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甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?  作者: ひなた華月
第9章 出版社のパーティーへ行こう! 前編
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第30話 クールなクラスメイトからのアドバイス


瀬和せわくん……どうされたんですか? なんだか今日は元気がないように見えるんですが……」


 昼休み。

 すっかりと習慣になってしまった屋上前の踊り場での小榎こえのさんとのランチタイムの際に、そんなことを言われてしまった。


「そ、そう、かな……?」

「はい。朝から少し様子が変だなと思っていましたが……授業中もどこか上の空でしたし……はっ!」


 と、心配そうに言ってくれる小榎さんだったが、途中で息を呑むような音が聞こえたかと思うと、慌てたように手を振りながら早口で告げる。


「ち、違いますよ! 私が瀬和くんのことをずっと見てたとか、そういう訳ではなくてですねっ!」


 どうして小榎さんが急に慌てだしたのかよく分かっていない僕は、ただ首を傾げるしかなかった。

 すると、小榎さんも次第に落ち着いてきて「こほんっ!」と咳払いすると、また真剣な表情になって僕の顔をしっかりと見ながら告げる。


「……その、何かあったのなら、私で良ければ相談してください。と、友達なんですから……」

「小榎さん……」


 くるくると指で髪の毛を触りながら、そう言ってくれた小榎さんのおかげで昨日から重くのしかかっていた重みが緩和されていくような気がした。


 それにしても、友達、か。


 確かに、傍から見れば僕と小榎さんの関係は『友達』と呼んでも差し支えないのかもしれない。

 ただ、そういう関係を誰かと結んだことがない僕にとっては、小榎さんが初めての『友達』で、特別な存在になりつつある。

 だから、小榎さんになら僕の秘密をある程度話してもいいんじゃないか?

 何より、自分のことを心配してくれている人の気持ちを、無下になどできないと考えた僕は、思い切って告白してみることに決めた。


「小榎さん……それじゃあ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど、いいかな?」

「はい、もちろんです」


 そう口にすると、小榎さんは優しい笑みを浮かべながら、頷いてくれる。


「実は、僕の姉さんなんだけど、出版社で働いてて、編集者をしてるんだ」

「お姉さん……って、以前瀬和くんとお店に一緒に来ていた方ですか?」

「えっ? あ、う、うん……」

「そうですか。あまり瀬和くんとは似ていない気もしますが……。って、失礼なことを言ってしまいましたね……」

「い、いや。そんなことないよ! よく言われることだし……」


 ――しまった。

 叶実かなみさんのことは、『ヴァンラキ』の作者ということもあって、僕と同じように大ファンである小榎さんが叶実さんの正体を知ったら色々とギャップがあって困惑してしまうんじゃないかと思って、とっさに嘘を吐いてしまった。

 小榎さんなら、叶実さんの正体を知っても『ヴァンラキ』のことを嫌いになったりはしないだろうけど、まさかお店の常連さんが自分の好きな作家さんだと知ったら、今後も業務に色々と支障がでてしまうかもしれない。

 そう考えてしまった結果、色々と問題はあるかもしれないけれど、とりあえず叶実さんは僕の姉さんということを訂正せずに話を進めることになってしまった。


「ですが、編集者ですか……。凄いですね、お姉さん」


 一方、そんなことは露知らず、小榎さんは続けて僕に質問を投げかける。


「あの、お姉さんはどこの出版社で働いているのか、聞いてもいいですか? あっ、でも今はフリーで編集をしている人も多いといいますよね……」


 さすがは社会経験が多い小榎さんだ。

 僕なんかよりよっぽど編集の仕事について詳しいかもしれない。

 それに、質問内容もちょうど僕の悩みと繋がるところがあるので、丁度よい会話運びとなった気がする。


「それが、僕も最近知って驚いたんだけど、オリポス出版で働いてたんだよ。しかも、アテナ文庫の編集者として……」

「そうですか、オリポス出版のアテナ文庫に…………えっ?」


 小榎さんは僕の言葉を反芻するように自分で呟いた瞬間、目が点になって微動だにしなくなった。


「こ……小榎……さん?」


 そして、小榎さんは首をギギギ、とブリキ人形のような音を立てながら僕のほうへ顔を受けて呟く。


「お……オリ……オリオリオ……!?」


 変なラップみたいになってるけど、突っ込んだら駄目なんだろうな。

 今までも、それなりに小榎さんの意外な一面を見てきた僕でも、こんなに口がポカンと空いた姿は見たことがなかった。


「うん……まぁ、驚くよね。僕も最初は驚いたし……」

「おっ、驚くなんてものじゃないですよ!!」


 すると、小榎さんは僕とぶつかってしまうんじゃないかという距離まで顔を近づけて来た。


「あ、あのオリポス出版のアテナ文庫ですよっ!? そ、そそそ、それってつまり!!『ヴァンラキ』が出てる編集部ってことじゃないですかっ!?」


 そして、何かに気が付いたように、はっ、と息を呑んだ小榎さんがブツブツと呟く。


「な、なるほど……お姉さん、あのお店によく来られてたみたいですけど、あれも取材の為だったのかもしれませんね……。店長って顔も広いですし、色々とパイプがあるようですから……」


 なんだか知らない間に僕たちが猫耳メイド喫茶に訪れた理由に納得していたようだったが、小榎さんは恐る恐るといった感じで、再び僕に問いかける。


「あ、あの……も、もしかして瀬和くんのお姉さんって、な、七色咲月先生に……あ、会ったことがあったりするのですか?」


 ……う~ん、流石にここは正直に話さないといけないよね。


「……会ったことがあるっていうか……その、担当作家、なんだけど……」

「!“#$%&?・+*2!?」


 すると、もう何を言ってるのか分からない言語で、小榎さんは甲高い声を上げた。

 ああ……声優さんなのに、もの凄い喉に負担がかかるようなことをさせてしまった。

 ただ、不思議な周波数を発していたのか、下の階にいる生徒たちが小榎さんの叫び声に気付いて駆けつけるようなことはなかった。

 そして、小榎さんは「ううっ!」と呼吸を荒らしながら、胸を押さえて苦しそうにする。


「あ、あの……大丈夫、小榎さん?」

「す、少し待ってください……お、落ち着きますから……」


 そ、そんなに驚かせちゃったかな……と思ってしまったものの、同じことを姉さんから知らされた僕の反応も、客観的に見ればどっこいどっこいだったような気がする。

 ただ……はぁはぁと、吐息を漏らす小榎さんの姿が、まぁ……その、ちょっと僕の心臓への負担が重い。

 なんだか、居心地の悪さを感じているところで、小榎さんも落ち着いてきたようで、はぁはぁと息は漏らしながらも、何とか僕と会話ができるくらいまでは回復したようだった。


「そ、そんな凄い方だったのですね、瀬和くんのお姉さんは……」

「う、うん……僕から見ても、姉さんは凄い人だとは思うけど……家では普通だよ?」


 ちょっと怖いところもあるけど、という余計なことは言わないでおく。

「せ、瀬和くん……瀬和くんは知ってるのですか……そ、その……七色先生がどんな方……なのか……」

「え、えっと……。ご、ごめん……僕もよく知らないんだ……」


 本当はどんな人かも良く知ってるし、なんなら小榎さんだって一度会っているのだが、これ以上色々暴露すれば小榎さんの心臓がもたないので止めてあげよう。


「そ、そうですよね……。私も……どんな方なのか興味はありますが……そういう詮索は良くないですよね。ううっ、でも知りたいような……」


 心の葛藤が垣間見える小榎さんだったが、心が決まったのか頬をパチンッと叩くと、凛々しい顔でグッと右手に拳を作って宣言する。


「私ッ! ちゃんと我慢します! そりゃあ、色々と七色先生のことも知りたいですが……我慢しますっ!」


 2回も「我慢する」と言った小榎さんの決意は、相当固いようだった。


「えっと……それで、瀬和くんの悩み……ですよね? お姉さんのお仕事を教えてくれたということは、それに関連するお話、ということですよね?」


 おっと。小榎さんのバリエーション豊かなリアクションを見ていたから、僕の悩み相談なんて忘れてしまっていると思ったけれど、そこは普段からしっかり者の小榎らしく、話を元の軌道へと修正させる。

 なので、僕も話の核心であった出版社のパーティーについて、小榎さんに話すことにした。


 そして、僕の話を聞き終えると、小榎さんは驚いてはいたものの、最初の「姉さんが七色咲月先生の担当編集」という話のほうがインパクトがあったのか、その後は冷静に話を聞いてくれていた。


「そ、そうですか……。成程、確かにそれは緊張してしまいますね……」


 と、話を最後まで聞き終えた小榎さんは、真剣なまなざしのまま、僕に告げた。


「ですが、それは瀬和くんにとっては凄くチャンスなことなのではないでしょうか?」

「チャンス?」


 僕が問い返すと、小榎さんは人差し指を空中でタッチするような動きを見せながら答える。


「だって、沢山の作家さんが集まる場所なわけですから、その人たちのお話を直接聞けるなんて滅多にない機会ですよ。もし、私が声優の先輩方とそのような機会があれば、絶対にお話を聞きにいきますよ」


 正直、小榎さんがこんな風な考えを持っているということは意外だった。

 誰かに積極的に話に行くという小榎さんの姿が、あまり想像できなかったからだ。

 けど、今の小榎さんの意見は尤もなことだった。

 そして、小榎さんは最後に僕を安心させるような笑顔を浮かべる。


「大丈夫です。瀬和くんってなんというか……とても話しやすい方なので、作家さんたちが相手でも失礼になることはないと思います。それに、デビュー前にプロの作家さんと知り合いになれるかもしれませんよ」


 それは、きっと小榎さんなりの冗談なのだろう。

 僕なんて、ただネットに自作の小説を上げているだけの、それこそ、そんな人たちが沢山いる今の世の中では珍しくない分類の人間だ。

 けど、小榎さんの言う通り、せっかくの機会なのだから、それを物にしたほうが絶対にいいに違いない。


「……ありがとう、小榎さん。ちょっと、気持ちが楽になったよ」

「ふふっ、どういたしまして」


 僕がお礼を告げると、小榎さんは自然な笑みを浮かべて僕にそう言った。

 その顔は、やっぱり同じ教室にいてもなかなか見られないような、可愛らしい笑顔だった。

 しかし、小榎さんはすぐに下を向いたかと思うと、両手を指先だけ合わせながらモジモジするというよく分からない仕草をしながら、ぼそりと呟く。


「あ、あの……ですね……瀬和くん……」


 そして、近い距離にも関わらず僕に聞こえるか聞こえないかの声で、ぽつりと呟いた。


「その……もしかしたら…………お姉さんに頼めば……七色先生のサインとかって……貰えたりしますかね?」


 そう告げた小榎さんは、少し申し訳ないという気持ちがにじみ出ているものの、期待を込めた上目遣いで、僕を見てくるのだった。


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