月夜 城 姫
白藤色の月が雲の隙間から顔を覗かせ、星たちは一足先に雲隠れ。
年中花の咲いている大きなお庭と手入れの行き届いた邸宅が今の姫の唯一の世界。
その昔、月と同じ色をした瞳の青年が私を不本意な婚約から助け出してくれたのだけど、
今では日に1度のお手紙を寄越すばかり。
あの方はただ、目の前で誰かが不幸になるのが嫌いなだけなのだ。
掬ってしまった金魚をもて余して、仕方なく飼うみたいに私のことを思っている。
目をこすらないようにそっとハンカチでおさえる。
綺麗なお城もお庭も季節毎に贈ってくれる絢爛な着物も別にほしくないといえば、あの方は私を手放すことを心苦しく思わないでいてくれるだろうか。あるいは今からでもあの婚約が本当は私の望みだといえば。
潤んだ黒紅の瞳から大粒の雫が落ちる。
庭の椿の影に隠れてその様子を黙ってみているのは姫が望む彼の人。
夜毎姫が寝るのを待って手紙を枕元に置く。
人に疎まれてきたこの瞳を唯一認めてくれた姫。僕が失いたくなくて引いた手を離さないでいてくれたのは外への好奇心からなのを知っている。姫がこのままなにも知らずにいてくれたら僕は姫を失わずにすむ。
だけどそれが姫にとって幸福でないことは明らか。
姫の口からこの瞳を嫌悪する言葉をいつか聞くことになるとしてもその時を少しでも遅らせたい。
あるいは毎夜ああして泣くのはすでに自分が囚われの身であることに気づいてしまったからか。
月に照らされたキメの細やかなはちみつ色の手が姫自身の目元をぬぐう。
撫子色だった唇が薄紅に染まりよりいっそう美しくなる。
彼女が外の世界を知ったならば、もう戻っては来ない。
どう想いを伝えれば彼女は僕の元で笑っていてくれるだろうか。
明日は姫の黒紅の髪に映える簪を贈ろう。
あぁでもせめて、嫌われる前にはもう一度だけ抱き締めさせてほしい。
2人の進まぬ関係を月はただ照らすばかり。




