君 桜 思
夜の帳が降りて街灯が消える。
月明かりだけが照らす桜を見に行く。
「丑三つ時に桜の木の下待ってたら、
会いたいどんな人とでも話せるって知ってる?」
記憶の中の君が話しかけてくる。
オカルトが大好きで私の反応お構いなしにつづける。
「会いたい人がいなくて今は試せられないんだけど、呼ぶとしたらお前だから頼むよ?」
いや、スマホで呼び出せよ!と突っ込んだ私に「そんな!ロマンがないじゃないか!」
大袈裟な身ぶりで肩をすくめた君。
23時55分。夜桜花見をする客もいない。
道中買ってきたコーラを開ける。
「そこは酒でしょ!」
君は全く、記憶のなかでさえうるさい。
思わずこぼれた笑みはしかしすぐに消える。
風がサーッと通り抜けて淡く光る花弁が一枚手のひらに舞い込む。
「おっ!?恋の予感!」君が茶化した記憶。
あのときどうして、言えなかったんだろう。
「人生の帰路において別れとはね、歯科治療みたいなもんだよ。治療前に怯え、治療中に泣き、それでも歯を持ち続けて生きる」
うまいこといったでしょ!?と目を輝かせる君に、ロマンがないと仕返しをする。
今手のひらにあるこの花びらを君ならどうするだろうか?
「花見酒ならぬ?」記憶の君が答える。
しないよ?軽く笑って手のひらの桜を吹き飛ばす。
君は今、何を見ていますか?
便利すぎた青春を生きた私達はたった1つの道具の紛失でもう会えない。
「ありゃぁ先客」
不意に聞こえてきた言葉に振り返る。
「やぁ、歯科治療の痕がうずいてね」
記憶の中の君の真似をして片手をあげる。
「その言葉考えた人めっちゃロマンチストやん?」
にやりと君が笑う。




