自由が羨ましい
突発的に書いたものなのでさらって呼んでいただければ。報われません。
貴族に生まれた者に自由は存在しない。平民のような伸び伸びとした環境は存在しない。交流関係も、結婚も全て親の意のままだ。
外に出ることも、外で遊ぶことも出来ない。1人で何かをすることも許されない。
貴族が羨ましいと言う者はお金と地位しか見ていないのだろう。
蓋を開ければそれは牢獄だ。自由行動などなく、そこに自分の意思も存在していない。
細かい仕草も表情も行動も気を付けなればならない。そも、1人で行動することさえ叶わない。必ず誰か1人は着いているのだ。何かをするにも何かを行動するにも必ず親の目があるのだ。
貴族の子供に生まれた人間に自由はない。親の、家の道具なのだから。一般人から見れば異常に見えるだろう。しかし、貴族から見ればそれは当たり前のことだ。そういう人間を貴族らしい貴族だと表現する。
感情が欠落した冷酷な人間。上に立つ者はそうでなければならない。そうでなければまともな統治など不可能だ。
家よりも学園の方が窮屈で制限がつく。
学園は小さな社交場だ。一息することなど出来ない。学びの館と謳っては居るがそもそもそんな必要は無いのだ。どこの家も家庭教師が存在する。この学園で学べることは全て、ここに来る前に学び終えているのだ。
敵を作らない笑顔で、万人に好かれるように行動しなければならない。令嬢達の頂点である筆頭令嬢に適度に交流を持ちつつ、家の、親の利となる相手と交流する。
相手を引き立たせ、媚びを売る。これが簡単のようでとても難しい。一時の関係ではなく継続しなければならないのだから。
婚約というのは政治だ。損得で動くものだ。互いの利があって初めて成立するものだ。そう、これは商売なのだ。貴族というものは豪華な商会のようなものだ。だから、個を殺し、大を守るのだ。
領民を大事にしなければならない。その領内では自分が王様のようなものだからだ。もし、蔑ろにすれば反乱が起きる。対処が出来なかった時、その領地は別の貴族に取られるのだ。最悪の場合領民に殺されたり、国から処刑されたりするだろう。
何事も自分の命が大切だ。誰もが自分の命が大切だ。
家を守るために、子を犠牲にする。自分を守るために自分を犠牲にする。
もし、求められた役割を果たせなかったら。きっと切り捨てられるのでしょう。
自分を守るために誰かを犠牲にする。社交界がスキャンダルに飢えているのは自分以外の人間を蹴り落とし、自分を守りたいからだ。
誰かのスキャンダルを呟けば皆がそれに興味を持つ。それは自分以外に興味を与え、勝手に刺激してくれるからだ。
関心を誘導している。そうすれば社交界で自分が守れるのだから。そうでないと自分を守れない。
なんの縛りもなく、自由に暮らせる平民が、とても──羨ましい。
◆◇
貴族が通う学園は今、面白いイベントが催されていた。
とある男爵令嬢が高位貴族を狙っているというスキャンダルだらけのイベント。
低位の子息令嬢はこれぞ好機と言わんばかりにその噂を広める。
高位の貴族は鼻で笑いながら大事にはしなかった。
大事にすれば損害が大きいと分かっているからだ。穏便に沈める。しかし、事態は急変した。
王子が落ちたのだ。
男爵令嬢に甘い言葉を吐き、自らの婚約者を蔑ろにした。
その事実にアントーヌ・ポンセ──こと、私は身震いした。
それは、それは──、婚約が白紙撤回の可能性があるということだ。もしかしたら、最近大流行している婚約破棄。そんな、そんな──恐ろしいことが起こるかもしれないのだ。
一体どれだけの金銭が無駄になるのだろうか。一体どれだけの損害があるのだろうか。名誉も、地位も侵される。
私の婚約者は王子ではない。しかし、王子の側近だ。彼女が、あの男爵令嬢が彼等を落とさないはずがないのだ。
だから、だから──。
どう考えてももう、遅いのかもしれない。この時点で私の運命は決まってしまったのだから──。
流行の小説を漁った。この後の展開を出来るだけ読めるように。そして、予め罪を軽くするために、私はどう行動していいのか策を粘る。
まず、婚約者の態度を見極める。白紙撤回を要求するのであればそれを阻止しなければならない。なんとか、なんとか、結婚まで持って行ければある程度の自由が許される。親から離れた初めての自由が!
そうすれば、そうすれば………!!
◆◇
しかし、現実は甘くない。保見のための行動は全て裏目に出てしまった。まるで私が婚約者を愛しているかのように写ったのだろう。王子からも、婚約者自身からも苦言を呈された。それだけではなく、男爵令嬢本人からも「彼を解放してあげて」と言われた。
そうじゃない、………そうじゃない!!
婚約破棄だなんて………!! もし、そうなったらそうなってしまったら………。私は………、私は………!! きっと………!
卒業パーティーの直前婚約者からこう言われた。
「アントワーヌ。君にはもう疲れたよ」
その言葉に嫌な予感が過ぎった。
小説通りの展開だ。もう、回避できない言葉。
「待ってください………! お考え直し下さい………!! 私は、私は………!!」
「君との婚約破棄する」
彼の言葉に私は絶望した。存在価値が下がった娘に親は一体どれだけの情けをくれるのだろうか。哀れんでくれるのだろうか。そうすれば少しはマシになるのだろうか。
平民になれるのであれば、自由になるのだろうか。
放心状態の私はなるべく目立たないように卒業パーティーに参加する。王子の婚約者が婚約破棄を宣言し、スキャンダルが蔓延する。
上手く、聞き取れないがきっと私の名前も上がった気がする。取り繕うことが出来ない私は虚ろな目でただことの成り行きを眺めていた。
卒業パーティーが終わって、親に呼び出されぶん殴られた。
怒声を浴びられ、ボロ雑巾のように蹴られる。使い道が無くなった駒。そんなものは家に必要ないのだ。
「平民に………どうか、平民にしてくれませんか」
「お前など勘当だ! 二度と顔を見せるな!」
どうやら、平民にしてくれるらしい。
しかし、やはり小説通りには行かない。貴族令嬢らしいドレスのままで街へ行けば遠目から物珍しそうに見られる。誰かが助けてくれる訳でもない。
お金の換金の仕方もしらない箱入り娘の私は食べ物を買うことも出来ず、宿を取ることも叶わなかった。身ぐるみのまま街の隅っこに膝を抱え座る。
邪魔だと言われたので宛もなくふらふらと歩く。
何もかも失った。でも、今はとても自由だ。自由なんだ。そう認識すればとても心が軽くなった。
今まで抑えていたものを抑えなくていいのだと!
自由に走ってみたかった。大きな声を出して歌ってみたかった。行儀が悪いことも平然とやってのけた。とても清々しくて気持ちよかった。斬新だ。
こうして、ただぼーっと雲を見ていることも、何も考えずに笑うことも、こんなにも面白おかしいなんて知らなかった。
それから数日がたった。
路地裏で縮こまって寝ていたらいつの間にか宝石の着いたネックレスは無くなっていた。靴も、無くなっていた。
さすがになにも食わずに入れば気が滅入る。お金もなく、かと言って食べ物を分けてくれる優しい人も居ない。
そもそも平民に知り合いが居ないのだから助けてくれる人もいないのだ。
元々痩せていた体はさらに痩せて骨ばっていた。
「………こんな所に居たのですか」
見慣れた顔と聞きなれた声。親の手先である使用人。
瞬時に悟った私は、ふらつきながら走る。か細い声で「誰か助けて」と叫ぶ。
用済みとなった駒を生かしていてもなんの得もない。寧ろ損しかない。だから遅かれ早かれこうなることは知っていた。
でも、でも、まだ、まだ──生きていたい!
貴族に生まれた子供に自由は存在しない。その時点で親の道具、駒なのだ。その駒の意思は関係なく、必要ない。
そうではない家庭もあるのだろう。しかし、大半の貴族がこういう家系だ。
もしも、もしも、来世なんてものが存在するのであれば──貴族ではなく、平民に。
自分の意志で将来を選び、自分の意志で恋をしたかった。自由に、のびのびと。心の底から笑い合えるような、そんな、そんな──幸せな暮らしを、──自由が欲しかった。
躓いて転んだ私の体。
男爵令嬢。どんな名前だったか忘れたけれども、私は貴女が──。
「………うらやましかっ──」
追ってきた使用人は容赦なく私を殺した──。
アントワーヌの死体はスラムに放置し、腐っていった。
この日、2人の令嬢が死に、3人の令嬢が娼婦へと送られた。
誰かの不幸の上に勝ち取った幸せ。男爵令嬢である彼女は何も知らずにただ王妃として微笑んだ。
読んでくださりありがとうございます!