夢、幻、不条理
最初はただ便利だと思っていた。
かいがいしく私の回りを世話してくれるその男の存在を。
ある日から私の身を傷付け始めたその男が憎らしくなった。
私が病気になって、必死で看病するあなたの気持ちが分からなくなった。
「最近蚕の食欲が増しててね、美味しく育ってくれてありがとうね」
私の身を切りつけながら嬉しそうにこぼした言葉につきつけられる、蚕への愛のおこぼれをただもらっていたにすぎない現実。
あなたと思い会う場面の幻にどうしようもなく嫉妬する。
幻が消えず苦しいのは、あなたの気持ちを分不相応に欲した罰なのですか?
今日もあなたは私を切りつけに来る。
食うに不自由ない生活、食べては寝て、暇に飽かして仲間のお腹をつついてみる。
「なんだよー、くすぐったいなぁ」といいながらも積極的には動かない。仲間もまた暇なのだ。
「おっ!?これは格別に美味しいなぁ」声をあげると仲間がのそりと寄って来て一口かじる。
「いや?こっちの方が好きかなぁ」残念。この大人の味を共感できないとは。
尽きることのない食料と仲間、暑くも寒くもない環境。しかし、食うのにも飽きてきた。
特別製のベッドをこしらえ潜り込む。そのまま目を覚ますことはなかった。
男は繭をみつめ、ため息をつく。。
養蚕でお金持ちになり家族を守ろうとした夢は半分だけ叶った。一時期は。
桑と蚕の世話に追われて家族を省みなければ、その結末は1つだと今はわかるのに。お金があれば戻ってくるだろうと事業を広げた途端に生糸の価値が暴落した。
手にいれようとしたものがすべて指の間をすり抜け、最後の繭が乾く時を待っている。




