番外編:萌えロマその後・その1
その後となっていますが、前回の話の、ミカ視点のお話です。
「うう~、眠れません……」
隣では既に、揚羽君が安らかな寝息を立てている。
乙女ちゃんほどではないけれど、寝つきは早かった。
そんな中で、私は緊張と興奮で、中々眠りに付く事が出来ないでいた。
ああ~、し、心臓がズンドコ節を奏でている……。
だってなぁ、呉羽君のお家でお泊りだしなぁ……。お風呂ではあんな事があったしなぁ……。
にゃ~!! また思い出しちゃいました~!!
駄目です! 思い出しちゃ駄目です私! み、水着! そう、あれは水着なのです!
何かちょっと違う気がしたが、恥ずかしさを回避するる為に、私はそう思い込む事にする。
何より、呉羽君がそう言ってたしね!
そういえば、その呉羽君はもう寝ちゃいましたでしょうか?
そう思い、息を殺し、気配を探ってみると、どうやらまだ起きているようだった。
私は今、緊張と興奮の為、全神経が研ぎ澄まされた状態になっている。
フフフ、今の私には、隣の家の人間のいびきまで聞こえる事でしょう……って、ちょっと言い過ぎですが。でも……。
フムフム、この気配はどうやら、本のような物を読んでいるようです……。
私はうんと頷き、ベッドから這い出すと、部屋を出てキッチンへ……。
そして、余っていたご飯で、おにぎりを作ると、それを焼きおにぎりにする。
ドキドキ、呉羽君、喜んでくれるかな……。
扉を叩くと、彼は直ぐに出てきて、私の姿を見て驚いた顔をする。
私が焼きおにぎりを作った事を告げると、嬉しそうにしてくれたので、私もまた嬉しくなった。
呉羽君は実に美味しそうに焼きおにぎりを食べてくれ、私としても作ったかいがあったと言うもの。
よかった。喜んでくれたみたいです。嬉しいな……。
その後、焼きおにぎりを綺麗に平らげた呉羽君。
私に、「じゃあ寝るか」と言ってきた。
席を立つ呉羽君に、私はあっと思いつき、声を掛ける。
「明日の朝ごはんは、和食と洋食、どっちがいいですか?」
すると呉羽君は、一瞬ボーとしたかと思うと、
「和食で!」
と言ってきた。
フフッ、呉羽君って、結構和食好きですよね……。
それにそれに、この会話って、なんか新婚夫婦っぽいです。
キャ~、嬉し恥ずかしですよ~!
「はい、分かりました。がんばって朝食作りますね」
私は意気込んでそう言ったのでした。
そして呉羽君の部屋の前、
「じゃあ、おやすみ」
呉羽君はそう言って、部屋に入って行こうとする。
そんな彼に、私は思わず、彼のパジャマの裾を掴んで引き止めていた。
何だか、もっと傍に居たい。そう思っての行動だったのだが、その子供じみた行動に、私は恥ずかしくなってしまう。
そして、ポロッと出た、この後の自分のセリフに、もっと私は恥ずかしくなってしまった。
「あの、おやすみのチューしたいなぁ、なんて……思ったりなんかしちゃったり……」
ヒャ~! 恥ずかしいなぁ、もう! 呉羽君の顔が、まともに見れません!
そんな風に恥ずかしがっていると、呉羽君にギュッと抱きしめられた。
キャ~、呉羽君が抱き締めてくれましたぁ!
うわっ、凄い胸がキュンキュンする!
呉羽君の力強い腕と、彼の匂いに包まれ、何とも言えない幸福感で胸が一杯になる。
「ミカ……」
彼が優しく私を呼ぶ。見下ろすその眼差しも、何処までも優しい。
「呉羽君……」
私も彼の名を、そっと呼んでみる。
彼の手が私のメガネに触れた。
Myオアシスで、シールドで、絶対領域で、今まで誰にも触らせなかったメガネだけど、呉羽君にだけはいいんだもん。
そして、呉羽君は私のメガネを外す。
一度嬉しそうに微笑んだかと思うと、チュッと唇を啄ばんできた。
しかし、触れただけで、直ぐに離れていってしまう。
何だか物足りなさを感じ、彼を見つめると、目の前の彼は私に向かってニヤリと笑ってきた。
「こんなんで終わりな訳ないだろ? 二度もお預け食らってるんだ、その分もしっかりとしてやるよ……」
それは、昼間の呉羽君の部屋での出来事と、お風呂上り、リビングでの出来事の事だろう。それぞれ、お母上と弟君に邪魔されてしまったのだ。
そして呉羽君は、その邪魔された分も込めてなのか、最初から食いつくように口付けてきた。
静かな家の中で、合わさる唇の湿った音だけが響き、羞恥のあまり顔を真っ赤にさせ、私は震えてしまった。
まるで食べられちゃうんじゃないかって位に、激しく口付けされて、私は次第に頭がボーとして、ガクンと膝を折った。
そんな私を、呉羽君は唇を押し付けたまま支え、こっちは必死に縋り付くしかなくて……。
でも、こうされていると、息が出来ない位に胸が切なくなって、でも嬉しくて……。
さっき、食べられちゃうかもって思ったけど、呉羽君になら食べられちゃってもいいや……。
自然と、心の底からそう思う事が出来た。
何だか私、呉羽君を好きって気持ちが、益々強くなったみたいです。
それは私にとって嬉しい気持ちの進化。
この気持ちを、彼に伝えたら、一体どんな顔をするのだろう。
喜んでくれるでしょうか?
伝えたいな。
教えたいな。
如何したらこの気持ち、全部伝えられるのかな?
そんな事を思っていたのだけれど、その時、あまりにも唐突に、その口付けは終わってしまった。
いきなり無くなってしまう温もり。
目を開け、彼を見ると、何だか辛そうな顔をしていて。
「呉羽君……?」
私は不思議に思って彼の名を呼んだ。
いまだ彼のくれた温もりの余韻が覚めやらず、私はポーとした面持ちで、呉羽君の事を見ていた。
すると、彼はハッと目を見張り、もう一度私の事を強く抱きしめる。
「……揚羽とじゃなく、オレと一緒に寝るか?」
切なげに、呉羽君がそう聞いてきた。
「え……?」
呉羽君と一緒に寝る? 添い寝?
ふわぁ、それって、本当に夫婦みたいじゃないですか!?
「そしたらオレ、お前に何もしない自信なんて、無いけどな……」
何処か掠れた彼の声。
何だかゾクリとした。
「ミカは如何したい?」
続けざまにそう尋ねられる。
私? 私は……。
「あ……」
と、私が声を発すると、呉羽君が体を強張らせたのが分かった。
しかし結局、私は彼に答えを告げる事は出来なかった。
何故ならば、言おうとした丁度その時、お母上が仕事から帰ってきた為だ。
私は吃驚して、思わず呉羽君を突き飛ばしてしまった。
あう~……ごめんね呉羽君……。どうしても、昼間の事も思い出してしまって……。
ううっ、呉羽君、頭押さえてうずくまってます。痛そうだよぅ……。
その後、帰ってきたお母上に、抱きしめられたり、チューされそうになったりと一騒動あった後、お母上に引き摺られる様にして、お母上の部屋へ……。
彼女と寝る事と相成った訳であります。
私はベッドの中で、お母上に呉羽君の事を色々と訪ねられました。
出会った切欠。
いつ好きと気付いたのか。
どちらが先に告白したのか。
初チューはいつとか……。
恥ずかしかったけど、全部話しちゃいました。
そして、お母上は最後に、
「お休みのチューしたんなら、勿論おはようのチューもしなくちゃねぇ?」
ニヤッとしてお母上が言った。
「お、おはようのチューですか!?」
「そう。それもミカちゃんからしてあげれば? 呉羽きっと喜ぶわよー?」
「よ、喜びますか?」
「ええ。そりゃあ、男の子としては、好きな人に目覚めのキスして貰えるんだから、当然でしょう」
「お、女の子としても、好きな人とのおはようのチューは、嬉しいですよ……?」
私が顔を真っ赤にして、モジモジとそう言うと、またもやお母上に、キューと抱きしめられた。
「キャーン! もう、何なのこの子! 可愛いのにも程があるわ! こんな可愛い子彼女にするなんて、呉羽ってばでかした! いいえ! そもそも、呉羽を生んだ私がでかした!」
うきゅー……く、苦しいです、お母上……。
それに、お酒臭いです……。もしかしなくとも酔っ払ってるんでしょうか?
「ひょわ!」
ゾワゾワッと背筋が粟立つ。
お母上が首筋に吸い付いてきた為だ。
お母上は、「かわいーかわいー」と連呼しながら、そのまま眠りについてしまった。
やっぱり、酔っ払っていたんですね……。
そんな事を思いながら、私もまた、眠りに付いたのだった。
翌朝、身支度を済ませ、朝食を作り終えた私。
呉羽君を起こす為、彼の部屋へ。
はぅっ、ドキドキする。
おはようのチューかぁ……。
昨夜、お母上の言っていた事が頭に浮かぶ。
しかも、私から……。
ニャー、恥ずかしい……。
「く、呉羽くーん。朝ですよー」
ううっ、何だか声が震えてしまふ!
「呉羽くーん? 寝てますかぁー?」
ね、寝てる時にこっそりはありでしょうか?
「うーん……」
呉羽君が寝返りを打ち、此方を向いた。
ドキィッ!! はうっ、だ、大丈夫です! まだ起きてません!
それにそれに……。
私はじっと呉羽君の寝顔を見る。
キューン!!
はぁっ!! 来た! 呉羽萌え来ましたぁ!!
呉羽君、寝顔可愛いですぅ。
おしっ! ここはチューです! 今こそチューをするのです!
では、チューいきます……。
「おはよーございます、呉羽君……」
一応おはようのチューなので、朝の挨拶をしながら、呉羽君に顔を寄せてゆく。
「んー……」
パチッ。
「っ!!」
ピシリと私は固まる。
呉羽君が目を開けたのだ。
そして、ボーとした面持ちで私を見ていたかと思うと、布団の中から手を出してきて、グイッと引っ張られる。
そうして私は、またいつかのように呉羽君の腕の中に閉じ込められてしまった。
しかも、ぬくぬく呉羽君のベッドの中です。
おおぅっ、またもや心臓がズンドコ節をっ!!
キャー、足! 呉羽君の足が絡んで来ます!
そして、キューン! 呉羽君が、甘えたようにスリスリしてくるぅ!!
呉羽萌え第二段ですか!?
えーい、こうなったら、私もスリスリしちゃえ!
私は、呉羽君の胸に頬を寄せると、そのままスリスリとする。
彼の心臓の音と温もりが、なんとも心地良い。
「うぅん……」
ドッキーン!
な、何ですか今の声は!?
鼻に掛かったというか、色っぽいというか……。
呉羽君、なんて声出してるんですか!?
ド、ドキドキが止まりません。またもやズンドコ節です……。
と、その時、呉羽君は身じろぎをしたかと思うと、
「え? え? な、何で――」
呉羽君が戸惑った声を上げる。
どうやら、完全に目を覚ましてしまったらしく、私を抱きしめていた腕は離され、少しだけ寂しい気分に襲われる。
私はゆっくりと起き上がり、
「あ、あの、起こそうとしたらまた、呉羽君寝ぼけてですね……。それでその……」
私は先ほどの色っぽい呉羽君を思い出してしまい、恥ずかしくてモジモジとしてしまう。
そして、そうだと思い出して、
「あの、メガネ……」
「ああ、そっか、昨日返せなかったもんな」
そう言って、呉羽君はMyオアシスを返してくれる。
あ、枕元に置いていてくれたんだ……。
それから私は、ごくりと唾を飲み込む。
そうです。おはようのチューです……。
まずは、朝の挨拶をせねば……。
私は、呉羽君のベッドの上、ちょこんと正座をすると、頭を下げ、挨拶をする。
「呉羽君、お早う御座います」
「あ、お、おはよう……」
すると、呉羽君も頭を下げてくる。
よし、今です!
私は、呉羽君が頭を上げた瞬間を狙って、彼に顔を寄せ、チューをする。
唇に、柔らかい感触。
もう、前みたいに、場所を間違えるというへまはしませんよ!
目を開けると、眼前に、目を真ん丸くする呉羽君の顔。
何だか、悪戯をしちゃった気分です。
「おはようのチュー、頂いちゃいました」
なので私は、そう言って、ぺロッと舌を出したのでした。
その後、呉羽君の部屋から出てくると、お母上がキッチンでお水を飲んでいました。
二日酔いなのか、頭を押さえています。
「うー、しんど……。お、ミカちゃん、おはよー。呉羽起きた?」
「え? あ、はい。起きました……」
ちょっぴり顔が熱いです……。
すると、お母上はニヤッと笑って、
「その様子だと、しちゃったのね? おはようのチュー」
はわわわ、エスパーですか、お母上!?
「それで、それで? 呉羽喜んでたでしょー?」
「え!? いえ、その……目は真ん丸くしてましたけど、私もそのまま出てきてしまったので……」
手元をイジイジさせていると、お母上は益々ニマニマと笑った。
「それはそれは……。呉羽ったら、暫くは起きてこられないんじゃないかしら」
「……?」
起こしたのに、起きてこないの?
私が首を傾げていると、ムフフと笑いながら、お母上が私の肩をポンポンと叩く。
「まぁ、男の子の事情ってやつね」
一体、何の事情?
その後、揚羽君も起き出してきて、そして弟君に少し遅れて呉羽君も……。
何だか恥ずかしくて、目を合わせると、直ぐに逸らせてしまう。
呉羽君もそのようで、顔を赤くして、時折口元がピクピクとしている。
「くーれはとミーカちゃん、あっちっちー♪」
ハッ、何ですか? その歌!
お母上がいきなり歌い出したのだ。
「んなっ!! 何歌っていやがる!」
「えー、だってぇー、あっちっちじゃない。ねぇ?」
「ん? 何かよく分かんないけど、兄ちゃんとミカ、顔が赤いぞ? 暑いのか?」
「そーよー、二人は熱々なのよ」
お母上と揚羽君はそんな事を言い合い、やがて二人して「あっちっちー♪」と歌い出す。
「だー、止めろよお袋! いい年こいて、小学生みたいなからかい方すんなよ!」
「あら、私はいつでも、心は少女よ?」
呉羽君はそんなお母上の言葉に、「馬鹿らしー」と呟きながらお味噌汁をズズッと啜った。
「あー、でも、心は少女だけど、孫の顔も早く見たいのよねぇ……」
「ブフー!!」
「うひゃー! 呉羽君!?」
「うわ! 兄ちゃんきったねー!」
呉羽君は、おみそ汁を盛大に噴出した。
「お、お袋っ、朝っぱらから何言ってやがる!」
「えぇー? 私はただ、孫の顔が見たいって言っただけよ? 呉羽こそ、朝っぱらからって、一体何を想像したのかしら?」
ニマニマと笑って、お母上は呉羽君を見ている。
呉羽君はグッと言葉に詰まり、顔を赤くしてお母上を睨んでいた。
うー、でも、お母上の孫って事は……呉羽君の子供って事で……。
そ、それって、私と呉羽君の子供って事?
うきゃー!! 気が早すぎです!
でもでも、呉羽君との子供かぁ……。
「ミカちゃん、私は断然女の子で!」
「お、お袋!」
お母上が力を込めて言ってくるのを、呉羽君は慌てたように止めようとする。
そして私は、手をイジイジさせながら、
「わ、私は、呉羽君との子供だったら、男の子でも女の子でも嬉しいです……」
「グハッ! ミカ、お前まで……」
呉羽君は、それはもう真っ赤になって、片手で顔を覆った。
「そんな事言って、呉羽ってば嬉しいくせに!」
お母上は更にニマニマと笑って、実に嬉しそうに「あっちっちー♪」とまた歌い出すのだった。
今回のフレーズのズンドコ節は、とある方が何気に使っていて、思わず吹き出してしまったものです。
エヘへ、使わせてっもらっちゃった♪