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クリスマス特別編5

 さあ、とうとうでございます……。

 ああ、とうとう!

 とうとうここまで来てしまいました!


 その後、デートは順調に進み、レストランでは「メリークリスマス」とか言って、乾杯をしてケーキも食べました。

 その時呉羽君が、「ミカの作るケーキの方が美味いな」とか言って私を喜ばせてくれて、レストランの雰囲気も相まってとてもいいムードとなったにも拘らず、私はその時にも彼を「呉羽」と呼ぶ事は出来ませんでした。


 呉羽呉羽呉羽……。


 ああっ! 心の中では呼べるのに!


 そして今、私と呉羽君はホテルの部屋の中……。

 最高とまでは呼べないまでも、結構いいお部屋です。

 二人でチェックインした時は、ドキドキものでした。嬉しいドキドキですけど……。

 それから私達は、ベッドに座って、お互い見詰め合っていて、そして呉羽君は私に顔を近づけていて――……。


「あ、あああの! ま、待って下さい!」

「ミカ?」


 唇に彼の唇が触れる寸前で止めてしまい、呉羽君は怪訝そうである。

 私はもう一度名前を呼ぼうと試みてみる。

 しかし、口がパクパクするだけで、肝心の言葉が出てこない。


 こ、ここは一旦落ち着こう。

 あ、そうだ!


「シャワー!」

「は?」

「シャワー浴びたいです!」


 よくドラマとかでも、こういう時にシャワーを浴びるというお決まりなシーンがあった筈。

 よしっ、ここはシャワーを浴びて落ち着こう。

 そしたら出た時には、「呉羽」と呼べるかも……。


「あ、ああ……そっか。そうだな……。まずはシャワーだよな……」


 呉羽君も何だか納得したように頷いた。

 そうして私は、お先にバスルームへと……。

 そこで服を脱いでいて、はたと思った。


 そういえば、勝負下着はどうやって見せるのでしょう。見せ所が分かりません。

 勝負下着なので見てください、と直接頼むのでしょうか?

 それとも……勝負下着だよ、ババンと見ちゃって、と自ら見せに行くものなのでしょうか?


 取り敢えず、私は服を脱ぎ、シャワーを浴びるのだが、その間にブツブツと名前を呼ぶ事と勝負下着についてあれこれ考えていた。

 気分も落ち着いてきて、名前を呼ぶ事ができそうだと私はお風呂場を出る。

 勝負下着については、バスローブの下に着る事にした。


『呉羽様をノックアウトして下さいませ!』


 乙女ちゃんの声がよみがえる。


 分かったよ、乙女ちゃん!

 私、呉羽君をノックアウトするね!

 でもその前に、名前なのです!


 呉羽君の待つ部屋に入ってゆくと、彼は此方に背を向け、ベッドに腰掛けていた。


 よしっ! 今なら呉羽君はこっちを見てませんし、確実に言える筈!

 ガンバレ私!


 私はスゥーと息を吸い込み、


「呉羽――」


 彼がビクンと肩を震わせ、此方を振り返った。

 そして、目を見開かせ、私の姿をまじまじと見ている。


「――くん……」


 私は無意識にそう付け足していた。


「あ、あの……シャワーあきました……」


 小さい声で言うと、呉羽君は赤い顔で、視線を彷徨わせながら、


「あ、ああ……分かった……」


 彼はなるべく私を見ない様にしているみたいだった。

 そして、なんだか機械人形みたいなぎこちない動き。

 呉羽君が部屋から出るのを見送った後、私はその場にガクンと膝を付く。


 い、言えません……。

 何故に!?

 ううっ…言えないっ、言えないよぅ……。


 私はクスンと鼻を啜りながら、先ほどまで彼が座っていた場所に腰を掛けた。


 ムハッ、呉羽君の温もり……。

 そういえば部屋の中をよく見てなかったけど、ちゃんとクリスマス仕様になっています。

 クリスマスツリーも飾ってあるし、壁にはリース。

 お部屋自体も凄く素敵だしね。


 私は立ち上がり、窓辺に立ってカーテンを開けてみる。


「うわぁ、綺麗です……」


 街のイルミネーションを眼下に見下ろし、私は感嘆の溜息をつく。


 呉羽君が私の為に用意してくれたホテル……。

 なんだか緊張して、ゆっくりと見る余裕とか無かったもんなぁ……。

 それに、もっと大事な事をまだ言っていませんでした。


「ミカ?」


 背後から名を呼ばれ、振り返ると呉羽君がそこに立っていた。

 彼もまたバスローブ。


 ふわぁ、なんかドキドキ……。


「何してんだ?」

「えと……外を見てました」


 私の言葉に、彼も私の隣に立って景色を見た。

 すると、呉羽君はフッと笑って、


「綺麗だな……」


 と一言。


「はい、綺麗です」


 私も頷きそう答えると、彼に向き合いにっこりと笑ってこう言った。


「呉羽君、ありがとう」

「ん?」

「こんな素敵なクリスマスプレゼントを、どうもありがとう……」


 何よりも、がんばった呉羽君に、お礼の言葉をまだ言っていなかった。

 名前を呼ぶ事よりも、まずはこの言葉が大事。


 すると呉羽君は、何とも複雑そうな顔をすると、少し困ったように笑いながらこう言った。


「オレ、これからお前の大事なもんを奪うってのに、お礼なんか言うなよ……」


 はうっ、そうでした……。

 えっと…いやね? 別に忘れていた訳じゃないんですよ?

 ただね? 私の中で、名前を呼ぶ事の方が大きくなっちゃってたみたいで……。

 あうっ、そっか…そうか……わ、私これから、呉羽君とエッチしちゃうんだよね……。


 私は手を前に、モジモジとしていると、彼の手が私の肩に置かれた。

 ドキンと心臓が高鳴る。


「ミカ……」


 掠れた声で呼ばれ、見上げると、熱っぽい彼の視線とかち合う。


「……いいんだよな……」


 まるで独り言のような小さな声に、私は黙って頷いて、顔を上向かせ目を閉じる。

 少し間をおいて、唇に柔らかな感触を感じ、まぶたが震えた。


 うわぁ、いつものチューより緊張するよぅ……。


 最初、互いに啄ばむ様にしてから、それは深いものへとなってゆく。

 肩に置かれていた手は、背中へと回され、きつく抱きしめられた。

 私もそれに答えるように彼の首へと手を回す。


 あ……。呉羽君の心臓の音が伝わってくる。

 すごくドキドキいってる……。

 私のこのドキドキも伝わってるよね。

 何よりも、その互いの心臓の音が伝わるこの距離が嬉しい……。


 恋人同士だから伝わる、伝えられるこの距離。


 あ、もしかしたらこの距離であれば、もしかして言えるかな……?


 その時、彼の唇が離れ、あの屋上の時のように、耳をパクッと咥えられた。


「ひゃんっ」


 ゾクゾクッとして体から力が抜ける。


 私って、本当に耳が弱いのか……。


 この前屋上で言われた事を思い出しながら、私は必死に彼にしがみ付いている。

 そして私は、彼の耳に囁きかけた。


 そう、だって今は彼の顔は見えない。


「あ…呉羽……」


 漏れ出る吐息と共に彼の名を呼ぶ。


 やった…言えた…言えたよ……。


 私は嬉しくて泣きそうになりながら、もう一度彼の名を呼んだ。


「呉羽……」


 すると、彼の動きがピタリと止まり、体を離して私を見下ろした。


「ミカ? 今……」

「うん。これがクリスマスプレゼント……なんかちょっと恥ずかしくて、中々言えなかったんだけど……やっと言えた……」


 恥ずかしくてモジモジとしながら、そして嬉しさにほにゃっと笑ったら、苦しい位に抱き締められた。

 そして私の耳元で、


「なぁ、もう一度……」

「く、呉羽?」

「もっと……」

「呉羽……」


 キューっと胸が締め付けられる。


「呉羽…大好き……」


 ギュッと力いっぱい抱き締めれば、


「ミカ、オレもだ……」


 そう言って抱き締め返してくれる。


 あ、母の言っていたとおりです……。


 気持ちを込めて彼の名を呼べば、彼も返してくれる。

 そして、彼の手がバスローブの紐を解こうとする。

 私は咄嗟にその手の上に自分の手を置いて、彼の動きを止めてしまった。


「やっぱ、嫌か……? 嫌なら――」

「えっ、と…あのっ、違うの!」


 私を気遣って、手を離す呉羽。

 私はブンブンと首を振って、彼に言った。


「あ、あのねっ! 勝負下着なの!」

「……は?」

「あのね? 乙女ちゃんがね、プレゼントしてくれたんです!」

「薔薇屋敷が?」

「うん…それでね? 呉羽をノックアウトしてって言われてるから、ちゃんと見て欲しいなぁ…って……」


 モジモジとしてそう言うと、彼は何かを思い出したように、


「ああ……ノックアウトって……薔薇屋敷が言ってたのってこの事か……」

「うん、あのね? 他にも色々試着とかさせられたんだけど……」

「し、試着?」

「ピンクとか赤とか黒とかもあったんだけど……」

「……ピンク? 赤? 黒?」

「結局はこれにしてね……?」


 私は自分でバスローブを脱いで見せる。


「っ!!」

「真っ白の方が、オーソドックスかなって思ったし……この方が、あなた色に染められてって感じじゃないですか……キャ~、はずかしぃ~!」

「………」

「それにね? ここの飾りとか、可愛いと思って……」


 その時私は、勝負下着の説明に夢中になって、彼の食い入るような視線になど、気付かなかったのであります。

 なので、更に説明をする為に髪をかき上げ背中を向けた。彼はその時、ハッと息をのんだのだけれど、やっぱり私はそれに気付かぬまま。


「あのね、この背中の所に、天使の飾りが付いて……見えるかな?」


 彼がその時ポソリと呟く。


「……ピカピカだな……」

「え? あ、うん。天使の飾り、ピカピカして綺麗だよね!」

「いや、背中が……」

「へ? 背中?」


 確か同じ事を、彼の弟である揚羽君にも言われたような……。


「すっげー綺麗だ……」

「え? ヒャア!?」


 ツーと背中を撫でられた。

 くすぐったくて身を竦めると、チクンと肩甲骨の辺りに軽い痛みが走る。

 顔を回らせて見れば、彼がそこに口付けている事が分かった。

 そこで漸く、私は自分がとても大胆な事をしているという自覚を持ち始めたのだ。


「えっ、あうっ、その…くれ、は?」


 口をパクパクとしながら、青くなったり赤くなったりしていると、呉羽は少しづつ移動しながら、チュッチュッと音を立てながらキスマークを付けてゆく。


 ひゃうっ、私ってばなんて事を~……。


 カァ~と全身が熱くなり、体を強張らせていると、私の耳元で、


「全く……お前、無防備すぎなんだよ……」

「え……? キャア!?」


 そんな声と共に、ぐらりと視界が揺れ、軽い浮遊感と共に、私は彼に抱き上げられていたのだった。

 そしてそのままベッドに移動し、呉羽は私をそこに横たえた。

 彼もベッドに上がり、私の両脇に手を置くと、熱を含んだ眼差しで私に囁く。


「もう、止まんないからな……」


 私はその言葉に、何の迷いもなく頷くと、


「うん。私の事、食べてもいいよ、呉羽……」


 その食べてもいいと言う言葉に、彼はちょっとだけ笑って見せると、


「ああ、全部食べる……」


 と言って、私に口付けるのだった。


 恥ずかしいけど……ちょっと怖いけど……彼なら…呉羽なら全て受け入れられる。


 大好き。愛してるよ、呉羽……。

 メリークリスマス……。




 ミカのズレっぷり、如何でしたでしょうか?

 次回は今回のお話を、呉羽目線でお届けします。


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