番外編:萌えと男のロマン【男のロマン編】
そうしてミカは、揚羽に連れられ、揚羽の部屋へ。
オレはそれを見送り、フーと息を吐き出すと、ふとある事を思った。
そういやミカ、あのブラどうしたんだ?
もしかしてまた着たのか?
そういう事が気になっちまうのはやっぱり、男の性なんだろうな。
そういや、あん時また大和さんの声が聞こえたな……。
ミカのブラを手に取った時、確かに頭の中に大和さんの声が響いたのだ。
『ブラジャー。それは生乳を包み込む、ステキングな肌着! 生乳に直接触れないのなら、間接的に触っちゃえばいーじゃん! だって、そこはそう、男のロマンなんだから!』
そんな言葉が頭に浮かんだのは、やっぱり大和さんが男の性の代名詞だからだろうか。
いや、本当に言いそうだから、こんな事。
つーかオレ、こんな事が頭に浮かぶなんて、大和さんよりになってたりすんのか?
だとしたら、何かすげーショックだ……。
いや、ロック歌手としては尊敬してるけどさ、あのアホっぽい所はな……。
面白い人ではあるんだけどな……。
似たくないよな……。
つーか似たらオレ、ミカに嫌われんじゃねー?
うーん……。
「よし、寝よう」
そうだ。オレも寝て忘れよう。
ポンと膝を叩いて頷くと、戸締りなどをチェックして、自分の部屋へ。
そして、ベッドに入るのだが、
「やべっ、眠れねー」
考えてみれば、オレの家で、ミカが……好きな女が泊まっているのだ。
気持ちが高ぶったって仕方ないと言える。
そこでオレは、寝るのを諦め、雑誌を手に取る。
適当にこういうもんを読んでれば、その内眠くなんだろう……。
そう思って、暫し音楽雑誌を読み耽っていたオレ。
しかしその時、トントンと扉をノックする音が。
出てみると、そこにはミカが立っていた。
「ミカ? 何だ、どうした?」
ちょっとばかりドギマギとしながら尋ねる。
「焼きおにぎりを作ったんですけど、お夜食にどうですか?」
その言葉に、オレは頷く。
夕食は結構早い時間だった為、おかわりをしたにも拘らず、今小腹が空いていたりする。
まぁ、腹なんか減ってなくても、ミカが作ったものであれば食うけどな……。
「そういや、揚羽は眠ったのか?」
「はい、もうぐっすりと。乙女ちゃんほどじゃないですけど、子供って寝るのが早いですよね」
「ああ、そういえば、薔薇屋敷はのび太君なんだっけ?」
「そうですよ。3秒で眠っちゃうんです。立派な特技ですよね」
テーブルについて、そんな話をするオレ達。
ミカが作ってくれた焼きおにぎりは、バカうまだった。
中に焼いた鮭が入っており、周りにはゴマがまぶしてある。甘辛いねぎ味噌が薄っすらと塗ってあって、香ばしくて物凄く美味かった。
しかも、最後に出汁でお茶漬けにするという憎い演出まであった。
「なぁ、そういやさ、何で夜食を作ろう思ったんだ? オレ寝てたかもしんないだろ?」
「いえ、その気配が……」
「気配?」
「はい。あの、私も眠れなくてですね、呉羽君ちでお泊りだし、何か緊張と言うか、気持ちが高ぶっちゃって……」
あ、ミカもオレと同じだったのか。
「それでですね、何だか神経過敏になっちゃって――」
「それで、オレの気配が読めたと……」
「はい! 半径50m以内であれば、壁の向こうでも、何をしているのかばっちりです!」
キラーンとメガネを光らせ、ミカは言う。
「呉羽君は、何か本を読んでいましたね?」
と言われ、タラリと汗を垂らすオレ。
全く……お前って何もんなんだよ……。
以前、薔薇屋敷が近づいてくるのを察知したり、鳥の巣クラッシャーの時も脅威の脚力見せてたし、薔薇屋敷の兄貴とは決闘して勝ってたし……大の男を投げ飛ばしてた時もあったよな……。
一体、何処に向かおうとしているんだ? ミカ……。
そして、夜食である焼きおにぎりをも食い終わり、何もする事が無くなるオレ達。
それじゃあ寝るか、と言う事になった。
「あの、呉羽君」
自分の部屋に戻ろうとした時、ミカに呼び止められた。
振り返るオレに、ミカは少し照れたように言った。
「明日の朝ごはんは、和食と洋食、どっちがいいですか?」
その言葉にどこか感動を覚える。
そこは断然、
「和食で!」
「はい、分かりました。がんばって朝食作りますね」
頬を染め、嬉しそうなミカ。
オレも、何ともいえない幸せを噛み締める。
「じゃあ、おやすみ」
オレがそう言って扉を閉めようとした所、クイッとパジャマの裾を掴まれる。
振り返ると、顔を真っ赤にしてミカが、
「あの、おやすみのチューしたいなぁ、なんて……思ったりなんかしちゃったり……」
モジモジとして、時折オレをチラチラと見るミカ。
思いっきり、ズキュンと打ち抜かれた。
その時、またもや頭の中に、大和さんの声が。
『やっぱりここは、答えて上げねば男が廃る! バシッと決めて、ゲットだぜ!』
ゲットって何が!?
思わず突っ込みを入れたくなるオレであったが、ここは大和さん(煩悩)に従う事にする。
ああそうだ。この頭の中で響く大和さんの声は、きっとオレの中に潜む煩悩なのだ。
そんでもって、大和さん自身、あれは煩悩にダイレクトに素直なのだろう。
変な人には変わりはないが……。
何はともあれ、
「ミカ……」
「呉羽君……」
オレがミカを抱きしめると、ポーとした顔で此方を見返してきた。
メガネが邪魔かと思い外してやる。
以前、メガネに触ろうとしただけで、数メートルも後ずさっていた事が懐かしい。
今はこうして、素直に外させてくれる。
その事が嬉しく、外すと同時にチュっと軽く唇を啄ばんだ。
直ぐに唇が離れると、ミカは何とも物足りなさそうな顔をした。
オレはニヤリと笑う。
「こんなんで終わりな訳ないだろ? 二度もお預け食らってるんだ、その分もしっかりとしてやるよ……」
「え? あ……んっ」
オレはその唇に触れる。今度は最初から激しいキスだ。
いつも思うんだが、何でこいつの唇、こんなに柔らかくて甘いんだ?
それに、恋人同士になって、もう何度もしてるっていうのに、相変わらず緊張してるのか、微かに震えてるし……。
そこがまた、堪らなく可愛いんだけどな。
オレが更にキスを深いものにすると、ミカの体から、徐々に力が抜けてくる。
そして、最後にはガクンと膝を折った。
ミカのその細い腰を支えながら、チラリとオレは自室のベッドを横目で見た。
『おおー! そのままベッドにゴーだ!』
オレの中の大和さん(煩悩)がオレを誘惑する。
いや、ちょっと待ってくれ!
確かに、出来る事ならこのままベッドにゴーしたい所だが、しかしっ、それ以上に、オレは、オレは――。
ミカの事が大切なんだー!!
そう心の中で叫ぶと同時に、オレはミカの肩に手を置くと、べりっと引き剥がした。
うおー! やったぞオレ! オレは大和さん(煩悩)に打ち勝った!
しかし……。
「呉羽君……?」
いきなりキスを止めてしまったオレを、不思議そうな顔で見つめてくるミカ。
グハッ、何かもう、すげー破壊力。
ミカは今のキスで、完全に蕩けていた。
火照った頬、潤んだ瞳、濡れた唇、そしてその胸の谷間。
その全てがオレを誘惑する。
そしたらいつの間にやらオレはまた、ミカを抱き締めていた。
「……揚羽とじゃなく、オレと一緒に寝るか?」
ハッ、何言ってんだオレ!?
「え……?」
「そしたらオレ、お前に何もしない自信なんて、無いけどな……」
ミカの髪から、オレと同じシャンプーの匂いがする。
ああ、何かもう駄目だ……。
「ミカはどうしたい……?」
囁くように、オレは言った。
ああ、頼むミカ……。
心の中で懇願する。
頼むというのは一体どっちなのか……。
うんと頷いて欲しいのか、嫌だと言って欲しいのか……。
「あ……」
ミカが口を開いた。
身構えるオレ……。
ガチャガチャ、バタン。
「ただいまー」
「っ!!」
ドン! ガツン!
「っ!! ~~!!」
お袋が帰ってきた。
そして、それにビックリしたミカが、オレを突き飛ばし、突き飛ばされたオレは、そのまま自分の部屋の扉の縁に頭をぶつけた。
オレはその場に頭を抱え蹲る。
「え? ああっ! 呉羽君!」
「あれ? どったの、呉羽?」
蹲っているオレに、おろおろしながら声を掛けるミカ。
そしてそこに、仕事帰りのお袋がやってくる。
ミカは少々パニックになりながらも、お袋に挨拶をした。
「あっ! えと、そのっ、お、お帰りなさいです!」
「いやーん、女の子にお帰りなさいって言ってもらえるのって、何か新鮮だわー! 本当は私、女の子も欲しかったのよねー!」
「え? キャア!」
「もーなんて抱き心地がいいのかしら! やっぱり欲しいわ、女の子!」
お袋はいきなりミカを抱き締めると、そのまま頬擦りする。
そして、オレの方を見ると、ニヤリと笑った。
「それでー? 一体二人は、呉羽の部屋の前で何をしてたのかしらー?」
クソッ、やっぱり勘付かれてたか!
そして、ミカはというと、顔を真っ赤にさせて、あたふたとして言った。
「お、おやすみのチューなんて、してないですっ!!」
……ミカ、それはしたと言ってるようなもんだぞ……。
お袋はそれを聞いて、ますますもってニマァと笑う。
「へぇー、そーなんだぁ。おやすみのチューねぇ……」
物凄く嬉しそうに、お袋はオレとミカを見る。
何だか嫌な予感がする。
「じゃあ、私もお休みのチュー、しちゃおうかしら?」
「へ!?」
「は!?」
お袋はそう言うと、ミカを上向かせる。
ハッ、もしかしてお袋、酔ってるのか!?
実はお袋は、酔うとキス魔になりやがる。
え? 普段からよくしてるじゃないかって?
あんなもんはただのじゃれ付きだ。
酔った時のお袋は、口に、しかもかなり濃厚なものをしてくる。
や、やばい! 止めないと!
ガンガンと痛む頭を抑え、オレは体を起こす。
ミカも、何処にキスされそうになっているのか気付いたようだった。
「え? お母上? ちょ、ちょっと!?」
「お袋! いい加減にしろ!」
だが、お袋は止まらない。
そして、いよいよ唇が触れそうになった時、ミカは両手でお袋の口を阻むと、
「く、唇は、呉羽君だけのものだから、駄目ですっ!!」
お袋は漸くピタリと止まり、ミカをまじまじと見る。
そしてブハッと笑うと、更にミカをギューと抱きしめた。
「あーん、もうなんて可愛いのー! 早くお嫁に来ちゃいなさい!」
「うきゅー」
苦しそうにするミカであったが、オレはその場を動く事が出来なかった。
今しがたのミカの言葉が、何度も頭の中をリフレインしている。
なので、お袋がミカを、自分の部屋に連れて行こうとするのを、止める事は出来なかった。
「もー、今日は一緒に寝ちゃいましょー! 今度お泊まりに来た時は、一緒にお風呂に入りましょーね!」
「え!? え!?」
ズリズリと引き摺られるミカ。
バタンと、お袋と共に、部屋に入って行ってしまった。
シーンと静まり返る中で、オレは一人、
「寝よう……」
と呟き、自分の部屋に入る。
そしてベッドに入ると、電気を消して、布団に包まる。
あ、メガネ……。
オレの手には、ミカのメガネが握られたままだった。
ま、いっか。明日返そう……。
今度も興奮して眠れないかと思ったが、意外にもぐっすりと眠りに付く事が出来た。
そして翌朝――。
オレは非常に心地よい目覚めをした。
と言うか、まだ夢でも見てんのかと思った。
だって、オレの腕の中にはミカが居たのだから。
その物凄く柔らかく、よい匂いのする体を抱きしめており、オレは寝起きの頭で、この状況を理解しようとしている。
「え? え? な、何で――」
するとミカは、もそっと起き上がり、
「あ、あの、起こそうとしたらまた、呉羽君寝ぼけてですね……。それでその……」
モジモジするミカ。
よく見れば、パジャマから昨日の服に着替え、エプロンをしている。
ミカの言う、「また」というのは、以前オレが風邪をひいた時の事だ。
やはりあの時も、寝ぼけてミカを抱きしめてしまった。
だが、あの時と今の違い。
あの時のミカは、平然としていたけれど、今のミカは恥ずかしげというか、照れている。顔も真っ赤であった。
ああ、あん時のミカは、まだオレの事、何とも思ってなかったんだなぁ……。
しみじみとそう思い、そして今は、これほどまでにオレの事を意識し、好いてくれているのだと、物凄く嬉しくなった。
「あの、メガネ……」
「ああ、そっか、昨日返せなかったもんな」
オレは枕元に置いたままの、ミカのメガネを渡す。
だがミカは、メガネを受け取ったものの、中々掛けようとしない。
ちょこんとオレのベッドに座ったまま、ペコッと頭を下げた。
「呉羽君、お早う御座います」
礼儀正しいその態度に、オレも釣られて頭を下げる。
「あ、お、おはよう……」
そして頭を上げた時、どアップのミカの顔と、唇に感じる物凄く柔らかな感触。
ミカは離れると、メガネを掛けて照れたように、そして悪戯っぽく、
「おはようのチュー、頂いちゃいました」
そう言って、ペロリと舌を出したのだった。
「朝ごはん出来てますよ。呉羽君の注文どおり、和食ですから、早く来てくださいね」
ミカはそれを言うと、ベッドから降りて部屋から出てゆく。
オレは暫し、扉を見つめた後、バフッとベッドに倒れ込んだ。
やられた、と思った。
これは、オレのツボを突きまくった所の話じゃない。
これはそう、男のロマンだ!
そうしてオレは、暫しの間、ニマニマにたにたして、ベッド上で身悶えしてしまった。
はたから見れば、かなり異様というか、気持ち悪いだろうが、そこは目を瞑って欲しい。
どうしたってこれは仕方ないと思う。
好きな女にあんな事をされれば、誰だってこうなるだろう。
『そうだぞ、少年! その通りだ! それこそが男のロマンだ!』
オレの中で、大和さん(煩悩)も、声を高らかに叫んだのだった。
~萌えと男のロマン・終~
どちらかと言えば、此方の方が、叫ぶ煩悩編とした方がよかったでしょうか……。
ともあれ、「番外編:萌えと男のロマン」完結です。如何でしたでしょうか?
今回思ったこと、誰の心の中にも、そう、あなたの心の中にも、大和さん(煩悩)は居ると思います。(どういうこっちゃ!?)
また何か考え付けば、番外編を書きたいと思います。
それまで、暫しのお別れ……。