番外編:萌えロマその後・その5
おまけ的その4に続くその5です。
竜貴に鍵を渡され、屋上にやってきた二人。
「うわぁ、久しぶりです。またここでお弁当とか食べたいですね」
そう言ってミカが振り返った所、呉羽が何やら手元をゴソゴソとしている。
「何してるんですか?」
「ん? ああ、これ」
見ると呉羽が、屋上の鍵と別の鍵とを交換している。
「こうしてすり替えて、合鍵を作っておいて、またこっそり本物と交換してやれば、後でいくらでも屋上使えんだろ? 返す時は、そうだな……落し物でもしたとか言えば、また貸してくれんじゃねーか?」
ニヤッと悪そうに笑う呉羽に、ミカは興奮した顔で叫ぶ。
「呉羽君、凄いです! 策士ですね!」
「プッ、諸葛孔明って? でも策士っつーより、ただの悪知恵だろ?」
以前にも言われた、策士という言葉を思い出しながら苦笑する呉羽であったが、ふと笑みを引っ込め、頬を掻きながら尋ねる。
「んでさ、改めて聞くけど。その……いいんだよな? オレの泊まるって言った意味って、はっきりというと、エッチ込みだぞ? その、ちゃんと分かっててO.kしたのか?」
すると身かは、少しばかり俯き加減に、チラチラと呉羽を見ながら、手元をイジイジさせている。
「……実を言うとですね……。最初は全然分かってなかったんです……。でも、父に言われて漸く気付いたと言うか……それで、如何しようかと思ってたりもしたんですけど……」
そこで、ミカが呉羽を見てみると、彼はやっぱりと言った顔をしていて、ミカは慌ててこう言った。
「だけどですね。考えてみれば、呉羽君を好きって気持ちは変わらないし……というか、前よりももっと好きになってるし……いっぱいいっぱい好きになったら、この気持ちをどうやって全部伝えられるかなって思ったんです。だから、この気持ちごと全部、呉羽君に捧げます。だから、その……受け取ってくださいね? 私の気持ち……」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにするミカを前に、呉羽は顔を片手で覆い、盛大な溜息をついた。
それを見てミカは、少し傷付いた顔をする。
「え? 何で溜息――」
「ああ、駄目だ……。屋上に来なきゃよかった……」
呉羽のその言葉に、今度こそ本当に傷付いた顔をするミカ。
「あうっ、そんな……受け取りたくないって事ですか……?」
今にも泣きそうに、顔を歪めるのを見て、呉羽は慌てて違うと否定する。
「そうじゃねーって。そのな、ミカがあんまり可愛い事言うから、フライングしそうーなんだよ!」
「え? フライング?」
首を傾げて、ミカは呉羽を不思議そうに見つめる。
その瞳の純粋さに、思わず罪悪感を感じずにはいられない呉羽。
言うのを躊躇いつつ、そろりとミカから視線を外して、正直に言った。
「……だからな、クリスマスを待たずして、しかも今ここで、エッチしたくなるって言ってんだよ……」
「………」
暫し無言で呉羽を見詰めた後、一気にボッと赤くなりながら、
「うえぇ!!」
と大声で叫ぶミカ。
そんなミカを前に、呉羽も赤くなりながら、もう一度溜息をついた。
「つい癖で鍵閉めちまったし……外とはいえ、ある意味密室だし……。今現在鍵持ってるのはオレだけだから、絶対に誰も入ってくる心配なんてねーじゃん。そんな中で、ミカは好きって言ってくるわ、しかも捧げるだとか、受け取ってとか、可愛い事言ってくるからさ……」
呉羽は一度、切なそうにミカを見るとドアに向かった。
そして、屋上から出ようと鍵を開けようとした時、クンと服を引っ張られる。
見ればミカが、制服の上着の裾を掴んでいた。しかも、顔を真っ赤にさせ俯いている。
「……ミカ?」
「……呉羽君はまだ分かってません。私、呉羽君が望むなら、何時だって何処でだって構わないんですからね! それ位、呉羽君が好き……いえ、愛しちゃってますから!」
「~っ!!」
必死になってそう訴えるミカを見て、呉羽は堪らず、その細く柔らかな体を抱き締めていた。
「この馬鹿……。本当にお前って、オレの理性飛ばすの上手すぎ……。んな事言われたらオレ、如何したって我慢できねーだろ?」
「……っ!?」
呉羽の声はいつもと違って、艶っぽく何処か色気のあるものへと変わっていた。
それが耳元で囁かれ、しかも、しゃべる度に息が掛かり、訳の分からないゾクゾク感に、ミカは戸惑った表情を浮かべる。
「ほら、止めんなら今の内だぞ?」
その表情を見て、苦笑しながらそう言うと、呉羽の腕の中、ミカは顔を真っ赤にして、
「ど、どどどどんと来い、です!!」
どもりながらのその言葉に、呉羽は思わずブハッと吹き出した。
「何だそりゃ!」
呉羽はククッと笑いながら、ミカの鼻を摘んだ。
「無理すんなよ? 無理されてもオレ、あんま嬉しくねーぞ?」
「む、無理なんかしてませんよ……」
視線を逸らしながら言うミカに、呉羽は摘んでいたミカの鼻から手を離すと、頬に手を置いた。
そのすべらかで柔らかな頬の感触に、呉羽は軽く唇を押し付ける。
「無理なんかしなくていいから。ゆっくりでいいから……。クリスマスだって、無理そうならそう言えよ? オレ、いくらでも待つからさ……。言っとくけど、オレだってそれ位お前の事が好きで、愛してるんだからな……」
最後に額に唇を押し付けると、呉羽はミカから離れた。
一瞬、唇にもしようと思った彼であったが、そこにすると我慢できなくなりそうなので止めた。
そしてまた鍵を開けようとすると、呉羽の背後でミカが、
「呉羽君、凄いです! 流石です!」
と叫ぶのが聞こえ、呉羽は「は? 何が?」と振り返る。
「だって、一度その気になると、中々その気持ちは治まらないものだって、男はそういう生き物だって、以前父が言ってました! やっぱり、呉羽君は父とは違いますね!」
呉羽はその言葉で、ミカが無理して呉羽の気持ちに応え様としていた理由を知った。
いまや、ミカの目は尊敬の眼差しでもって呉羽を見ている。
呉羽はそのまっすぐな眼差しを、どう受け止めたらよいものかと少々戸惑う。
「いや、うん……あのな? そんな風に尊敬されても困るっつーか、現にさっきまで大和さん(煩悩)がオレの中で叫びまくってたし……」
「はい? 父が如何しました?」
「い、いや、何でも無い……と、とにかく、オレはそこまで出来た人間じゃねーからな! 大和さんの言うとおり、男ってそういう生きもんだし!」
「え? でも呉羽君いま……ハッ、もしかしてそれ程でも無かったですか? キャ~、私だけ勘違いですか!? 恥ずかし~!」
「だー! 違うって! だからだな、その……」
「……?」
困惑気味に首を傾げるミカに、呉羽は顔を真っ赤にしながら意を決して言った。
「大和さんに、ミカへの愛が勝ったんだ!!」
「はい!? 父にって、どういう事ですか!?」
ますます困惑するミカ。
呉羽は慌てて言い直す。
「だー! 今の間違い! 煩悩よりも、ミカへの愛の方が強かったって事!」
今度こそちゃんといえてホッとするが、考えてみれば、呉羽にとってかなり恥ずかしい事を言っている気になり、まともにミカの顔が見れなくなる。
「あ、あい……ですか……」
「おう……」
「ち、父って煩悩なんですか?」
「う……そ、それは忘れてくれ……」
「………」
「………」
一度、お互いに無言になると、呉羽は屋上のドアに手を掛ける。
すると、鍵を開けた訳でもないのにすんなり開いた……と言うか、少し開いていた。
「っ!!?」
呉羽がバッとドアを開けると、そこには馴染みの面々が居た。
「お、乙女ちゃん!? 日向君も……大空会長まで!?」
ミカが驚いた声をあげる。
「な、何で鍵が開いてんだよ!?」
すると、乙女が呉羽に得意満面でこう言った。
「おーほほほ! ピッキングは女の嗜みと以前言いましたわよ!」
乙女は細い棒の束を見せてくる。
「そ、そういえばそうだった……こいつ鍵開けられるんだった……」
「い、いやね、俺は止めたんだよ? でも薔薇屋敷さん、あの後大空会長捕まえて、君等の居場所聞きだしてさ……」
真澄が困ったように呉羽を見る。
「き、きさま等! 学校での如何わしい行為は言語道断だからな! そんな事をさせる為に鍵を貸したんじゃないぞ!」
竜貴が顔を真っ赤に文句を言う。
彼は何故か、吏緒に首根っこを掴まれていた。
「鍵を渡した時点で、そういう行為を促すと普通なら分かる筈ですが……」
吏緒がにこやかに笑いながら、竜貴を軽く締め上げる。
竜貴が「ギャー」と喚く中、吏緒は呉羽に向かって、
「よく我慢されましたね。命拾いしたようで何よりです」
と言って、呉羽を青くさせた。
「そうですわ、呉羽様! もー、わたくしドキドキものでした! あのまま、行くとこまで行ってしまうのかと思いましたもの! 流石は呉羽様! お姉さまへの愛ですわね!」
「んがっ!!」
乙女のその言葉が止めとなったのか、呉羽は羞恥と怒りで、体を震わせ、真っ赤な顔で怒鳴り散らした。
「てめーら、何時からそこで見てやがったんだよ!!」
「おほほほ! 何時からと仰いまして? それでしたら、呉羽様が、屋上に来なきゃよかったと言って、お姉さまを悲しませた後、あんまりお姉さまが可愛いんでフライングをしそうだと言っていた辺りからですわ!」
またもや得意満面で、呉羽の疑問に答える乙女。
「それって、聞かれたくねー恥ずかしいとこ全部じゃねーか!」
「まぁ、そうでしたの? それは何よりですわ! だってそれでしたら、わたくしの聞きたい所全部ですものね!」
嬉しそうに乙女は笑う。
それを見て、呉羽はガクッと項垂れた。
そこに真澄がポンと肩を叩いてくる。
「いやぁ、見直したよ。やっぱり愛の力って偉大だなぁ」
「……日向お前、何か馬鹿にしてないか?」
「え? あはは、やだなぁ、そんな事無いって」
「物凄く嘘くせー……」
そんな二人をその場に残し、乙女はうきうき気分でミカの元に行く。
「お姉さまー! んもぅ、わたくしに内緒でクリスマスの約束を呉羽様としてしまったんですのね? しかも、いやんな約束までもしてしまったんですのね? 一足先に、お姉さまが大人になってしまうなんて、乙女寂しいですわぁ!」
「うひゃあ、乙女ちゃん! くすぐったいです!」
キューッとミカに抱きつき、その胸元にぐりぐりと顔を押し付けてくる乙女。
興味津々でミカに顔を寄せ、小声で聞いてくる。
『それでそれで? 如何しますの?』
「はい?」
『ですから、その日の為の勝負下着ですわ!』
「えぇ!! しょ、勝負――あ」
他の男性達に聞かれないよう、ミカは声を潜める。
『や、やっぱり、勝負下着って必要かな?』
『当然ですわ! セクシィかつラブリィなもので、呉羽様をノックアウトして下さいませ!』
『ノ、ノックアウト?』
『そうですわ! 何ならわたくしが見繕って差し上げますわ!』
そしてバッと呉羽を振り返り、
「おーほほほ! 呉羽様をノックアウトしてみせますわ!!」
高らかに宣言した。
「は? 何で薔薇屋敷にノックアウトされなきゃなんねーんだ?」
大いに首を傾げる呉羽。
ミカは乙女の横で顔を真っ赤にさせていた。
「おーほほほ! わたくしは今日、一足先にノックアウトされます!」
「はぁ!? 何言ってんだ? 訳分かんねーんだけど」
首を傾げる呉羽の前で、乙女はまたミカに顔を寄せ、『今日早速、下着を見繕ってあげますわ!』と言った後、吏緒に向かって、
「杜若! 今日はハンカチをたくさん用意なさい! それと、もしかしたら輸血も必要になるかも分からなくってよ!」
「……はい、畏まりました」
「だから、一体何の事だって!!」
「く、呉羽君。今日は乙女ちゃんと一緒に帰ります……」
「ハッ! ミカまで! わっかんねー! ホント訳分かんねー!!」
喚く呉羽に、真澄が声を掛ける。
「まぁ、覚悟しろって事じゃない?」
「だから何に!?」
「あはは、クリスマスに関してじゃないの?」
そんな中、ただ一人誰にも構ってもらえない竜貴。
「おまえら! 俺の存在を無視するなぁー!!」
そんな声が屋上に響き渡ったのだった。
~萌えロマその後・終~
今度こそ本当に萌えロマその後は終わり。
ああ、なんかこんな感じで終わってこそ、「ショーウィンドウのドール」だなぁという気になります。
一応、次は文化祭のお話なんかを考えていたりなんかします。
なのにメインは、マリと杏也だったりする。
何はともあれ、お楽しみに。