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番外編:夏祭り

「あ、呉羽君、今度花火大会があるそうですよ!」


 一緒に登校していた私と呉羽君。

 その途中、花火大会のポスターを見つけたのだ。

 すると、呉羽君もそのポスターを見て、ニッと笑うと、


「行くか、花火大会」


 と言ってきた。

 なので私も、待ってましたとばかりに、にっこりと笑って、頷き答える。


「はい、行きましょう!」


 エヘヘ、これはお祭りデートですね?

 出店とかいっぱい出るし、花火も楽しみです。

 お祭りには毎年行くけど、呉羽君……恋人と行くのは初めてです。

 恋人同士のお祭りってどんなだろう? 物凄いワクワクします。

 ……ハッ! そうだ、お祭りといえば!


「呉羽君!」

「うおっ、何だよいきなり」

「お祭りといえば浴衣です! 一緒に浴衣着ていきましょうね!」


 すると呉羽君は、表情を曇らせ、頬を掻く。


「ああ、悪い。オレ、浴衣持ってないわ……」


 な、何ですと!? では今まで、お祭りにはどんな格好を!?

 お祭りには浴衣が定番なのに……。


 そう思って落胆する私であったが、ここである存在を思い出した。そう、父である。

 私はパッチ顔を上げると、呉羽君を見上げる。


「じゃあ、父の浴衣を借りましょう。父は浴衣を何着か持っているので」

「え? いいのか?」

「はい! 全然構いませんよ。当日は私の家まで来て下さいね。着付けもバッチリしますよ!」


 グッと拳握って私が言うと、呉羽君は驚いたように私の事を見下ろす。


「着付け? ミカが?」

「はい! 父の着付けは、いつも私か母がやっていますから、お手の物ですよ!」


 ムフフ、当日が楽しみです! 呉羽君ならきっと、浴衣も似合いますよ!


 私は気持ちが高まり、握り合うその手に、ギュッと力を込めた。


「楽しみですね、呉羽君!」


 呉羽君ははしゃぐ私に苦笑すると、


「ああ、そうだな」


 と言って、彼も手を握り返してくれたのだった。



 ++++++++++



 そして祭りの当日――。


「いらっしゃいです、呉羽君。待ってましたよ」

「お、おう……」


 オレは言われたとおりに、当日、ミカのマンションまでやって来た。

 一回で呼び出すと、直ぐにミカは降りてきてオレを出迎える。

 オレはミカの姿を見て、ドキリとした。

 ミカは既に浴衣を着ており、髪もアップにまとめ、何だか大人っぽかった。


「如何したんですか?」


 ボーとしているオレを訝しんだミカは、首を傾げてオレを見上げてくる。

 オレは気恥ずかしさを感じ、目線を逸らすと、


「その浴衣……」

「え? ああ、先に着替えておきました。呉羽君を着付けたら直ぐに花火大会に行ける様に! 如何ですか、これ?」


 ミカはオレの前で、くるりと回ってみせる。

 チリンと音がした。よく見ると、帯と髪留めに小さな鈴がついている。


「可愛くないですか?」


 何時まで経っても何も言ってこないオレに、ミカは不安そうな顔でそう言った。

 オレはハッとして、ぶんぶんと首を振る。


「いやっ、凄い可愛いって!」


 慌ててそう言うと、ミカはホッとしたように笑い、「よかったぁ」と呟いたのだった。


 いや、マジで可愛いから。


 因みにミカは、メガネをしたままである。

 それでもこの可愛さは尋常じゃない。やはり浴衣効果か。


「さぁ、行きましょう」


 そう言って、オレを中へと促すミカ。

 後ろを向いた時に、そのうなじの白さに、思わずゾクリとした。


 うおっ、ヤベッ、何だこの色気は!?

 すげーな浴衣。何つー攻撃力だ。

 今まで、浴衣なんてメンどくせーだけだろ? と思っていたオレだったが、この攻撃力には思わず、浴衣スマン! オレの考えが間違っていた! と謝るのだった。




「よー、純情少年! どーよ、ミカたんの浴衣姿。ムラムラッとくるだろ−」


 ミカの家に上がり、顔を合わせた大和さんの第一声がそれだった。


「っ!!」

「もー、なに言ってんですか、父! 父と一緒にしないで下さい!」

「何を言う、ミカたん! 見てみろ、彼氏は顔を真っ赤にさせている! これはきっと、図星を指されたからに違いない! そうだろ、純情少年!」

「………」


 オレは反論する事が出来ない。


「え……? そーなんですか? 呉羽君もムラムラしたんですか? 父みたいに?」


 ガーンとショックを受けているミカ。


「あの、ミカ……?」


 そんなに、ショックを受けるほどの事なのか、と思いながらオレは、ミカに声をかける。

 ミカはショックを受けた表情のまま、オレを見た。


「いや、な……ド、ドキドキはしたが、ムラムラはしてない……」


 そしてゾクゾクともしたけれど、決してムラムラではないと思う。


「本当ですか? ムラムラじゃないんですか?」

「ああ、ムラムラじゃない……」


 な、何なのだろう、この会話は……。

 何でこんなアホっぽい話を、オレら真剣な顔で話してんだ?


 と、そこに大和さんが、指を突きつけて言ってきた。


「甘い! 甘いぞ二人とも! そのドキドキがやがて、ムラムラへと変化するのだー!!」





「全く、父の話にはついていけません! あ、この前父ってば、呉羽君の事、自分と似てるって言ったんですよ! 失礼しちゃいますよね?」

「……ああ、そうだな……」


 プリプリと怒るミカを降ろしながら、オレはぼんやりとして答える。

 オレは今、ミカの部屋に移動して、浴衣を着付けてもらっていた。そして、オレの為に甲斐甲斐しく浴衣を着せてくれているミカに、見入っていたのだった。


「そうですよね! 呉羽君もそう思いますよね! あ、帯を締めるので、手を上げて下さい」


 オレは素直に言う事をきいた。

 するとミカは、帯を手に、前からオレの背に手を回し、帯を締めて行く。


 うおっ、何かこれ、抱き締められてるみてー。てゆーか、普通に抱き締められるより、ドキドキするかもしれない。

 それに、良い匂いとかもするし、目線を下に移せば、白いうなじが見えるし。

 ヤ、ヤバイ、理性がぶっ壊れそうだ。


 オレは、頬が熱くなるのを感じながら、決して下は見ないように、前を真っ直ぐに見据えた。


「はい、出来ましたよ」


 ぽんと帯を叩かれたオレは、うっかり下を向いてしまった。

 そこには、膝をついて、オレを見上げるミカの姿が……。

 オレと目が合うと、ミカはにっこりと笑いかけてくる。


 カーッ、何だこれ!? すっげードキドキすんだけど。

 やっぱりすげーな浴衣。

 何つーんだろ、奥ゆかしさが出てくるっつーか、そーやって跪かれてると、尽されてるって思うっつーか。


 そしてミカは、そんなオレに止めの一言を。


「やっぱり、思ってた通り、呉羽君、浴衣凄く似合ってます。素敵です、ますます好きになっちゃいました」


 照れて笑いながら放つその言葉は、ドカンとオレの理性を吹っ飛ばしたかと思うと、オレの心にコブラツイストをかけてきた。

 オレは頭に隅で、「すげーな浴衣効果……」と呟くのだった。



 ++++++++++



 私は、呉羽君の為に、父から借りた藍染の浴衣を彼に着せ、その姿を惚れ惚れと見上げる。


 はうっ、何かいつもの呉羽君じゃないみたいです。

 凛々しいと言うか、逞しさを感じると言うか、日本人たるもの、やはり着物ですなぁ……。


 私が呉羽君に見惚れていると、彼は私に合わせる様にしゃがみ込み、此方を覗きこんでくる。そして真剣な顔で一言。


「オレも、ミカのその姿を見て、ますます好きになった」


 そして、私の肩を掴むと、覆い被さる様にチューをしてくる。

 チリンと帯と髪留めの鈴が鳴った。

 あまりにもいきなり過ぎて、対応が出来ない私。


 こ、これはどっち!? 俺様!? 普段の彼!?


 そんな事を思っていると、呉羽君の腕が背中に回され、ギュッと力強く抱き締めてくる。

 一瞬、ドギマギとする私だったけれど、直ぐに我に返った。


 ハッ、お、帯! 折角時間をかけて、凝った縛りにしたのにっ、崩れてしまふ!


 私は口を塞がれたまま、「んーー!!」と叫ぶと、呉羽君の背中をバンバンと叩いた。

 呉羽君は漸く唇を離し、眉を顰めて私を見る。


「何だよ、嫌なのか?」


 ちょっと拗ねたように、呉羽君は言った。


 キューン……って違う!


「だ、だって、そんなに力を込めて抱き締められたら、帯が潰れちゃいます。ほらこれ、ふんわりした様に縛るの、結構大変なんですよ? 潰れちゃってないですか?」


 私は呉羽君に背を向けると、帯の具合を尋ねる。

 すると、首の後ろの辺りに、柔らかい感触がしたかと思うと、チクリと痛みが走った。


「イタッ!?」


 思わず振り向くと、呉羽君の顔がどアップであった。

 そして目が合うと、にっこりと笑い離れる。

 何だか、やけに嬉しそうな顔をしていた。


「な、何ですか!? 今、何かしましたか!?」

「……さぁな」


 さ、さぁなって……そんな二ヤニヤ顔で言われても……って、もしかしなくとも、俺様になってますか!?

 という事は、さっきのチューも……。


「帯は大丈夫だ。ふんわりしてる。早く花火大会に行こうぜ?」


 呉羽君は、私の手を取り立ち上がらせる。

 こうして私達は、花火大会に向かうのだった。





「うわー、人がいっぱいですねー、やっぱり夏の一大イベントですもんね!」


 会場に辿り着き、私は呉羽君に向かいそう言った。

 しかし、そこには見知らぬカップルが、何とも微妙な顔をして此方を見返す。


 ハッ、く、呉羽君が居ない! ってゆーか物凄く恥ずかしい!


「ご、ごめんなさい!」


 私が頭を下げると、向こうは苦笑して手を振った。


 あうぅー、呉羽君どこー?


 私がキョロキョロと辺りを見回すと、少し離れた場所に彼は居た。

 そして、彼もやはり私を探しているようで、キョロキョロと辺りを見回していた。

 私は其方に向かって行こうとするのだが、人の波が目の前を通過して前に進めない。


 ぬおー! 何ですかこれは!? 人がまるで川のように、私と呉羽君を阻んでいます!

 くそぅ! こんな障害、乗り越えてやるもん! ああ、呉羽君が気付いた!


「呉羽くーん!」


 呼びかけ手を振ると、呉羽君は手で私を制する仕草をした。

 如何やら、じっとしていろと言う事らしい。なので私は、ソワソワとしながら、その場で待っていた。

 何かその時、後ろでクスクスと笑う声が聞こえ、ふと見てみると、先程のカップルだった。


 ハッ、もしかしてずっと、私の事見ていたのでしょうか?

 でも、なんか感じ悪いです。


 プクッと頬を膨らませていると、人の波を縫いながら、呉羽君が私の前に辿り着いた。


「呉羽くーん」


 私は彼に手を伸ばし、浴衣の袖をキュッと掴む。


「バカ、よそ見すんなよな! かなり焦ったじゃねーか!」


 プニッと鼻を摘まれる私は、


「ううっ、ごめんなさい……」


 と鼻声で謝るのであった。


「あれ? ちょっともしかして、呉羽じゃない? なんか地味になってるから、一瞬分かんなかったー」

「っ!! まゆ?」


 そんな声に振り返ると、先程のカップルの片割れである女の子が、呉羽君を見て驚いている。そして、呉羽君もまた、そんな彼女を見て目を見開かせていた。

 私はそれを見て、ザワリと胸がざわつくのを感じる。

 すると、彼女の彼氏が、


「なぁまゆ、誰?」


 少々気だるそうに、そのまゆと呼ばれる彼女に尋ねる。

 彼女は、物凄い軽い口調で、彼氏のその質問に答えていた。


「えー? 元カレー」


 私はハッとなって、呉羽君を見上げた。


 って事は、あの子は元カノ!?


 呉羽君は、物凄くバツの悪そうな顔をして、あさっての方を見ている。覗き込むようにして、彼の顔を見るも、一向に此方を見る気配はない。ズキリと胸が痛んだ。


「フーン、結構イケメンじゃん。何、浮気でもされた訳?」


 ムッ、呉羽君はそんな事しません! ってゆーか、何ですかその反応。彼氏だよね? あなた、そのまゆって子の彼氏だよね!?


 すると、そのまゆっていう呉羽君の元カノは、彼氏の言葉に笑って否定した。


「あはは! ないないー、それは有り得ないってー。呉羽って今はこんな地味になっちゃったけどさ。前は髪なんかバリバリに染めちゃってて、すっごい派手でさ。

 それで私、遊んでくれっかもと思って告ったんだけど、付き合ってみたら全然見掛け倒しー、すっげー真面目で、つまんないの! んでもって私、逆に浮気したっつーの!」


 ケラケラと笑う呉羽君の元彼女。

 更にズキリと胸が痛んだ。


 な、何で呉羽君、そこまで言われなくちゃならないんですかー!?


 私が文句でも言ってやろーかと前に出よ―とした時、私は手を取られる。呉羽君だ。

 呉羽君は、「行こう」と私を促して、その場を立ち去ろうとする。私は一瞬ためらうも、彼の気持ちも考え、それに黙って従った。

 しかし、そんな私達の前に、元カノさんの彼氏が立ち塞がり、呉羽君をまじまじと見る。


「へぇ、なるほどねぇ。で今度は、浮気しなさそーな子と付き合ってますって訳?」


 そして、次に私の事も。

 呉羽君は私の手を引いて、その元カノの彼氏から私を隠すように自分の後ろに立たせると、


「見んじゃねー」


 と、その元カノの彼氏を睨んだ。


「はは、何スゲー独占欲強くない? それとも何、また浮気されるのが怖いとか?」

「っ!!」


 呉羽君はギリッと歯を食い縛ったかと思うと、バキッとその元カノの彼氏を殴った。


「ミカをお前らと一緒にすんな!」


 元カノの彼氏は、その場でたたらを踏むと、


「っつー、いってーなこのヤロー!」


 怒りで顔を真っ赤にして、呉羽君を殴り返そうとした。


「止めてください!」


 私は呉羽君の前に立つと、両手を広げて彼を庇う。


「ッバ!! ミカあぶな――」

「呉羽君をこれ以上傷付けないで下さい!!」


 私は元カノの彼氏の振るう拳を逆手に取ると、くるりと反転して、とりゃあっと投げ飛ばした。チリリンと鈴が鳴る。

 右手を上げたまま固まる呉羽君。

 口をあんぐりと開ける呉羽君の元カノ。

 そして地面に仰向けになりながら、何が起きたのか分からないという顔をしている元カノの彼氏。

 周りからはどよめきが起きる。

 それはそうだろう。こんな人がいっぱい居る所で、しかも修羅場っぽい雰囲気。少し前から私達の周りには人だかりが出来ていた。


「時に守り守られる。そんな彼女に私はなりたい!」


 人にいっぱい見られているので、私はそんな訳の分らない事を言った。

 そして後には、周りから拍手が沸き起こっていた。


「いーぞ、ねーちゃんもっとやれ!」

「情けねーぞ、元カノの彼氏!」

「ねーちゃん、あんたの投げっぷり、惚れ惚れするぜ!」


 やんやと喝采を受ける私。

 その時、漸く状況を理解したのか、元カノの彼氏は起き上がると、ますます顔を赤くして怒り狂っていた。


「ちょっと、情けなくない?」

「うるせー! すっこんでろ!」

「何それ、ちょっと酷いんですけど?」


 呉羽君の元カノとその彼氏が、言い争いを始めた。

 そして、とうとう元カノが怒って去ってしまう。

 すると、元カノの彼氏も、周りに人が大勢居るのを確認すると、チッと舌打ちをして、そそくさと立ち去っていった。

 周りに出来ていた人だかりも、事が終われば直ぐになくなる。

 呉羽君は私に向き直ると、大して痛くも無いチョップをしてきた。


「こら、オレを庇うなんて危ねー真似すんなよな」

「ううっ、ごめんなさい。でも呉羽君のピンチと思ったら、体が勝手に……」

「それでもだ。心臓止まっかと思ったろ? でも、サンキューな」


 呉羽君は何処までも優しくそう言った。

 そんな彼を見て、先程の元カノの言葉を思い出し、私は胸が痛くなり、呉羽君の手をギュッと握った。


「ミカ?」

「呉羽君は全然つまんなくなんかありません。何で呉羽君があんな事言われなくちゃならないんですか? 呉羽君は凄く素敵な人ですよ。あのまゆって子は、呉羽君の事全然分かってません」

「……ミカ」


 呉羽君は私の手を握り返すと、もう片方の手で私の頭を撫でた。


「ありがとな、でも分かんなくて良かったとオレは思うぞ」

「へ?」

「だって、でなければオレは、ミカと付き合う事はなかったかもしれないだろ?」

「ああ、そういえばそうです! それは駄目です! 呉羽君と付き合えなくなるなんて、今では全然考えられません! 元カノさんナイスです!」


 私がグッと拳を握りそう言うと、呉羽君は「何だそりゃ」と苦笑するのだった。


「いや〜、いーねー青春だねぇ。おっちゃん感動しちゃったよ」


 その時いきなり声をかけられて、私と呉羽君は其方を見た。

 屋台で焼きそばを売っているおっちゃんが、しみじみと私達を見ている。


「おっちゃん、感動する事ここの所無かったから、お礼にこの焼きそばをあげよう! おっちゃんの奢りだ!」


 ババンと焼きそばを二つ、私達に差し出すおっちゃん。


「いや、おっちゃんだけじゃないぞ! 俺も感動した! ほら、イカ焼き奢るぜ!」


 隣の屋台で、イカ焼きを売っているお兄さんがそう言って、イカ焼きを二本差し出した。


「あら、あんたらが奢るんなら、おばちゃんも太っ腹な所見せなくちゃ!」


 りんご飴を売るおばちゃんも二本くれる。

 すると、他の屋台も競うように、俺も私もといつの間にやら奢りの品が、私達の両手を塞いでいたのだった。

 それから私達は座れる場所を探し、今は河原の土手で腰を下ろしている。


 いや〜、奢ってもらえるなんてラッキーです。今年のお祭りは、全然お金使ってません。


 何てホクホク顔で思っていると、呉羽君が私の目の前にチョコバナナを差し出してくる。


「ほれ、あーん」


 ニッと笑いながらそう言ってくる呉羽君に、私も持っていたイカ焼きを差し出す。


「じゃあ、呉羽君もあーんです」


 私達は笑い合うと、花火が始まるまでそうして食べさせ合っていた。



 ++++++++++



「うわー綺麗です!」


 ドーンという音と共に、空に打ち上がる花火を見上げて、ミカはそう叫んだ。


 良かった、全然気にした様子じゃねーな。


 オレは先程の元カノに出くわしてしまったのを思い出しながら、心の中でそう呟いた。

 もしかしたら、泣かれてしまうかもしれないと思ったのだが、ミカは以外にもオレを気遣ってくれた。

 その事が嬉しく、そして愛しく思う。


 こいつを好きになってよかった。


 心の底からそう思った。

 オレはミカの肩を抱き寄せる。

 ミカは驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに笑うと、オレの肩に頭を乗せた。チラリとミカの首の後ろを見る。思わず頬が緩んだ。そこにはオレの付けた印が存在する。オレのものだというつもりで付けたのだが、訂正したい。


 その印は、オレがお前の為に存在するという印だ。

 例えそれが消えても、ずっとその誓いは変わらない。


 オレはミカに顔を寄せると、ボソリとある言葉を伝える。

 するとミカは顔を上げ、驚いた顔で此方を見たかと思うと、目に涙を浮かべ、ギュッと抱きついてくる。

 そして、ミカもオレに顔を寄せると、ボソッと掠れた声で、


『私も、呉羽君の事愛してます……』


 体の奥まで響くような音と共に、周りから歓声が上がる。

 皆が夜空を見上げる中、オレ達だけはお互いに見つめ合っていた。

 もう一度音が響き、歓声があがる時、オレ達はどちらともなく顔を寄せ合いキスをする。

 今度の音は連続で続いている為、オレ達はその間ずっと、その唇から、舌から、吐息から、お互いの気持ちを思う存分伝え合ったのだった。




 〜夏祭り・終〜

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