番外編:萌えロマその後・その4
おまけ的その4です。
「あれ? 二人とも何してんの?」
真澄が朝、登校してきた所、ミカと呉羽はもう既に来ており、二人で仲良く何か雑誌を読んでいた。
真澄が自分の席に座り覗き込むと、そこには『クリスマスデートの一押しスポット!』と書かれているのが見えた。
「へぇ、クリスマスかぁ。まだ一ヶ月も先だけど……何? もしかして、とうとうお泊りとか考えてたりして――」
真澄は冗談のつもりで言ったのだが、二人が顔を真っ赤にして俯いているのが目に入り、驚きの声をあげる。
「えぇ!? ちょっと本当にぃ!?」
「わ、私、ちょっとお手洗い行ってきます!」
ミカは恥ずかしそうにしながら、席を立って教室を出て行ってしまった。
その場に残された呉羽と真澄。
当然の事ながら、真澄は呉羽に詰め寄る。
「ちょっとちょっと、どういう事!? 如月君、本当に一ノ瀬さんとお泊りするの!?」
泊まるという事は、つまりはそういう事なのだろう。
少々怖い顔をして聞いてくる真澄に、呉羽はやがて諦めたようにハァと息を吐き出し、「ああ」と頷いた。
すると真澄は何とも複雑そうな顔をして、
「ハァ……そっかぁ……一ノ瀬さんも、とうとう他人の女になっちゃうのかぁ……」
その言葉にピクリと反応する呉羽。
「おい、何だその言い草は、その落胆振りは! お前、まさかまだミカに未練があんのか?」
「そりゃそうだよ。何たって一之瀬さんは、俺の初恋の人なんだし……」
「って、初恋!? お前……あんだけ女と付き合ってて……」
「えー、男なんて生き物は、好きでもなくても出来ちゃう生き物じゃん」
そんな真澄の言葉に、呉羽は少し引く。
「日向……お前って本当は最低な男だったんだな……」
「うん、まーね」
あっさりと肯定する真澄。
「そんな最低男に、一ノ瀬さんは気付かせてくれたというか、目を覚まさせてくれたというか……。
とにかく、一ノ瀬さんは俺にとって、恩人だし初めて俺に女性を愛するという事の本当の意味を教えてくれた、いうなれば“愛の女神様”だね……」
「あ、あいのめがみ……」
よくもそんな恥ずかしい事を堂々と言えるものだと、呉羽はある意味感心する。
「如月君ならと思ってこっちは身を引いたけど、もし無理強いなんてしたら、俺何するか分からないよ……」
顔を近づけ、真剣な顔で睨みつけてくる真澄。
その迫力に、思わずごくりと唾を飲み込み押され気味になる呉羽。
改めて、真澄がミカを本気で好きだったのだな、と気付かされた。
「無理強いなんてする訳ないだろ! 俺はミカの意思を尊重するし、今回だってその……ミカ、喜んでたし……」
顔を赤らめる呉羽。
自分とのクリスマスが楽しみだと言って微笑む彼女を思い出す。
真澄はそんな呉羽を何とも微妙な顔で見やった。
「……あのさ、如月君を疑う訳じゃないんだけどさ。それ本当に喜んでたのかな……」
「は? どういう事だよ……」
「いや、喜んでたかもしんないけど、それって如月君が望む意味合いで喜んでいたのかって事」
「………」
「だって、あの一ノ瀬さんだよ? ニブニブでそっちの事には酷く鈍感な、あの一ノ瀬さんだよ?」
呉羽の顔色が、明らかに変わった。
「如月君、ずばり聞くけど。一ノ瀬さんにはっきり言った? 泊まるって事の意味。ただ泊まるんでなく、男女でする事をさ」
「………」
呉羽は無言で首を振る。
顔色も何処となく悪い。
「わ、分かってないかもしれない……一緒に寝るとか、そんな感じで言った……」
「確かに一ノ瀬さん、それだけじゃ分かんないかもしんないね……」
「いや、だけどな。そもそもミカが最初に、オレに食べられてもいいような事言って――あ」
呉羽は言葉を途切らせる。
余計な事を言ってしまったという顔をした。
そして真澄は、呉羽の言葉に少し考えると、じとっとした目で呉羽を見やる。
「食べられてもいい? 言ったの? 一ノ瀬さんが?」
「う……」
「……つまりさ、如月君は一ノ瀬さんに対して、食べられちゃうと思われるような事をしたって事だよね……」
「………」
呉羽は何も言い返せず、無言で真澄を見詰め返す。額に汗がタラリと流れた。
「でもさ、その食べられてもいいって言った事も、そもそもそっちの意味なのかな……?」
「え?」
「つまり、“食べる”とか“寝る”をイコール“エッチ”と捉えているかって事」
呉羽は改めてあの会話を思い出す。
確かにずっと抽象的な言葉しか使ってなかった。
泊まりに行こうといった時も、恥ずかしそうにする様子もなく、寧ろ素直に喜んでいた。
(じゃあ、一緒に寝ようなって言った時、うんって頷いてたのは、純粋にただ寝るって意味だったのか!?)
「日向……お前の言う通りかもしれない……。今回のクリスマスのデート、エッチ込みでオレが言ったの、気付いてないかもしれない……。食べるとか寝るとか言ってた件も、多分そのまんまの意味だと思う……」
(だとしたらオレ、自分だけ浮かれて、すっげー恥ずかしーじゃん……)
青くなるやら赤くなるやらの呉羽に、流石に気の毒になった真澄は励まそうと口を開こうとした。
しかし、真澄は何かを言う事無く、呉羽の背後を見やる。
呉羽も不思議に思い、背後を振り返った。
そこには、顔を真っ赤にさせ、わなわなと体を震わせるミカの姿があった。
「ミカ!?」
「い、一体何の話をしてるんですか!?」
「え! いや、これは、その……」
「呉羽君の……呉羽君の……バカー!!」
ミカはそう叫ぶと、踵を返し、教室を出て行ってしまった。
そして、丁度その時、乙女も教室に入ってくる所で、教室を出るミカとすれ違った。
「あら? お姉さま? お早うござ――あらあら?」
挨拶をしたのに、そのまま走り去ってしまうミカを、乙女は杜若と共に首を傾げて見送る。
そして、教室に入り、呆然とする呉羽と真澄の元に行った。
「お二人とも? お姉さまは一体如何したんですの?」
しかし二人は、それに答える事無く、呉羽は青い顔をして頭を抱えている。
「やっぱエッチ込みだって気付いてなかったのかっ!」
「うん、まぁ、そうみたいだね。予想通りというか……」
そして今度こそ、慰める言葉をかける真澄。
「ドンマイ、如月君」
するとそれを聞いていた乙女は、何故だかいきなり顔を輝かせて、二人に顔を近づけてくる。
「んまぁ、何ですの!? 何ですのー!? 今エッチと仰って!? キャー、猥談ですのね? 男同士の猥談? 中々に興味深いですわ!」
興奮気味の乙女を前に、多少引きつつ真澄はコソッと呉羽に耳打ちする。
『薔薇屋敷さんには、クリスマスにお泊りする事は言わない方がいいかもね。話がややこしくなるかもしれないし、何より自分もついて行くって言いかねないし……』
「………」
しかしながら、真澄の言葉は耳に入っていない様子。
「んまぁ! 男同士でこそこそと! だからお姉さま、怒って出て行ってしまったんですのね!? 駄目ですわよ、仲間外れなんて!」
目を輝かせて仲間に入りたがる乙女。
杜若は、その後ろで焦った様に乙女を止める。
「お嬢様、はしたないですよ!」
「そうだよ、薔薇屋敷さん。女の子が自分から男の猥談に入りたがるなんて、はしたないよ」
「んまっ! ごみの分際で、わたくしの事をはしたないなどと! 貴方など、イソギンチャクにでもなって、潮の引いた海岸で、子供に指でも突っ込まれでもすればいいんですわ!」
「イ、イソギンチャク?」
「あら、ご不満? なまこの方が良かったかしら? 子供に散々弄ばれて、内臓でも何でも吐き出すがいいですわ!」
「うわ! 気持ち悪っ!」
真澄はそんな事を言い合いながら、呉羽にだけ見えるように手を振った。
どうやら行けと言っている様である。ミカを追いかけろと言っているのだ。
呉羽はそのことに気付くと、心の中で「すまん、日向」と言いながら席を立って、ミカを追いかけることにした。
すると、ミカは直ぐに見つかった。廊下で竜貴につかまっていたのだ。
「やぁ、一ノ瀬さん、おはよう! 今日は君から来てくれるなんて!」
「廊下ですれ違っただけじゃないですか……」
「早速だけど、君が好きだ! 俺を縛ってくれ!」
「……いいですよ」
「えぇ!? 本当かい!」
「その首、締め上げましょうか……」
「そうか! 俺に首ったけと言う事か!」
『違うわ!!』
ミカと呉羽のつっこみが重なった。
ミカは振り返り呉羽を見ると、プクッと頬を膨らませる。
呉羽も気まずそうに視線を外す。
そんな二人の様子に、「おや?」と思った竜貴はニヤッと笑った。
「何だ、喧嘩か? 別れ話だったら、思う存分ここで話して構わないぞ」
「別れ話な訳――」
いや、どうなのだろうと、恐る恐るミカを見る呉羽。
「あ、あのミカ? えっと、さっきの話……」
竜貴の手前、はっきりと言葉にする事が出来ない呉羽に、ミカは言った。
「もう! 呉羽君が最初に言ったんですよ!」
「……は?」
「恋人同士の出来事は秘密だって! それなのに、日向君に言っちゃうなんて! しかも、あんな、あんな――」
またもや真っ赤になるミカ。
呉羽は漸くミカの言っている意味が分かり、それと同時に、エッチの事で怒ってたんじゃないのかと一安心する。
でも、確かに秘密にする話はしたな、と思い出していた。
「あー、そのごめん。あいつを前にすると、なんか口が軽くなるっつーか……聞き出すのがうまいっつーか……」
「……だって、私と呉羽君だけの秘密なのに……」
「う……ごめん……ってゆーか、その……ちゃんと分かってるんだよな? 意味とか、オレの望んでる事とか……」
するとミカは唇を突き出し、拗ねた様に言う。
「呉羽君だって分かってません。私がどれだけ呉羽君が好きか……。例え分かってなくたって、私、呉羽君にならいいんですからね?」
拗ねた顔のまま、真っ赤になって呉羽の袖を掴んでくるミカ。
そのあまりの可愛さに、呉羽は堪らなくなってミカを抱きしめようとした。
しかし――、
「ちょっと待ったぁ!!」
竜貴であった。
今漸くその存在を思い出したように見るミカと呉羽に、竜貴は青筋を立てながら怒鳴る。
「俺の存在を忘れるんじゃない、このバカップルがっ!! 別れ話かと思って期待してたら、思わぬ甘さっぷりに吃驚だ! そういう話は、人の居ない所でやれ! 周りのいい迷惑だ!」
竜貴はそう言うと、チャリンと鍵を差し出してくる。
それは、屋上の鍵だった。
「いいか! 授業は絶対にサボるんじゃないぞ! 休み時間には返せよ! 取りに行くからな!」
それだけ言って、ミカと呉羽の前から立ち去る。
二人は顔を見合わせると、互いに恥ずかしそうにしながら、渡された鍵を見つめる。
「……一応、行くか? 屋上……」
「えと、はい……。久しぶりに行ってみたいです」
おまけを書こうとしたら、長くなってしまいました。
なので、その5に続きます。