番外編:頑張れビリー
ビリー、ビリー、がんばれビリー♪
ビリーは、いっつもビリッけつー♪
身体も小さく力も弱い♪
けれーど、野望はでっかいぞー♪
(セリフ)明日こそは、お嬢の椅子を運ぶであります!!
今ーは、テーブル運びでもー、いつーかお嬢の椅子運びー♪
がんばれ、がんばれ、ビリー♪
私は、その歌を久しぶりに歌った。
ここの所、お昼はずっと中庭で食べていたけれど、今日はあいにくと雨。教室でお昼を食べる事になった私と呉羽君は、久しぶりに吏緒お兄ちゃんの呼び出す黒子達を見た。
そして彼(?)はやっぱりビリっけつであった。
歌の通り、ビリーは体が小さい、それに力も弱い。
だからいつも、数人で運ぶテーブルにさえ、腕をプルプルさせながら運んでいる。
果たして、彼は大丈夫なんでしょうか?
役立たずとして、クビにはならないのでしょうか?
他の黒子達に、虐められてはいないでしょうか?
そんな心配をしてしまう。
そしてその時、私は周りの様子に気付いた。
何故だか皆、顔を伏せているのだ。
それから、肩を震わせている。
私は隣の呉羽君にも目を向けてみた。
彼もやはり、顔を俯け、肩を震わせている。
はて? 一体なんでせう?
「如何したんですか? 皆して?」
すると、呉羽君が私に目を向け、笑いを堪えながら言った。
「何なんだよ、そのビリーって……」
………チーン。
こ、これは、もしかして、私の歌うビリーの応援歌がうっかりと口を付いて出ましたか!?
私は、前に座る日向君を見た。
彼は机に突っ伏したまま、肩を震わせている。
「ブクク、ビ、ビリっけつのビリー……」
それから、乙女ちゃんにも目を向けてみる。
「ま、まぁ、お姉さま? いつからそんな歌を、お、お作りにっ? す、素敵な歌――ププー!!」
必死に我慢していたけれど、ついに吹き出す乙女ちゃん。
そして最後に、吏緒お兄ちゃんを見てみると、彼はずっと此方に背中を向けている。
しかしながら、その背中は小刻みに震えていた。
ガーーン! 吏緒お兄ちゃんも笑っている!
如何やら本当に、ビリーの応援歌を口に出して歌っていたようである。
因みに、他の生徒達も私の歌が聞こえたのか、ビリーを見ながら笑いを堪えていた。
ハァ、何という事でしょうか、まさかこんな恥を晒してしまうとは……。
しかし、私はまだ、その時は気付く事はできなかった。
このクラス中に私の歌が知れているという事は、当然の事ながら、黒子の人たちにも聞こえていたという事を……。
ビリー、ビリー、がんばれビリー♪
ビリーは、いっつもビリッけつー♪
身体も小さく力も弱い♪
けれーど、野望はでっかいぞー♪
(セリフ)明日こそは、お嬢の椅子を運ぶであります!!
今ーは、テーブル運びでもー、いつーかお嬢の椅子運びー♪
がんばれ、がんばれ、ビリー♪
皆さん、勘違いしないで頂きたい。
この歌は別に、私が歌っている訳ではないのであります。
私は、目の前で繰り広げられている光景に、半ば呆然として見入っていた。
今日もまた雨、私と呉羽君は、教室でお昼を食べようとしていた訳だけれども、今日の黒子達は、何だか違った。
ハァッ!! 黒子たちが、ビリーの応援歌を歌っている!!
そして、ビリーが今日は、テーブルの真ん中を陣取っている!!
ビリーは相変わらず、腕をプルプルとさせていたが、それでもいつもより力強さがあるように思えた。
「こ、これは一体……」
私が呆然と呟く中、黒子達はそれらの椅子とテーブルを運び終えると、去っていってしまう。
他の者達も、呆然としているようだった。
そして吏緒お兄ちゃんは、ちょっと厳しい顔をしていた。
あ、そっか、あの黒子達は、いわば吏緒お兄ちゃんの部下のようなものだよね?
それが勝手に歌を歌ってるんだから、こんな顔をするのは当たり前なのかな?
そんな事を思っていると、彼は乙女ちゃんに向かって頭を下げる。
「申し訳ありません、お嬢様。あの者達には、後で厳しく――」
「よろしくってよ!」
「は?」
「わたくしも、ビリーの事を応援したくなってきましたわ! 彼が何処までやれるか、見届けましょう」
乙女ちゃんは、当たり前のようにそう言った。
そんな乙女ちゃんを見て、吏緒お兄ちゃんは微苦笑を浮かべ「畏まりました」と頭を下げる。
さすが乙女ちゃん、懐が大きいですなぁ。
私はそんな乙女ちゃんを見て、感心するのだった。
そうして黒子達は、毎日ビリーの応援歌を歌い、ビリーは徐々に力を付けていく。
その内、ビリーの応援歌は、生徒の間でも歌われるようになった。
「ビリー頑張れ!」
「お嬢の椅子まであと少しだぞ!」
「ビリーちゃん、ガンバ!」
生徒達の中には、そんな言葉を掛ける者も出てきた。
ビリーは今や、お嬢の椅子ではないが、他の椅子を運ぶまでになった。
応援歌は、ますます過熱する。
そして、とうとうその日はやって来た。
「ああ、遂にビリーがお嬢の椅子を……」
皆が感慨深げに見守る中、ビリーがお嬢の椅子を抱え、教室に入ってきた。
やはり、腕はプルプルしてはいたけれど、それでも、以前に比べれば格段に力は強くなっている。
ビリーはゆっくりだが確実に、お嬢の椅子を、乙女ちゃんの元に運んでゆく。
その時、教室内はビリーの応援歌を大合唱していた。中には、感動して涙を流す者までいる。
そしてとうとう、ビリーはやり遂げた。
お嬢の椅子を、乙女ちゃんの元まで運んだのである。
教室内は、歓喜の渦に巻き込まれた。
歓声が上がる中、ビリーは黒い布の下で泣いているようだった。時折肩をしゃくり上げ、他の黒子に支えられている。
皆が拍手を贈り、ビリーを見送った。そして最後に、ビリーはペコリと頭を下げ、教室を出て行ったのである。
「はぁー、良かった良かった。ビリーが無事にお嬢の椅子を運べて」
私はポツリと呟いたのだった。
放課後、私は家路に付く。
当然の事ながら、呉羽君も一緒だ。
そして、私達は手を繋ぎ(もちろん恋人繋ぎ)仲良く校門を出た所、目の前にかなりのイケメンの集団が居た。
私は子供の頃の恐怖を思い出し、思わずビクリと体を震わす。
彼らは私を見ると、パッと顔を輝かせ、此方に近寄ってきた。
「く、呉羽君……」
私は身を縮こませ、呉羽君の背に隠れる。
呉羽君は、私を庇うようにすると、彼らを睨んだ。
「何なんだよ、あんたら!?」
すると彼らは、此方に向かい、いきなり頭を下げる。
「この度は一ノ瀬様に、我らの弟の為、応援歌を作って頂き、ありがとう御座いました」
『はっ!?』
私と呉羽君は、ポカンとして彼らを見てしまう。
彼らは後ろを見ると、
「ほら、お前もちゃんとお礼を申し上げろ」
その中の一人を前に出す。
「こっ、この度はっ! ぼ、僕の為に応援して下さって、あ、ありがとう、ご、御座いましたっ!」
今目の前にいる人物は、それはもう可愛らしい顔立ちをした少年であった。
そして、緊張しているのか、所々つっかえつっかえな所もまた、彼の可愛らしさをアップさせていた。
……ちょっと待って? 応援?
「お、おかげでっ、ぼくっ、ぼくっ、乙女様の椅子をっ、は、運ぶ事が出来ましたっ!!」
……乙女様の椅子? ……ハッ!!
「ビリーですか!?」
「ビリーかっ!!」
私達は同時に声を上げる。
そして、まじまじと彼の事を見ると、彼……ビリーは顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。
「ぼ、ぼくっ、何をするにもビリっけつで、い、今までもずっと、一番になるのは諦めていましたっ! でもっ、今回一ノ瀬様のおかげでっ、僕は、は、初めて一番になれましたっ!」
ここで彼は顔を上げたのだが、その目には涙が浮かんでいた。
そして、えぐっ、えぐっとしゃくり上げながら、ごしごしと涙を拭くと、教室で見せたように、ぺこりと頭を下げる。
「一ノ瀬様のお陰です! 僕、本当は、もうこの仕事向いてないじゃないかって、思ってて、お兄ちゃん達にも迷惑ばっかりかけて……でも、頑張れば、僕でも一番になれるって、お兄ちゃんたちも、僕を誇りに思ってくれるような自分になれるって――」
すると、イケメン集団は、ビリーを取り囲み、
「馬鹿だな、お前は!」
「そうだ! お前はもう十分に、俺たち兄弟の誇りだ!」
「今までだって、迷惑だなんて思った事は無いぞ!」
彼らは口々にそう言い、ビリーを抱き締めながら、涙を流している。
そして、彼らは改めて私の方に向き直ると、
「弟が自分に自信を持てたのは、一ノ瀬様のお陰です」
「あなたは我らの恩人です!」
「もし、この先、一ノ瀬様に何かあれば、我らは直ぐに駆けつけます!」
そんな事を言って、皆でもう一度頭を下げると、今だ泣き続けるビリーを連れて、去っていくのであった。
「……ビリー、あんな顔をしていたんですね……」
「ああ、でも兄弟とかって言ってたけど……一体何人兄弟なんだ?」
「……さぁ、なんか十人位はいましたよね……」
どんだけ大家族やねん!
と、心の中で、一応つっこんでみる私であったが、それでも、ビリーに向かって、よかったねと思ってる自分もいるのであった。
〜頑張れビリー・終〜