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甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?  作者: ひなた華月
第7章 初めての友達
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第24話 僕たちが大好きなもの

 昼休み。


 いつもは自分の席でご飯を食べる僕だったが、今日はお弁当を持って離席する。

 ただ、呼び出しといっても、僕が何か悪いことをして先生に呼び出されたとかそういうわけではなく、ある女子生徒からの呼び出しを受けているのだった。

 昼休みが始まって、その女子生徒はすぐに教室からいなくなったのだが、案の定、校舎の最上階の屋上前の踊り場でその女子生徒は僕を待ってくれていた。


「お、お待たせ……小榎こえのさん」

「べ、別にそれほど待ってはいません……」


 僕が声をかけると、彼女は恥ずかしそうにしながらも返事をしてくれた。


「……すみませんが、こっちに来てください。他の人にはその……あまり見られたくないので……」


 そして、彼女は踊り場のさらに奥のほうへと、僕を案内する。

 多分、何かのタイミングで他の生徒が来ても、この場所なら上手く見えない角度になるからだろう。

 これから小榎さんが話す内容を考えれば、その気持ちは僕でも察するところはある。

 なので、僕は促されるまま、彼女の傍まで近づいて腰を下ろした。

 しかし、冷静さを保とうとはしているものの、女の子の近くに座るというのは、そこはかとなく緊張感が生まれてしまうものだ。

 叶実さんと一緒に暮らすようになって、少しは耐性がついているはずなのに、小榎さんの隣にいると思ったら、ますます意識してしまう自分がいた。


「…………」


 小榎さんは隣で髪をクルクルと触りながら、下を向いている。

 しかし、ずっと黙っているわけにはいかないと思ってくれたのか、ポツポツと話し始めてくれた。


「……あの台本、今日の仕事で使うものなんです」


 ある程度予想は出来ていたのだが、それを証明してくれるように小榎さんは僕に告げた。


「……私、声優の仕事をしているんです。まだまだ全然……始めたばかりなんですけど……」


 隣で、小榎さんが力を入れて身体をギュッとしたのがわかった。

 それでも、小榎さんは最後まで話すことを決意してくれていたみたいで、包み隠さず全部話してくれた。


「今年の春に、事務所に入れたんです。それで、仕事も少しずつですが貰えるようになって……」


 つまり、僕が見てしまった台本『宇宙怪盗アイドル アルセーニュ』も、仕事で使う台本だったようで、学校から直接現場に行かなくてはいけないようで、こっそり持ってきていたということらしい。

 ちなみに、小榎さんは主人公であるアルセーニュを追う銀河警察の一員の役として抜擢されたそうだ。

 僕は声優さんとかのお仕事をあまり詳しくは知らないけれど、ドラマCDということはちゃんと商品として発売されるわけで、これって結構凄いことなんじゃないだろうか?


「そ、そんなことありませんっ! 役を貰えたっていっても、まだモブキャラの1人ですし……!」


 素直に感心した僕だったけれど、小榎さんは慌てたように首をブンブン振った。


「演技だって、まだまだ全然なんです……。だから、演技の練習も兼ねて……先輩の人からあのバイトを紹介されて……」

「あのバイト……? ああ……」


 小榎さんの口からバイトと言われれば、僕が思い当たることは1つしかない。


「それが理由で、あの猫耳メイドさんのバイトしてたんだ」


 すると、小榎さんは隣で小さく恥ずかしそうに頷いた。

 まさか、昨日の出来事がこうして繋がってくるとは……。


「あの……瀬和せわくん……。本当に、私の仕事のことは……」

「大丈夫、誰にも言わないよ」


 僕は笑顔で、小榎さんに向かって朝と同じ台詞を告げた。

 先回りして言ってしまったせいなのか、小榎さんが目をぱちくりとさせながらこちらを見ている。


「い、いや。そういうのって、誰にも話したくない気持ち、僕にも分かるし……」


 と、僕は逡巡したのち、思い切って告白することにした。


「僕も……自分でラノベ書いたりしてるから……」

「ラノベ……?」

「うん……ラノベっていうのは……って、声優さんのお仕事してるのなら知ってるよね」


 ラノベ発のアニメは数もそれなりに多いし、声優さんの仕事をしている小榎さんからしたら、それほど珍しいジャンルではないだろう。

 ただ、やっぱり同級生……しかも、あまりちゃんと話したことない女の子に自分の趣味を打ち明けるというのは、それなりに緊張するものだ。

 自分の立場になって初めて、僕は本当の意味で小榎さんの気持ちが分かったような気がする。

 しかし、恐る恐る小榎さんのほうを見ると、彼女は興味深そうに僕のことを見ながら言った。


「もちろんです。そうだったんですか。凄いですね、自分でお話が書けるなんて」

「そ、そんな大したものじゃないよ! 別に、小榎さんみたいに仕事でやってるわけじゃないし、趣味みたいなものだから……」


 同じ秘密の共有ということなら条件は同じかもしれないけれど、僕がやっている創作活動なんて趣味の延長戦でしかないわけで、小榎さんがやっていることとはスケールが違う。

 小榎さんからしたら、同義に語られることすら不快に思うかもしれないと思ったのだが、


「そんなことはありません。自分のやりたいことをちゃんとやっている人は、立派だと思いますよ」


 いつものクールな小榎さんとは違って、とても自然な笑みを浮かべながら彼女はそう告げた。

 笑顔なら、猫耳メイドカフェで何度も見たけれど、今の彼女の姿が本当の小榎さんの素顔なのかもしれないと、そう思えるくらいに素敵な表情で見惚れてしまう。


「あっ、すみません……。なんだか偉そう……ですよね?」


 しかし、僕の視線を違う意味に受け取ってしまった小榎さんは、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。


「ううん! そんなことないよ! むしろ、嬉しいというか……そんな風に言ってくれるなんて思ってなくて……」


 僕がラノベを書いてることを知っているのは、姉さんだけだけど、姉さんだって感心はしてくれたものの、こうして褒めてくれたりはしなかったので、なんだか照れくさい。


「ちなみに、私もライトノベルは好きですよ」

「えっ、そうなの?」


 意外だよ、と言いかけたところで、そのイメージを持っているのは『琴葉ことはひめ』のときの小榎さんで、今となっては意外でもなんでもない。


「自分で書くくらいですから、瀬和くんもライトノベルの見識が広いんですよね。どういうものが好きなんですか?」


 そう聞かれて、僕が浮かべる作品は1つしかないので、そのタイトルを自然と口に出してしまう。


「僕、小さい頃はアニメとか漫画とかも全然読んでなかったんだけど、中学生のときに『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』って作品を読んで、それから凄い嵌っちゃって――」


 と、僕がヴァンラキのことを語ろうとした瞬間、


「ヴァンラキ!?」


 と、小榎さんが腰を浮かせて僕に詰め寄ってきた。

 それだけでも十分驚いてしまったのだが、小榎さんは目を輝かせながら、さらに僕に詰め寄って来る。


「わ、私も大好きなんですっ! むしろ一番好きといっても過言ではないくらい好きですし、一生ジャンヌちゃん推しでいるって心に誓ったくらいジャンヌちゃんのことが大好きで、もうあの聖女っぷりが可愛くて可愛くて仕方ないというか、人間と吸血鬼どっちにも優しいのがまたキュンキュンさせられちゃうんですよね!! あと、5巻から出てきたシルちゃんいるじゃないですか!? シルちゃんも最初は凄く怖い子かと思ったんですけど、ジャンヌちゃんと交流していくうちに心の変化があって、妹みたいな関係になっていくのが凄くいいんですよね!? そうだ! 瀬和くんがどのキャラが好きですか!?」

「え、えっと……やっぱりスヴェンとか、ジェルベラが好きかな」

「あー! スヴェンもジェルベラも人気ありますよねー! ジェルベラなんて初登場のときレーヴルさんにあんなことしたから、私の評価最悪だったんですけどジェルベラの過去エピソード読んだときは、もう涙が止まらなかったんですよね!」

「分かる分かる! あれでジェルベラのファン、かなり増えたよね絶対」

「あれはズルいですよ~。ヴァンラキの感動エピソードの中でもトップ3に入るお話ですからね。あっ、ちなみに私の中のベストエピソード2つはですね――」


 キラキラした目で僕を見る小榎さんは、もはや僕の知っている小榎さんではなかったが、その様子にどこか既視感を覚えていた。

 そして、すぐに小榎さんの顔が叶実さんの姿と重なっていることに気が付いた。

 好きなことを語るとき、皆同じような顔をする。


 自分たちにとって、夢中になれるもの。


 それが小榎さんにとっての『ヴァンラキ』であり、それは僕も同じだった。

 いつの間にか、僕たちの間にあった緊張感はすっかり消えてしまい、2人で『ヴァンラキ』を話題に大いに盛り上がってしまった。

 そして、気が付いたときには昼休みが終わるチャイムが校舎内に響き渡っていた。


「……す、すみません。お弁当、食べられませんでしたね」


 僕の膝に乗っているお弁当箱を見ながら、申し訳なさそうに呟く小榎さん。


「いいよいいよ。むしろ『ヴァンラキ』のこといっぱい話せて楽しかったし、今までそういう人が近くにいなかったから」

「私も楽しかったです! あ、あの……」


 と、先ほどまでの勢いはどこへやら、恥ずかしそうにする小榎さんは、またギュッと身体を縮こまらせながら、僕に告げる。


「よ、良かったらまた、昼休みに一緒にお話しませんか? 私、普段からここでご飯食べてますし……瀬和くんが迷惑じゃなければ……ですけど……」

「えっ……」

「あ、あのっ! 本当に迷惑なら、断ってくれてもいいですから……」


 僕のリアクションを見て、明らかに気分を落とした様子の小榎さんだったけれど、僕が驚いてしまった理由は、決して嫌だったわけじゃなく、ただ単に女の子から昼ご飯を一緒に食べようと誘われることに耐性がなかっただけである。


「全然そんなことないよ! むしろ、僕も小榎さんと『ヴァンラキ』の話いっぱいしたいし」

「そ、そうですか! では是非よろしくお願いしますっ!」


 最後に、小榎さんはとても嬉しそうな笑顔を浮かべながら立ち上がって、僕にお辞儀をした。

 そのまま2人で一緒に教室に戻ろうとしたけれど、寸前で「2人一緒に帰ったら変な誤解をされないだろうか?」と思い至って、別々に教室へと戻ることにした。

 先に小榎さんが教室に戻ったので、後から僕が教室に入っていくと、小榎さんはいつものように自分の席に座って、窓の外を見つめていた。

 ただ、その口元が少しだけ笑っているように見えたのは、多分僕の気のせいじゃないと思う。



 こうして、僕は学校の有名人である『琴葉姫』の秘密を知ってしまったわけだけど、そのキッカケが『ヴァンラキ』であり、作者である叶実さんのおかげなんだと思うと、ちょっと不思議な感じがする。


 僕の人生に少しずつ変化が訪れるキッカケは、いつも『ヴァンラキ』だ。


 最近は、ちょっとご本人様の残念な姿を見てしまっているのでアレだけど、やっぱり叶実さんって凄い人なんだなと、改めて尊敬の念を抱いたのだった。


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