夏休み特別編2
「お帰りなさいませニャン……ご主人様……」
「うむ! よきにはからえ!」
「何か、その返しは違くないか、大和……」
私は父の言うとおり、メイド服に猫耳尻尾をつけて出迎える。
何だか、最近父、凄く調子に乗っている気がする。その為、晃さんも父の暴走を止めるのに、毎日のように家に寄ってくれていた。
あ、因みに母は、海外ロケで暫くは家に帰ってきません。まぁ、それも父を暴走させる要因にもなっていたりします。
寂しいんだね、父……。構って欲しいんだね……。
なぁんて、父を同情すると思ったかぁ!
ここ数日、どれほど屈辱を味わってきたか……。
昨日なんか、一緒にお風呂に入ろうと言われました。晃さんが止めてくれたけど。
呉羽君の事がなかったら、またギャフンと叫ばせてやろうかと思いました。
でも、我慢だもん! 武士ギャラクシーのスペシャルDVD BOX、手に入れてやるんだもん!
私はヒクッと顔を引きつらせながら、無理やり笑顔を作り、父に尋ねる。
「ご主人様、今日のご夕食は、如何するニャン?」
すると父は、私にズイッとクーラーボックスを差し出しこう言った。
「うな重!」
私はクーラーボックスを受け取り、中身を確認すると、うにょろうにょろと元気に蠢くウナギが、五匹ほど。
私が顔を上げると、物凄く嬉しそうに。ニマニマと笑う父の顔があった。
「……これを私に捌けと……?」
「おう!」
「……私、ウナギなんて捌いた事はありませんよ……?」
「知ってる!」
ビシッと親指を突き出す父。
「だって、メイド服来た美少女が、ぬるぬるのウナギを掴んで、キャーキャー言ってる所が、如何しても見たかったんだもん!」
「……ほぅ……」
私がじと目で父を見ていると、
「ただの大和の悪ふざけだから、無理にやらなくていいんだぞ?」
晃さんがそんな事を言ってくれる。
しかし私は、クーラーボックスを手に、キッチンへと向かった。
「そんなに言うのなら、見せましょうか? 私がウナギを掴む所……」
「うおー、マジでか!? やったー!」
両手をあげ、父はのこのことついてきた。
その後から、心配そうに晃さんもついて来る。
広いキッチンで、私はまな板と目打ち、そして包丁を取り出した。
「うおぅ!? 何だミカたん、捌く気なのか?」
「だって、ご主人様が言ったんですニャン、うな重が食べたいと……」
私はニッコリと笑うと、クーラーボックスを開け、中に手を突っ込む。
一番元気なウナギを見定め、その胴体を三本指で挟む様にして掴むと、父の前によく見えるように突きつける。こうして三本指で挟むと、滑らずしっかりと捕まえられるのだ。
そして、がっちりと三本指で挟まれたウナギは、逃げようと暴れ、うにょろうにょろとうごめき、時折「ピキー」と声を上げる。
父の表情が、完璧に固まった。
「ご主人様? 目打ちがなぜ目打ちと言うのか、ご存知ですかニャン?」
私はそんな父に、実に穏やかな声で尋ねる。
そして次の瞬間、ウナギを素早くまな板に乗せ、「ダンッ!」とその目に目打ちを突き刺し固定した。
「それは、こうする為ですニャン」
「………」
最早、父の表情は恐怖に引きつり、隣にいる晃さんに取り縋っていた。
私はニコニコと笑顔で、目を刺されても尚、元気に動くウナギに、包丁を素早く入れ捌いてゆく。
「ミ、ミカ? ウナギ捌くの初めてだったんじゃ……」
晃さんが、汗を垂らしながら私に聞いてきた。
私は笑顔のままで、その疑問に答える。
「実は以前、ご主人様に連れて行かれたウナギ屋さんで、捌き方を教わった事があるんですニャン。でも、本当に捌くのはこれが初めてですニャン」
そう言っている間も、私はウナギの肝を抜き取り、横にどける。
「これは肝吸いにしますニャン」
父は内臓を見て、口を押さえている。
ウナギを綺麗に開くと、私は串を取り出し、蒲焼にする為、ウナギに刺してゆく。
「ご主人様、こんな活きのいいウナギをありがとう御座いますニャン。見て下さい、こんなになってもまだ、動いてますニャン……」
私はニィと笑って、父に串に刺したウナギを見せた。まだ僅かにピクピクと動くウナギに、父は気絶寸前だった。
「ミ、ミカ……もう、大和も反省してるから許してやれ……」
晃さんも僅かに顔を青くさせながら、そう言うのであった。
「うわー♪ 今日はウナギー? もしかしてミカちゃんが作ったの? んもー、ミカちゃんってば天才!」
「本当に凄いな……。もしかして捌くのもやったのか? 職人になるには何年も修行するって言うぜ?」
姉が杏也さんを連れて帰ってきた。
初め、杏也さんは私のこの姿を見て、吹き出していた。そして、私が父の事をご主人様と呼び、語尾にニャンと付けるのを聞いて、更に大笑いしやがりました。
コノ尻尾デ、首ヲ絞メマショウカ?
思わず、自分に付けられた尻尾を掴みながら、殺意がチラリと顔を出した次第であります。
そんな事もありつつ、気を取り直した私は、うな重をドンと父の目の前に置いた。
「いっぱいありますので、おかわりもどうぞですニャン」
父は青い顔でうな重を見ている。
フッ、自分で蒔いた種です。しっかりと自分で刈り取るがいいさ!
そこで私は、更に追い討ちをかける様に、
「はい、肝吸いもありますニャン♪」
と言って、お吸い物のお椀を差し出す。
「ウグッ!」
父は口を押さえた。
きっと父の頭の中では、先程の調理の光景が浮かんでいる事だろう。
それにしても、初めてとはいえ、上手い事ウナギを捌く事が出来ました。タレも、以前食べたお店の味を再現できたと思うし……。
そういえば、晃さんは大丈夫でしょうか? 父と一緒に、ウナギを捌く光景を見ていた筈です。
私が振り返って晃さんを見ると、彼は眉を顰めてはいるが、黙々とウナギを食している。しっかりと肝吸いも啜っていた。
そして、私が見ている事に気付くと、ニッコリと笑い、
「凄く美味いよ、お店出せるんじゃないか?」
と言っていた。
ちょっと笑顔がぎこちない。無理して笑っているのだろう。
ううっ、流石は晃さんです。あんな物を見た後なのに、私に気を使ってくれている……。
それに比べて父は……。
今だ青い顔をして、うな重と睨めっこをしている父に、私は傍らにしゃがみ込んで、必殺、ザ・上目遣いを行使した。
「ご主人様? 折角ご主人様の為に作ったうな重、食べてくれないんですかニャン? 食べてくれないと、ミカたん泣いちゃうニャン……」
目を潤ませ、父をじっと見詰めると、父は「ううっ」と呻いた。後ろで、「ブフー!」と杏也さんの吹き出す声が聞こえる。
それでもまだ躊躇している父に、私は彼の箸を取り上げ、ザクッとウナギとご飯に突き刺すと、ゴソッと山盛りで掬った。
「はい、ご主人様、あーん」
私は父の口元にそれを持ってゆく。
「ああっ、ミカたんがっ、ミカたんがパパにあーんしてくれている!」
漸く父は食べる気になったようで、嬉しそうに口を開けるのだが、ここで私は止めを刺してやった。
「もぅ、さっきまで元気に動いてた、活きのいいウナギですニャン! たんと召し上がれ♪」
「ムググゥ〜〜!!」
サッと青ざめる父の口の中に、容赦なく私は、ウナギとご飯をつめし込むのだった。
フッ、ざまぁ見さらすがいいです。少しだけスッキリしました。
「ところで、何でミカはそんな格好してるんだ?」
杏也さんが尋ねてきた。
私は今、食器を洗い、夕食の後片付けをしている。
父はと言うと、ソファーでシクシクと泣いていた。晃さんがその隣で、ポンポンと肩を叩いて慰めている。
杏也さんは、私の隣で、食器を洗うのを手伝ってくれていた。結構律儀である。
「そういえば、お姉ちゃんもその事については聞いてなかったわ」
姉は、キッチンには入れない為、キッチンカウンターから顔をのぞかせ、そんな事を言った。
「それはですね、呉羽君の為です……」
私は二人に、呉羽君のバイトの事を話した。
「……と言うわけで、私は何としても、呉羽君より先に、父のバンドのスペシャルDVD BOXを手に入れなければならないのです!」
すると、私の話を聞いた姉と杏也さんは、顔を見合わせ、
「えっとー、それってもしかして、あの日の為じゃないかしら?」
「うーん……多分そうだよな。でも、気付かないミカも、何というかミカらしいというか……」
「でも、そういう所も含めて、やっぱりミカちゃんはメルヘンだわ♪」
「まぁねぇ……」
そして二人して、私を意味ありげに見やるのだった。
「だから! 一体何の事ですか!? 父や晃さんと全く同じ反応するのは止めて下さい! 何か気分悪いです!」
「それは簡単に教えちゃったら、面白くないだろう?」
「そうよねぇ、彼氏君の努力も無駄になっちゃうわよねぇ」
ムフフと笑う姉。
と、ここで、杏也さんは食器を洗う手を止め、ニッと笑う。
「ミカは自力で気付かないとな? それと、後片付けはあらかた済んだから、後はミカだけで大丈夫だろ?」
「え? はぁ、まぁいつも一人でやってる事ですし……」
すると、杏也さんはキッチンを出て姉の手を掴むと、
「そんじゃあ、俺とマリは部屋でイチャイチャしてるから、暫くは出てこないぜ? ウナギも食った事だしな」
ニヤニヤと笑う杏也さんに、姉は真っ赤な顔で、「キャー」と叫んでいた。
ムムゥ、姉のイチャイチャ話など、聞きたくはありませんな……。
「なぁ、マリ? 扉もしっかり閉めて、いっぱいイチャイチャしような?」
「ひ、ひえ!?」
半泣きの姉の手を引っ張り、半ば強引に部屋に引きずってゆく。
はて、イチャイチャと言いながら、姉のあの怯えっぷりは、一体何なのでありましょうか?
イチャイチャにも色々あるんだな、と思った私であった。
そうして、とうとう夏休みに入ってしまった。
私は、呉羽君の欲しいものを手に入れる為、メイドと猫語で頑張るんだニャン!
とは言ったものの……うわーん、呉羽君と全然お話できないよぅ!
携帯で話そうにも、呉羽君は夜のシフトに入っている為、全くと言っていいほど、時間が合わないのだ。
え!? 留守電? その手もありますが、やっぱり話すなら直接がいいです。
呉羽君もそうなのか、彼から留守電が掛かってくるというのもありません。
ムフフ、考えている事は一緒なんですなぁ。
後、メールで連絡は取れるけれど、それでもやっぱり、返信は次の日になってしまったりと、かなり時間が空いてしまう。
私は私で、昼間はドールやってるし……。
あ、そうそう、この前メールで、
『呉羽君って、どんな所でバイトしてるんですか?』
と送ってみた所、
『親父の店』
と実に簡潔に返事が返ってきた。
な、何ですと!? お父上ですと!?
呉羽君のお父上……一体どんな人なんでしょう……。
確か、お母上とは離婚していると、以前チラリと聞いた事があります。
それで呉羽君、その時あまり話したく無さそうな顔をしていたんですよね……。お父上の事、あまり好きじゃないのかな……と思ったりなんかもして。
『呉羽君のバイト先、行っちゃ駄目ですか?』
何だか、如何してもお父上に会いたくなってしまった私は、そんなメールも送りました。
しかし、返ってきたメールは、
『酒出す店だし、夜しか開かない店だから駄目だ』
と書いてあった。
って、ちょっと待って? 高校生がそんな店でバイトしちゃ駄目でしょー!?
あ、でもお父上のお店だからいいのかな……? ってやっぱり駄目です!
でも、そんなお店でバイトするほど、武士ギャラクシーのDVDが欲しいって事だよね……。
ムムゥ……少しばかりジェラシーを感じます……。
ここは早い所手に入れなくては! そしてそして、呉羽君とラブラブするんです!
はうっ、いっぱいギュッてして欲しいな……。チューもいっぱいして欲しいな……。それも、恋人同士のチュー……。
ムハッ、私ってば大胆です! だってだって、恋人同士のチューって、ダイレクトに気持ちが伝わるんだもん! キャ〜、恥ずかち〜!
両手で頬っぺたを押さえ、ベッドの上でゴロゴロと転がる私。
でも、ふと止まって、携帯をじっと眺める。そして今一度、呉羽君にかけてみるも、やっぱり繋がらない。
「声だけでもいいから聞きたいよぅ、呉羽君……」
二日以上も空けて、話も出来ない状況というのは、恋人同士になって初めての事である。
日が経つにつれ、会いたいという気持ちは増すばかりであった。
「あ、そうだ! 写真は送ってくれないかな?」
私は携帯をじっと見つめる。
思えば、互いに携帯で取り合うという事はした事が無かった。
何より、私も呉羽君も、あまり写真を撮られるのは好きじゃありませんしね。
私がドールの時は、大抵知らない間に撮られていますし、前に呉羽君が女の子達に撮られた事があって、その時彼は、物凄く嫌そうな顔をしていました。
う〜んでも、呉羽君の写真、こんな時は欲しいかもです。
私は寝転がったまま、自分に向けて携帯のレンズを構える。
そして、「会いたい〜」と念じながらシャッターを押す。
『呉羽君、凄く会いたいよ……呉羽君も写真送ってくれると嬉しいな』
等というメールを添えて、彼に送信をした。
はうっ、呉羽君、ちゃんと写真送ってくれますでしょうか? でも、呉羽君もこの写真を見て、会いたいと思ってくれたら嬉しいな……。
「………」
私はそんな事を思いながら、今しがた撮った自分の姿を眺める。
そして私はガバッと起き上がった。
ちょっと待てぃ!! 今私、何送りましたか!? 何で寝転がって写真なんて撮りましたか!?
とゆーか、今の私の姿、猫耳メイドのままだよ!?
「ギャー!! しまったぁ!! こんな恥さらしな格好を送ってしまったぁ!!」
うひゃ〜〜!! どうしましょう! どうにかして取り消しにぃ〜って無理だぁ!!
今直ぐ、数分前に戻りたい私なのでありました。
次の日、私は送ってしまった写真に悶々と悩みながら、朝を迎えた訳でありますが、呉羽君の反応が怖くて、携帯は電源を切って、机の上に置いてあります。
しかしながら、怖いもの見たさ。私は恐る恐る携帯を開きました。
すると、何件か届いており、私の心臓はバックンバックンと高鳴った。手もぶるぶると震える。
あわわわ、一体どんな返事が……。引かれてないでしょうか……。いや、アレは引くでしょう……。
そして私は、一件目を勇気を出して開いたのであります。
「………」
無言で見つめる事数秒間。
私は今、猛烈に胸がキュンキュンと高鳴っている。
「キャーン、呉羽君が、呉羽君がーー!!」
心の底から叫ぶ私。
こ、これは、今までで最高の呉羽萌えであります!
私の開いた携帯の中には、呉羽君が写っていた。
彼は仕事着なのか、バーテンの格好をしている。そして、彼だけではなく、仕事仲間らしき男性が三人ほど写っていた。
というか、一人は呉羽君を押さえ付け、一人は呉羽君にウサギの耳を付け、一人はピースサインで写っている。恐らくこのピースサインの人が携帯で撮ったのだろう。
呉羽君は必死の形相で、此方に向かい手を伸ばそうとしていた。明らかにムリヤリ撮られている。
しかし……。
いやーん、呉羽君がウサギの耳付けてるよぅ!
はうぅっ、もう何でしょう……ギュ〜としたいです。いい子いい子したくて堪りません……。
あ、そういえば、日向君もウサギの格好した事がありましたっけ……何なんでしょう、その時と今の違いは……。やっぱり呉羽君だからでしょうか、この胸キュン度合い……半端じゃないです……。
そして次のメールを見ると、
『今送った写真は忘れろ! 同じバイト仲間の悪ふざけだ! できれば即刻、消去してくれ!』
と書いてあった。
そ、そんなっ、消去なんてとんでもない! これは永久保存ですよ! 私の宝物にしますよ!
そしてその後のメールには、こう書いてあった。
『メールと写真、サンキューな。オレもミカに会いたい。しかし、何でまたメイドに猫耳なんだ? いや、似合ってるけど……もしかして、バイトであんな格好になってんのか?
ともかく、くれぐれも変態ヤローどもの目には、その姿絶対に晒すなよ? すげー危険だからな!
それと、寝転がって撮るのはもう勘弁してくれ……すげー破壊力だから。後、ちゃんと撮り直したやつ送るからな。前の写真は絶対に消すんだぞ!』
呉羽君にしては結構な長文だった。
最後にこんな念まで押すなんて……。でももう、永久保存にすると決めてしまいましたからね!
それと、やっぱり寝転がりながらは駄目でしたね……でも破壊力って何がでしょうか……?
それから私は、呉羽君が取り直したという写真を見て、思わず笑ってしまった。
何故なら、何ともぎこちない表情で、緊張しているのがありありと分かった。自分で自分を撮るというのは、あまり経験が無いのかもしれない。
でも、凄く呉羽君らしいですね。
呉羽君もやっぱり、会いたいと思ってこの写真を撮ったんでしょうか……?
だって今、ますます呉羽君に会いたくて仕方ありません……。
私は携帯をギュッと胸に抱き締めた。
そして数秒後、私はある事に気付きハッとした。
ウサギの耳をつけた呉羽君の写メールを見つめる。
ちょっと待ってください? 何で彼らは、呉羽君の携帯を取り上げているんですか? そして何で彼にウサギの耳を付けようと思ったんですか?
それって、それって……もしかして見たんですか? この人たちは、私のあの猫耳メイドの姿を見てしまったんですか?
………チーン。
いーやー、呉羽君だけならまだしも、全くの赤の他人に、こんな恥ずかしい格好を見られてしまうなんてー!!
ううっ、早くDVDを手に入れて、メイドの格好とはおさらばしたいです……。
そうして、そんなこんなで、私は呉羽君のウサギの写真を力に変え、運命の日を迎える。
目的の品、武士ギャラクシーのスペシャルDVD BOXをこの手にする事ができたのだ。
後はこれを呉羽君に渡すだけ、やっと私は、呉羽君に会う事が出来るのです!
ヤッタネ♪
最初は、携帯で執筆しておりました。携帯はちょっと時間がかかりますね。