クリスマス特別編3
「フンフンフーン♪ フンフンフーン♪ フンフンフーンフフーン♪」
何処からともなく鼻歌が聞こえてきた。
それは放課後の事。
オレはミカと別れ、バイトに向かう途中の事であった。
後、一ヶ月足らずとはいえ、鼻歌のメロディーはジングルベル。随分気が早いなと思い、その鼻歌の聞こえる方を見て、オレは固まった。
そこには、三輪自転車を漕ぎながら、此方に向かってくるあの人物。
白い髭、ずんむりむっくりな体つき……。
すれ違った子供が「あ、サンタさん!」と叫ぶその人は、薔薇屋敷気の住み込みサンタにして座敷翁。そして薔薇屋敷の爺さんで、オレの学校の理事長もしているというあの人物であった。
何故だろう……あの爺さんが乗ると、何の変哲もない三輪自転車が、トナカイのひくソリに見えてくる……。
爺さんは、何の迷いもなくオレの前に自転車を止めた。
「じ、じいさん?」
「ほっほぅー」
爺さんは、徐に前のかごから袋を取り出し、それをオレに渡した。
「メリークリスマス!」
「は!?」
「ほっほぅー。恋人達の聖夜のお祝い」
爺さんはそれだけ言い残し、再び「フンフンフーン♪」と鼻歌を歌いながら去っていった。
い、一体なんだったんだ?
オレは今しがた爺さんに渡された袋を見てみる。紙袋だった。
周りでは遠巻きに見ていた子供が、「サンタさんからのプレゼントだ。いーなー」とか言っていたのだが、袋の中身を確認したオレは愕然とする。
な、何考えてやがんだ、あの爺さん!!
子供がじろじろとこっちを見ている。
オレはその視線を避けるように、足早にその場を立ち去った。
子供が見てる中で、何てもんを渡してくるんだよ!!
袋の中身。それは何と言うか……避妊具だった。
しかも何箱も……この状態だと何箱あるかは分からないが、結構入っていると思う。
まぁ、後で確認した所、十箱も入っていた。
『恋人達の聖夜のお祝い……』
爺さんはそう言っていた。
……ちょっと待ちやがれ!
何で爺さんクリスマスの事知ってやがる!?
サ、サンタだからか……?
「なぁ、呉羽っちー、クリスマスはあの彼女と過ごすんだろ? かぁー、羨ましいな、こんちくしょー!!」
「きっと、ムフフな一夜をあの彼女と……」
「ク~、これだからイケメンは! ああ、美人な上にピュアなあの子が、呉羽っちに汚される~!」
「………」
オレは、そんなバイトの先輩達の言葉を無視し、店内のモップがけに勤しむ。
この人たちはもう、無視するのに限る。
なんたって、毎日同じ事を言っているのだから。
と、そこに、この店の店長で、オレの親父であるあいつが現れた。
「もー、店長からも一言いって下さいよー」
「一人もんの俺らには、この幸せ者の呉羽っちが眩し過ぎる!」
「店長も、クリスマスに過ごす相手が居ないってぼやいてたじゃないですかー」
先輩達が、余計な催促を親父にしている。
「まぁ、確かに……。私の息子はちょっと、いやかなり舞い上がり過ぎてる感が否めませんね……」
溜息交じりの親父の言葉に、オレはカチンと来る。
「なんだよ! オレがいつ舞い上がってんだよ!」
確かに気持ち的に舞い上がってはいるが、こいつの前では一切舞い上がった素振り等見せてはいない。
すると親父は、何ともいけ好かない顔で笑うと、
「舞い上がってるじゃないですか。特にこれ……」
親父がある物を、近くのテーブルの上に置いた。
んがっ! な、何でそれがここに!?
それは見覚えのある紙袋。
「てめー! オレのロッカー、勝手に開けやがったな!」
「そんな、勝手にだなんて人聞きの悪い。あなたのロッカーが開いてたんですよ。舞い上がり過ぎて、鍵を掛け忘れてたんじゃないですか? 全く、人のせいにしないで欲しいものです」
た、確かにっ……爺さんのインパクトが強すぎて、ボーとしてしまっていたかもしれない……。
しかし、それにしたって……。
「てめーが勝手にロッカーの中を漁った事には変わりないだろーが!」
「それはやはり、私は父親ですから。父親として、息子の所持品のチェックくらいしますよ」
最低な親父だ……。
「何なんすか、店長それ?」
オレが親父を睨みつける中、先輩がテーブルに置かれた袋に近づいてゆく。
「うおー、見んな!」
止めようとするのだが、先輩の一人がオレを羽交い絞めにする。
何だか以前にもこんな事があったような……。
「今だ、見てみろ!」
「おう!」
そして――。
「かー、呉羽っちってば絶倫?」
「どんだけ事に及ぶつもりだよ……」
「こんだけあると、いっそ壮観だな……」
テーブルの上には箱が散乱している。
ここに来る前に、あの爺さんに渡されたアレ……。
「これを見ても、まだ舞い上がっていないと言えるのでしょうか……」
親父の言葉に、先輩達が、「言えませーん」と声を揃えて言った。
「それはサンタの爺さんから渡されたんだよ!」
オレは叫んだのだが、当然の如く、親父を始め、先輩達が冷めた目でオレを見ている。
だー! 真実なのに嘘くせー!!
「これは……舞い上がりすぎて、頭の中が沸いてしまったようですね……我が息子ながら情けない……」
「よい子の為のサンタさんを出してくるなんて! 世界中のちびっ子達に謝りなさい!」
「きゃー! 早く逃げて! 呉羽っちの彼女!」
「けーがーさーれーるー!」
「だから違うって! サンタだけどサンタじゃなくて、薔薇屋敷の爺さんなんだよ!」
「聞きましたか? 益々もって訳の分からない事を言い出しましたよ?」
「世界中のちびっ子達に謝りなさい!」
「きゃー! 早く逃げて! 呉羽っちの彼女!」
「けーがーさーれーるー!」
全く同じ台詞を吐く先輩達。
親父はここで、ポンと手を打ち提案した。
「ここは一つ、抑止力の為、ミカさんの為に……」
親父が散乱する箱に手を伸ばす。
「私が三箱貰っておきましょう」
「んなっ!?」
「じゃあ、俺も貰うー、使うあてないけど……」
「彼女いないから、呉羽っちのご利益を授かる為に神棚にお供えしよう」
「んじゃ、俺もー」
そして先輩達は、オレに向かって柏手を打って、
『どうか、呉羽っちの様に、美人でピュアで優しい彼女が出来ますように……』
何故だか、この人達の祈願を一斉に受ける事になってしまったオレであった。
そして、結局の所、先輩達には二箱づつ持って行かれ、オレの元に残ったのは、一箱のみとなったのである。
翌朝、いつもの待ち合わせ場所でミカを待っていると、
「呉羽くーん! お早うございます!」
なんだかいつもよりご機嫌なミカ。
オレの姿を見止めると、嬉しそうに走り寄って来た。
朝から満面の笑みのミカを見て、昨日の事が全て綺麗に洗い流されるみたいだった。
「如何したミカ? なんかご機嫌だな?」
「はい! それが、昨日座敷翁に会って――」
「ブフッ!!」
な、なんだとぉ!?
「く、呉羽君?」
よろめいたオレに、ミカが訝しげに声を掛けてくる。
オレはガシッと、ミカの肩を掴むと、
「そ、それで!? ミカも何か渡されたのか!?」
「も、って事は、呉羽君も翁から、何かプレゼントされたんですね?」
「え? あっ、う……」
パッと顔を輝かせて、無邪気に聞いてくるミカ。
オレは何と答えてよいものかと悩む。
ミカはにっこりと笑うと、自分のカバンの中を探った。
そして、細長い箱を取り出す。
一瞬ギクリとしたオレであったが、それは装飾品を入れる為の箱だと分かり、ホッと胸を撫で下ろした。
ミカが箱を開けると、中にはペンダントが入っていて、ペンダントトップには雪の結晶をかたどった物があって、キラキラとした細かな石が散りばめられている。
「恋人達の聖夜のお祝いって言ってくれたんですよ。これ、クリスマスのデートの時につけて行きますね!」
「お、おう……」
多分、その時のオレの顔は引きつっていたと思う。
非常に複雑な気持ちであった。
「あ、そういえば、呉羽君は翁から何をプレゼントされたんですか?」
「グッ!!」
「呉羽君……?」
「べ、別に大したもんじゃねーよ」
「クリスマスに使えるようなものですか?」
「ウグッ!!」
頼む! 頼むからそんなに無邪気に聞かないでくれ!
「……使えないんですか?」
いや、使えるけども……。
ハァーと溜息をつき、不思議そうにオレの顔を覗き込んでくるミカを、何とか別の話で誤魔化しつつ、オレは学校へと急ぐのであった。
翁はこういう悪ふざけが大好きです。
きっと、若い頃は正じぃに対しても、色んな悪ふざけをしていたに違いない……。
お金持ちだから、悪ふざけもきっとスケール大きかったんだろうなぁ。