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虹、アジサイ、宝
音もなく降る雨がアジサイの色を淡藤色から桔梗色へ染めあげる。
雨の匂いが人々の記憶を運んでくる。
「虹の麓には宝が埋まっているらしい」
シカによく似た動物が一匹草を食んでいる。
透き通った若芽色の角に天色の瞳、卯の花色の体躯は光を放っているよう。
「俺が、僕が、私が……宝を見つける」
期待と希望に満ちた言葉が風と共に吹き抜ける。
草を食むのをピタリとやめ頭をあげるキラリと角が光を反射する。
耳をピクリと動かし泉の方へゆったりと歩き出した。
一歩踏み出す毎に小さな虹が現れては消える。天色の瞳が曇る。
無遠慮な音が耳を割く。
愚か者の放った銃弾はしかしその体を傷付けはしない。
気分を害したそれは一声哭いて周りの景色と共に消えた。
人の子がはっとして周囲を見回す。
来た道も帰る道もない。自らの体の輪郭さえおぼつかない暗闇に取り残されたと気づいて
残してきた愛おしい人と2度と会えないと悟る。
声の限りに謝っても許されることはないだろう。




