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番外編:ピーちゃんの努力

「あ、正じぃだ」


 ミカが声を上げる。


「ああ、本当だ。正じぃだ」


 呉羽もまた、ミカに次いで声を上げた。



 麗らかな陽気の中、二人は中庭でお弁当を広げている。

 教室は、「見てらんないから」と言って、真澄に追い出された。

 そして、二人で仲良くお弁当を食べようとしていた所、目の前に程よく震えた正じぃが現われたのだ。


「あ、こっち見ました」

「ああ、何かこっち見てるな……」

「あ、正じぃこっち来ますよ!?」

「な、何でだ!?」


 見た所、周りには人はおらず、正じぃは真直ぐに此方に遣ってきた。そして、ちょこんと二人の前に座る。

 因みに、地面にはシートを敷いていて、ちょっと遠足気分だね、と二人で話していた所であった。

 そこに正じぃは、キチンと靴を脱いで、正座などをしている訳である。


「ま、正じぃ?」

「えっと、何か用っすか?」


 すると正じぃは、「あ〜〜……」と震えながら、懐からシャキーンと何かを取り出した。

 箸であった。しかも、『川流正一』と名前入りのMy箸である。


 そして正じぃの視線は、真直ぐに呉羽のお弁当に向いている。そして、ジュルリと口を拭った。


「………」

「………」


 二人は無言で、顔を見合わせた。


「えと、いいですか?」

「食わせてもいいか?」


 二人は同時に言った。

 なので、


『どうぞ……』


 と弁当を勧める。

 正じぃは、顔を輝かせ、


「あ〜〜……いたぁーす!」


 手を合わせて言うと、早速、出汁巻き卵をやっつけに入るのだった。


「なぁ、ミカ……」

「はい、何でしょうか?」

「そう言えば、オレの弁当、濃いめの味付けって言ってなかったか? 正じぃにそれは大丈夫なのか?」


 心配そうに正じぃを見やる呉羽に、ミカはキラーンとメガネを光らせると、フッフッフッと不敵に笑った。


「呉羽君、ところがどっこい、実は薄味なのですよ!」

「は!? いや、でも全然濃かったぞ?」

「フフフ、そう思いますでしょう? しかぁし! お出汁や素材の味を生かした、あっさり低カロリーなんですよ、これが!」


 ミカの言葉に、呉羽はまじまじと弁当を見る。今丁度、正じぃが煮物の征服に取り掛かった所だ。


「そうだったのか……でも、何時からそんな?」

「え? ああ……」


 ミカはポッと顔を赤らめた。


「……恋人同士になって、初めてお弁当を作った日からですよ……」

「そ、そうか……」


 呉羽もまた、ポッと赤くなる。


「えっとね、だって呉羽君、ジャンクフードとか好きそうだったからね、成人病にならないようにって……」

「……そっか、ありがとう……」

「うん、本当はね、朝とか夜とかも作ってあげたいんだよ……」

「〜〜っ!!」


 呉羽はバッと後を向く。

 これは照れた時の仕草だと分かっている為、ミカも照れたように自分のお弁当を口に運ぶ。

 そんな中、


「んまーい!」


 と正じぃは、どこまでもマイペースなのであった。



 それからふと、ミカは正じぃの頭に目をやる。

 ピーちゃんはじっとしていて、どうやら寝ているようであった。以前あげた、赤いリボンもしている。


「………」


 ミカは無言でそんなピーちゃんを見ていた。


「ん? どうした、ミカ?」


 呉羽もミカの様子に気付き声を掛けた。


「ピーちゃん……」

「ん? ピーちゃんがどうした?」

「……何かぽってりしていませんか?」

「え? あ……本当だ。何かぽってりしてるな……」


 そうなのだ。ピーちゃんは正じぃの鳥の巣の中、何だかぽってり……いや、むっちりしていた。

 赤いリボンも何だか、食い込んでいるように思える。


「運動不足でしょうか……?」

「ああ、だから太ったんだな……」

「あ、駄目ですよ呉羽君! レディーに対して面と向かって太ったなんて言っちゃ!」

「……メス、なのか? ピーちゃん……」


「あ〜〜……んまーい!」

「ああっ! それはオレの楽しみにしていた豚の角煮っ!!」

「う〜ん、やっぱり呉羽君は、肉好きですね。他の時は無反応だったのに……」


「………」


 そうして、そんな彼等を鳥の巣から、じっと見下ろすピーちゃん。

 一見寝ている様であったが、しっかりと起きていた。

 そして、一見寝ている様であるが、ピーちゃんは今ショックを受けていた。

 呉羽の放った、「太った」の言葉は、ピーちゃんの乙女心を脆くも打ち砕いたのだった。





「あ〜〜……ピーちゃん」


 ピーちゃんの餌の時間、正じぃはピーちゃんの前に餌を置いた。

 しかし、ピーちゃんはプイッと横を向いてしまう。


「あ〜〜……ピーちゃん?」


 正じぃは訝しげだ。

 そして、ピーちゃんは突然羽をばたつかせ、暴れだした。

 それを見た正じぃは、何かに気付いた様にハッと目を見開く。


「ピーちゃん!」


 正じぃは声を高らかに、グッと拳を握り締めたのだった。





 その日から、ピーちゃんと正じぃの特訓が始まった。

 生徒達は度々、校庭の隅で正じぃとピーちゃんを見かける様になった。


「なぁ、最近正じぃ、何か変な事してるぞ」

「ああ、俺も見た。何してんだアレ?」

「私、この前正じぃが、鳥の巣投げてるのを見たわ」

「何それ、動物虐待?」

「いや、正じぃに限ってそんな事……」


 生徒達は、そんな正じぃの噂をしていた。




 そんな事があっての、ある日の朝礼。

 今日もいつもの如く、正じぃはプルプルと震え、全校生徒の前に立った。

 しかしながら、生徒達は正じぃの頭を見て、衝撃を受ける。


(ピ、ピーちゃんがいない!!)


 正じぃの頭に、鳥の巣は存在しなかった。


「ま、まさか本当に、動物虐待!?」

「ああ、そんな! 正じぃがそんな人だったなんて……」

「いや、もしかしたら寿命って事も有り得る……」

「と、とにかく、正じぃの話を聞いてみましょう」


 生徒達は固唾を呑んで、正じぃの言葉を待った。


『あ〜〜……ざます!』

『えー……お早う御座います、皆さん……』


 いつものように、朝の挨拶が始まる。


『あ〜〜……じゅらーーす!!』

『えー……皆さんに、重大なお知らせがあります……』


 生徒達に緊張が走った。

 すると正じぃは、スタンドマイクを横に退け、手を高らかに上げ言い放つ。


『あ〜〜……ピーちゃんかも!!』


(ピーちゃんかも!?)


 生徒達は戸惑ったように教頭を見る。

 彼は表情を変えず、いつものように間延びしたように正じぃのお言葉を言った。


『えー……ピーちゃん、カモン……』


 すると、何処からともなくパタパタという音が。


「な、何!? この音?」

「ハッ、何だあれ!?」

「おい、黒い何かが飛んでくるぞ!?」

「あ、あれはっ!!」


 生徒達がざわつく中、皆の頭上に黒い毛むくじゃらが飛んでゆく。


(と、鳥の巣が飛んでいる!!)


 正確には、鳥の巣をぶら下げて、ピーちゃんが羽ばたいていた。

 そこには、あのぽってりとしたピーちゃんの姿はなかった。

 華麗にエレガントに、赤いリボンをはためかせ、新生ピーちゃんがそこにいた。

 そして、正じぃの頭上まで来ると、二、三度旋回し、ポスンとその光る頭に鳥の巣が乗ったのである。


『あ〜〜……ピーちゃん、ひぽた!!』


(ひ、ひぽた!?)


 生徒達が呆然とする中、正じぃが如何だと言わんばかりに叫んだ。

 全く訳が分からず、生徒達は教頭を見やる。


『えー……ピーちゃんが一人で、お散歩に行けるようになりました……』

『あ〜〜……え、らーい!!』

『えー……偉いぞピーちゃん、よく頑張ったね。皆さんも努力をすれば報われるので、ピーちゃんを見習いましょう……』


(えぇー!? 今のセリフの中に、それ程の意味が!?)


 愕然としながらも、生徒達は素直にピーちゃんの努力に拍手を送る。

 ピーちゃんは鳥の巣の中、生徒を見渡し、とても誇らしげだった。





「ん、まーい!」


 またまた今日も、中庭でお弁当を広げていたミカと呉羽。

 そしてその目の前には、ちょこんと正座した正じぃの姿が。


「何かもう、当たり前のように正じぃ、弁当食ってるよな……」

「はい、何かお陰で、正じぃの分量も考えて作るようになっちゃいました……。あ、正じぃ、お茶です、どうぞ」


 ミカは、正じぃに水筒に入れてきた煎茶を差し出す。

 正じぃは、これもまた当たり前のように受け取ると、プルプルと震えながら、ズズーと一口。そして、顔を上げると、ホッコリとした顔をする。

 因みに今、正じぃの頭の上には鳥の巣は存在しない。少しは慣れた場所に、鳥の巣は存在する。


「ピーちゃん、すっかり細くなりましたねぇ」

「ああ、何かすっきりしたな」


 ピーちゃんは、それが聞こえているのかいないのか、優雅に羽繕いなどをしている。

 そして正じぃが、「ピーちゃん!」と呼ぶと、羽を広げ、鳥の巣をぶら下げながら飛んでくる。


「それにしても、よくあんな物ぶら下げて飛べるよな……。ピーちゃん何気に筋肉付きまくってんじゃねぇ? もしかしてマッチョなんじゃねーの、ピーちゃんって」


 呉羽がそう言った時、ボトッと正じぃの元に辿り着く前に、鳥の巣が落ちた。


「ああっ! 駄目ですよ、呉羽君! 乙女にマッチョなんて言っちゃ! 見て下さい、ピーちゃんショック受けちゃってるじゃないですか!」


 ピーちゃんは、鳥の巣の中で、脱力したように羽を広げ、時折、ピクッピクッと震えている。


「えぇ!? つーか、オレ等の言葉、理解してんのかよ、ピーちゃん! そっちの方が凄くねーか?」


「あ〜〜……めっ!」


 正じぃが怒ったように、呉羽を指差すのだった。




 マッチョだからって、めげちゃ駄目!

 頑張れピーちゃん!

 負けるなピーちゃん!




 〜ピーちゃんの努力・終〜

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