幕間『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』 第2巻 抜粋
「ジャンヌ。お前は、人を喰いたいと思わないのか?」
「……唐突ですね。唐突すぎで驚きすらしませんでしたよ。まぁ、スヴェンさんらしいので良しとしましょう」
旅の道中で見つけた小川にて、休息を取っていた二人の間に交わされた会話である。
ジャンヌは、川瀬で足を水に浸けながら、スヴェンの質問に答える。
「私は人を食べたいと思ったこともありませんし、食べたこともありません。そもそも、吸血鬼が人の肉を食べるのは、人間でいえば嗜好品を嗜むような……いえ、すみません、これは不躾な例えでした」
謝罪するジャンヌだったが、スヴェンにとっては別段気にするような失言ではなかった。
それに吸血鬼たちが人を喰らう理由も、生存するためのものではないことも教会から聞かされている。
ただ、血を吸うよりも効率的に、空腹を満たすことができるというだけだ。
生きようと思えば、牛や豚の肉を食すだけで生存できることも、サザンクロス教会の資料には記されてあった。
但し、やはりそれだけでは長くは命を紡ぐことはできない。
人が生きていくためには、水が必要であるように。
吸血鬼には、人間の血が必要なのだ。
「そうですね……よい機会ですし、私の生体について、スヴェンさんにもお話しておきますね。その方が今後の行動を決めやすいかもしれません」
水をぱしゃぱしゃとさせながらそう話すジャンヌの姿は、スヴェンから見てもただの子供にしか見えない。
しかし、彼女は人間ではなく、吸血鬼なのだ。
「まず、私は吸血鬼としての能力が著しく低いんです。分かりやすいことでいえば、肉体の再生能力がほとんどありません。人より少し傷の治りが早い、くらいの自然治癒能力です。スヴェンさんのように『ソレイユ』の力を持っていない人たちでも、私のことは簡単に殺せると思います」
物騒な言葉を平然と言ってのけた彼女だったが、スヴェンは大して驚きもせずに耳を傾けていた。
そして、ジャンヌもまた、スヴェンがそのような態度を取ることを予想していたらしく、そのまま話を続ける。
「吸血鬼の力が弱い影響もあって、例えば先ほどスヴェンさんが仰った、人を食べたいという衝動を私は経験したことがありません。そして、1番大きな影響をいえば、私は太陽の下を歩けるということですね」
そういって、ジャンヌは青空で輝く太陽の光を、まぶしそうに眺める。
これは、スヴェンも驚愕した事実であり、顔には出さなかったものの、相当驚かされた彼女の特徴だった。
しかし、サザンクロス教会の手から逃れようとする彼らにとって、昼間の時間帯も移動できるというメリットは非常に大きなものだし、何より吸血鬼は夜にしか行動できないと考えている教会の人間……ヴァンパイア・ブラッド・キラーたちの手から逃れる手立てがいくらでも存在することになる。
「ただ、人の血を分けて貰わなくては生きていけない、というのは本来の吸血鬼と遜色はありません。その点は……スヴェンさんにもご迷惑をおかけしてしまうことになっていますけど……」
「……別に、気にすることじゃない」
以前、ジャンヌが身を置いていたドンレミでは、村人たちが彼女に定期的に血を分け与えていたことをスヴェンも把握している。
今は代わりに、スヴェンが彼女に血を分け与えている。
1人でかなりの血の量を用意しなければならないので、スヴェンとしても初めは立ち眩みや身体の疲弊に襲われたのだが、常人離れした肉体と、自分の食事を増やすことによって彼女1人分くらいの食事量は補うことができていた。
だが、あの村では、いくら少量ずつとはいえ、多くのものが自らジャンヌに血を与えていた。
そして、彼らは口をそろえて、スヴェンに告げたのだ。
――彼女は、我々の命を救ってくれた恩人だ。
――あなたが彼女を殺すというのであれば、
――我々は再び、武器を握ることになるだろう。
初めは、村人たちが何を言っているのか全く理解ができなかった。
だが、スヴェンもジャンヌと共に旅をして、理解してしまう。
彼女がまるで、人間と同じように過ごし、接し、介護し、慈しみ、楽しみ、怒り、悲しみ、愛する姿を見てしまった。
人間が、化物として畏れていた者のはずなのに。
「……どうかしましたか、スヴェンさん?」
「……いや、なんでもない。続けてくれ」
今のスヴェンはただ、答えを知りたいだけだった。
果たして、この少女が一体、何者なのかを。
オリポス文庫 著:七色咲月
『ヴァンパイア・ブラッド・キラー』 2巻収録「ジャンヌという少女」より抜粋




