番外編:萌えと男のロマン【叫ぶ煩悩編】
「はーい、揚羽君、お湯かけますよー」
「おう!」
揚羽君は私の言葉に、両手でギュッと目を押さえる。
その仕草は何とも可愛い。
私は今、呉羽君ちのバスルームに居ます。そんでもって、揚羽君の頭を洗っていました。
はうー、何かとっても新鮮。他所のお家でお風呂に入るなんて……しかもそれは呉羽君ちのお風呂……。
え? 乙女ちゃんのお家でも入ったじゃないかって?
それは全く違うのであります!
乙女ちゃんちのお風呂は、もう別次元です!
こういう、一般庶民のお風呂は初めてなのであります!
ウフフ、お風呂ちっちゃいですねー。足が伸ばせないですねー。
ああっ、本当に新鮮!
それに、誰かの頭を洗ってあげるのも初めてだし……。
あははん、なぁんか、すっごく楽しいぞぅ♪
揚羽君可愛いなぁ……。本当に妹か弟、欲しいなぁ……。母、何とかして産んでくんないですかね、もう一人……。
と、その時である。
『あー、ミカ?』
「っ!!」
その時、浴室の外から、呉羽君が呼びかけてきた。
私はビックリして、思わず揚羽君を抱えて、バスタブの中に入っていた。
「おわっ、何だビックリした!」
「ああ、ごめんなさいです、揚羽君。えっと……呉羽君、何ですか?」
ドキドキとしながら私が返事をすると、
『あー、いきなりごめん。えっと……パジャマ此処に置いておくから……それにタオルも』
何ともぎこちない感じで話し掛けられた。
「はい、分かりました! ありがとうございます!」
私がそう言うと、もう彼からは声を掛けられる事はない。どうやら、脱衣所から出て行ったようだ。
私はホッと息を吐くと、揚羽君を見下ろす。
「揚羽君、体洗いましょうか……」
「おう! オレミカの背中流すぞ!」
「ウフフ、そうですか? じゃあ、洗いっこしましょうか」
そうして、バスタブから上がり、私達は体を洗う事にする。
さすがは男の子、日焼けで真っ黒だ。
小さい背中を洗っていると、
「次はオレの番だぞ!」
そんな事を言って、私からスポンジを奪う。
「はいはい、お願いします」
苦笑しながら、私が背中を見せると、何故だかいつまで経っても洗ってくる気配がない。
不思議に思って揚羽君を見てみると、彼はボーとして此方を見ている。
「揚羽君?」
「ミカ、すげーな。ピカピカだなー」
「はい?」
洗う前からピカピカとは是、如何に!?
「音羽と全然違うー」
そんな言葉まで聞こえてきた。
?? お母上と? 何が?
私は首を傾げてしまう。
結局、何がピカピカで何処が違うのか分からぬまま、背中を洗われている私。ふとボディーシャンプーを見つめる。
おおぅっ、呉羽君はいつもこれを使っているんですな?
そしてそれを今、私も使っている……。
やーん、何か恥ずかしいですぅ!
シュコシュコとボディーシャンプーのポンプを意味も無く押してしまい、仕方なくそれを泡立て、揚羽君と共に泡々お化けとなったのだった。
「はーい、じゃあもう一度お湯に浸かりますよー」
「えー? 綺麗になったからいいじゃん!」
「あー、駄目ですよー。ちゃんとお湯に浸からないと」
私はさっきのように、揚羽君を抱えながらバスタブに入る。
「うー、さっきも浸かったじゃん」
「ほほぅ、正義の味方は、熱いお湯が苦手なんですかな?」
「ム!? こんなのへっちゃらだい!」
「じゃあ、百まで数えますか?」
「ひゃ、ひゃく!? ウー、の、望む所だ!」
++++++++++
「パジャマ此処に置いておくから……それにタオルも」
ドギマギとしながら、オレがそう言うと、
『はい、分かりました! ありがとうございます!』
と、聞こえてきて、やっぱりドギマギとしながら、パジャマとタオルを置く。
ふと視線を移すと、そこには綺麗に畳まれたミカの服が。
オレはギョッとして、グリンと回れ右をする。
い、今、白っぽいレースの何かが見えた!
ドキドキとしながら、もう一度そろっと振り返ろうとして、オレはハッとする。
いかんいかん! 何考えてんだよオレ!
煩悩を振り払うように、オレはブンブンと首を振る。
そして、脱衣所を出て行くのだった。
と、その時、
『いっかーん! そこは、パンツを被って風呂を覗くが正解だ!!』
ハッ!? なんだ今、大和さんのエロについてのアホな叫びが聞こえた気が……。
『そこに美女のパンツがあったなら、取り敢えず被ってみるじゃん? そこに入浴する美女が居たら、取り敢えず覗いてみるじゃん? それが男のロマンじゃん!』
や、やっぱり聞こえる!
……なんだろうオレ、疲れてんのかな?
それともオレの煩悩か?
他人の煩悩の中に出てくる大和さんって一体……。
まぁ、煩悩の塊みたいな人だしな……。
取り敢えずオレは、その煩悩を振り払って、脱衣所からリビングに移動する。
そうして暫く、オレはソファーに座り、テレビを見ていた。
すると、風呂場から揚羽が上がってくる。
カラスの行水の揚羽にしては、結構長かったのではなかろうか。
お陰で、全身が茹蛸の様に真っ赤に染まっていた。それに、逆上せているのか、足元がフラフラとしている。
揚羽はオレの傍までやってくると、ソファーに倒れるように横になった。
よく見ると、髪がまだ濡れたままとなっている。
「だー、ちゃんと頭拭けって!」
揚羽の肩に乗っているタオルを引っ手繰ると、ガシガシと頭を拭いてやる。
揚羽はというと、何も言わず、されるがままとなっていた。
「兄ちゃん……」
揚羽がぼんやりとオレの名を呼ぶ。
「何だ」
タオルで拭いてやりながら、テレビは見たままでオレは返事をする。
「音羽と全然違う……」
思わずピタリと手が止まったが、直ぐに再開する。少しばかり乱暴にはなっていたが……。
「何か凄かった……」
またもやピタリと手が止まる。
「す、凄いって何がだ?」
オレは聞き返していた。
すると、揚羽は手を前に出し、
「えーとな。胸はこーんなで、腰はこんな風で、お尻はこんな感じだった」
手を使い、形状を現す揚羽。オレはその手の動きに見入ってしまう。
「それでな。つるつるでムチムチで、ふわふわでピカピカだった」
「ピ、ピカピカ!? ピカピカって何だ、ピカピカって!!」
「あ、違う。キラキラかな?」
だから何がだ!?
オレは完全に手を止め、揚羽の言った言葉の謎に思い悩む。
……ハッ! ってオレ! 何考えてんだよ! 敢えて考えないようにって、テレビ見てたんだろーが!
「なー、兄ちゃん」
「………」
オレはもう返事はしない。
頼むからもう何も言わないでくれ、と思っていると、揚羽は言った。
「アイス食っていい?」
「ああ、食え。じゃんじゃん食え」
ホッとして、オレはそんな事を言う。
揚羽は「やったー!」と叫ぶと、ソファーから飛び起きて、冷蔵庫へと向かう。
どうやら、逆上せていた状態から、復活したらしい。
オレはチラッと風呂場の方に目を向ける。
それにしてもミカって、けっこう長風呂だったんだな……。もうそろそろ、一時間位になりそうだ。
すると、棒付きアイスをくわえた揚羽がオレに言った。
「兄ちゃん、兄ちゃん。ミカのおっぱい、すっげー柔らかかった」
「グハッ!!」
油断していた為、物凄い衝撃だった。
オレはギギッと揚羽を見る。
「……揚羽、お前触ったのか……?」
「うん、触ったって言うか、背中に当たってた」
「せっ!?」
せ、背中だとぅ!? どういう状況だ、それは!?
「だってな、お風呂の中狭いから、ミカが後ろからこう、抱っこする感じで入ったんだ」
「………」
「それからな、洗いっこもしたぞ! 二人で、泡だらけになって、お化けごっことかもした! すっげー楽しかった!」
「………」
「でも、最後は風呂ん中で、百数えさせられたんだ。百数え終わるまで、ミカ全然放してくれなかった。
こう、ギューっと力いっぱい抱き締めて、逃げられないようにされた」
「………」
アイスを頬張りながら語る揚羽の頭の上に、オレは黙って手を乗せる。
多分オレは今、凄く冷たい目をしてると思う。と言うか、無表情だ。
「兄ちゃん?」
頭に手を置くオレを、不思議そうに見上げる。
オレは無言で、その手に力を込めてゆく。
ギリギリギリ……。
「兄ちゃん? 兄ちゃん!? ぎゃー、兄ちゃん痛い痛い!!」
「揚羽……お前、恋人であるオレを差し置いて、随分と羨ましい事をしてくれたな……」
ギリギリギリ!
「ぎゃー! うわーん! 何か分かんないけど、ごめんなさいぃ~!!」
泣きながら謝る揚羽だったが、その手にはアイスがしっかりと握られている。
何か、まだ余裕があるみたいだな、おい……。
更に力を込めようとした時、
「ハァー、いいお湯でした。あれ? 二人とも何してるんですか?」
風呂上りのミカが、首を傾げている。
オレがパッと手を放すと、
「うわーん、ミカー! 兄ちゃんが意地悪するよー! 頭ギリギリってしたんだぁー!!」
すぐさまミカに駆け寄り、擦り寄る揚羽。
実の弟に殺意が芽生えた瞬間だった。
「えぇ!? 一体何があったんですか? うーん……あれ? 揚羽君、何持ってるんですか?」
「あ、そうだ! アイスあったんだった!」
再びアイスを口いっぱい頬張る揚羽。涙は既に引っ込んでいる。
やっぱり余裕だな、おい……。
++++++++++
夢中でアイスを食べる揚羽君に、どうやら大丈夫と判断した私。呉羽君を見ると……。
あうっ、何だかブルリと寒気が……。はて、湯冷めでしょうか?
「あの、呉羽君、パジャマこれで良かったですか?」
牛のアニマル柄のパジャマを見下ろし、私は尋ねる。
「ああ、お袋のだから気にすんな」
何ですって? お母上の!?
それは結構気になりますが……。
「何着かある内の一着だからいいんだよ」
そんな事を言う呉羽君。そして、何だか物凄く見られている感が……。
ウー、どうしましょう。実は、胸の所がきつくて、一番上のボタンが閉められなかったんですよね。
なるべく身を縮めて襟元を寄せているけれど、あまり意味がない。
すると、バフッとタオルを被せられた。
「ひゃあ!? な、何ですか?」
いきなり視界が遮られ、吃驚してしまう私。
「お前なぁ、ちゃんと乾かさないと、風邪引くだろうが」
揚羽みたいだぞ、と呆れ気味に、ガシガシと頭を拭かれる。
「揚羽、ドライヤーと櫛持って来い。オレが乾かしてやる」
「おう、分かった!」
「えぇ!? いいですよ、自分で乾かします!」
「いーんだよ。オレがやりたいんだし、それにいい眺めだし?」
「え?」
顔を上げれば、呉羽君と目が合った。
そして、彼の目線は、そのまま下へと移され、私の胸元を見下ろす形となる。
胸の谷間がばっちりと見えてしまっていた。
「うきゃあ!!」
慌てて隠そうとすると、
「何で隠すんだよ? すげー色っぽかったのに……」
呉羽君はそう言って、ニッと笑った。
ニョ~!! 俺様呉羽君です! 一体いつの間に!?
「まだきつそうだよな? もう一つ位外してもいいんだぜ?」
ニヤリと笑って、呉羽君が手を伸ばしてくる。
私はバッ、と胸を庇うと、ブンブンと首を振って答えた。
「だっ、大丈夫ですニャン!」
思わず語尾にニャンを付けてしまった。
夏休みの負の遺産は、今だ根強く私の中に残っているようである。
その後直ぐ、揚羽君がドライヤーと櫛を持って戻ってきた。
そして、リビングのソファーに座らされ、私は呉羽君に髪を乾かして貰う事となった。
「ドライヤー、熱くないか?」
「いえ、大丈夫です」
優しい手つきで、呉羽君は私の髪に触れる。
時折、髪をかき上げられると、ゾワゾワと全身が粟立った。
決して嫌な感じではなく、逆に心地よさを感じてしまう。
そういえば、以前も髪の毛クシャクシャとされた事があったな。
あの時は、初めて呉羽君に俺様が現れたんですよね。
あん時はビックリしたなぁ。
って言うか、今も俺様になってるんだよね?
何もされないかな?
うー、でも呉羽君の手、すっごく気持ちいいよぅ。
あまりの気持ちよさにウットリとしていると、
「気持ちいいか?」
と、呉羽君が優しく聞いてくる。
「はい、とっても……」
無意識にそう答えていた私。
何故だか呉羽君がクスリと笑った。
「え? 気持ちいいのか? いーなー、いーなー、兄ちゃんオレもやって!」
呉羽君の手元をじっと監察していた揚羽君が、体を揺すりながらねだる。
「お前はもう乾いてるから駄目だ」
揚羽君の額をペチッと軽く叩いて、呉羽君は言った。
「うー、兄ちゃんのケチー」
唇を尖らして、揚羽君はテレビのリモコンに手を伸ばし、パチパチと適当にチャンネルを変えてゆく。そして、お目当ての番組があったのか、そのままテレビに見入ってしまった。
はらら、拗ねてしまいました、揚羽君……。
「いいんですか?」
「いーんだよ。それに……オレは今、ミカ扱いしてるんだし……」
ボソリと耳元で囁かる。
ひゃ~、耳の呉羽君の唇がっ!!
それにそれに、何だか今日は優しいモードの俺様です。
う~、ドキドキする~。
「なぁ、知ってたか?」
耳に唇を寄せたまま、呉羽君が囁き、そしてドライヤーを脇に置くと、両手を使って髪をかき回された。
「ふわぁ……」
またもや全身が粟立つ。
はわわわ、ゾクゾクふわふわするよぅ。
そんな中で、呉羽君はまた囁いた。
「頭部にも性感帯ってあるんだぜ?」
体から力が抜けて、そのまま私は呉羽君に寄り掛ってしまう。
そんな状態のまま、ポヤッとした目で彼を見上げると、彼はフッと笑って此方に顔を寄せてくる。
私も自然と目を瞑っていて――。
「あはははは!」
ビクンとして我に返った私は、其方に顔を向けた。
揚羽君がテレビを見て大笑いしていた。
そうだった! 揚羽君が居たんだった!
私の頭の直ぐ上で、呉羽君がチッと舌打ちをするのが聞こえた。
あうっ! 呉羽君が苛立たしげに揚羽君を睨んでいます!
こ、これは! 揚羽君の頬っぺたがピンチです!
「く、呉羽君は、お風呂に入んないんですか?」
「え? ああ、そうだな。入るか……」
やりました! 気を逸らせる事に成功です!
揚羽君の頬っぺたは守られました!
すると、呉羽君は此方を見て、ニヤリと笑った。
「何ならミカも、もう一度入り直すか? オレと一緒に……」
「も、もう結構ですニャン!」
ハッ、またもやニャンと付けてしまったー!
しかし、呉羽君はプッと吹き出すと、
「何だそりゃ」
と言って、私の頭を優しくポンポンする。
そして、私にドライヤーを持たせると、
「まだ濡れてっから、後は自分で乾かせよ」
優しい口調でそう言って、立ち上がってお風呂場に行ってしまった。
う? いつもの呉羽君に戻ってる?
……? 今のニャンで……?
首を傾げながら、私は呉羽君に言われたとおり、ドライヤーをオンにすると髪に当ててゆく。
試しに、呉羽君のしてくれたように、髪のかき上げてみたが、全然気持ちよくならない。
あう? 呉羽君みたいに気持ちよくならないよ?
もしかして、呉羽君がやってくれたから?
何だかそう思ったら、呉羽君が恋しくなってしまった。
呉羽君、早くお風呂から戻ってこないかなー。
って、今行ったばっかりで、何言ってるんでしょうか私……。
そこで私は、ある事に気づき、呉羽君が行ったお風呂場へと目を向ける。
私の体は、わなわなと震えた。
い、いっかーん!
私は慌てて立ち上がり、脱衣所に向かう。
「呉羽君、見ちゃ駄目ですー!!」
ガチャリと脱衣所の扉を開ると、呉羽君がビックリして此方を見た。
彼の手の中には、ある物が握られていた。
NOーー!!
「やーん、私の下着ぃー!!」
私は慌てて、彼の手からそれを奪うと胸に抱く。
はうっ、いくら寝る時はブラをしない派とはいえ、脱衣所に置き忘れてしまうなんて!!
しかも、ばっちりと呉羽君に見られてしまうなんて!!
「うっ、あっ、ち、違うんだミカ! ワザとじゃないっつーか! たまたまっつーか! とにかくゴメン!」
私は呉羽君を見上げる。
呉羽君は真っ赤になって汗を掻きまくっている。
私は、恥ずかしさのあまり、目に涙が浮かんだ。
その涙を見て、呉羽君がギクリと体を強張らせる。
「マジごめん! 本当に反省してるから、だから泣くなよ……」
「ううっ……呉羽君は悪くありません……。こんな所に置き忘れた私が悪いんです……」
と此処で、私は視線をちょい下に移した。
呉羽君は上半身裸で、下は、ズボンを今まさに脱ごうとしていた所らしく、呉羽君のパンツが見えていた。
ボンと頭の中が爆発する。
「キャー! いやーん!!」
一気に熱くなる頬を両手で押さえながら、私は叫ぶ。
「うおっ!」
すると、呉羽君も気付いて、慌ててズボンの前を閉めていた。
「うわーん! ごめんなさーい!!」
私は顔を押さえて、急いでリビングに戻った。
揚羽君はテレビに夢中で、此方の騒ぎには気付いていないようである。
ううっ、それにしても、呉羽君に下着見られちゃったよぅ。おまけに呉羽君の下着も見ちゃったよぅ。
あうあう、誰か私を穴に埋めて下さい……。
私はソファーに膝を抱えて、縮こまるのだった。
++++++++++
「………」
真っ赤になって走り去るミカを、オレは無言で見送る。
果たしてここは、追うべきか、それともそっとしておいてやるべきか……。
「そっとしておいてやろう……」
うんと頷くオレ。
だってオレもなんか恥ずかしいし……。
まぁ、オレが風呂から出た頃には落ち着いてんだろう……。
つーか、って事はだ……今までミカ、ノーブラだったって事だよな……。
視覚的にも、かなり強力な破壊兵器と化していたミカの胸元を思い出し、オレはニヤけそうになる口元を押さるのだった。
暫くして、オレは風呂から上がりリビングへと……。
すると、揚羽が眉を下げてオレの元にやってくる。
「兄ちゃん、兄ちゃん。何かミカが変なんだ」
「ハァ!?」
てっきり、もう立ち直っているだろうと思っていたのだが、どうやらまだのようだった。
ソファーを見ると、ミカが膝を抱えて縮こまっていた。
「ミカ、ずっとあんななんだ。どっか具合でも悪いのか?」
心配そうにミカを見ている揚羽。
オレは安心させるように、ぽんと頭に手を乗せると言ってやる。
「ああ、大丈夫だ。後は兄ちゃんに任せて、お前は歯でも磨いて、寝る準備でもしておけ」
すると揚羽は、暫し考えた後、「分かった」と言って頷いた。
オレはミカに近づき、
「おーい、ミカ?」
と声を掛けると、ミカはビクンと肩を震わせ、此方を見上げた。
オレを見たミカは、顔を真っ赤にさせ、
「あうっ、ごめんなさい」
と謝ってくる。
「いや、うん。まぁ、そこはお互い様って事でいいんじゃねーか?」
「ううっ、でも――」
そこでまた思い出したのか、
「やーん!」
と顔を覆ってしまった。髪の毛の間から覗く耳が、真っ赤に染まっている。
さて、ここはどう言って落ち着かせるべきだろうか。
そこでオレは、かなり苦しいが、こんな事を言ってしまう。
「ミカ、お前が見たもんは、下着じゃなくて水着だ!」」
「はい?」
「あ、いやな、下着じゃなくて、水着だと思えばそんなに恥ずかしくないんじゃないか?」
「ふえ!? み、水着?」
ポカンとするミカ。
「ほら、夏休みを思い出せ。お互い水着姿は見てんだろ?」
「え、あ、う……はい」
「あん時、ミカはオレの格好見て、恥ずかしいと思ったか?」
「え? その、凄くドキドキしました……」
「まぁ、そん位はあるかもだけど、今ほど恥ずかしくはなかったろ?」
こくんと頷くミカ。
「水着と今回、どっちが肌が露出してた? 今回はズボンは穿いてただろう? それを考えれば、ほら、全然恥かしくなんか無いじゃないか」
「ん? うーん……」
ミカは腕を組み考える。
はっきり言えば、水着と下着は別もんであるが、今はこう言ってミカを納得させ、落ち着かせる事にする。
「とにかくだ、今日はもう寝ちまえ。そして全部忘れろ!」
そこに丁度、揚羽もやってきた。
「ミカー、一緒に寝よーぜ! 何だったら、オレのサンバトラーの枕、貸してやろうか?」
まだ心配そうにしている揚羽を見て、ミカは漸く笑顔を見せた。
「いえ、大丈夫ですよ。そうですね、寝ちゃいましょう! 寝て、忘れちゃうのが一番ですよね!」
漸く納得したのか、拳を握ってうんと頷くミカ。
オレも「おう、寝ろ寝ろ」と促すのだった。