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夏休み特別編7

「それで? 彼氏とは上手くいったのかしら?」

「はい、これも皆、和子先生のおかげです!」


 私は和子先生に、大福と蒸し饅頭の入った箱を渡す。

 夏休みも終わり、学校にやってきた私は早速、和子先生に結果報告をする為に保健室へとやってきた。


「大福はちゃんと、言われていた通り苺大福にしておきましたよ。こっちの蒸し饅頭には、隠し味に蜂蜜を練りこんであります! どうぞ、召し上がれ!」

「あらあら、まぁ素敵! とっても美味しそうよ、一ノ瀬さん!」


 実に嬉しそうに、箱の中身を眺める和子先生。

 その姿はやはり、ハチミツを前にして喜びいっぱいの、あの黄色いくまさんそのものであった。

 早速、苺大福を手に取ると口に運んだ。


「ん〜、苺がとってもジューシーねぇ。それにとっても美味しいわ! これ、本当に一ノ瀬さんが作ったの? お店に売っている物と変わらない……いいえ、それ以上だわ!」


 苺大福を頬張り、ホクホク顔の和子先生。


「それでですね、和子先生の言うとおり、DVD BOXをいち早く手に入れたんですけどね? でも、呉羽君の手に入れようとしていた物は、実はそのDVD BOXじゃなかったんですよ」

「まぁ、そうなの? じゃあ一体何の為に彼女を放ってバイトなんて?」


 和子先生は、苺大福を半分ほど食べた所で、日本茶をズズッと啜る。

 私はその時の事を思い出し、顔がニヤケそうになるのを必死に止めようと、頬っぺたを押さえた。


「えっとですね、呉羽君がバイトをしてたのって、私の誕生日の為だったんです」

「あらまぁ、そうだったの? それは、お誕生日おめでとうと言っておくわね。それで何をプレゼントされたの?」

「え? エヘヘー、それはですねぇ……」


 私は和子先生に右手を見せる。その小指には、光り輝く指輪があった。


「あらあら、素敵な指輪ねぇ。なるほど、それをプレゼントされたのね?」

「はい! それで、将来はこの指輪を買った所で、結婚指輪も買おうねって約束したんです」


 キャーン、嬉し恥ずかしですー!


 と照れていた所、ゾクッといきなり背筋が凍った。

 ハッと顔を上げるが、ニコニコと一個目の苺大福を平らげようとしている和子先生しかいない。


 はれ? 今何か殺気の様なものを感じたんですが……?


「そう、それは良かったわねぇ……」

「はい、後ですね。お誕生日の日には、高級レストランで呉羽君とお食事したんですよ」

「まぁ、高級レストラン? 高校生がそんな高い所に?」


 ゾクゾクゥッ!

 はうっ!? またもや殺気です! 一体何処から?


 そう思って出所を探してみるも、すぐさま殺気は消えてしまい、私は気を取り直して話の続きをする。


「いえ、あの……母からのお誕生日プレゼントに、ペアお食事券を貰ったんです。夜景が綺麗で、とってもロマンチックでした」

「そう……」

「あれ? 和子先生、顔が引きつってますよ? そっちの蒸し饅頭、お口に合いませんでした?」

「え? ああ、いいえ、このお饅頭もとっても美味しいわ。でも、もうちょっと甘さ控えめでも良かったかしら。だって、一ノ瀬さんのお話、あまりにも甘々でしょ?」

「えぇ!? そうですか? エヘヘ、甘々ですかね……甘々……」


 ウフフー、甘々ですかー、呉羽君と甘々ー。


「それとですね……」

「まだあるの!?」


 和子先生が目を見開かせる。


「はい! 実はその次の日、乙女ちゃんからの誕生日のお祝いに、南の島に招待されたんです! 勿論、呉羽君も一緒に!」


 満面の笑みでそう言った後、物凄く小さく、「チッ」と言う音がした。


 はて、今の音なんでしょうか?

 何か舌打ちに似ていたような……。


「そして南の島で、吏緒お兄ちゃんからは、手作りの超特大モンブランをプレゼントされました」

「あら、モンブラン? 誕生日ケーキにモンブランって、珍しいわね」

「エヘヘ、私、モンブランには目が無くてですね……」


 はうっ、思い出しただけでも涎が出てきそうです……。

 黄色いウネウネに、黄金に輝く栗……。

 素敵過ぎます……ステキング……。

 ああっ、でもちょっと恥かしい事をしてしまいました。


 何だか、そのモンブランを目にした瞬間、物凄く呉羽君に甘えたくなってしまい、


『呉羽君のお膝の上で食べたい!』


 とか言ってしまった私。

 その場にいた皆が固まってしまっていた。


 そんでもって、食べさせてもらったり、食べさせたりと……。

 ううーん、何か自分で言うのもなんですが、かなりのバカップルだったと思います、その時の私達……。


 見ていられなかったのか、乙女ちゃん達はいつの間にやら部屋を出てしまい、私は呉羽君と二人っきりになってしまっていた。

 そして……。


 キャーン、その後もっと恥かしい事しちゃいましたぁー!


 それをしたら彼は、真っ赤になって純情少年になっていた。


 ううーん、やっぱりロマンなんでしょうか……?


 そしてお腹いっぱい食べた後、そのまま眠くなってしまい、気が付くと、いつの間にかベッドで寝ていた私。驚いた事に私の隣には呉羽君も寝ていた。


 な、何故に!?


 と思っていたら、私は呉羽君の手をずっと握り締めてたようで、それで彼は、身動きが取れなかったみたいだった。

 手を放すと、丁度呉羽君は目を開けた所で、ムクッと起き上がると何も言わず、欠伸をしながら、自分の部屋に帰ってゆく。

 次の日、何故か呉羽君はずっとムスッとした顔をして、私の方を見ようとはしてくれなくて、それでシュンとしていたら、吏緒お兄ちゃんが、


『何も、呉羽様は怒っている訳では御座いません。今はそっとしておいてあげて下さい。よく我慢されたものです……』


 何て事を言ってきた。

 私は何の事やらと首を傾げたけれど、怒ってないのだと分かり、ホッと胸を撫で下ろした。


 南の島では五日間過ごしましたよ。

 あっ、そうそう! 面白い事がありました!

 南の島へは、薔薇屋敷家の自家用ジェットを使って行ったんです。

 それで、呉羽君ってば、飛行機に乗るのが始めてだったらしくて、乗っている間、ずっと固まってました。

 ウフフー、新たな発見ですよー。呉羽君は飛行機が怖いんです。


「一ノ瀬さん? そろそろ休み時間終わるんじゃないかしら? 先生、あなたのお話聞いてるだけで。お腹いっぱいになりそうよ」

「あ、本当です。もうこんな時間です。じゃあ和子先生、アドバイスありがとう御座いました!」


 私は頭を下げて保健室を出ようとした時、ふと先生にある質問をした。


「そういえば和子先生は、夏休み何処か行ったんですか?」


 しかしその瞬間、物凄い悪寒が背中を走りぬけた。


「おほほ、夏休みは殆ど食べ歩きかしら。ええ、それはもう一人で……。ここいらのお菓子屋さんは全て制覇したわ」

「そ、そうですか……凄いですね……」


 私は和子先生から、ただならぬ妖気を感じ取りながら、保健室を後にするのだった。



 ++++++++++



「あれ? そういえば一ノ瀬さんは?」


 日向がキョロキョロとしながらオレに尋ねる。


「あー、なんか和子先生に用があるとか言って、保健室行った」

「ふーん? で? 如何だったの夏休み、誕生日プレゼントは渡せた?」

「ああ、予定とちょっと違くなったけどな……」

「予定と違う?」


 そこでオレは、ミカと一緒に指輪を買いに行った時の事を話した。


「へぇ、そんな所であの岡田ってのに会ったんだ。全く、懲りないよねぇ」

「全くだ……。そういや日向。お前、薔薇屋敷に南の島、誘われなかったのか?」


 ミカの誕生日に、薔薇屋敷はミカを南の島に招待した。

 それにはオレも誘われた訳だが、てっきり日向もいるのかと思ったのだが、こいつの姿は見当たらなかった。

 薔薇屋敷に聞いた所、


『日向真澄など、居なくてもてんで困りませんわ! 寧ろ、居なくてせいせいいたしますわ!』


 と言っていた。


「あー、それ? まぁ、誘われた事は誘われたけど……。いやさぁ、“どうしてもと言うなら、あなたも連れて行って差し上げますわよ。おーほほほ”って言われたんだけど、俺、丁度法事と重なっちゃってさぁ。男手は少しでも欲しいって事で、如何しても抜け出せなくて、断ったんだよね……」


 肩を落とし、ハァッと溜息をつく日向。

 そして、心底残念そうに、窓の外を眺めながら呟いた。


「あぁ、俺も行きたかったなぁ、南の島……そんでもって、一ノ瀬さんの水着姿、見たかったなぁ……」


 おい、何か今、聞き捨てならない事を聞いたぞ……?


「おーほほほ! 存分に悔しがるがいいですわ、日向真澄! 断った事を後悔しまくるがいいですわ! お姉さまの水着姿、わたくし、たっぷりじっくり堪能させて頂きましてよ!」

「えぇ! いーなー、せめてビキニタイプかワンピースタイプか教えてよ」

「おほほほ、その謎に、悶々と悩みまくるがいいですわ! まぁ、ヒントとして、わたくし、あまりの素敵さに、鼻血が止まりませんでしたわ!」

「え? 鼻血が止まらなかったって、大丈夫なの?」


 日向が心配そうに薔薇屋敷を見つめる。

 オレもまた、ミカの水着姿を見て、そのあまりのスタイルの良さに興奮を抑えられなかったが、薔薇屋敷のそれを見て一気に熱が冷めた。


 あぁ……白い砂浜が真っ赤に染まったんだ……。


 因みに、ミカの水着はビキニタイプで、下はフレアスカートの様になっているものだった。色は涼しげな水色で模様は今年流行のドット柄だ。


「その時の生写真。実はここにありましてよ!」


 薔薇屋敷はピラッと一枚の写真を取り出す。


「んなっ!? いつの間に!」

「えぇ!? 一ノ瀬さんの水着姿の生写真!?」


 マジでいつの間に撮りやがった、薔薇屋敷……。


「おーほほほ! 見たければ、土下座して頼み込むがいいですわ! ただし、普通の土下座には興味が無くってよ! 意外かつエキセントリックな土下座でなければ、わたくしの心は動かされませんわ!」

「えぇ!? エキセントリックな土下座って何!?」

「ほほほほ! どんな土下座をするか楽しみですわね!」

「えー、ちょっと待ってよ、薔薇屋敷さん!」

「おい! ちょっ、待てよ、お前ら!」


 薔薇屋敷はピラピラと写真を振りながら、教室を出て行こうとする。

 その後を追う日向。

 オレも追いかけようと席を立った時、目の前に杜若が立ちはだかった。


「うおっ!? 何だよ杜若?」

「お嬢様の邪魔はしてはいけません」

「は!? 邪魔って何――ハッ! なに薔薇屋敷って、日向の事!?」


 それはかなり意外な事実だ。


 そんな素振りは微塵も感じなかったぞ?

 ん? 待てよ? そういえば、南の島にいる間、何となく薔薇屋敷は元気なかったような……。

 でも、薔薇屋敷が? 犬の骨呼ばわりしてたのに?


「私もまだ確信はありませんが、確立としては半々といった所でしょうか。日向真澄と一緒に居て、楽しそうにしているのは確かです」

「楽しそうって言うか、何か物凄く偉そうなんだけど……」


 でも、「へぇ」と呟きながら、オレは薔薇屋敷と日向の去っていった方を見やる。

 ミカに言ったらどんな反応をするだろうと、オレは少し楽しくなった。


「それにしても、呉羽様には今回、感心させられました」

「は!? 何だよいきなり」

「南の島での一件です。よく耐えられたと思います」

「え? あ、ああー……」


 何を言われているのか漸く分かり、オレはその時の苦労を思い出し苦笑いした。




 その時の事を、オレはありありと思い出す。

 杜若の用意した、超特大モンブランを目の前にしたミカは、当然の如く幼児化した。

 そして、オレに向かい、こう言った。


『あのね、ミカ。呉羽君のお膝の上で食べたい!』


 その言葉にオレだけでなく、薔薇屋敷や杜若まで固まってしまったのだが、その固まったままのオレの膝の上に、ミカは何の躊躇いもなく座ったのだ。

 そしてオレを見上げると、嬉しそうに「エヘヘー」と笑い、モンブランを食べ始めるのだった。

 オレはあまりの事に、身動きできずにいると、ミカがモンブランを一口掬い、オレに差し出してくる。


『はい、呉羽君。あーん』


 焦って周りを見れば、いつの間にやら薔薇屋敷も杜若も居なくなっていて、オレはミカの行為に素直に口を開ける。

 すると、ミカも口を開けてきた。

 如何やら、食べさせてくれと言う事らしい。

 オレは内心、ニヤけてしまいそうになりながら、ミカに食べさせてやる。

 そうして、二人して食べさせ合っていたのだが、その中でオレがモンブランの栗の部分を食わせてやった時だった。

 ミカは、嬉しそうにモゴモゴと口を動かした後、予想外の行動をとる。

 なんと、オレにキスをしてきたのだ。それも只のキスじゃない。

 オレが驚いて目を見張っていると、口の中に何かが入ってくる。ミカは口を離すと、ニッコリと笑って『はんぶんこ』と言ってきたのだ。

 オレの口の中に入ってきた物、それは半分に割られた栗であった。『美味しい?』とあどけない顔で聞いてくるミカに、オレは思わず顔を真っ赤にし、その栗をゴクリと飲み込んでしまった。

 その事は今でも悔やまれる。


 クソッ、もっと味わっておくんだった。

 と言うか、お返しにこっちも口移しするんだった……。


 とまぁ、そんな事はさておき、その後がまた大変だった。

 超特大モンブランだった為、食べ切れる筈も無かったのだが、それでもめいっぱい食べて腹を満たしたミカは、オレの膝の上に座ったまま眠ってしまったのだ。

 オレは、部屋の外に居た杜若にミカの寝室まで案内されると、ミカを起こさないようにベッドに寝かした。

 そして、離れようとしたのだが、寝ぼけたミカにしがみ付かれてしまったのだ。

 近くに居た杜若は、一瞬、無表情でオレを睨んだ後、ニッコリと笑った。


『無理に腕を外したら、起こしてしまいます。ここは、ミカお嬢様が目を覚まされるまで、そのままでいた方がよろしいでしょう』

『えぇ!? ちょっと待てって、いいのかよ!?』

『いいとは、どういう事ですか? まさか呉羽様、寝ているミカお嬢様に何かいかがわしい事でもなさるおつもりですか?』


 ゾクリと背筋が凍る。

 杜若はニッコリと笑って入るが、その目は何処までも冷たかった。

 オレがぶんぶんと首を振って否定すると、杜若は此方に向かって礼をし、部屋を出て行ってしまった。

 そしてその夜は、オレにとって、天国でもあり地獄でもあった。


 好きな女と一緒に寝れるというのは、確かに幸せな事だ。

 しかし、相手に何も出来ないとなると、それは生き地獄と化す。


 なるべくミカに触らないようにと気をつけていたオレであったが、無邪気に眠るミカは、時折甘えたようにオレの胸に擦り寄ってくる。

 視覚だけでも結構くる為、目をつぶって余計な事を考えないようにする。しかし、ぴったりと密着され、その柔らかな感触に、オレは何度理性を失いかけたか知れない。


 その時のオレは、オヤジ達の沈黙を一巻から順に思い出して、気を紛らわせていたんだ。


 それから、漸く離れたかと思ったら、今度はギュッと手を握ってきて、如何したって今夜は、ここから動けそうもなかった。

 空が薄っすらと明るくなってきた頃、漸くミカは目を覚ます素振りを見せた。

 目を覚ましたミカは、隣にオレが居る事に吃驚していたが、直ぐに手を握っている事に気付いて、オレの手を放す。


 やっと、この生殺し状態から開放される……。


 そう思ってオレは起き上がると、ミカに説明する気力もなく、そのまま自分の部屋に戻って寝たのだった。

 しかしながら、もう明け方だったのでたいして眠れず、その日は寝不足のままに過ごす事となった。しかも、ミカを見ると、どうしても夕べの感触が思い出されてしまい、まともに見る事も出来なかった。




「はぁ……よく耐えたな、オレ……」


 その時の事を思い返し、オレは深く溜息をつく。

 そして、ふと気付いた。


「あ? そういえば、なんで何もなかったって、分かるんだ? ハッ、杜若お前……もしかしてずっと部屋ん中監視してたのか!?」


 でなければ、よく耐えたなんて言えなくないか?


 しかし杜若は、オレを冷たく見やると、


「私はそんな真似はいたしません。次の日の二人の様子を見れば、それ位は簡単に分かるでしょう」

「そ、そうか……。ワリー」

「ミカお嬢様も、呉羽様も、感情が分かりやす過ぎるんです」

「そ、そうなのか?」


 ミカは分かるが、オレもなのか……。


「ええ、呉羽様が飛行機が怖いと言う事も丸分かりです……」


 少々笑いを含んだ声で、杜若は言った。

 オレはギクッとして杜若を見る。


 そうなのだ。

 如何やらオレは、飛行機という物に、恐怖心を持ってしまったようなのだ。

 今まで、飛行機という物に乗った事のなかったオレだが、今回初めて乗ってみて、あんなにも怖い乗り物だとは思ってなかった。


 クソッ、何たってあんなに重い鉄の塊が空を飛ぶんだよ!


 飛行機に乗っている間、隣に座っていたミカが、オレの手をずっと握っていてくれていた。


『大丈夫ですよー、全然怖くないですよー』


 とずっと声を掛けていてくれたのだが、何だか嬉しそうにしていたように思ったのはオレだけであろうか。

 気を紛らわせようと、


『そうだ、変顔しましょうか? 実は父に教えてもらった、誰でも爆笑の変顔というものがあるんです。少しでも気を紛らわせる為に、呉羽君に特別に見せてあげますね』


 そう言って、自分の荷物を『セロハンテープは何処でしょうか』と言いながら、ゴソゴソとし始めたので、オレはその申し出を丁重に断った。

 気にならないと言ったら嘘になるが、彼女の本気の変顔というものは、精神的にかなりの破壊力がありそうである。


「何とか克服なさった方がよろしいのではないですか?」

「は? 何でだ?」

「私は、ミカお嬢様の執事ですから。将来、呉羽様とご結婚された時に、新婚旅行に海外にも行けないのは、あまりにもお可哀想ですから」

「んな!? 何言ってんだよ、気がはえーだろーが!」

「何を仰いますか! あのご様子ですと、今の内から恐怖心を無くす訓練をなさいませんと間に合いませんよ! と言う訳で、これを……」


 杜若はオレに紙を渡してきた。

 見ると、日時が書いてある。


「何だよこれ……」

「フライト時間です」

「は!?」

「呉羽様の為に、ヘリをチャーターいたしました。ヘリの操縦は私にお任せ下さい」

「なっ!!」

「ジェット機より、ヘリの方が怖いとは思いますが、まぁ慣れる頃には、ジェット機など揺りかごと思われる事でしょう。言うなれば荒治療です」


 オレは顔をサッと青くさせると、紙を杜若につき返す。


「いい! オレはこんなん渡されても、絶対に行かねーから!」

「ああ、ご安心下さい。ちゃんと迎えに行きますし」

「だからいいって! オレ、一生日本から出る気ねーから」

「それは駄目です。ミカお嬢様が悲しまれますよ」


 そんな事をしている間に、ミカが保健室から帰ってきた。


「あれ? 呉羽君と吏緒お兄ちゃん? 二人して何もめてるんですか?」

「べ、別にもめてねー」

「そうですよ、ミカお嬢様。それよりも、呉羽様は将来、ミカお嬢様を海外に連れて行ってくれるそうですよ」

「んな! 杜若っ、てめっ!」

「えぇ!? 本当ですか!? しかも新婚旅行!? うわぁ、うわぁ! すっごい嬉しいですぅ!」


 頬を薔薇色に染め、手放しで喜ぶミカ。

 オレの手をキュウッと握ると、上目使いに顔を覗き込んでくる。


「絶対に約束ですよ? 破っちゃやですよ?」

「お、おう……」


 その表情に、オレは何も言えなくなってしまう。


「あれ? でも呉羽君、飛行機が……」

「それでしたら、今の内に克服するそうですよ」


 空かさず、杜若が言った。


 か、杜若の野郎……。逃げ道無くしやがった……。


「え? そうなんですか? じゃあ、頑張ってくださいね、呉羽君! 私、応援してます!」


 こうしてオレは、数日後に杜若による地獄の荒治療をされる事となる。

 まんまと杜若の策略にはまってしまったオレなのであった。



 〜夏休み特別編・終〜

 このお話で、特別編は終わりです。

 続編を書くかどうかは、まだ未定。

 お話を思いついた時とか、書く気力があれば、書くかもしれませんね。

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