第15話 クラスメイトからの事情聴取
「おっはよ~、つくしっち。今日のかに座は1位なんだって! 良かったね、つくしっち!」
朝の教室に入ると、いつものように箱庭さんが、おそらく今日の星座占いの結果と共に僕に挨拶をしてくれた。
ちなみに、なぜ僕がかに座生まれであることを知っているのかは疑問だったけど、まぁ相手が箱庭さんというだけで、彼女なら僕の誕生日くらい知ってても可笑しくはないか、と軽く流せてしまうくらいには、彼女のことを理解するようになっていた。
「ちなみに、ふたご座のあたしは12位でした~! でも、運命に打ち勝つのがこのきずなさんなのだぜ!」
「う、うん……頑張ってね」
シャキーン、とどこかで効果音が流れたような気がするが、多分僕の脳の中で勝手に再生されただけだろう。
でも、箱庭さんの元気な姿を見るというのも、精神的にちょっと落ち込んでいる僕にとっては、とても心の保養になっているかもしれない。
相も変わらず小説を全然書かない叶実さんのこともそうだけど、僕自身の問題もあったりする。
というのも、叶実さんとの同居生活を始めてからも時間を見つけては自分の小説をネットで更新し続けているのだが、全然PV数が伸びない。
一体、どこが悪いのか、姉さんや叶実さんに見て貰えれば分かるのかもしれないけど、その……身内や知り合いに読んでもらうのって恥ずかしいし、自分から言うなんて、かなり烏滸がましい気がするし……。
「んにゃ? どうしたのつくしっち? まだお悩み事が解決してない感じ?」
「えっ!?」
「いや、先週もつくしっち、同じような顔をしてたでしょ? だから、そうなのかなぁなんて思っちゃったり」
鋭いというか、本当に人のことをよく見てるな、箱庭さんは……。
でも、それは箱庭さんが僕を特別扱いしているわけじゃない。
多分、僕だけじゃなくて、クラスメイトみんなのことをよく見ているのだろう。
だからこそ、箱庭さんはみんなにも分け隔てなく接しているのだし、相手からも信用されているのだ。
「ううん……大丈夫だよ。いつもありがとうね、箱庭さん」
悩みはあるものの、人には話せない類のものなので、せめてもの礼儀としてお礼を告げると、箱庭さんは「いいってことよ!」と江戸っ子みたいな返事が戻ってきた。
「あっ、こっちゃんもおはよー」
そして、いつも通りHRのきっちり5分前に教室に入ってきた小榎さんに挨拶をする箱庭さん。
以前、小榎さんとケーキ屋さんですれ違ったこともあって、僕も彼女の姿をついつい目で追ってしまっていた。
やっぱり、あのときの小榎さんの雰囲気とは少し違って、学校の小榎さんは誰も寄せ付けないようなオーラがある。
だけど、休日に見た彼女の姿は、もっとこう、柔らかい雰囲気だったような……なんて考えていると、小榎さんはいつものように窓際のいつもの席……ではなく、見事なコーナリングをして、僕たちのほうへやってきた。
初めは、挨拶をした箱庭さんに何か話すのかと思ったけれど、彼女の瞳はまっすぐと僕の姿を捉えていた。
その目は、凍るような冷たい色をしていた。
「……瀬和くん、でしたよね?」
「は、はい……そうですけど……」
同級生に思わず敬語になってしまったのは、彼女の声が僕を見つめる瞳と同様に、突き刺さるような冷気を帯びたようなものだったからだ。
「……先週の土曜日、何か見ましたか?」
「……えっ? 何か、って?」
「見ましたか?」
有無を言わさぬ勢いで問い詰められる僕。
「え、えっと……小榎さんが……ケーキ屋さんにいたところを見た……けど……」
「他には?」
「他……って言われても……」
本当に、僕がみたのはただ、小榎さんがお茶をしていたって場面だけなので、嘘は言っていないはずだ。
「……そうですか。失礼しました」
そして、小榎さんはそれだけ言って、いつものように自分の席へと戻ってしまった。
「びっ、びっくりした~。こっちゃん、なんか怒ってなかった?」
隣にいた箱庭さんも、さすがに小榎さんの雰囲気に何かを感じとったらしい。
でも、僕は彼女が怒っているというよりは、もっと違う感じがしたような気がするのだ。
そう、僕にはまるで、彼女が何かに恐れているような、そんな雰囲気が……。
「……あっ」
「ん? どったのつくしっち?」
「い、いや! なんでもないよ! その、小榎さんとはさっきも言ったけど休みの日に偶然見かけて、そのときのことだったんじゃないかなーって」
「ふむふむ……あっ、もしかしてその時に男の子と一緒にいたとか!?」
「そうじゃないよ! ただ、プライベートなことって、誰にも知られたくないってこともあるから……小榎さんはそれを気にしてたんだと、思う……」
僕の説明に、箱庭さんも「あー、それは分かるかも」と納得したようだった。
そして、HRを告げるチャイムが鳴ると、他の生徒たちもぞろぞろと自分の椅子に着席する。
僕はもう一度、窓際の席に座る小榎さんの方へと振り返ると、彼女は窓の外を眺めてぼんやりとしていた。
ほっと胸をなで下ろすと同時に、僕はあのケーキ屋さんの店員さんから言われたことを思い出す。
――あの子、多分女優とかの仕事をしてると思うのよ?
もし、それが本当なら、小榎さんにとってはきっと隠したいことなんだろうと思う。
その気持ちが、僕にはほんの少しだけ分かってしまうけど、その気持ちを彼女と共有することは多分できないのだろう。
それでも、僕はどこかで小榎さんに親近感を持ってしまったというか、変な仲間意識を持ってしまったのだった。




