第11話 晩御飯タイムとお姉さん
「ん~、やっぱり津久志くんが作ってくれる料理は本当においしいよ~、幸せ~!」
ほっぺたを手で押さえながら、叶実さんは満面の笑みを浮かべる。
今日の献立は、ハンバーグに付け合わせのクリームグラタン、それにトマトとレタスを簡単に盛り付けしたサラダだった。
叶実さんの好物は、予想通りというか子供が好きなメニューが多い。
一応、僕もバランスを考えて晩御飯の献立は組み立てているが、基本どんな料理でもこうして美味しそうに食べてくれる。
作る側からしたら、素直に喜びたいところなのだが、そんな何でも食べてしまう叶実さんにも、当然、苦手なものも存在する。
「叶実さん。ちゃんと野菜も食べてくださいよ? あと、ドレッシングもかけすぎないように気を付けてください」
「うっ……わ、わかってるよー」
先ほどまで浮かべていた笑みが一変し、文字通り苦い顔を浮かべる叶実さん。
案の定というか、予想通りというか、最初に自分で言っていた通り、叶実さんは野菜類が苦手だった。
ただ、食卓を任されている以上、ここだけは僕も譲れない。
「ううっ~、はむっ! ううっ……苦いぃぃ……」
ただ、叶実さんの偉いところは、苦手なものでも僕が用意したものはちゃんと全部食べてくれるところだった。
こうして、ちゃんと野菜にも手を付けながら、叶実さんは僕が作った晩御飯を完食した。
僕はそのタイミングで、熱いお茶を用意して叶実さんにも出してあげると、ふいに叶実さんが僕に質問してきた。
「ねえ、津久志くん。ずっと気になってたんだけど、どうして津久志くんってそんなに料理や家事が得意なの?」
「うーん、特別得意ってわけじゃないんですけどね。ただ、姉さんと暮らすようになってから、勉強したんです」
「そっかー。じゃあ、霧子ちゃんの為だったんだ。あれ? でも津久志くんが霧子ちゃんと一緒に暮らすようになったのは半年前って聞いてたけど?」
「そうですよ。なので、料理をちゃんと始めたのも半年前です」
最初は姉さんの為に何かできることをやろうと思って始めたことだけれど、いつしか僕も料理や家事をするのが楽しくなってきて、それなりに出来るようになったという訳だ。
「なるほどねぇ~。津久志くんは本当に霧子ちゃんのことが好きなんだね~」
「べ、別に好きとかそういうんじゃなくて……姉さんは、その……」
「いいじゃん照れなくても~。ふふふふふふ」
口を押えながら、いつもとは違う意地悪な笑みを零す叶実さん。
「と、とにかく! 僕は姉さんが少しでも楽になるように、家のことはやろうと思っただけです!」
僕は自分の飲み終わった湯飲みを持って、逃げるように台所へと逃げ込んだ。
しかし、距離が離れたからところで、叶実さんが座っている椅子からは僕の姿は丸見えで、彼女は優しいまなざしを向けながら話を続ける。
「きっと、霧子ちゃんも嬉しかったと思うな。津久志くんが頑張ってるところを見るの」
「……どうでしょうね」
歳が離れているということもあって、僕は小さい頃から姉さんと会話をした記憶があまりない。
むしろ、僕のことなんて全然興味ないような、そんな素振りすらある。
「ねえ、津久志くん。霧子ちゃんのこと、心配?」
すると、叶実さんはいつもとは少し落とした声のトーンで、僕にそう問いかけてきた。
「だって、半年間とはいえ、ずっと霧子ちゃんの傍にいたんだから、心配にならないほうがおかしいよ。特に、津久志くんみたいな優しい子は」
ふふっ、と笑う叶実さんの表情は、今まで僕が見てきたどんな顔よりも、大人っぽく見えた。
「ねえ、津久志くん。今度の休日、霧子ちゃんに会って来なよ。きっと霧子ちゃんも喜ぶだろうからさ」
……言われてみれば、今までは叶実さんのお世話をすることで頭がいっぱいだったけれど、姉さんは今、どんな生活を送っているのだろうか?
もしかしたら、仕事が忙しくてまたコンビニ弁当や冷凍食品ばかりの生活をしているかもしれないし、部屋だって散らかったままになっているかもしれない。
それなら、僕が帰って少し手伝いをするくらい、たまにはいいのかもしれない。
「……わかりました。今度の休み、姉さんの様子を見てきます」
「うん! きっとそれがいいよ!」
僕の返事を聞くと、叶実さんは幸せいっぱいの笑顔で頷いてくれた。
「う~ん、でもそうなると、わたしが寂しくなっちゃうな……。仕方ないから、まだやってないゲームでもしておこうかなぁ」
「……叶実さんは仕事してくださいよ」
「あはは~、冗談冗談。そうだよね、わたしが頑張ってる報告もしてもらわないと!」
そう言うと、叶実さんは椅子から立ち上がって、いつもの定位置であるソファに戻ってしまった。
ゴソゴソと動いている様子から察するに、またゲームでも始めようとしているのだろう。
そして、シンクに溜まっていた洗い物が終わったところで叶実さんの様子を見に行くと、僕の予想通りゲーム機を触りながら横になっていた。
ただ、眠気と戦っていたようでさっきから何度も首がカクンカクンしていて、危なっかしい。
「叶実さん。すぐにお風呂入れるのでもう少し我慢してくださいね」
「……うん、わかってる~」
あまり頼りない返事に、僕は「やれやれ」と思いつつ、お風呂場へと向かう。
ただ、僕のことを心配したり、姉さんのことを気遣ったりするような発言をしたさっきの叶実さんは、ちょっとお姉さんっぽかったな、なんて思ってしまう僕だった。