表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?  作者: ひなた華月
第5章 働かざるもの食うべからず
22/89

第17話 第一回瀬和姉弟作戦会議


「いや、お前まで腑抜けになってんじゃねえか。よし、津久志つくし。気合入れなおしてやるからビンタしてやる。覚悟しろよ」

「コンプライアンスッ!!」


 開口一番、相変わらず怖い発言をする人は、もう説明はいらないかもしれないけれど、念のため言っておくと、七色なないろ咲月さつき先生の担当編集であり、僕の姉さんでもある瀬和せわ霧子きりこさんです。


「やめてっ、霧子さんっ! お兄ちゃんをビンタするなら、愛衣が代わりにビンタされるから!!」


 そして、僕を庇うように間に入ってくれたのは、姉さんのマンションの隣室に住んでいる中学3年生、重井しげい愛衣あいちゃんだ。


「……ちっ、命拾いしたな、津久志」


 もちろん、そんな可愛い中学生の女の子に手を出せるはずもなく、勢いよく立ち上がっていた姉さんは、再びソファへと腰を沈めてゆったりとした体勢に戻ってくれた。


「よ、良かったね。お兄ちゃん……!」


 そして、僕を庇ってくれた愛衣ちゃんはというと、ウルウルとした目を僕に向けながら小さくガッツポーズをした。

 いや、本当にごめんね、愛衣ちゃん。ウチの姉さんが怖い思いさせちゃって……。


「大丈夫だよ。愛衣はどんなときも、お兄ちゃんの味方だから」


 にこっと可愛らしい笑みを浮かべるその表情は、慕われている身としては非常に頼りになる仕草なのだが、ここまで献身的になられてしまうと、ちょっと将来が心配ですらある。

 ましてや、僕の代わりに姉さんから気合を注入される必要もなければ、そもそも、そんなことをやっていいのは、多分某有名な元プロレスラーさんくらいである。


 さて、いきなりハードな展開になっていることを謝罪しつつ、現在の状況を説明すると、僕は週末、再び姉さんの家へと帰省していた。

 帰省という言葉が似つかわしくないほど姉さんの家と叶実さんとのマンションの距離は全然離れてはいないのだけれど、僕の気分としてはそういう感じになるので、あえて帰省と表記させてもらおう。


 そんなことはどうでもいいとして、丁度1週間前に帰ってきたにも関わらず、何故また姉さんの家にやってきたかというと、姉さんから呼び出しの連絡を受けたからだった。

 1週間とはいえ、全く成果を挙げない僕に叱咤激励の言葉でも投げかけるのかと戦々恐々で身構えていたのだけれど、家に行ってみると、そこには以前と同じように愛衣ちゃんの姿があった。

 事情を聞いてみると、今年受験生である愛衣ちゃんが勉強で疲れ気味だったのが、この前僕がたまたま帰ってきたときに会ったのが理由で、元気を取り戻したらしい。


「んで、愛衣ちゃんのお母さんも喜んでたから、それじゃあ1週間に1回くらいはお前にも顔出すようにしたほうがいいかなって思ったわけ」


 ということで、1週間に1回、こうして週末に顔を出すというマニフェストが僕の知らないところで決定したそうだ。

 そして、今は愛衣ちゃんとキッチンで2人並んで、カレーを作る準備をしている。

 愛衣ちゃんは客人であるにも関わらず、僕の作業の手伝いを申し出てくれた。

 普段から、お母さんの手伝いをしているらしく手つきは非常に慣れたものである。

 じゃがいもの皮も、ちゃんと包丁で手際よく切っているので大したものだった。

 そして、具材を全部カットして鍋でルーと一緒に煮込んでいる間に、愛衣ちゃんが不安そうな顔で僕のほうを見ながら言った。


「お兄ちゃん……やっぱり愛衣が我が儘言っちゃった……かな? お兄ちゃんも大変なのに……」


 どうやら、愛衣ちゃんは自分の我が儘に、僕を付き合わせてしまっていると思っているらしい。

 今日最初に会った時も、笑顔を浮かべてくれていたけれど、少しぎこちないと思ったのはそれが原因だったようだ。


「ううん、そんなことないよ。僕も愛衣ちゃんに会えて楽しいよ」


 なので、愛衣ちゃんが気にしないように、ちゃんと誤解を解いておくことにした。


「ほ、ホント……!? そ、それなら愛衣も……嬉しいな……」


 下を向きながら、身体をくねらせる愛衣ちゃんの仕草がなんとも可愛らしい。

 まぁ、僕としては愛衣ちゃんにもおばさんにも、姉さんの家に引っ越して来てからは色々とお世話になっているし異論はないのだけれど……。

 僕、知らない間に色んな人にレンタルされてしまっているような気がする。

 ただ、やっぱり姉さんのことも心配なので、こうして定期的に帰ってくる理由を作ってくれたのは、僕の心情としてもありがたかった。


「姉さん。またお酒の量増えたでしょ? あまり飲みすぎたら駄目だからね」

「わーっかてるよ。このところ、仕事が忙しいから仕方ねえだろ。誰かさんとは違って」


 最後に間接的な嫌味を言われてしまった気がするが、気付かなかったことにしよう。


「あの……霧子さんのお仕事って、編集さんなんだよね? そんなに大変なお仕事なの?」

「おー、しんどいぞー。まぁ、この世に楽な仕事なんて投資くらいだけどな」

「投資……?」


 いや、愛衣ちゃんもそんなに真剣に考えこまなくていいからね?

 あと姉さん。女子中学生に投資の話とかしないで。

 それに、投資だってちゃんと勉強した人が、毎日株価チェックとかして大変だって聞いたことがあるよ。

 つまり、世の中楽な仕事なんて存在しないということだ。


「でも、面白そうだよね。愛衣の友達にも、本や漫画が好きな子がいるから、作家さんとお話できたりするのは、なんだか楽しそう」

「はぁ~……。愛衣ちゃん。社会勉強の為に言っとくが、作家で碌な奴なんて1人もいないからな? 締め切りは平気で遅れる、SNSで余計なこと呟く、挙句の果てには売れないのはお前ら出版社のせいだって騒ぎ立てる迷惑人ばっかりだよ」

「そ、そうなんだ……」


 いや、愛衣ちゃん。鵜呑みにしないで。完全に引いちゃってるじゃない。

 姉さんも『※これは個人の見解です』って、ちゃんと注釈してくれないと困ります。


「じゃあ……お兄ちゃんと一緒に住んでいる先生さんも、お兄ちゃんに迷惑をかけたりしてない?」

「…………してないよ」


 一瞬、変な間が生まれてしまったが気にしないで欲しい。


「あたしは迷惑してるけどな」


 だから余計なこと言わないで。


「いや、これはマジの事実だぜ。あいつが働かなきゃ、いずれ津久志を食わせる金もなくなるしな。あいつ、結構散財するタイプだから」

「ほ、本当に!?」


 おそらく、人を疑うことを知らずに育ってきた純情な愛衣ちゃんが姉さんの言葉を鵜呑みにして声を上げる。


「も、もしそうなったらお兄ちゃんはいつでもウチに来てね! いっぱいご飯食べさせてあげるから!!」

「う、うん……ありがとう」


 一応、お礼は言っておいたけど、愛衣ちゃんがこのまま素直に育ってしまうことに若干不安を覚えてしまう僕だった。

 そして、そんなやりとりがありつつも、カレーは無事完成して3人で仲良くお昼ご飯の時間となった。

 さすがに、ルーなどは市販のものを使っているけど、なんだか今日は自分で作るより美味しく感じたのは、もしかしたら愛衣ちゃんが手伝ってくれたからかもしれない。

 そして、食事中の話題は、そのままの流れで叶実さんについてのことになってしまった。


「で、やっぱあいつ、なんも変わってないわけ?」

「うん……。やっぱり叶実さん、あまり筆が乗らないみたいで……」


 昨日も学校から帰ってくると、ソファの上で動画を見ながら寝落ちしてたし、今日僕が出かけるときも、ソファの上で気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てていた。


「寝てばっかじゃねえか。いっそ、その顔にビンタして起こしてやりたいぜ」


 今日の姉さんは隙あらば誰かにビンタをしようとしていないだろうか?


「ってことは、やっぱ今年中に刊行予定に入れんのは無理か……。少しは話題作りして新人たちも目立たせてやりたかったんだけどな……」

「話題作り……?」


 姉さんの言葉が気になって聞いてみると、オリポス文庫の新人賞作品は年末年始の月に発売することになっているらしい。

 姉さんも、その作業で色々と忙しかったみたいだけど、それが叶実さんの原稿と何か関係があるのだろうか?


「そりゃあ、お前もよく知ってると思うが『ヴァンラキ』はウチのレーベルの人気作だからな。新刊が発売ってことになったらネットでもそれなりに取り上げてくれるし、発売日には書店に買いに来てくれるやつも多いだろ?」

「そりゃあ、もちろんそうだけど……」


 僕だって、『ヴァンラキ』の新刊が出るとなったら絶対に発売日当日に買いに行って、すぐにでも読みたいと思う。


「だから、あいつの本には集客効果があるってことだ。んで、同じレーベルだと同じ棚や平置きをしてくれるから目に留まりやすいし、せっかく本屋に来たんならって、面白そうな本があったら手を伸ばしてくれる可能性が高いからな」


 なるほど。そういう考えもあるのか。

 僕はちょっと特殊な購買者だったので例には漏れてしまうかもしれないけれど、確かに面白そうな新刊があれば、手を伸ばすこともあるはずだ。


「お前に分かりやすく伝えると、スーパーのもやしみたいなもんだな」

「いや、多分それは違うと思う」


 なじみがない人に伝えておくと、スーパーのもやしというのは値段が破格であることから、集客商品として扱われていて、もやしを買うついでに何か別の物も一緒に買ってもらえるという実はかなりの縁の下の力持ちの役割があったりするのだけど、こんなことを長々と語ったところで本題はそこじゃないので、軽く読み流しといてください。

 ってか、叶実さんをもやし扱いしないでほしい……。


 ただ、ここ数週間で僕も叶実さんのことが少しずつだけど分かってきた。

 あの人は本人も自覚している通り、かなり気分に左右される性格をしている。

 そのやる気がいつまでも出ないことが、ひょっとしたら大きな問題なのかもしれない。


「あいつも面倒くせー性格してるよな、ったく」


 姉さんも人のこと言えないんだけど、突っ込んだら怒られそうなのでスルーしておこう。


「じゃあ、お前はどうすればいいと思うんだよ?」

「うーん、問題はそこなんだけど……叶実さんってどうやったらやる気を出してくれるんだろう……」


 僕が唸っていると、最初にアイデアを出してくれたのは意外にも愛衣ちゃんだった。


「逆に何も言わないっていうのはどうかな? ほら、愛衣も勉強しようかなぁ~って思ったときにお母さんに『勉強しなさい』って言われたら逆にやりたくなくなっちゃうから……」


 ふむ、それは一理ある考えだ。


「却下。あいつ、多分あたしたちが何も言わなかったら一生何も書かねえと思うぜ」


 ……悔しいけど、それも一理あるんだよね。

 だが、これは丁度いい機会だと思って、僕がずっと疑問に思っていたことを姉さんに聞いてみることにした。


「姉さん。叶実さんが原稿を書かなくなったのは分かったんだけど……それまでって普通に叶実さんは原稿書いてたんだよね? どうして急に書かなくなったの?」


 僕も自分で書くようになったから気付いたことだけれど、たった2ヶ月あまりで1冊の本のボリュームと内容を書ききるなんて、余程の忍耐力と集中力がないとできない。


 だから、ずっと気にはなっていたのだ。

 ちゃんと作家として活動していたはずの叶実さんが、なぜ急に書かなくなってしまったのか。


「……お前、なんも聞いてない?」


 と、姉さんが珍しく真剣なトーンで僕に質問を投げかけてきた。


「えっと……アイデアが降りてこないから書けないとか、そういうのは聞いたけど……」

「じゃ、そういうことなんじゃねえの?」


 姉さんからの解答は、随分と投げやりなものだった。

 もちろん、それで納得はできなかったけれど、姉さんの雰囲気からは「これ以上は何も聞くな」というオーラがヒシヒシと伝わって来ていた。


「いいか、津久志。過去に囚われてるようじゃあ、お前も成長できねえぞ。肝心なのは今だ。今あいつがどうやったら仕事をすんのか考えろ。それがお前の仕事だ」


 まさか、僕のハウスキーパーにそこまでの仕事が入っているとは思ってなかったけどね。

 完全に計算外だよ。


「う~ん、それなら……」


 しかし、僕たち姉弟(じゃなくて1人の作家)の問題に解決の糸口を切り開いてくれたのは、愛衣ちゃんからのアドバイスだった。


「別の場所でお仕事する……っていうのは、どうかな?」


 別の場所で?


「うん。愛衣も家だとあまり集中できないことがあって……。でも、塾の自習室とか友達と一緒に図書室に行ったりすることもあるから……。あっ、でも勉強とは違うんだよ……ね?」


 最後のほうは自信がなくなってしまったのか、声が小さくなってしまう愛衣ちゃん。

 けど、僕としては、なかなかいい着眼点なのではないか? と思った。


「おっ、いいんじゃねーの。あいつも部屋に引きこもってばっかなのが駄目だったのかもしれねえしな」


 同じく、姉さんも愛衣ちゃんの意見に賛同する。


「凄いよ、愛衣ちゃん。ありがとう」


 アイデア的には、同じ学生である僕が気付いてもよさそうなものだけれど、生憎僕は予習などはずっと自分の家でやってきたし、今は友達もいないので誰かと一緒に勉強するという発想も全然出てこなかった。

 なんだか、自分で言ってて悲しくなるな、これ……。


「う、うん……。良かった、お兄ちゃんたちの力になれて……」


 愛衣ちゃんは、また恥ずかしそうに頬を染める。


「じゃあ、姉さん。僕、叶実さんと相談してみるよ」

「おう、任せた。津久志、おかわり」


 気が付けば、姉さんの前に置かれた皿は綺麗に平らげられていた。

 はいはい、と僕は返事をして、姉さんのためにおかわり分のカレーを用意するために台所へと戻る。

 こんな何気ないやりとりも、なんだか懐かしく感じるようになっちゃったな、なんて思ったからなのか、僕は自然と、口元が笑っている自分に気が付いたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランキング投票、よろしくお願いします! 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ