クリスマス特別編4
私は鏡の前に立って、座敷翁から貰った雪の結晶のペンダントを付ける。
お化粧、よーし!
髪型、よーし!
服装、よーし!
Myオアシス、よーし!
クイッと首元を引っ張り、
勝負下着、よーし!
そして最後に、
お泊りセットよーし!
そしてそして、呉羽君へのプレゼント。
「呉羽呉羽呉羽……」
うしっ! 発音バッチリ!
何度も何度も練習しましたからね!
呉羽君の写真に向かってですけど……。
全ての準備が終わり、
よしっ、行くであります!
「行ってらっしゃーい」
母が見送る。
「お赤飯用意してるわねー」
「し、しなくていいです!」
私は顔を真っ赤にして怒鳴る。
そんなもの用意したらバレバレじゃないですか!
全くもー……。
そうして私は、家を出て待ち合わせ場所へと……。
そこで私は見てしまった。
呉羽君は大人っぽいロングコートを着込み、物憂げな感じで待ち合わせ場所に立っていたのだけれど、そんな彼に声を掛ける女性が。
私は思わず近くの自動販売機の影に隠れてしまいました。
も、もしかしてナンパ!?
逆ナンというやつですか!?
呉羽君は少し不機嫌そうにその女性を見下ろし、何かを言っている。
あうっ、ここからじゃよく聞こえません……。
ひゃ~! 女性が呉羽君の手を取りました!
ぎゃ~! 今度は腕を取って胸を押し付けてる~!
これじゃ呉羽君が純情少年に~……って、あれ? 呉羽君ケロッとしてる?
ケロッとしているというよりも、冷たい視線を送ってる?
なんか、あんな呉羽君初めて見る……。
けれどその女性は、そんなのはお構いなしに更に体を押し付けて―……。
もー!! 駄目です! 我慢できません!
++++++++++
オレは腕に柔らかな感触を受けながらも、心の中は嫌悪感でいっぱいになっている。
クリスマスのデートの当日。
ミカが来るのを待っていたオレに、派手な女が話し掛けてきた。
派手な化粧、それなりに美人でスタイルもよく、自分に自信があるのがありありと分かる女であった。
何でも、男にドタキャンされたらしく、オレに目を止め声を掛けてきたようだ。
彼女を待っているのだと言っているにも拘らず、女はしつこくオレに言い寄ってくる。
終いには胸を押し付けてきて、「彼女よりもいい思いさせてあげる」だとか言ってきて、オレは吐き気を覚えるほどの嫌悪感に包まれる。
クソッ、早く離れろよ! ミカが見たらどうすんだよ!
と、その時、
「駄目です!」
その声にオレはドキリと……いや、ギクリとした。
「ミ、ミカ?」
そちらを見ると、自動販売機の前で、ミカが怒った顔をして此方を睨んでいた。
やばい、怒ってる?
「いや、ミカ! これはだな――」
「もしかしてアレが彼女?」
女がミカを見て鼻で笑うのが聞こえた。
やめろ! ミカをそんな風に馬鹿にすんな!
フツリと怒りが湧いてきて、乱暴に女の腕を振り払おうとすると、ミカがそれよりも先に、ドンと女を押した。
「いたっ! ちょっと何すん――」
「私の呉羽君に障らないで下さい!」
ミカが叫んでオレの腕を抱きしめる。
「うおっ!」
腕に柔らかな感触。
今まで、派手女が胸を押し付けていた場所だった。
まるで、今までの女の感触を消し去ろうとでもするかのように、ミカは必要以上にぐりぐりと押し付けてくる。
ミカは、これでもかと言うほど、女を睨みつけていた。
なんて心地のいい嫉妬だろうか。
それに、同じ胸でも、こんなにも感じ方が違うものだろうか。
多分、オレの顔は今、茹蛸の様に真っ赤になっている事だろう。
「何で!? 私の時は平然としてたのに!」
女が喚く。
んなの当たり前だろうが! ミカ以外には何も感じねー!
そう声に出して言いたかったが、今声を出したら情けない呻き声しか出なさそうなので、何も言う事が出来ない。
「呉羽君は私だけのものなんです! 他の人が触っちゃ駄目なんです!」
ミカが頬を膨らませて、女に向かって叫んでいる。
や、やば……オレ今、めちゃくちゃニヤけてる……。
何より、ミカのヤキモチが凄く嬉しかった。
「こんな地味女の何処がいいの!? 趣味悪過ぎよ、あんた!」
女は怒りで顔を真っ赤にさせて去ってゆく。
あんたを彼女にする方が、趣味わリーと思うんだがな……。
今はこの幸せを噛み締めていたいので、オレはその言葉を、心の中で冷ややかに言ってやる。
「駄目ですよ……」
ミカがボソリと言った。
「……ミカ?」
「呉羽君は、私以外の女の子と口利いちゃ駄目です! 私以外の女の子に触るのも駄目です……私以外の女の子、見ちゃだ、め…です……」
可愛らしいミカの嫉妬に、ニヤけていたオレだったが、ミカがだんだんと真っ赤になってゆくのに気付いた。
そして最後には、腕を外してしまう。
「あうっ、ご、御免なさい……。私すごい勝手な事ばかり言ってて……い、今の無しです……」
恥ずかしそうに俯くミカを、オレはグイッと引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
「ヒャア!?」
「いーんだよ」
「え?」
「もっといっぱい言っていーんだ。だって、オレはミカのなんだろ?」
「え!? あ、それは……」
真っ赤になって、慌てて何かを言おうとするミカの鼻を、プニッと摘む。
「これも無しだなんて言うなよ?」
「うっ……」
「つーか言わせない。オレはお前のなんだから、もっと我侭言ってくれよ? ヤキモチも焼いてくれ……全部、すげー可愛いから……」
オレの言葉に、恥ずかしそうに……でも嬉しそうにするミカ。
なんて恥ずかしい台詞なんだろうかと思うが、ミカの為であったら……喜んでくれるのであれば、どんなに歯の浮くような台詞でも何でも言ってやる、オレはそう思った。
すると、ミカは早速オレにこう言ってきた。
プクッと頬を膨らませ、
「そもそも、呉羽君がかっこいいのがいけないんですよ! 呉羽君はイケメン禁止です!」
「プッ、何だそりゃ」
「かっこいい格好も駄目です! もう! 私のMyオアシス掛けてて下さい!」
そう言って自分のメガネを外してくるミカを、オレは慌てて止める。
こんな所で外したら、初デートの時の悪夢がよみがえるって……。
「こっちこそ、それは駄目だって! オレはミカのだけど、ミカだってオレのなんだからな! 他のヤローに、ミカを見られたくねー!」
「呉羽君……」
パチパチと瞬きをするミカ。
ニッコリと笑うと、メガネを再び掛け、嬉しそうに言った。
「呉羽君もヤキモチ……」
それから、オレ達は手を繋いで歩き出す。
その時ミカが、パッとオレを見て、首にしてあるペンダントを示してきた。
「呉羽君、見てください! 座敷翁から貰ったペンダントをしてみました! どうですか?」
「ん? いーんじゃね? すげー可愛いよ。似合ってる」
オレの言葉に頬を染め、そして此方をまじまじと見てきた。
「エヘへー、呉羽君は、翁から貰ったものは如何したんですか?」
「うっ!!」
「何処かに身に付けてるんですか? クリスマスに使えるものじゃないんですか?」
更にじっくりとオレの姿を見てくるミカに、オレは無意識に持っていたバッグを押さえてしまう。
た、頼むミカ! これ以上は何も言ってくれるな! 追求もしないでくれ!
++++++++++
私が翁のプレゼントを聞くと、何故だか呉羽君は真っ赤になって黙りこくってしまう。
そして、「あ……」と何かを思い出し。こう言ってきた。
「そういやミカが言ってた、オレにくれるプレゼントって何だ?」
ハッ!! そうでした!
すっかり忘れてました……。いけない、いけない……。
私は早速言おうと口を開くのだけれど、呉羽君のその瞳に見つめられ、私は口をパクパクとさせてしまう。
い、言えない……。
な、何でー!? あんなに練習したのにぃー!
「ミカ?」
「い、いえ、何でもありませんよ。でも、もう少し待ってくれませんか?」
「うん? それは別に構わないけど……一体何なんだよ、プレゼントって……?」
「うあ、と、その…ですね……」
ふえーん、意識すると言えないよぅー!
「ま、いいか……じゃあ行こうぜ、デートにさ」
そう言って呉羽君は、前を見て歩き出す。
こ、こっちを見ていない今なら!
「呉羽――」
呉羽君がこっちを見た。
「――君」
「ん? なんだ?」
「はうっ! メ、メリークリスマス、です……」
「ああ、メリークリスマス」
あうっ……失敗してしまいました……。
この調子で私、ちゃんと彼に「呉羽」と呼ぶ事ができるんでしょうか……。
大好きすぎて、言えなくなっちゃう事ってあるんだなぁ……。
私はしみじみと心の中で呟く。
でもっ、ガンバです私!
呉羽君に喜んで貰う為にも!