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見ざる、着飾る、言わざる
「ねぇ!見て!!」
母の声に振り向くと、プリーツの入った薄荷色のロングスカートが目に飛び込んできた。見せびらかすようにクルクルと台所で回る。
耳と首につけた一粒パールのネックレスが揺れて優しく光る。
「うん、見た」
スマホから目を離さずに答える父。
気のない父の言葉も気にせず
「上着はどれにしようか?」とウキウキしている。
久々に友人とランチに行くらしい。
「どれでも似合うよー」
口先だけで応じる父。やっぱりスマホから目を離さない。
父は知らない、母がこれから行くランチの値段を。
来るかもしれない修羅場より今の安寧が大事。
父は見ざる、母は着飾る、僕は言わざる。
なんでもない休日が始まる。




