かを転がしてきたからだ。


「!?」


 そして、カメリアがそれを見た瞬間、大きく目を見開いた。


「ええ、だから言ったでしょう、リス? カメリアはその人みたいに、私を裏切ったりしない、ってね」


 カメリアが目撃したもの。


 それは、同じ聖神官として、長い年月を聖女ローズ=マリィに尽くしていたという初老の男、『銀弾のスリズィエ』の生首であった。




 オリポス文庫 著:七色咲月 

『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』 8巻収録「カメリアの選択」より抜粋



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