蜜、酔、野
風がれんげを揺らし、驚いた蜜蜂が飛び立つ。
紫ともピンクともつかないその花弁が笑うように跳ねる。
陽気に誘われた蝶がふわりととまってその蜜を吸う。
男が一人その光景を見上げている。
「かーけーなーいーー!!!」
お気に入りの野原にでも来れば気分が晴れると踏んだけど徒労に終わる気配に足をバタつかせる。
ブンッと抗議するような蜜蜂の羽音が耳元で聞こえ心で謝罪する。
「絵は上手いんだけど、ストーリーが薄っぺらい」
記憶にある担当の言葉を、大きな声でかき消したくなる衝動をこらえる。
コンビニで買ってきたチューハイを一口飲んでまた寝そべる。
襲ってきた眠気に逆らわずに目を閉じる。
ふわふわと酒の回る感覚が心地よい。
ほかほかとあったかな地の温もりがこのまま眠りに落ちることを肯定してくれる。
キッと自転車のなる音がして目を開ける。
「お兄さん。ちょっとお話を」
「あぁ!!はいっ!!」
慌てて飛び起きて座り、相手を見る。
糊のきいたパリッとした制服に幼さの残る顔の婦警は人好きのする笑顔でいう。
「こんなとこでなにをしてたんですか?」
「あなたに出会うために待ってました!」
そんな台詞が頭を駆け巡り却下する。
「昼寝です」浮かんだ台詞とそう変わらない間抜けな返事をする。
「ポカポカしますもんねぇ」
ニコニコと否定せずに聞いてくれるのは新米ゆえの丁寧さだろうか。
「あの、身分証とか出した方がいいですか?」
「んー……ここまではなにできてますか?」
僕の傍らのチューハイを指差して聞く。
「あぁ、徒歩です。飲酒運転はしませんよ」
「なら大丈夫ですよ。風邪を引かないように気を付けてくださいね」
そういって婦警が立ち去ったあと。
先程できなかった返答をスケッチブックに書き込む。
コミカルなギャグの応酬が完成し、満足感が広がる。
しかし、これは、きっと売れるようなものではないだろう。
ため息をついてスケッチブックを閉じる。
蜜を集め終わった、蜜蜂は消え、空がオレンジに変わっていた。
のそりと帰路につく背中をれんげだけが見ていた。
後日そのスケッチブックを見た担当が
「こういうことですよ!あなたは読者の反応ばかりを気にしすぎなんです!」
とれんげの見送った背中を叩くのはまた未来の話。




