第八話:知らぬが仏
今回新しいキャラが出てきます。
脇役です。
皆に愛されています。
今日は朝礼がある日。
朝の挨拶は御馴染み、我が校のアイドル、震えるおじいちゃんこと正じぃである。
彼は、本名を川流正一と言い、この学校の校長先生であった。
その正じぃの隣には、教頭の姿があり、マイクを持って立っている。
『えー……校長先生のお話です。しっかり聞くようにー……』
少々間延びした口調の教頭先生。
生徒達は、彼を『正じぃ翻訳機』と呼んでいる。
プルプルと震えながら杖を突き、正じぃがゆっくりとスタンドマイクに近づいてゆく。
周りの生徒からは、時折「正じぃ、今日もナイスバイブ!」とか「正じぃがんばって!」やらと、小声で声援が飛んでいる。
実は彼には、ファンクラブなるものが存在した。しかも二つ。
一つは、『震えるおじいちゃんサポート委員会』これは、何かにつけて、校長を手助けしようという者達の集まりである。
そしてもう一つが、『正じぃをあたたかく見守る会』これは、生まれたばかりの小鹿を見守るが如く、正じぃをあたたかく見守っていこうという者達の集まりであった。
この二つのファンクラブは、意見の違いから、事あるごとに衝突を繰り返したり、繰り返さなかったり……。
そして、漸く正じぃがスタンドマイクの前に辿り着くと、震える手でマイクを掴み、口を開いた。
『あ〜〜……ざますっ!』
………さっぱりである。
『えー……お早うございます、皆さん』
まったく理解不能な校長のお言葉、それを唯一理解するのが教頭先生であった。翻訳機と言われる所以である。
正じぃのお話はまだ続く。
『あ〜〜……マムシッ!』
キーンとマイクの音が響き渡る。
『えー……山ではマムシに気を付ける様にー……』
えぇ!? 今は山、関係ないのでは!?
恐らくそう思ったのは、私だけではないだろう。
その時また、正じぃが口を開いた。皆、固唾を呑んで見守る。
『あ〜〜……ぺぷしっ!!』
………コーラ? 全ク意味ガ分リマセン……。
私たち生徒は、教頭先生に目を向ける。
彼は全く動じず、いつもの調子で語る。
『えー……今のはただのくしゃみです……』
って! くしゃみかよっ!!(つっこみ)
恐らく、生徒の心は今、一つになっただろう……。
その後、朝の挨拶は終わったのか、校長はプルプルと震えながら、ゆっくりと戻ってゆく。
そして、その震えるおじいちゃんが完全に戻るのを待たずして、我が校の生徒会長、微笑みの貴公子こと大空竜貴が、今後の予定などを告げてゆく。
女生徒達の溜息が聞こえる。彼もやはり、イケメンなのであった。(ケッ)
「いやー、今日の正じぃも震えてましたなぁ……」
朝礼が終わり、教室に戻る中、私がしみじみと呟くと、いつの間にやら隣には、同志がやってきて、私に同意する。
「まぁ、うちの校長は、話が短いからいいよな……」
「ええ! わたくしもあのご老人には感謝していてよっ!」
これまた、いつの間にやら乙女ちゃんが、ぴったりと隣にくっ付いている。
彼女はその後、相変わらずだ。
ただ、ちょっと困った事がある……。
「転入手続きがスムーズにいったのは、あの校長のおかげですから……」
乙女ちゃんの後ろには、相変わらずスナイパー渋沢が張り付いている。
嗚呼、いつ見ても惚れ惚れしますなぁ、見事なほどに似ております……。
「ってゆーか、何でお前が話に加わってくんだ! あっちにいけ!」
同志が、シッシッと乙女ちゃんを追い払おうとしている。
先程の困った事の一つ。
あの一件以来、同志は乙女ちゃんを毛嫌いしている様子。しかし、乙女ちゃんは全く動じず、寧ろ更に私にくっ付いてくる。
「あら、呉羽様? わたくし、お姉さまのお陰で新しい扉が開いたんですの。お姉さまの隣には、わたくしのような、高貴かつエレガントな人間が相応しいんですのよ! それに、お姉さまを呉羽様に近づける訳にはいきませんわ!」
ああ、それにしても、あの時演じたバタフライるみ子が、変な風に乙女ちゃんに効いてしまったものです……。
流石はるみ子さん! と、言いたい所でありますが、いかんせん、一緒に居ると目立ちまくるのであります。
ああ、今もかなり注目されている……。
「何だと!?」
ギロッと同志が、乙女ちゃんを睨む。
すると、乙女ちゃんは胸ポケットから、ある物を取り出し同志に手渡す。
それを見た同志は、顔を真っ赤にし、そして青くなると、それをぐしゃりと握り潰した。
「そんな事をする呉羽様に、お姉さまを近づけさせる訳にはいきませんわよ!」
つんとして言う乙女ちゃん。
……はて? 今のは一体なんでせう?
「同志? 今のは何ですか? 何か写真のように見えましたが……」
すると同志は、私を真っ赤な顔で見ると、慌てたように首を振る。
「なっ、なな何でもねぇ! 薔薇屋敷! お前も絶対言うなよ!」
「あら、言える訳がございませんでしょう? 知らぬが仏とは、この事ですわ!」
どうやら同志は、何か弱みを握られてしまっているようだ。
うーん、一体なんだろう? 気になるであります!
「それにしても乙女ちゃん……」
私が彼女に話しかけると、グリンと勢いよく此方を振り返り、嬉しそうに頬を染める乙女ちゃん。
「何ですの、お姉さま!? 何でも仰って?」
今の彼女を見ていると、尻尾を振る犬に見えて仕方が無い。
「いや、あのね? そのお姉さまは止めてくれないかな……。私たち同い年だし……」
「何を言いますの!? お姉さまは、わたくしの永遠のお姉さまですわ!」
……永遠ノオ姉サマッテ一体……
「杜若! 例のあれを!」
「はっ!」
乙女ちゃんがスナイパー渋沢に向かって、何かを要求すると、彼は何処からとも無く一冊のアルバムを取り出し、それを乙女ちゃんに手渡した。
「それに、こんな素敵なお姿が似合うのは、お姉さまだけですわよ!」
そう言って、ペラッとアルバムを開いて見せた。
バシュッ!!
目にも留まらぬ速さで、私はそれを奪い去る。
「ああん、わたくしのコレクションがっ!」
「……? 何だ、今の?」
NO〜〜! これはダメ! これはダメなのでありますっ!!
乙女ちゃんが見せたそれには、私がバイトをしている姿の写真が、ズラリと貼り付けてあったのである。
隊長! 思わぬ所に伏兵が隠れておりました!
何だと!? 直ちに隠ぺいを行うのだ!
イエッサー!
「な、何でもありませんよ、同志! 気にしないで下さい! ……乙女ちゃん?」
私はグワシッ!と乙女ちゃんの肩を掴み、ググッと顔を近づけると言った。
『これの事は、絶対に誰にも言っちゃダメ! 見せてもダメ! もしそんな事したら、私一生口きかないし、目を合わせないから……』
『ああん、それはイヤですわ。でも、それって、わたくしとお姉さまだけの秘密って事ですわよね? よろしくってよ!』
頬をバラ色に染めて言う乙女ちゃんであったが……。
乙女ちゃん……私たちだけじゃないよ……スナイパー渋沢も知ってるよ……。
私がチラリとスナイパー渋沢を見ると、彼は自分の胸に手を当て、私に頷いて見せた。
つまり、この胸にしまっておくって事?
ク〜〜、流石スナイパー渋沢であります! 言わずもがなでありましたか!
渋い! 渋いよ、スナイパー渋沢!
「おい、一ノ瀬? 一体何なんだ、それ? もしかしてお前も、何か弱みを……?」
眉を顰める同志。
ううっ、それはそうなのでありますが……こればっかりは、同志に知られる訳にはっ!!
もし知られたらと思うと、血の気が引いてゆきます。
そう、もし知られたら……きっとこのような事に――。
『何、お前、こんなバイトしてんの!? はっ! こんな趣味があったなんて、がっかりだな! オヤジ達も泣いてるゼ……。もう、お前には同志とは呼ばれたくない! オレはまた、ロンリーウルフに戻らせてもらうゼ!』
的な事を言われるに違いない!
阻止せねば! それだけは絶対に阻止しなければっ!!
私は、心に固く誓うのであった。
三時間目が終わり、同志が席を立って教室を出た時。
……あ、トイレ?何て思っていると、目の前に座るあ奴が、私に声を掛けてきた。
「ねぇ、一ノ瀬さん。君と如月君って、もしかして付き合ってるの?」
イキナリ、コノ男ハ何ヲ言イ出シヤガル……。
「…………」
私が無言で固まっていると、日向真澄は首を傾げる。
「あれ? 違った? 最近よく一緒にいるし、それに何より、薔薇屋敷さんが君に席を退く様に言った時、彼、君をかばってたでしょ? 結構、噂になってるよ」
何ですとぉ!? と言う事は……私今、皆から注目の的にされてる!?
ズーンと沈み込む私。
「大変だね、一ノ瀬さん。薔薇屋敷さんって、如月君が目当てで転校してきたんでしょ? 今もほら、すっごい睨んでるし……」
いーえ! あれは貴方を睨んでますから! 今、私に話しかけてる貴方にっ!!
「……あの、どう――如月君とは、趣味が一緒なだけですから。別に付き合っていません」
「え? そうなの? でも、中学から知ってる奴に聞いたんだけど、彼、今まで特に仲良くしてた人っていなかったらしいよ。ねぇ、それってどんな趣味なの?」
そう言って、日向真澄は興味深そうに、私に顔を近づけてくる。
いーやー! くるなー! バレるぅ!
私は咄嗟に、三時間目の授業で使った英語の教科書を盾にした。
「……えっと、何?」
戸惑った様子の日向真澄の声。
「あの、あまり顔を近づけないで下さい」
「へ? 何で?」
何でってそりゃ、決まってるでしょーがぁ! って、でも、それを言う訳には……。
ハッ、そっか、別に普通に接すればいいんじゃん?
そう、一般的な女子が、彼に対してとる様な言動を……。
つまり! イケメンを前にして、恥らえ、私!
「あ、あああのっ! 日向君て、かっこいいんで、は、恥ずかしいですぅ!」
ギーヤー! バレない為とはいえ、心にもない事をっ!! 鳥肌が立つ〜〜〜!
すると、日向真澄はビックリした様に言った。
「え? 如月君も、結構かっこいいと思うんだけど、彼には普通に接してるよね……?」
ああ、そうだった! 同志もイケメンだった! これは迂闊ナリ!
私は、ヤバイ?と思って、そっとあ奴を窺う。
すると彼は、何を勘違いしたのか、手を前にぶんぶんと振って見せた。
「だ、駄目だよ、一ノ瀬さん。俺には、将来を誓った人がいるんだ!」
………チーン。
ちょっとまてぃ! それって、もしかしなくとも私の事かぁ!!
私は一切承諾してねー!
「えと、一ノ瀬さんも知ってると思うけど、俺って女性関係、その、酷かったでしょ? その女の子達とは、綺麗さっぱり縁を切るつもりなんだけど……まだ別れないって言ってる娘もいて……。それも全部、綺麗にかたが付いたら俺、その人を迎えに行くつもりなんだ!」
グッと拳を握る日向真澄。
うーわー、止めてー、来なくていーから!
その女の子、ガンバ! 粘って粘って粘りつくせ! 納豆の様に!
と、その時。私と日向真澄に、ふっと影がおりる。
「……何してんの? あんたら……」
低く、静かな声。
私たちが、其方に顔を向けると、そこには同志が立っていた。
その顔は無表情ながらも、何処か怒っているようにも見える。
すると、日向真澄は慌てたよう首を振った。
「ああっ、誤解しないで! 俺にはちゃんと、心に決めた人が居るから!」
「……ふーん?」
それでもまだ無表情な同志に、日向真澄は肩を竦めると、私に向かってこっそりと片目を瞑って見せ、前に向き直るのだった。
同志は私に一瞥をくれると、自分の席に戻る。
そして、面白くなさそうに虚空を睨みつけていた。
++++++++++
あー! なんかすっげー面白くねぇ!!
オレは、隣で一ノ瀬が此方を気にしているのに気付いていたが、どうしても其方を見る気にはなれなかった。
今の光景が、頭から離れない。
あいつ、何であんなに恥ずかしそうにしてたんだ?
日向を前にした一ノ瀬の反応は、まるで普通の女の子のようであった。普段のあいつからは、考えられない、オレの時とはまったく別の顔だ。
イラッとして、思わず声を掛けてきた奴を「あぁ!?」と睨んでしまった。
「ひぃ!! ご、ごめんなさいぃ! で、でも、如月君! 今は数学の時間なので、教科書を出して下さいぃ!」
見れば、担任の杉本であった。
はっとして周りを見てみれば、なるほど、みんな数学の用意をしている。
そうか、次の授業に入ったんだな、と気付き、オレは無言で数学の教科書を取り出す。
担任で数学教師の杉本は、オレがちゃんと教科書を出すのを見ると、満足げに頷き授業を始める。
『同志、同志、一体如何したんですか? ボーとしているなんて珍しい……』
一ノ瀬が小声で話しかけてくる。
一瞬、無視しようかとも考えたが、チラッと一ノ瀬を見ると、オレを心配そうに見ている。
それが何だか嫌で、オレは『別に何でもねぇよ』と言っておいた。
何となく斜め前を見ると、日向が此方をチラリと見ている。ムカッと来て、思いっきり睨みつけてやると、奴は首を竦めて慌てて前を向いた。
はっ! 勝った!! ………って何がだ?
オレは少し空しくなるのだった。
++++++++++
「おのれ! 許せませんわ、日向真澄! わたくしのお姉さまに色目などを〜〜っ!!」
お昼休み、私たちはいつものように、屋上に居た。
そして、乙女ちゃんの用意してくれたテーブルにお弁当を広げ、椅子に座ってそれを食べている。
「………」
同志は始終無言であった。
「……同志、如何しました? 箸が進んでいないようですが……今日のお弁当には、同志の好きな肉じゃがが入っていますよ」
この前、試しに入れてみたら、同志は真っ先にそれに箸をつけていた。しかし、今は全く手をつけていない……。
私は首を傾げながら、タコさんウィンナーを口に頬張った時、
「なぁ一ノ瀬。さっき、日向の前で恥ずかしそうにしてたけど。あれって何、もしかしてあーゆーのが好みなのか? お前……」
おおっとぉ! お口の中のタコさんウィンナーが、思わずお外に逃げ出しそうになったよ!
「んなっ!? 何を言い出すんですか、同志!? 止めて下さいよ、私イケメンは苦手なんです! あれは、一般的な女子の反応をしてみただけですよ! やってて、思わず自分自身に身震いしちゃいました!」
私がそう言うと、同志は何処か拍子抜けした顔になり、
「そ、そうなのか?」
と言って、ホッと息を吐いた。
はて? 何故安心を……?
私が首を傾げていると、乙女ちゃんが“バン!”とテーブルを叩いた。
「何を安心してますの、呉羽様!? 日向真澄が、色目を使った事には変わりありませんわっ!!」
乙女ちゃんが叫ぶ。
あ、そっか、乙女ちゃんはバイトの事も知っているんだから、当然、日向真澄の事も知ってるか……。
「……色目って……薔薇屋敷、日向には心に決めた奴が居るって言ってたぞ?」
呆れたように同志が言う。
ハッと私は乙女ちゃんを見た。
言ったらダメ! 言ったらバイトの事もばれるぅ!
「んまっ! 何ておめでたいのかしら呉羽様ったら! ……でもまぁ、知らぬが仏、ですわよね……言わないでいてあげますわ」
そう言って、何事も無く席に着く乙女ちゃん。
私がホッとする中、同志が「何だ、それ?」と首を傾げているのが見えた。
同志、どうか聞かねーでおくんなまし! どうか、どうか仏のままでっ!!
私は心の中で拝むのであった……。
さて皆さん、あなたは、サポート派? それとも見守る派? 私はもっぱら見守る派ですね。影からこっそり応援です。
正じぃには、これからも活躍していただきますよ。
中々良いキャラですから。あのプルプル感が、保護欲を誘います。
皆様に気に入って頂けたら幸いです。