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夏休み特別編3

 皆さん、私、とても大きな勘違いをしていたようです……。


 漸く、目当てのものを手に入れた私。

 直接、呉羽君に例の物を渡したくて、彼のアパートに向かったのです。

 しかし、出迎えてくれたのは彼のお母上。そして聞かされたことは、呉羽君は今、お父上の家に泊まりながらバイトをしているという事、ここには呉羽君は居なかったのです。

 それからもう一つ、彼がバイトをしている本当の理由。


「あの子ね、もう直ぐミカちゃんの誕生日だからって、物凄く張り切っちゃって、嫌いなあの人に頭を下げてまで働かせてくれって――」

「えぇ!? た、誕生日!?」


 たんじょうび!? 今月って八月?

 ハァァッ!! そうだった、八月十五日は私の誕生日だったー!!

 呉羽君とのラブラブ夏休みと、そっちにばかり気がいって、すっかり忘れてたぁ!!


 そうなのです、皆さん。

 私の大きな勘違い。それは、呉羽君は父のバンドのDVDを手に入れる為ではなく、私の誕生日の為にバイトをしているという事。


 そっか……呉羽君、私より父を選んだ訳じゃなかったんだ……。

 ちゃんと私の事、考えてくれてたんだ……。


「あらやだ、これってもしかして秘密だったのかしら!? あーん、ごめんね、呉羽!」


 お母上が手を組みながら、あらぬ方向に向かい謝っている。

 それから私は、家の中に入れてもらった訳でありますが、その時丁度、呉羽君の弟の揚羽君が外から帰ってきた。浮き輪や水着の入った透明な手提げ袋を持っている事から、如何やら彼はプールに行っていたらしい。


「音羽ー! 今帰ったぞー! プール楽しかったー……あれ!? ミカだ! ミカがいる!」


 揚羽君は、私を見ると顔をパッと明るくさせ、すぐさま駆け寄ってきた。


「何だ? 何でミカがいるんだ!? また、バルブントスが悪さしてんのか!? あ、分かった、オレに会いに来たんだな!? オレもミカに会いたかった!」


 何て事を言いながら、揚羽君は私の腰にキューと抱きついてくる。


 おおぅ!? 何だかくすぐったいですな! というか、弟君は呉羽君と違い、何だか積極的ですなぁ。


「あらまぁ、揚羽ったら! ごめんねぇ、ミカちゃん。この子ったら、あなたの事気に入っちゃって」

「いえ、何だか私に弟が出来たみたいで嬉しいです」


 私がそう言うと、揚羽君はプクッと頬を膨らませて抗議した。


「違うぞミカ! オレはミカの弟じゃないぞ! オレ、大きくなったらミカを嫁さんにするんだ! だから、兄ちゃんなんか止めて、オレにしろ!」


 ………チーン。

 何ですって!? 弟君にプロポーズされちゃったよ!?


「やだもぅ、この子ったら、何てマセた事言うのかしら! 揚羽ったら、駄目よ? 今日だってミカちゃん、呉羽に会いに来たんだから」


 揚羽君はその言葉を聞いて、ムスッとしている。


「だって、兄ちゃん居ないもん! ミカはオレの恋人にするって決めたんだ!」


 彼は、益々力を込めて抱きついてくる。その目にはジワァと涙まで浮かんできた。


「こらこら揚羽! ミカちゃん困ってるわよ? 放しなさい」


 お母上が困ったように、揚羽君を引き剥がそうとする。


「やーだー! ミカはオレの恋人になるんだー!!」

「こーらー、駄目だってば! 放しなさいー!!」

「ちょっ、苦しい! お腹苦しいですー!」


 引き剥がそうとするお母上に抵抗して、弟君も離れまいとあらん限りの力で、私の腰にしがみ付いている為、非常に苦しい状態となっている。

 それに気付いた揚羽君は、漸く手を放してくれた。

 しょんぼりした様子で、


「ごめん、ミカ……」


 と謝ってくるのだが……。


 グハァッ! 今胸にズキュンと来ました。

 さ、さすが呉羽君の弟です。今、思いっきり萌え萌えしてしまいました!

 ミニです! ミニ呉羽君がここに居ます!


 本物の呉羽君に会えない事も相まって、私は思わず、キューと抱き締めたくなった。


 あうっ、でも、私の恋人は呉羽君ただ一人。如何したら彼は、私の事を諦めてくれるでしょうか……。

 頭ごなしに駄目だと言うのも可哀想ですし……彼はまだ小学生です。彼の思いは、本当の恋かどうかも分かりませんし……。

 うーん……。


 そして私は、揚羽君にある提案をした。


「揚羽君! 君にチャンスを与えましょう! 明日一日だけ、恋人として揚羽君とデートをします!」


「えぇ!? ミカちゃん!?」

「本当か!? やったー!!」


 戸惑うお母上に、手放しで喜ぶ揚羽君。


「ただし、その一日で、揚羽君が、私に呉羽君よりもいいと思わせる事が出来なければ、私の事は綺麗さっぱり諦めてもらいますからね!」


 私は彼の目線に合わせ、その鼻先に指を突きつけながら言った。


「おう! 絶対にミカの事を振り向かせてみせる!」

「……振り向かせてって……一体そういうマセた言葉は何処で覚えてくるんだか……」


 ハァッとお母上は溜息をついている。


「こういう場合は、一先ず真剣に向き合い、ちゃんと諦めさせてあげるのがよいかと思います。そこで、揚羽君の気の済むまで猛アピールをしてもらう事にします」


 私は、揚羽君に聞こえないように、コソッとお母上に耳打ちする。するとお母上はぱちくりと目を瞬かせた後、不思議そうに首を傾げた。


「猛アピール?」

「そうです。明日は、揚羽君がプランを立てたデートに、とことん付き合うつもりです」



 ++++++++++



 その後ミカは、如月家を後にし、帰って行った。

 音羽は、先ほどミカが言った提案について考えている。


「いやー、ミカちゃんってやっぱり面白いわー! それにとってもいい子よねぇ、揚羽みたいな子供の恋愛ごっこに付き合うなんて……」


 揚羽はそれはもう、張り切っていた。

 さっきも、


「明日は、ミカとプールに行くんだ! そして、サンバトラーの映画見て、オレの秘密の場所に連れてってやるんだ! そこで、ミカにオレの取って置きの宝物を見せるんだ!」


 などと言っていた。

 宝物と聞いて、音羽はブルリと背筋を凍らせる。

 以前、宝物だと言って見せられた物を思い出したのだ。ビー玉やサンバトラーのカードやバッチだったらまだいいのだ。

 だが、中には昆虫の死骸だったり、蝉の抜け殻だったり、蛇の脱皮した皮なんてのもあった。

 今思い出しただけでも寒気がする。音羽はそれを見て、思わず、「今直ぐ捨ててきなさい!」と怒鳴ってしまったものだった。


「うーん、でも、ミカちゃんだったら、どんなものでも真剣に感想言いそうよね……」


 ちょっと、どういう反応をするのか、見てみたくなる音羽であった。

 と、その時、玄関のドアが開いて、呉羽が何故か家に帰ってきた。


「あら!? 呉羽、如何したの?」

「ああ、着替え。あと洗濯物」


 それを聞いて、納得する音羽。

 そんな母に構わず、呉羽は愚痴を言い始める。


「あいつん家、洗濯機置いてねーんだぜ? んで、汚れたもんどーしてんのか聞いたら、全部クリーニングに出してんだとさ。下着もだぜ!? 信じらんねーよな、ったく!」

「あはは、あの人、以前から家事とか駄目だったからねぇ……」


 音羽が苦笑すると、呉羽は不機嫌そうに眉を顰めた。


「飯も一々出前か外で食うし、金が勿体ねーだろーが!」


 そう言い放った時、呉羽は背後に異様な視線を感じ、振り返った。


「あ? 揚羽? 何睨んでんだ?」


 そこには、自分の部屋からじっと此方を覗き見ている揚羽が居た。


「オレ、兄ちゃんには負けないからな!」


 そう叫ぶと、バタンとドアを閉めてしまった。


「は!? 何がだ?」


 呉羽は全く訳が分からず、頭を捻っている。

 音羽はそれを見て、クスクスと笑った。


「呉羽ー、ミカちゃん揚羽に取られちゃうかもよー」


 ムフフと含んだように笑う音羽に、呉羽は戸惑うように眉を顰めた。


「は!? 取られるって、だから何なんだよ?」

「実はねー、今日家にミカちゃんが尋ねてきたのよー」


 その言葉に、バッと母を見る呉羽。


「ミカが!? 何で?」

「うーん、何か渡したい物があったらしいけど、その事については何も聞いてないわね……」

「で、何でミカが揚羽に取られるんだよ」

「ウフフー、それがね? 明日ミカちゃんが揚羽の一日恋人として、デートする事になったのよー」

「………」


 一瞬、無言になる呉羽。

 そして、「はぁ!?」と困惑気味に声を上げる。


「そしてこれが、明日の予定表。もう揚げ羽ってば、こんな感じで夏休みの宿題も頑張ればいいのにねぇ?」


 音羽が呉羽に渡したもの、それは夏休みの予定表によく似たものだった。



 **********



 6時:起きる

 7時:朝メシ

 8時:ミカと待ち合わせ

 9時:ミカとイチャイチャ

 10時:プールで遊ぶ!

 12時:昼メシ(ミカの弁当)

 1時:ミカとイチャイチャ

 2時:サンバトラーの映画を見る

 4時:ひみつの場所で宝物を見せる!

 5時:ミカといっしょに家に帰る

 6時:ミカといっしょにテレビでサンバトラーを見る

 7時:ばんメシ(ミカの手作り)

 8時:ミカとフロに入る

 9時:ミカといっしょにねる



 **********



 実に小学生らしい、大雑把な予定表だったが、呉羽は所々気になる所を発見した。


(ちょっと待てぃ! 何なんだ、この9時と1時のミカとイチャイチャって……。それにプールだぁ!? オレだって、まだ水着姿見てねーのに! それと、何で5時以降、ミカが家で一緒なんだ!? それも、風呂だと!? 一緒に寝るだと!?)


 思わずこの予定表を破り捨てそうになる呉羽。


「まぁまぁ呉羽。そんなに怖い顔しないの。たった一日だけなんだし。本物の恋人として、もっと余裕見せなくちゃあ。それにミカちゃん、揚羽にちゃんと諦めさせる為って言ってたわよ? 優しい子よねぇ、ちょっとズレてるけど」

「………」


(そうだよな……小学三年のガキに嫉妬したって、しょうがねーよな……)


 心の中で、そう自分に言い聞かせる。


「あ、そーだ。呉羽ごめん! 私ってば、ミカちゃんにお誕生日の事言っちゃった」

「は!?」

「だって、まさかミカちゃん、自分の誕生日の事忘れてるなんて、思ってなかったんですもの。結構、間が抜けてるのね、ミカちゃんって」


 しかし、呉羽はそれを聞いても別段気にした風も、怒った様子も無かった。


「あら? 怒ってないの? 隠してたんじゃあ……」

「別に、隠してたって程じゃねーけどさ。まぁ、ビックリさせられるのであれば、それに越した事は無かったけど……。それにこだわってた訳じゃねーし、大事なのは、ミカが喜んでくれるかどーかだろ?」


 それを聞いて音羽は、口に手を当て、感動したように自分の息子を見る。


「男前だわ、呉羽ってば! ンもー、感動したわー! 一体誰に似たのかしら、呉羽ってば!」

「だー! 止めろよっ、暑苦しい!」


 抱きつこうとする音羽を掻い潜り、呉羽は自室へと入る。

 ハァッ、と溜息をつくと、着替えを出す為、クローゼットを開けたのだった。



 ミカの誕生日のプレゼントの内容、正直悩んだ。


(だってミカって、普通女にやって喜ぶようなもんを嬉しがる様には見えねー……)


 そこで、呉羽は真澄にも相談してみた所、定番でもいいんじゃないかと言われた。


「だって、一ノ瀬さんって、定番とかお決まりとかに過剰に反応するじゃん」


 確かにそうだな、と思い立ち、無難に指輪にしようという事になった。

 その時、真澄が一冊の雑誌を出して、


「これとか、いいんじゃないかな?」


 と見せられた。


「ピンキーリング?」

「そう、しかもペア! お揃いとかって、カップルの定番でしょ!」

「うーん、しかし指のサイズとかって……」


「それならお姉さまは、そこに載っている一番小さいサイズですわよ!」


「薔薇屋敷!?」

「おほほ! お姉さまの体のサイズなど、全て承知しておりますわ! それよりも、お姉さまのバースデープレゼントの相談ですのね!? それならば、わたくし既に手配済みでしてよ!

 そうですわよね、杜若?」

「はい、自家用ジェットを用意しております……」

「じ、自家用ジェットだぁ!?」

「え!? 一ノ瀬さんを、どっかに連れてくの?」

「それは秘密ですわよ! わたくし、お姉さまにはサプライズする予定ですもの! 何処から漏洩するか分かりませんものね」


 そうして、プレゼントの内容は決まったのだった。

 それから、呉羽はそれを買う為の資金を如何するかに行き当たる。

 この指輪葉の値段は、今時分の持っている分をかき集めても足りないし、今からバイトを探すにしても、ミカの誕生日まで間に合いそうも無い。という事で、父親の経営しているバーで働かせてもらうことにした。

 正直、あまり頼りたくない相手だった。

 自分が小学生の時には、別居状態だったし、父の浮気癖のせいで母が泣いている所も何度も見てきた呉羽にとっては、天敵とも呼べる存在である。

 それでも、店のあるビルの中に住まいを持つ父の家に、泊まり込みながら働いているのも、ミカに喜んでもらいたいからであった。

 それに、同じバイト仲間の先輩達は、皆気のいい人たちで、働きやすかった。


(それにしても、あの人たちに携帯を見られたのはまずかったな……)


 あの、問題の猫耳メイドの写真である。

 見た瞬間、思わず胸を押さえて呻いてしまった。

 髪も解き、メガネもしていないミカのその姿。しかも、ベッドに寝転がっている状態である。

 その瞳は、切なげに此方をじっと見つめていた。


『呉羽君、凄く会いたいよ……。呉羽君も写真を送ってくれると嬉しいな』


 というメールの言葉に、思わず口元がニヤケてしまうのを止められなかった。


(ヤベッ、こんな所で理性が壊れそうにっ!! それにこのアングルって、何だか押し倒してるみてー……)


 何だか、変な気分になりそうな呉羽であったが、その時、サッと携帯を後ろから出てきた手に奪われてしまった。


「なーに、ニヤニヤしてんだ、呉羽っち」

「うがっ!? せ、先輩!? か、返して下さい!」


 手を伸ばすも、既に携帯はバイト仲間の先輩達の手から手に、次々と渡されてゆく。


「うお!? 何この子! すっげー美少女! もしかして、呉羽っちの彼女か!?」

「くおー、これだからイケメンはっ! この子紹介しろ! つーか、このこのお友達と合コンがしたい!」

「呉羽君の写真も送ってくれだとさ、如何する?」


 その時の彼らは、呉羽に対して妬み半分、悪戯心半分であった。


「ここは、猫耳メイドの格好をしてくれた彼女に、ちゃんと答えてあげなくちゃな?」

「あ、そういえば、去年クリスマすん時に使った、パーティーグッズの中に、ウサギのカチューシャあっただろ? あれ持って来いよ!」

「はぁ!? ちょっ、何言ってんすか先輩!?」


 呉羽は逃げようと腰を上げるが、


「おい、呉羽っちを押さえろ!」

「おい!」


 すぐさま捕まり、羽交い絞めにされてしまう。

 そんなこんなで、写真を撮られ、しかもそのまま送られてしまった。


「おや? 何やら賑やかですね? 何かありましたか?」


 その時、騒がしい控え室に、メガネを掛けた、落ち着いた感じの40代の男性が入ってきた。

 彼はこの店の店長、そして呉羽の父である。


「あ、店長、ちょっと見てくださいよ。呉羽っちってば、こんな可愛い彼女いるんですよ!」

「んなっ!! ちょっ、クソッ、見んな!」


 父に見られるのだけは、如何しても避けたかった呉羽だが、いまだ押さえつけられているままなので、止める事は出来なかった。


「ほぅ、これが私に頭を下げてまで、プレゼントを贈りたい相手ですか。成る程、中々の美少女ですね……呉羽には勿体無い……。父として、挨拶したいのですが、今度連れて来てはどうですか?」

「うっせー! あんたみたいな女好きの前に、ミカを連れて来れる訳ねーだろ!」

「そーですか、残念ですね……。それにしても、さすが私の息子ですね。猫耳にメイドとは、中々にいい趣味――」

「違う! それについては、オレは無関係だ!」

「では、これは彼女の趣味――」

「それもありえねー!」

「うーん、いまいち実体がつかめませんね……。ここはやっぱり、一度会わなくては――」

「だから、会わせねーって言ってるだろ!」



 呉羽はリュックに着替えを詰め仕込みながら店での出来事を思い出し、ハァッと溜息をつく。


「ったく、あいつにだけは、ぜってーミカを会わせる訳にはいかねー」


 それにあの後、写真を取り直そうとしたら、皆の見ている前でもいいだろうと、先輩と父に見守られながら写真を撮る羽目になってしまった。

 流石に、自分の打ったメールを見られることは死守したが、もう絶対、あの人たちの前では携帯を見ない事にしようと固く心に誓ったのだった。

 そして、着替えを詰め仕込み、家を出た時、呉羽の携帯が鳴った。ミカからだった。


「ミカ?」


 すぐさま出ると、向こうから驚いた声が聞こえてきた。


『あれ!? 呉羽君が出ました!』


 呉羽は苦笑する。


(何だか、ミカの声を聞くのも、久しぶりな気がする)


「ああ、いつもはこの時間帯は、電源切ってるからな、店の準備とかしてるし」

『へぇ、じゃあ今日は何で出れたんですか?』

「今、着替え取りに家に寄ったんだ。このまま直ぐに戻んなきゃなんねー」

『そう、ですか……』


 明らかにテンションの下がるミカに、呉羽は母から聞いた事を尋ねる。


「そういえば、今日は何の用だったんだ? 家に来たんだろ?」

『あ、はい、ちょっと渡したい物があったんですけど……。あの、呉羽君。その……いつバイトは終わりますか? 会えるのはいつ頃になりそうですか……?』


 ちょっと躊躇(ためら)いがちに、ミカは尋ねてくる。


「大丈夫、15日前には終わっから、そしたらオレから連絡するよ」


 すると、少し間が空いた後に、


『あの、ごめんね、呉羽君。私、勘違いしてました。てっきり呉羽君は、私より父を選んだのだと……』

「ブッ、何だよそれ。ミカより大和さん選ぶとか、んなのありえねーだろーが」

『だから、そのお詫びと言っては何ですが、それもあって、ある物を渡したいんです。あの、呉羽君のバイト先、行っちゃ駄目ですか?』

「駄目だ」


 ピシャリと言い放つ呉羽。

 絶対に、ミカを父に会わせる訳にはいかない。


「それよりも聞いたぞ? 揚羽とデートするんだって?」

『あ、はい! なんか、今日会った時に、熱烈な歓迎を受けてしまいまして。これは猛、一日だけでも願いを成就させてあげようと思い立った次第です!』

「んで、プールとかって、揚羽の計画表に書いてあったぞ」

『ああ、それでしたら、もう既に拝見しました! かわいいですね、私も小学校の時にあんな計画表を書きましたっけ』

「いや、そーじゃなくて、5時以降の予定に、風呂とか、一緒に寝るとか書いてあんだろ!? あれ、本気でする気か!?」


 ちょっとばかり、声を荒げる呉羽。

 やはり、少なからず、小学生の弟相手にジェラシーを感じているようである。


『え? だって、明日一日付き合うと決めていますし、揚羽君はまだ小学生ですから。それに私、弟とか妹とか、憧れだったんですよ。一緒にお風呂とか入って、洗ってあげたりとか』

「でも、一日恋人なんだろーが……。恋人が一緒に風呂入んのか? それって、オレとも一緒に入るっつー事に何じゃね?」


 ちょっと意地悪く言うと、向こうでミカが慌てる気配がした。


『えぇ!? 呉羽君とですか!? それは……あの、えと……でも、父と母は、たまにですが、一緒に入る時がありますよ?』

「………」


 ミカの言葉を聞き、呉羽は無言になる。


(ちょっと待て!? それってどういう意味だ!? オレと一緒に入っていいって事か……? ヤバッ、鼻血吹きそーだ……)


 呉羽は携帯に表示されている時計をチラリと確認すると、ミカに言った。


「あー、そろそろ店に戻んなきゃならないから、この話はまた後でな……」

『あっ、は、はい! それじゃ、あの……あんまり無理しないでくださいね?』

「ああ、分かったよ、ありがとな。じゃあ――」

『ああっ! 待ってください!』


 携帯を切ろうとした時、ミカの引き止める声に、「何だ?」と尋ねる。


『えっと、あの、呉羽君が私の誕生日プレゼントの為に、バイトしている事は分かりました。それを知った時、物凄く嬉しかったです。……でも、今、私が一番欲しいものは、呉羽君ですよ。呉羽君の声がもっと聞きたいです……。呉羽君の手を握りたいです……。呉羽君にいっぱいギュッとしてもらいたいし、いっぱいチューして欲しいです……。だから、バイトが終わったら、いっぱいデートして下さいね……』

「………」

『えと、じゃあ……それだけです。そのっ、あ、愛してますっ!!』


 そうミカが叫ぶと、携帯はそのまま切れてしまった。

 呉羽は、携帯を耳に当てたまま、暫し固まっている。

 その顔は……いや、その全身は今や真っ赤に染まっていた。

 漸く携帯を耳から離すと、ハァーと深く息を吐き出す。


(何だこれ!? 幸せすぎるし、嬉しすぎる!)


 その後、彼はバイトの間、ずっとニヤケていたのは言うまでもなかった。



 夏休み特別編、もう少し続きます。

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