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甘えたがりのぐうたら彼女に、いっぱいご奉仕してみませんか?  作者: ひなた華月
第5章 働かざるもの食うべからず
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第16話 夢の中への旅立ち


「ただいま帰りました」


 一応、玄関の扉を開けて挨拶をしてみるが、リビングから返事はない。

 また昼寝をしているのか、それともまだ朝から起きていないのかの2択だったが、どっちにしろ寝ていることに変わりはないので、僕は宅配ボックスに入っていた通販の箱を餌に起こそうとしたのだが、


「ふにゃああぁ~、おかえりぃ~、津久志つくしくぅん~」


 僕の予想は外れて、叶実さんはちゃんと起きていた。

 ただ、いつものポジションであるソファにはおらず、なぜか日が差す窓際に大量のぬいぐるみに囲まれながらゴロンと寝ころんでいた。

 なんともファンシーな風景だが、一応、聞いておいた方がいいのだろう。


「……何やってるんですか、叶実かなみさん?」

「んー? お日様がぁ気持ちいいからぁ~日向ぼっこしてたのぉ~。気持ちいいよぉ~」


 ふわぁ~、と気持ちよさそうに顔を蕩けさせる叶実さん。

 ちなみに、気になった人もいるかもしれないので追記しておくと、叶実さんの声に節みたいなものがついているのは、首に小型のマッサージ器を装着しているからだ。

 つい先日届いた通販グッズで、低周波パルスがどうとかなんとか叶実さんが言っていた。

 僕は話半分で聞きながら洗濯物を畳んでいたので詳しいことは分からないが、叶実さんの中で、今かなりお気に入りの一品らしい。

 そんな状態にも関わらず、叶実さんは僕が持っている段ボール箱に気が付いた。


「ありがとうぅ~、津久志くぅん~。開けて開けてぇ~」


 ニコニコと笑う叶実さんに、僕はため息を吐きながらも指示に従い、段ボール箱を開封する。


「……あれ?」


 しかし、その箱の中身をみて、僕は首を傾げる。


「叶実さん。これ、また小型マッサージ器なんですけど……」


 しかも、叶実さんが今装着しているものと、色が違うだけで全く同じ種類のものだった。

 もしかして、間違えて注文してしまったのだろうか?


「あぁ~、もう届いたんだねぇ~。それぇ~、津久志くぅんの分だよぉ~」

「僕の分……ですか?」

「うん~、そうだよぉ~。津久志くぅんも~、一緒にゆっくりしよぉ~」


 そういうと、叶実さんはゴロゴロと移動して、丁度一人分が寝転がることができるスペースを作ってくれた。

 どうやら、僕も一緒にここに寝転がれ、ということらしい。


 うーん。どうしようか?

 本当はこれからリビングの掃除をしようと思ったのだが、叶実さんがここでゴロゴロしてしまうのなら、ぬいぐるみたちも片付けないといけないし、少しだけ叶実さんに付き合う方が得策か。

 付き合ってあげないと、また掃除中に色々と付きまとわれてしまう可能性のほうが高いし。

 というわけで、僕は叶実さんからのプレゼントをありがたく拝借して、マッサージ器を首に当てながら、人形たちの上でゴロンと横になる。

 そして、マッサージ器のスイッチを押すと、首全体が指圧されるような感覚があった。


「お、おおっ~」


 凄い。想像以上に気持ちいいぞ、これ。

 僕は今までマッサージ器なんて使ったことはないけれど、これは癖になってしまいそうな気持よさだ。

 それに、首だけでなく凝った肩の筋肉までほぐれていく感覚があった。

 もしや、これが低周波パルスの効果なのだろうか?

 しかも、丁度差し込む太陽の光がポカポカと気持ちよくて、本当に外でひなたぼっこをしているみたいだ。


「ねぇ~、気持ちいいでしょぉ~」


 同じく、隣でゴロンとしている叶実さんも幸せそうな笑顔で僕のほうへと顔を向ける。

 すぐ横に、叶実さんがいることをすっかり忘れてしまっていた。


 というか、距離が近い。

 めっちゃ近いんですけど、叶実さん!?


 と、いつもなら慌ててしまう僕なのだが、今はそんなことも気にならないほど、僕は完全にリラックス状態にトリップしてしまっていた。


「ねぇ~、津久志くぅん~。こっちに来てからどうっ~。楽しい~?」


 すると、叶実さんは天井を向くような仰向けに姿勢を戻して、僕に話しかけていた。

 僕は、少しだけ考えて答える。


「楽しいですよ。ちょっと大変なときもありますけど」


 主に大変なのは、叶実さんの面倒なのだが、それは言わないことにした。


「そっかぁ~、良かったぁ~」


 しかし、叶実さんは気にならなかったのか満足そうな返事をする。


「わたしも楽しいよぉ~。こんなに楽しいのは久しぶりかもぉ~」


 あはは、と元気な笑い声を上げる。

 そして、叶実さんはまたゴロンと今度はうつ伏せの体勢になって、ぬいぐるみの中に身体を埋める。


「……ねぇ~、津久志くんは、学校も楽しかったりするぅ~?」


 僕からみれば、まるで上目遣いをしているようなその視線に、さすがにトリップ状態の僕でもドキッとさせられる。

 叶実さんの声がいつもより大人しい感じがした。


「……どうしたんですか、急に……?」

「うん、ちょっとねぇ~。わたしって、ちょうど高校生のころって小説ばっかり書いてたからぁ~、他のことぉ~、全然覚えてないんだよねぇ~」

「……今の状態からは考えられないですね」

「あははぁ~」


 笑いごとじゃないんだけど、そのことに関してやいやい言う気力も、マッサージ器のせいで削がれてしまう。

 やはり、このマッサージ器は驚異的な力を持っている。

 叶実さんのやる気を削いでしまうということに関しては、非常に危険な兵器かもしれない。

 だが、叶実さんの言う通り、『ヴァンラキ』が刊行されたのは今から4年前のことで、本に書いていたプロフィールを参考にするなら、そのとき叶実さんは16歳で現役高校生だ。

 しかも、そこから2年間は約2ヶ月に1回という刊行ペースで書いていたのなら、普通の高校生のように遊ぶ暇なんてなかったのかもしれない。

 いや、本当……怖いくらい現状とは全然違うな。


「だから、津久志くんがどんな学校生活を送っているのかなぁ~って、気になってねぇ~」

「そう言われても……全然特別なことなんてないですよ……。僕、学校で目立つような奴じゃありませんし……」

「えぇ~、そうかなぁ~。津久志くんは優しいから、みんなから好かれそうな気がするけどぉ~」

「全然そんなことないですよ」


 むしろ、僕の相手をしてくれるような人は、誰にも分け隔てなく接してくれる箱庭さんくらいだ。

 それと……小榎さんの顔も浮かんだけれど、さすがに今日初めて声をかけられた人を仲良しの部類に入れてしまうのはおこがましいにもほどがある。


「それをいうなら、叶実さんのほうがみんなから好かれる気がしますけどね」


 いつもの残念な姿を見ているからあれだけれど、コミュ力でいえば、叶実さんは箱庭さんくらいのポテンシャルを持っているのではないだろうか?

 誰でも分け隔てなく、話しかける叶実さんの姿がありありと目に浮かぶ。

 しかし、叶実さんは僕の予想をあっさりと否定した。


「う~ん、わたしのこと、学校で覚えてる人いないと思うなぁ~。それこそ、友達だっていなかったし」

「えっ?」


 意外な返答が来て、思わず声を上げてしまったが、叶実さんは何事もなかったかのように話を続けた。


「わたし、学校でもずっと本ばっかり読んでたんだよねぇ~。だからぁ~、すっごく大人しい子だったんだよぉ~」


 ……全然想像できない。


「それで、時間がいっぱいあったからぁ~、自分でも本を書いたらぁ、賞もらっちゃってさぁ~。あっ、霧子きりこちゃんと出会ったのもぉ~、そのときだねぇ~」


 懐かしむように、叶実さんはまた笑顔を浮かべる。


「そう考えればぁ~、霧子ちゃんがわたしの初めての友達なのかなぁ~。あと、あのときから霧子ちゃんは怖かったなぁ~」


 姉さんのその姿は容易に想像がついてしまうのは、弟として悲しい限りだ。

 でも、姉さんが友達、か。

 性格が正反対な2人だからこそ、案外仲良くなったのかもしれない。


「それに、こうして津久志くんに出会えたのも、霧子ちゃんのおかげだしねぇ~」


 そして、最後にはフフフと声を出して、笑顔を浮かべる。


「だからこれからも、いっぱい甘えようっとぉ~」

「……叶実さん、聞こえてますからね」


 はぁ~、と僕が大きなため息を吐いたのにも関わらず、叶実さんは気持ちよさそうに猫なで声をあげてゴロゴロしている。

 そんな姿を見ていると、僕も瞼が重くなってきて、ウトウトし始めてきた。

 まぁ、たまにはこういう午後のひと時もいいだろう。

 そんなことを思いながら、僕は目を閉じて夢の中へと旅立つことになった。



 その後、すっかりと昼寝をしてしまった僕は、お腹が空いてしまった叶実さんに起こされてしまうという失態を犯してしまうのだが、その話は恥ずかしいので詳しく話さないでおこう。



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