番外編:萌えと男のロマン【萌え萌え編】
ようやく続編が書けました。
相変わらずの甘々っぷりです。
どうも! 皆さん、お久しぶりです! 一ノ瀬ミカです!
今日は私、呉羽君の家に遊びに来ています。
自宅デートですよ。そんでもって、呉羽君のお部屋に居ます。
う〜、呉羽君のお部屋……ドキドキしますぅ。
初めてじゃないけど、いつ来ても新鮮です。
だって、呉羽君、私に気を使ってなのか、お部屋を綺麗にしようという努力が見え隠れしています。
最初に来た時は、確か呉羽君が風邪を引いて、そのお見舞いに来た時でしょうか。
その時は、雑誌とかがそこ等辺に置いてあったんですけど、今はちゃんと整理整頓されています。
他にも、物の位置とかも気にしているみたいで、最初の時より、数段グレードアップしています。
あっ! こんな所にコロコロ発見。
あはは、直前まで、コロコロしていたんですね。
なんか、呉羽君可愛いですぅ……。
一所懸命にコロコロを転がしている呉羽君を思い浮かべてしまい、思わずキューンとしてしまう私。
はうっ、呉羽君凄いです。この場に居ないのに、想像だけで呉羽萌えしてしまいました。
呉羽君のコロコロ萌え……ハッ、何かほうれん草のゴマ和えみたいに言ってしまいました。いけない、いけない……。
その時、呉羽君がお盆を抱えて入ってきた。
お盆の上には、ジュースとお菓子が乗っている。
それを、テーブルの上に置く呉羽君。
「お待たせ……ってミカ、何でコロコロ持ってんだ?」
「エヘへ、そこに置いてありました」
何か、意味も無く絨毯の上をコロコロしてしまう私。
「ああ、そっか、仕舞うの忘れてた――つーか、何でお前、ニマニマしてんだよ?」
おや? 顔に出とりましたかな?
「ウフフ、んーとね? 呉羽君、ちょっとコロコロしてみて下さい」
私はズイッとコロコロを差し出す。
呉羽君は、目の前のコロコロを見て、片眉を上げた。
「はぁ!? 何でだよ?」
「いーから、いーから♪」
「本当、訳わかんねーんだけど……」
納得のいかない顔をしながらも、呉羽君は私の言うとおりにコロコロを動かしてくれる。
「あっ、ここに埃が!」
コロコロ……。
「糸くず発見!」
コロコロ……。
「ここには髪の毛が落ちてますぅ!」
「……なー、これの何が楽しい――」
「キャーン! かぁーいーですぅ♪」
私は我慢が出来なくなって、彼の頭をギュウッと抱きしめていた。
呉羽君の体が、ピシッと固まる。
「コロコロ呉羽君、萌え萌えしますぅ♪」
撫でくり撫でくり頭を撫ででいると、呉羽君は顔を真っ赤にして喚く。
「んなぁ!? ちょ、ちょっと待て! 今の何処に萌え要素があるってんだ!」
「えー? そんなのありまくりですよぅ、今も萌え萌えして止まりませんもん。あ、チューしていいですか?」
「へ? うおっ!!」
私は両手で、呉羽君の顔を挟み込むと、グリッと此方に向けた。
目を瞑って、少しばかり唇を突き出す。
「んー……」
「ミ、ミカ!? ちょっと!? ちょっと待てって!!」
グイッと、顔を挟み込んでいた両手を掴まれてしまった。
当然、チューも中断されてしまう訳で……。
パチッと目を開けると、真っ赤な顔の呉羽君がどアップで……。
はれ? 何か怒ってる?
呉羽君は何だか、ムスッとしていた。
「あうっ、ご、御免なさい……調子に乗っちゃいました……。だって、何だか嬉しくて、チューしたくなっちゃったんですもん……」
私の為に部屋を綺麗にしてくれたんだと思うと、嬉しくて堪らなくなってしまったのだ。
私はシュンとして、顔を俯ける。
ハァーと彼の溜息が聞こえてきた。
ううっ、怒らせてしまいました……。それとも呆れちゃったかな、呉羽君……。
しかし、呉羽君はその後、
「分かったよ……」
「え?」
「キス、してやるから……ほら、目を瞑れ」
「あ……う、チューしてくれるの?」
恐る恐る顔を上げると、呉羽君は照れたように頬を掻きながら頷いた。
私は嬉しくなって、満面の笑みになり、彼の袖をキュウッと掴んだ。
「エヘへー、やったぁー」
肩をちょこっとだけ竦めると、彼に向かって目を瞑った。
そうやってチューを待っていると、ハッと息をのむ音がして、グイッと腕を引っ張られる。
気が付けば私は、彼の腕の中、苦しい位に抱き締められていた。
キャー、チューだけじゃなく、ギュッもしてくれるなんて、太っ腹です呉羽君。
「全く、お前可愛すぎ……」
耳元でボソリと、掠れた声で囁かれ、ゾクリと背中が震える私。
ふわぁ、ドキドキするよぅ。
抱き締められる苦しさも、熱い位の彼の体温も、全部心地良い。
「呉羽君……」
私も彼の背中に手を回し、キュッと抱き返すと、彼の腕にまた力がこもる。
キュ〜、苦しいです〜! でも、幸せだよー。
そして、私たちは少しばかり体を離すと、じっと見つめ合い、そのまま顔を寄せて――。
ガチャ。
「ちょっと、呉羽ー、悪いんだけど――」
私と呉羽君の唇が、いよいよ触れそうになった時、部屋の扉を開けて、呉羽君のお母上が入ってきた。
見事、そのままの格好で固まる私たち。
お母上も最初は固まっていたけれど、直ぐに復活して、頬に手を当て、ニマァと笑う。
「やっだー! 音羽ってば、息子のラブラブ邪魔しちゃったぁー!! ごっめんねぇー!」
バタンと扉が閉まる。
『あのね、お母さん、これから仕事に行かなくちゃいけなくなったから、今夜のご飯は適当に食べちゃってていいわよー。それじゃあ、ごゆっくりー』
扉の向こうから、そんな事言うお母上。
私達は扉から目を移し、互いに見詰め合うと同時に、真っ赤になって離れた。
キャーン、お母上に見られちゃいましたぁー!! 物凄く恥ずかしいです!
あうっ、穴があったら入りたい……。
「くそっ、お袋のやつ邪魔しやがって!」
ドンとテーブルを叩く呉羽君。
そんな乱暴な行為をしているが、物凄く恥ずかしそうだった。
はぁ、これじゃもう、チュー所じゃありませんね……。
あーあ、もう少しだったのになぁ……惜しかったなぁ……。
そんな事を思いながら、チラッと彼を見ると、彼も丁度此方を見た所で、バチッと目が合った。
直ぐに目を逸らす私たち。
「あー、そのなんだ……えーと、ほら! ジュース飲め!」
「は、はい! の、飲みます!」
コップを受け取り、ストローを咥える。
「お菓子もほら!」
「はい、いただきます!」
スナック菓子を頬張る。
呉羽君もまた、ジュースを飲み、お菓子を口に放り込む。
暫く無言が続いた。
うう〜、物凄く気まずい空気です。
それにしても、お母上、お仕事ですか……。いつも、こんな風に、いきなりお仕事とか入るんでしょうか? 大変ですなぁ……。
夕飯も適当にといっておりましたが、もしかして、いつもそんな風に適当にご飯を作ってたから、濃い味付けが好きになっちゃったんでしょうか?
うーん……んん? あ、そうだ!
この気まずい雰囲気を払拭するチャンスです!
私は思い切って、呉羽君に声を掛ける。
「あ、あの、呉羽君!」
「うお!? な、何だ?」
「あのね、その……お夕飯、私が作っちゃ駄目ですか?」
「え!? いいのか?」
「はい。その……出来れば一緒に食べたいなぁ……なんて……」
「一緒に? 大和さんとかは?」
「それは、今日は私一人なんです。父も母も撮影のお仕事ですし、姉も今日は外で食べると言っていましたから……。あの……駄目、ですか?」
伺うように呉羽君を見上げると、彼はブンブンと首を振った。
「駄目だなんて、そんな事はねーよ! むしろ、宜しく頼む!」
呉羽君の顔が、嬉しそうに綻んだ。
やったー! 気まずい雰囲気を払拭できました!
じゃあ、もう一つだけ、お願いしちゃおうかなぁ……。
「えっと……それでね、呉羽君……。呉羽君もその……お料理手伝って貰っちゃ駄目ですか?」
「ああ、別にかまわねーよ。逆に、作ってもらってんのに、何もしねーって、気が引けるしな」
呉羽君の快い返事を受け、私は心の中でバンザイをする。
やったー! 夢が一つ叶いました!
「呉羽君って、よくお料理とか作るんですか?」
早速キッチンに立ち、呉羽君と一緒にお料理開始です。
ウフフー、一応、お揃いのエプロンをしたりなんかしちゃったりー♪
何だか……嬉し恥かし、でも楽しいです♪
「まぁな、お袋が居ない時はオレが良く作ってるな」
「へぇ、どんなの作るんですか?」
「そうだな……豚肉のしょうが焼きに、鳥のから揚げとか? 簡単に済ませたい時とかは、豚しゃぶとか鉄板焼きとか……」
「あはは、それ、お料理じゃありませんよぅ。それに、お肉ばっかりです」
「に、肉ばっかりじゃねーぞ! 時には、焼きそばとか、ラーメンとか、餃子とか、麻婆豆腐とか……」
「それ、インスタントとか、レトルトとかだったりしませんか?」
「うっ……」
「あはは、図星です」
「うるせー」
先ほどの気まずい雰囲気は何処へやら、私達は和気藹々とした雰囲気でお喋りをする。
「あ、お野菜切ってくれますか?」
「おう、任せとけ」
そう言って、呉羽君は手早く野菜を切ってゆく。
「上手ですね、呉羽君」
「まぁ、野菜炒めとかもよく作るしな」
ちょっと得意げな呉羽君。
「へぇ……じゃあ今度、呉羽君の野菜炒め、食べたいです」
「はぁ!? んなの野菜切って、味付けして、炒めただけだし。ミカの料理に比べたら、全然だろ?」
「でもでも、ずっと夢だったんですよ……」
「は? 夢?」
「あ……」
思わず言ってしまった言葉に、私はカァッと顔を熱くする。
モジモジとお鍋をかき回しながら、私は言った。
「えっと、将来ですね……だ、旦那さまと一緒にキッチンに立って、旦那さまが一所懸命作ったお料理を食べる事です……」
「だ、旦那さま!?」
あうっ、物凄く恥ずかしいですっ。だってこれじゃあ、私が密かに新婚気分を味わっていた事がバレバレですもん。
すると、沈黙していた呉羽君が、おもむろに冷蔵庫を開けたかと思うと、お豆腐と油揚げと葱を取り出す。
「えと……呉羽君?」
「……みそ汁……」
「え?」
「みそ汁だったら今直ぐ作れんだろ?」
耳まで真っ赤にして、他にも昆布だのワカメだのを取り出す呉羽君。
小さいお鍋に、勢い良く水を入れゆく。
照れながらお味噌汁を作る呉羽君……。
はぅっ、新たな萌え要素発見です!
胸をキュンキュンさせながら、私は味付けした鳥肉を熱したオーブンの中に入れる。
ううーん、今日は洋食なんだけどなぁ……。
それでも、嬉しくてニマニマしてしまう私なのであった。
++++++++++
旦那さま、旦那さま……はぁ、旦那さまかぁ……。
昆布をキッチンバサミで切って、鍋に入れる。
って事はだ……じゃあミカは、オレの奥さんって事になんのか!?
手の上で切った豆腐を、ザボザボと鍋の中へ投入。油抜きした油揚げも一緒に入れた。
チラリとミカを見ると、ミカはオレの手元を覗き込みながら、嬉しそうにニッコリと笑い掛けてくる。
うおっ、今物凄いグッと来た。
エプロン姿もまた、オレのツボを突きまくってきやがる。
トントンと、テンポよく葱を切る。
なんつーかこれ、新婚っぽくね? って事は、ミカは新妻……。
ヤバッ、更にオレのツボかも!
それにしても……。
鍋に増えるワカメを投入。
さっきはマジで惜しかったよなぁ……。後もうちょっとでキスできたのにな。
つーか、ぜってー後でこれでもかって位からかわれる。
あの時の、お袋のやたらと嬉しそうな顔を思い出す。
ったく、部屋に入る前にノックくらいしろよな!
沸騰する直前で、火を止め、味噌を溶かし入れる。
と、ここで、オレはピタリと手を止めた。
そういやオレって、味付けが濃かったよな……。
なので、いつもより少なめに味噌を入れる事にする。
はぁ……それにしても、キスをねだるミカ……。
何であんなに可愛いんだよっ!! 寧ろ、こっちの方が萌えだろ!?
それに、あいつの萌え所はよく分からん。
味噌を完全に溶かし入れると、一口味見をしてみる。
んー、やっばオレにはちょっと味が薄いか……。
「あっ、呉羽君、もしかして出来ましたか? 私にも味見させてください」
明るい声での申し出に、オレは少しばかりよそってミカに差し出す。
「うん、丁度いい塩梅ですよ! 凄く美味しいです!」
やっぱりオレの舌って、濃い目の味に慣れてたんだな……。
「じゃあ、こっちも味見を……というか、つまみ食いになっちゃいますけど、カリカリの美味しい所ですよ」
そう言って、ミカはオーブンから取り出した鶏肉の端を、少しばかり切ってオレに差し出す。
「はい、あーんです」
グハッ、これって物凄く新婚っぽい。
オレは喜びを噛み締めながら、それを口で受け止める。
口に入れた瞬間、香ばしい匂いと旨みが口の中に広がる。
「うおっ! すげーうめー!!」
「エヘへ、この後煮込んじゃうんで、今しか味わえないですよ」
「え!? 煮込んじまうのかよ! 何か勿体無いよーな……」
「ウフフ、これからもっと美味しくなりますよ。お料理は、手間と愛情ですもん。呉羽君への愛、いっぱい込めちゃいますよ」
「………」
頬を染め、照れながら言うミカは、物凄く可愛かった。
オレは後ろを向いて、口元を押さえる。
気を抜けば、物凄くだらしない顔になりそうだ。
オレ、今すっげー幸せかも……。
「それにしても。呉羽君、お味噌汁作るの、物凄く手際が良かったですよね。私、感心しちゃいました」
「まぁな、みそ汁は一番最初にお袋に教わったやつだしな。揚羽くらいの時から作ってたし」
「へぇ……」
と、その時丁度、その揚羽が帰ってきた。
「音羽ー! 今帰ったぞー!」
「あ、おかえり、揚羽君」
ミカが弟を出迎える。
すると、揚羽の奴はミカを見た途端、頬を赤らめモジモジとし、「た、ただいまミカ……」と、挨拶を返した。
……うぉい、何だその反応は……。
そして揚羽は、周りをキョロキョロとすると、オレを見上げ、
「なー、兄ちゃん。音羽はー?」
「って、オレには挨拶無しかよ!」
思わずつっこむ。
そして、諦めて、ハァと溜息をつくと言ってやる。
「あー、お袋はまた、急な仕事だってよ。それと、今日の夕飯はミカが作ってくれるってさ」
「え!? 本当か? やったー!!」
揚羽は両手を広げ、ピョンピョンと飛び跳ねる。
「こら! 下の階に迷惑だから、飛び跳ねんな!」
オレがそう揚羽を叱っていると、何やら視線を感じ振り返った。
すると、ミカがニマニマとして此方を見ている。
「……なんだよ?」
「ウフフ、お兄ちゃんな呉羽君です」
「な、何だよそれ……」
何だか気恥ずかしくなってくるオレだった。
「……ミカ……」
「はい?」
「洋食なら洋食って言ってくんないと……」
オレの目の前には、深皿に盛られたブラウンシチューが存在する。
先ほどの鶏肉もちゃんと入っていた。
思わず生唾を飲み込みたくなるほど上手そうである。
そして、その隣には、オレの作ったみそ汁も存在していた。
「一応、お味噌汁があるので、主食はご飯ですよ」
白米の入った茶碗を、手に取ってオレに見せてくるミカ。
「いや、そーゆー事じゃなくてな? シチューにみそ汁って、ミスマッチだろ?」
ああ、そうだ。ミスマッチだ。誰が何と言おうと、ミスマッチだと思う。
和食と洋食のコラボなんて、到底言える事の無い、真ん中に線引きされるべき代物だ。
しかしミカは、オレの作ったみそ汁をズズッと啜り、ニッコリと笑う。
「そうですか? とっても美味しいですよ、このお味噌汁」
「そーかー? 何だか味薄いぞ?」
揚羽が眉を顰めて言った。
って、お前! 今まで黙って、みそ汁啜ってただろうが!
こいつ……オレが作ったと分かった途端、正直に言いやがったな?
「え? 私には丁度いいですよ? あっ、もしかして私の味覚に合わせてくれたんですか!? はうっ、呉羽君……私、凄く嬉しいです……」
ほにゃっと、幸せそうに笑うミカ。
くそっ! 大好きだ!!
今、物凄く抱きしめたいが、揚羽の手前、それは出来ない。
オレはその気持ちを誤魔化す様に、シチューにがっついた。
うおっ!! すっげー美味い! マジで美味い! 何だこれ!?
あっという間に平らげてしまうと、オレはミカに「おかわりいいか?」と尋ねる。
「えぇ!? もう食べちゃったんですか? 早食いは体に良くありませんよ?」
「いや、だって。すっげー美味くて止まんなかった」
オレがそう言うと、ミカは嬉しそうに、オレの空になった皿を受け取る。
「ウフフ、手間と愛情です」
「っ!!」
オレはさっき、ミカの言った事を思い出す。
『呉羽君への愛、いっぱい込めちゃいますよ』
無茶苦茶その愛を感じた……。
「あー! ずりーや兄ちゃん! オレだっておかわりするんだぞ!」
揚羽も負けじとシチューを口に掻き込む。
フッフッフッ……揚羽よ。お前はミカの、兄ちゃんへの愛のおこぼれに授かっているのだ。有り難く食うがいい……。
何となく優越感に浸るオレなのであった。
飯も食い終わり、後片付けも済ませ、まったりとした時間を過ごしている。
オレは、昼間ミカにも出したジュースを飲んでいた。
そして、そろそろミカを送らなきゃなぁ、と思っていた時である。
「なぁ、ミカー」
「ん? 何ですか、揚羽君?」
「一緒に風呂入ろーぜ」
「ブフゥッ!!」
「ひゃあ!? 呉羽君、どうしたんですか!?」
飲んでいたジュースを、思いっきり噴き出していたオレ。
「うわぁ。兄ちゃん、きったねー!」
あーげーはー……てめー、誰のせいだと思ってやがる……。
ジュースが少しばかり気管に入り、咽ているオレの背を、ミカは優しく擦ってくれている。
「もー駄目ですよ、呉羽君。炭酸飲料がぶ飲みしちゃ……」
「い、いや……ミカ、それ違うから……。おい、コラッ、揚羽! 一緒に風呂って、何言ってやがる!」
ようやく治まり、オレは揚羽を睨み付ける。
「だってオレ、この前のデートは、一緒に風呂入って、一緒に寝る予定だったんだぞ! 夕飯は今達成したから、今度は風呂だ!」
「って、お前! まさか一緒に寝る気でもあんのか!?」
「当たり前だぞ! 何だよ兄ちゃん! これはオレとミカの問題なんだから、兄ちゃんは口出しすんなよな! すっこんでろ!」
ブチッとオレの中で何かが切れた。
「あーげーはー、兄ちゃんに向かって何だその口の聞き方は……」
ブニッと頬を摘まみ上げ、そのままグイグイと引っ張る。
「いひゃい! いひゃいよ、兄ちゃん! ごめんなひゃーい!!」
涙目で訴える揚羽。オレは漸く怒りが治まり、手を離すと「分かればよろしい」と言って頷いた。
すると、ミカがクスクスと笑っている事に気づき、「何だよ?」と聞いた。
「いえ、それっていつも、揚羽君にやっている事だったんだなって……。あれは、お兄ちゃんの呉羽君だったんですね」
「う、うるせー!」
何だか、気恥ずかしくなったオレは、そっぽを向く。
その時、揚羽がミカに擦り寄り、キュッと腰にしがみ付いた。
「なー、ミカー。オレ、ミカと一緒に風呂に入りたいよー、ダメ?」
まだ言うか、コイツッ!
つーかそれは、お袋に対してやる、甘え攻撃じゃないか?
って、ああっ! ミカが何か萌え萌えしてやがる!
そしてミカは、今にも抱きつかんばかりの雰囲気だ。
「お、おい、ミカ?」
慌てて声を掛けると、ハッとして、我に返るミカ。
揚羽を見下ろすと、指を突きつけてこう言った。
「それは、私の一存では決められません。ここは、お母上に連絡して、もしお母上がO.Kと言ったなら、揚羽君の願いを叶えます!」
ミカの提案に、オレはホッとする。
そうだよな、お袋であれば、いくらなんでも年頃の男女を――。
「やった! 音羽O.Kだって!」
な、何だとぅ!?
見ると、揚羽の奴は、早速お袋に電話をして、満面の笑みで此方にO.Kサインを出している。
「ちょっと貸せ!」
オレは揚羽から、受話器を奪い取ると、お袋に向かって怒鳴りつける。
「お袋!? 何言ってんだよ!! O.Kなんて!!」
『あ、呉羽ー? 昼間はラブラブ邪魔しちゃってごめんねぇー?』
「んな事はいーんだよ! 何でO.Kしたんだよ! 色々と問題あんだろーが!」
『それなら大丈夫! お母さん、呉羽の事を信じてるから! じゃあ、呉羽、ガンバ!』
そう言い放つと、そのまま切れてしまった。
「おいっ、ちょ――クソッ!!」
受話器を元に戻す。
あの声の感じ、ぜってー面白がってる……。
ふと後ろを振り返ると、揚羽がミカを風呂場に連れて行こうとしている所だった。
オレは、諦めにも似た思いで溜息をつくと、ミカの着替えを探す為に、お袋の部屋に向かうのだった。
いやぁ、お泊りもする事になっちゃいましたねぇ……果てさて、どうなるのでしょうか……?