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番外編:通りすがりの中国人

 今回のお話は、本編の中に入れようと思ってたお話です。

「あいや、ちょっと待つアル!」


 やけに甲高い声が、その場に響き渡る。


「誰だ!?」


 一人の男を取り囲んでいた、不良グループの中のリーダー格の男が叫んだ。

 彼らが声を頼りに見た場所。それは彼らの頭上高く。それもフェンスの上。

 そこには、チャイナ服を身に纏い、丸いサングラスを掛けた、見るからに怪しい謎の中国人がいた。

 そして、彼らが今いる場所。そこは学校の裏であった。


「いやワタシ、決して妖しい者じゃないアル。ちょっとそこを通りカカタ、ちょっと怪しい中国人ネ!」


『って、いま自分で、怪しいっつったじゃねーか!』


 不良グループ達の声が揃った。


「あいやー、それはうっかりアル。大丈夫ヨー、ワタシ全然怪しくないヨー」


 その謎の中国人は、不良グループに囲まれている男を見た。

 頬と、右側の目元が痣になっている。彼らに殴られたのだろう。


「ワタシ、今そこで通りカカタら、何か一人に大勢が殴りカカテたアル。そこでワタシ思ったアル。

 ワタシ、ちょっと怪しいけど根はいー人ネ。だからワタシ、助けるヨロシーか?」


 不良達は、その言葉に、この謎の中国人を睨みつけた。

 しかし、中国人はケロッとした顔で一言。


「それでどっちが悪いアル? ワタシ悪くない方に加勢するアルよ?」


 不良達は顔を見合わせ、「ああ、こいつはアホなんだ」と思い、ニヤッと笑う。


「それは、こいつが悪いに決まってるだろ? でなきゃ俺たちがよってたかって、殴る筈ねーじゃねーか」


 リーダー格の男は更に言った。


「こいつはな、俺の女に手を出しやがったのさ。散々弄んだ挙句、ポイと捨てたのさ。なぁ、そうだよな?」


 すると、何処に隠れていたのか、女生徒が出て来て。そのリーダー格の男にしがみ付く。


「そーよ! その男、日向真澄は、私の事弄んだ挙句にアッサリと捨てたのよ!」


 そう、不良たちに殴られていた人物とは、日向真澄であった。

 彼は顔を上げ、何か言おうとするが、口の中が切れており、腫れているので、くぐもった声しか出なかった。しかも彼は、後ろから羽交い絞めに去れているので、動く事も叶わない。


「あいやー、それはかなり悪い奴ネ。女の敵ネ」


 真澄は違うと言いたかった。

 何を隠そう、そこに居る女生徒は、この前ミカの机に、カミソリを仕込んだ生徒であった。

 今度は、この学園の不良をたらし込んで、振られた恨みを晴らそうという魂胆らしい。

 確か、岡田とかいう生徒だ。

 そして、彼らはまず、手始めに一番手を出し易かった、真澄をターゲットにしたのだった。


「とうっ!」


 シュタッ!


 その中国人は、フェンスの上から身を躍らせると、不良たちの中に降り立った。


「女もてあそんで捨てるなんて、男の風上にも置けないアル。このワタシが、裁きの鉄槌を与えるアル!」

「あ? 何だ、あんた女か?」


 この中国人、男物のチャイナ服を着ており、最初は男かと思っていたのだが、よく見れば女であった。


「そーアルよ、ワタシ女アル。声聞いて分からなかたアルか? 結構鈍いアル」


 鈍いと言われ、青筋を立てる不良のリーダーであるが、女生徒が「ねぇ、早く懲らしめてよー」と甘えた声を出すので、真澄に向き直る。


「なぁあんた、俺らに加勢すんだろ? なら、その裁きの鉄槌とやらをこいつに与えてやってくれよ」


 ニヤニヤと笑いながら言った。

 真澄は「うぅっ」と呻き声を上げながら、その中国人を見る。そして「あれ?」と思った。


(何処かで見た事ある?)


「分かったアル。ワタシ鉄槌下すよ。危ないから下がるヨロシ……」


 中国人は不良たちを下がらせると、デモンストレーションなのか、右足を高く掲げる。まるで、新体操のバランスをしているかのようだ。

 不良達は、口々に「スゲー」と声を上げている。


「それじゃいくアルよー、覚悟するヨロシ……」


 そして、フッと短く息を吐き出したかと思うと、彼女の爪先が相手のこめかみにヒットする。


「っ!! なっ、お前、どーゆーつもりだ!」


 不良のリーダーは叫ぶ。

 たった今、中国人が攻撃した相手、それは真澄を羽交い絞めにしていた不良だった。

 その不良は、全く呻き声も上げず、そのままばたりと倒れた。


「どーゆーつもりも何も、幾ら女の敵でも、一人に大勢はやりすぎアル。だからワタシ、こっちに加勢するあるよ。ワタシ少数派アル」


 中国人は、真澄の傍らに立つと、彼にボソッと耳打ちする。


『大丈夫ですか? 日向君』

『っ!! え!? まさか一ノ瀬さん?』


 真澄は目を見張る。

 そうである、この謎の中国人は、何を隠そうミカであった。


『え? な、何で?』

『説明は後です。後で吏緒お兄ちゃんも来ますから、それまで私は時間稼ぎをします』


 ミカはサングラスの下でニッと笑うと、不良たちに向き直る。


「ハァー! ワタシ中国拳法の達人、ワンさんの一番弟子のメイフォン言うアル! 私の必殺技『ニャんニャん拳』受けるヨロシ!」


 ミカは不良たちの前で、姿勢を低く構えた。そして両手を丸めて、顔を擦る仕草。そう、まるで猫の様に。

 因みに、今ミカの言った、ワンさん、メイフォンは、オヤジ達の沈黙の登場人物である。

 そして何故、ミカがこんな中国人の格好をしているのか。


 それは遡る事、数十分前……。




 ミカはゴミを捨てる為、ゴミ箱を手に焼却炉へと向かっていた。

 そして近道をする為に、学校の裏手へと回った所、この場面に出くわしてしまったのだ。


「ハッ、これは! 日向君がピンチです!」


 ミカは慌てて周りを見回した咲に、なぜか思いっきり中国人の格好をした者が居た。


「な、何でこんな所に中国人が……? ハッ、中国人!? 中国人と言えば、オヤジ達の沈黙 第六巻 燃え上がれタイガー&ドラゴンです!」


 そう叫ぶと同時に、ミカはその中国人に向かって走っていた。

 そしてジャンプ、とび蹴りをした。


「パンダッ!!?」


 中国人は、何故かそんな叫び声を上げて吹っ飛んだ。


「何ですか? パンダって……中国人だから?」


 スタッと着地をすると、首を傾げながら、その気絶した中国人に近付き、その服を拝借する。


「ううっ、済みません。今はお願いとかしてる暇がないんです」


 そして、杜若に助けてもらう為にメールを送ると、真澄の元に急ぐのだった。

 こうして、冒頭のシーンとなる訳である。




「見た目こんなでも、甘く見てると痛い目見るアルよー」


 ミカは猫の仕草をしたまま、その低い体勢で流れる様に不良たちの中を移動した。


「あっ、待て!」

「そっちに行ったぞ!」

「クッ! この女、かなりすばしっこいぞ!」


「何を言ってるアルかー、お前たちが遅いだけアルー」


 ミカは追い回す不良たちを、翻弄する様に動き回る。

 そして、時折低い体勢から、不良たちを蹴り上げた。

 それはとても、しなやかな動きで、蹴り上げる足は、猫の尻尾を思わせた。


(す、すご……またもや一ノ瀬さんの最強伝説に新たな1ページが……。って俺、女の子に助けてもらうって……なんか凄く情けないんですけど……)


 真澄はミカを見て驚愕しながら、そして何も出来ない不甲斐無い自分に落胆する。



「ニャン! ニャン! ニャー!!」


 不良たちを三人続けて攻撃した後、ミカはハッと顔を上げる。

 その視線の先には、此方に向かってくる杜若の姿が。

 漸く救援が来たのだ。



 その後は、駆けつけた杜若によって、アッサリと全滅した不良グループ。

 最後に残ったのは、あの岡田という女生徒。

 彼女は倒れふす不良たちを見、そして怯えた様にミカ達を見ると、脱兎の如く逃げていったのだった。


「うーん、これでもう、何もしてこないでしょうね」

「あの、ミカお嬢様?」


 杜若が躊躇いがちに声をかける。

 ミカは振り返ると、サングラスを取って首を傾げた。


「何ですか? 吏緒お兄ちゃん」


 すると杜若はホッとして、


「ああ、良かった、ちゃんとミカお嬢様ですね……」

「?? はい、そうですけど?」

「それにしても、その格好は如何なさったのですか?」

「へ? あっ!」


 杜若の言葉に、ミカはハッと顔を上げると、


「あの中国人の人に、この服返してこなくちゃ! それじゃ私、この服返しに行ってきます!」


 スチャッと片手を上げて、ミカは走って行ってしまう。

 しかし、途中で立ち止まると、振り返り、


「あ、この事は呉羽君には黙ってて下さいね! 心配しちゃうと思うんで!」


 そして、今度こそ走り去ってしまうのだった。

 それから杜若は、チラリと真澄を見る。


「これはまた、酷くやられましたね」

「……ははっ、俺ってば、物凄く情けない……」

「はい、全くですね……」

「うわ、身も蓋も無い返し! まぁでも、そういう風に言ってくれた方が、寧ろすっきりしていいか……。それにしても、杜若さんは分かるけど、一ノ瀬さんがあんなに強かったなんて……」

「恐らく、一ノ瀬様は目がいいのだと思いますよ」

「目がいい?」

「はい、相手の動きがよく見えているのだと思います。そして、それに対応するだけの身体能力も備わっているようですし……。以前、輝石様と決闘なさった時も、輝石様の動きをよく見ておられました」

「ああ……」


 真澄はその時の事を思い出す。そしてガクッと肩を落とした。


「その時も今も、俺ってば一ノ瀬さんに助けてもらってるー!」


 頭を抱える真澄に、杜若はほんのちょっとだけ苦笑すると、


「さっさと保健室に行ったら如何ですか? その顔のまま、お嬢様や呉羽様に会うつもりですか?」

「あー、うー、それは何を言われるか分かんないもんなー、特に薔薇屋敷さん……」


 そして、少しよろける真澄に杜若は肩を貸す。

 驚く真澄。そして、腫れる顔を皮肉げに歪めると、


「えーと、もしかして杜若さん、同情してる?」

「ええ、してますね。好きな女性に助けられるというのは、男としてあまり経験したくはありませんから……」

「うっ、い、いま物凄くグサッと来た……」




「あらあらー、派手にやられたわねー。女の子をめぐっての決闘かしら?」


 あながち冗談でもない冗談を言われながら、保険医の和子先生に、シップやら絆創膏やらを貼られる真澄。

 そこで、呉羽達のどう言おうか考えた後、真澄は教室へと戻ったのだった。



「日向!? お前それ、如何したんだよ!?」

「んまぁ、日向真澄!? あなたの唯一の良い所が台無しでしてよ!?」

「ああ、如月君、それはおいおい説明するよ。薔薇屋敷さん……その唯一の良い所って……」

「そんなもの、顔に決まっているでしょう!? あ、そうでしたわ! 後もう一つ、スクラップの才能もありましたわね」


 そんな乙女の言葉に、ハァーと溜息をつく真澄。


「えーと、大丈夫ですか? 日向君……」


 真澄はチラリとミカを見た。心配そうなのは本当のようで、真澄は嬉しいんだか情けないんだか分からない感情に囚われる。


「大丈夫ですよ、ミカお嬢様。見た目ほど酷くはないようですから」


 杜若の言葉に、ホッとした顔を見せるミカ。


「それで、一体何があったんだよ!?」


 怖い顔で聞いてくる呉羽。結構腹を立てているらしい。

 真澄は、さっきとはまた違う、心配げな顔で此方を見るミカを一度見てから、


「あー、それはね……」


 と語り出す。

 ミカの事(謎の中国人)の事は伏せながら、あの女生徒の事と、不良グループの事、そして殴られている所を、たまたま通りかかった杜若に助けられたと真澄はいうのだった。


「あの岡田だっけ? あいつも懲りねーよな」

「でもこれで、もう何もしてこないんじゃないんですか?」

「そうだね、何か物凄く怖がってたから……」

「……それにしても、あの中国人は一体何者だったんでしょうか……」

「ん? ミカ、何か言ったか?」

「え? い、いいえ、何も言ってませんよ!」



 そしてその後、教室内に学年主任が現れた。

 担任の杉本先生は、何だか病気で入院しているらしい。

 その代わりの先生を紹介するようだった。


「えー、病欠の杉本先生の代わりに、数学とこのクラスを受け持つ事になった先生を紹介する」


 そして何故か、ちょっと目を泳がせながら、続けてこのような事も言った。


「えー、ちょっと変わっているが、見た目ほど変ではないので安心するように……後、喋り方も、そのちょっと訛っているが、気にしない事……」


 ミカは何となく、嫌な予感を覚えた。

 そして、入ってきた人物を見て、その予感が当たっている事を知った。

 真澄と杜若の視線が、ミカに突き刺さる。

 入ってきた杉本先生の代わりの教師。

 その姿を見て、クラス内がザワッと騒がしくなった。

 隣で、呉羽の呟く声が聞こえた。


「な、何で中国人の格好してるんだ……?」


 そう、たった今現れた人物。

 それは、あのミカがとび蹴りをくらわせ、「パンダ」と叫ばせた、あの謎の中国人だった。

 彼は教壇に立つと、一言叫んだ。


「日本は怖いとこアル!!」


 シーンと静まり返る教室内。

 彼は続けた。


「先生歩いてたら、いきなり背後から襲い掛かられたネ! 全く予期せぬ事に、思わず愛しのパンダを思い出したアルよ! そして一瞬天国を見たネ……物凄い美人の天女が先生を見下ろしてたアル……」


 そんな支離滅裂な彼の言葉に、生徒一同が呆然となる中、ミカと真澄と杜若だけは真相を知っている。

 彼は、それらを話し終えて漸く落ち着いたのか、自分の名前を黒板に書いていった。


「えー、先生の名前は――」


 そして、書き出された名前。

 それは――。


新渡戸(にとべ)稲作(いなさく)


 完璧に日本人の名前だった。


『って、日本人かよっ!!』


 生徒一同のつっこみが、見事なユニゾンとなったのだった。

 新渡戸先生は、そんな彼らのつっこみなど気にはせず、ぶつぶつと愚痴を言い始めた。


「全く、酷い目にあったアル。それもこれも皆、いきなりおたふく風邪になった杉本という奴のせいアル……。でも、ブプー、あの歳でおたふく……いっそ哀れと思ってあげた方がいいかもしれないアル。全く……種無しはスイカとブドウで十分ある」


(い、今なんか凄い事をサラッと言ったぞ?)


 謎の中国人風な日本人、新渡戸稲作先生は、クスクスと笑い続けるのだった。




 =おまけ=


「ワンさん、おはよーございます!」

「ワンさん、俺に拳法を教えて下さい!」


「な、何を言ってるアル! 先生はワンなんて名前と違うアル!」


 新渡戸先生は非常に困っていた。

 何故だか不良グループの者達に、やたらと付きまとわれるのだ。


「何を言うんですか、その喋り方! その服装! 如何見てもあのメイフォンという女の関係者でしょう!」

「そうですよ! 俺たち中国拳法に目覚めたんです! 足を洗うので、俺たちにもあのニャンニャン拳を教えて下さい!」


 元不良グループ達は、皆キラキラとした目で、そして尊敬の眼差しで新渡戸先生を見ている。


「はぁ!? 何アルか!? そのふざけた名前の拳法は!? 先生は何にも知らないアルー!!」


 彼らにとってこの新渡戸先生は、ミカの言った中国拳法の達人、ワンさんだと思っているのだった。



 〜通りすがりの中国人・終〜

 このお話、まだ真澄がミカの正体を知る前に入れようと思ってました。

 ニャンニャン拳、ミカはこの技を、オヤジ達の本の文章だけ読んで会得しました。凄いですね。

 新渡戸先生は、中国が好きなんです(特にパンダ)。好きなあまりにあんな格好しています。後、言葉遣いも……。


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