番外編:初デート【前編】
もう一つのエンディングとして考えていたお話です。
皆さん! やった! やりましたよ!
今日は待ちに待った、呉羽君との初デートです!
エヘヘ、お洒落な服も用意できましたし、お化粧は母に教えてもらいました。姉にはとてもじゃないけど、教わる事など出来ません……。
何故って? それは姉にデートがバレる。バレたら、絶対ついてくると言いそうですし、それに今日は、姉は朝早くから出かけてるみたいです。それなら、デートがバレる心配もありません。
お弁当も用意しました! 呉羽君の好きな物ばっかりです!
エヘヘー、ウフフー、ああっ、さっきから顔が緩みっぱなしですー。
あ、そろそろ家から出ないとっ!
遅刻は基本だと日向君のメモに書いてありました。大体、10分くらいの遅刻を目安に出るつもりです。
ではでは、出かけますか!
私は、自室の机の上に、Myオアシスを置く。
今日は、君はお留守番です!
だってだって、呉羽君には、一番綺麗な姿を見てもらいたいです。
ああ、こんな気持ちは久しぶり……。
綺麗って言ってくれるかな? 可愛いって言ってくれるかな?
うっきゃ〜〜! ドキドキです!
そうして私は、「行ってらっしゃーい」と見送る母に、「行ってきます」と告げ、家を出たのだった。
++++++++++
オレは公園にて、ミカが来るのを今か今かと待っている。
携帯を取り出し、時間を見る。
9時30分、待ち合わせは9時だったから、30分遅れてる。
まぁ、女は待たせるものだと分かってはいるが、相手がミカだと思うと、どうも心配でならない。
日向のメモの中に、10〜30分は待たせるもの、という変な約束事も書いてあったから、それのせいかとも思う。
まぁ、予定通りにいかない事もあるだろう。もう少し待ってみよう。
そして、待ち合わせから一時間になろうとしていた。
ちょっと、幾らなんでも遅すぎないか!?
あいつが、何の連絡も無しに、約束を違えるなんて、おかしい……。
俺は居ても立ってもいられず、携帯を掛けた。
そして聞こえてくる着信音。それは徐々に近付いてきて――。
「呉羽くーん!!」
ミカはオレの姿を見つけるなり、抱きついてきた。
うおぃ! 何だ、いきなり!? 大胆だな……。
オレは携帯を切ると、ミカを見下ろす。
そこで気付いた。
あ、こいつお洒落してる……。普通好きなのに……。
もしかしなくとも、オレの為だよな?
そう思い、ニヤケそうになるのをぐっと抑え、ミカの頭に手を置く。
「おい、何だ? 如何した?」
すると、顔を上げたミカを見て、ドキリとしてしまった。
髪を緩やかに巻いて肩に垂らし、顔には薄っすらと化粧を施しており、メガネは外している。そしてレンズ越しでない瞳は、何故か涙目であった。
「何だ!? 何があった!?」
大人っぽさと可愛らしさを合わせ持った今のミカに、ドギマギとしながらもオレは険しい顔で聞いた。
「これは、Myオアシスの祟りです! 置いてきた私への罰なんです!」
変な事を言い出した。
「は!? Myオアシス……メガネの事だよな?」
「あのね、あのね、この場所にはね、10分遅れてくる予定でね――」
やっぱり、日向メモ通りに来たか……。
「家もね、それ位になるように出たの。でもね、何かね、いっぱい知らない人に話しかけられてね――」
「………」
「何かね、モデルやらないかとか、アイドルにならないかとかね、水着着る仕事しないかとか……」
……それって、いわゆるスカウトというやつでは?
「後、お茶しないかとか、一緒に遊ばないとか……」
……それはナンパ……。
「とにかくいっぱい話しかけられて、全然先に行かせてもらえなかったの。ちょっと怖かったよ。
それに、遅れてごめんね、呉羽君……」
「……いや、それは大変だったな。これなら、家まで迎えに行った方がよかったか……?}
そう呟きながら、オレは改めてミカを見下ろす。
あちこちに名詞が挟まっていた。
「……ミカ、ちょっとそこに立ってみてくれ」
「へ!?」
首を傾げながらも、ミカは言うとおりにする。
全体的に淡い色で統一しながらも、ちゃんとアクセントになるように濃い色のリボンがあしらわれており、短めのワンピースでミュールを履いている。シンプルながらも、中々センスのよいものだった。
それに生足……。
何でこいつ、こんなに足がキレーなんだよ!
つーか、これが他のヤローどもの目に晒されたのか……。
オレはガシッとミカの肩を掴む。
「うひゃあ!? な、何ですか!?」
「ミカ! これからは、もうちょっと地味めでいこう! スカートももう少し長いのにしてくれ! それから、メガネもちゃんとしような!」
オレがそう言うと、ミカはたちまち表情を曇らせる。
「……呉羽君。こういうの嫌いでしたか? 可愛くないですか? 綺麗じゃないですか? 呉羽君の為に頑張ってみたんですけど、お化粧とかも母に教えてもらって……。でも、ごめんね、呉羽君……」
スカートの裾をギュッと握り締め、目にいっぱい涙を浮かべるミカ。オレは堪らなくなって、ミカを抱き締めようとした時――。
『けしからーん!!』
辺りから、そんな声が聞こえてきた。
そして気付けば、オレ達は見知らぬ人々に囲まれている。
それは、通りすがりのおっさんだったり、犬の散歩をしていたじーさんだったり、近くでキャッチボールをしていた父子であったり。中にはデート中の彼氏の方だったりと、とにかく、道行く男共が皆、オレを睨んでいる。
「こんな可愛い子を泣かせるなんて、どういう了見だね、君!」
「そうじゃぞ! お前さんの為に頑張ったそうじゃないか! 男冥利に尽きるというもんじゃ!」
「お嬢さん、その格好素晴らしい!」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん泣かせちゃ、めっ!」
「ひでー彼氏だな……」
口々にそう言う男達。
な、何だ!? 何なんだ、こいつら!
オレが呆気に取られていると、ミカがそいつらに向かって、
「く、呉羽君は悪くないです! 私の好きな人を、悪く言わないで下さい!」
オレを庇うみたいにしてそう言うと、男どもは、
「お嬢ちゃんがそう言うのなら……」
「こんなに思われて、幸せ者だぞ、君!」
「いーなー、お兄ちゃん……」
そんな事を言いながら、男達は去っていった。
「な、何だったんだ……」
オレが呆然として呟くと、ミカも首を傾げている。
「はて、何ででしょうか……。ハッ、もしかして、これもMyオアシスの祟りでしょうか!?」
「は!? んな訳ねーだろーが!」
「だって、それ位しか要因が見つかりません……」
「って、もう一つあるだろーが!」
オレはミカをつっこむ。
こいつ、マジで言ってんのか!?
「お前が、可愛い格好してるからだろうが!」
するとミカは、「え?」と呟きオレを見る。
全くこいつは、自分の魅力に気付いてんだか、気付いてねーんだか……。
「……だって、呉羽君。こういう格好、嫌いじゃなかったんですか……?」
「バカ! んな訳ねーだろ。さっきああ言ったのは、そんな可愛い格好、他のヤローに見られたくねーからだよ!」
ったく、言わせんなよ、こっ恥ずかしい!
するとミカは、オレの上着のジャケットの裾をギュッと掴んできて、
「……本当ですか、それ? 可愛いですか? 私……」
目に、またもや涙を浮かべて、オレにそう聞いてくる。
何だ。そこまでミカを不安にさせてたのか、オレ……。
オレはミカに、ちゃんと言ってやらなかった事を後悔した。
そして、ミカを引き寄せ、その目を見つめながら言ってやる。
「ごめんな、ミカ。ちゃんと言ってやれなくて。その格好、すっげー可愛いよ。凄く綺麗だ。オレの為にありがとな……」
普段なら絶対に恥ずかしくて言えない事も、ミカの為だと思うとすんなりと口を付いて出た。
「……呉羽君。私、可愛いって言われて、こんなに嬉しいのは初めてです……。私、呉羽君にそう言ってもらいたくて、お洒落したんですよ? だから、此方こそありがとうです……」
「ミカ……」
まるで綻ぶ様に笑うミカを前に、オレは堪らなくなって抱き締める。ミカも抵抗する事無く、逆に擦り寄ってきた。
カーッ!! 全く、何なんだ、この可愛い生き物はっ!!
更に、抱き締める力を強めようとした時、オレは気付いた。
物凄く、視線が痛い……。
ハッと顔を上げると、先程、オレに文句を言ってきた男達が、オレを物凄い形相で睨みつけている。
明らかにそれは、殺気のこもったもの……。
「ミカ……」
「はい、何ですか?」
「……早くここから離れよう……」
「え? あ、そうですね。水族館、混んじゃうかもしれませんしね」
いや、そうじゃない。何だか、ここにいたら、誰かに刺されそうだ……。
そんな身の危険を感じた、初デートのオープニングであった。
「うはっ、マンタです! でっかいですねー」
目の前の水槽を見上げ、ミカはそんな感想を言った。
「何だ、マンタ好きなのか?」
「え? 別にそういう訳じゃないんですけど……。何か、可愛いーですよね、マンタ。それに名前も、人の名前みたいです。マンタ君!」
「何だそりゃ」
そんな、他愛ない話をするオレ達。
館内は薄暗く、おまけに皆、水槽の方に気をとられている為、オレは男共に睨まれるという事はない。
気兼ねなくオレは、ミカの手を握る。
「あ……」とオレを見るミカだったが、嬉しそうにニコッと笑って、握り返してきた。
「………」
オレは辺りを見回す。
そして、人気のない一角を見つけた。ミカの手を引いて、そこに連れて行く。
「え? 呉羽君? そこにはお魚いませんよ?」
「ああ、そうだな……」
そう呟き、誰もいない事を確かめると、ミカを引き寄せる。
「え? え? 何ですか、いきなり!? あ、俺様呉羽君ですか!? だめですよ、こんな所で……ん」
オレはミカにキスをした。それも、恋人同士でするものを。
実はあの初キス以来、今日まで、もう何度かキスはしていたりする。
にも拘らず、ミカは何時まで経っても慣れない。
顔を真っ赤にして、手を震わせている。それでも何とか、懸命にオレに答えようとする様は、物凄く可愛かったりする。
そんな所がまた、俺に歯止めを付けさせなくなる要因でもあるというのに、こいつは全く気付いていない。
「んあっ、だめですってばっ、んんっ」
オレは、制止するミカを無視して、キスを更に深く濃厚なものにした。
「もうっ、呉羽君のバカちん! イジワル! 駄目って言ったのに! こんな、人のいっぱいいる所でチューするなんてっ!」
プクッと頬を膨らませるミカ。
それに対して、オレは物凄く上機嫌で歩いている。
「……チューはもっと、後の予定だったんですよ……」
ポソッと呟くミカ。
あ、そーいえば、日向メモに、そんな事がチラッと書いてあったような……。
オレはミカの顔を覗き込むと、ニヤッと笑いながら言った。
「じゃあ、そのもっと後とかだったら、幾らでもしていい訳だな?」
++++++++++
ニヤニヤと笑ってくる呉羽君に、
「知りません!」
と、私はそっぽを向く。
今の呉羽君は、俺様呉羽君です。
全く、俺様になると全然可愛げが無くなってしまいます。
純情少年の呉羽君は、いい子いい子してあげたくなるのにっ!
チューだって、チューだって、純情少年の呉羽君には、あの時以来してもらっていません! いっつも、俺様呉羽君がしてきます!
それでもやっぱり、呉羽君は優しいので、抵抗は出来ないんですけど……。
ムムム……私、流されてる?
「あ、ミカ。イルカショーだってよ。見るだろ?」
「え? あ、はい。イルカショーなんて、子供の頃以来ですよ。その時私、ステージに呼ばれて、イルカにジャンプさせたんですよ!」
「へぇ、そりゃ、また呼ばれるかもな」
呉羽君が冗談交じりで言った。
『じゃあ、そこのお嬢さん。前に出てくださーい!』
私と呉羽君は顔を見合わせる。冗談が本当になってしまった。
「え? でも……」
「行ってこいって、記念になっかもだし」
呉羽君が、笑ってそう言う。そして、マイクを付けたお兄さんが手招きする方に、私を押した。
……呉羽君がそう言うのなら……。目立つのは嫌ですけど……。
私は、マイクのお兄さんに言われるままに、ステージに上がった。
はうっ! 何かすっごく見られてるよぅ!
いや、ステージだから、皆が注目するのは当たり前なんだけど……。でも、それにしたって、何だか半端なく見られてるような気がする。特に男性の視線が……。
ううっ、早く終わんないかな。隣に呉羽君がいないと不安だよ……。
チラッと呉羽君を見ると、彼はフッと笑みを浮かべ、軽く手を振ってくれる。
あ、いつの間にか俺様じゃなくなってる。
私は嬉しくなって、彼に向かってニッコリと笑い、手を振った。
……ん? 何か今、男性の方々が、呉羽君を睨んだような……? 気のせいかな?
『では、このバンドウイルカの大和君に指示を出してもらいまーす!』
お兄さんの言葉を聞き、私はピクリと反応する。
……なんですって? 大和ですって?
何でこの可愛いイルカちゃんが、父と同じ名前なんですか!? イルカちゃんが可哀想じゃないですか、全く……。
『私と同じ動きをしてくださいね。そうすれば大和君があのボールめがけてジャンプしますから』
そうして私は、その言葉に従い、お兄さんが右手を上げるのと同じく、自分も右手を上げた。
すると、バンドウイルカの大和君は、見事ボールに向かって華麗なジャンプを見せたのだった。
んー、同じ名前でも、こうも違うんですねぇ。こっちの大和君は優秀です。
そんな事を思っていると、盛大な歓声と拍手が聞こえてきた。
その殆どが男性の声で、『うおー!!』という声に、私はビビルというか、怯えてしまう。
『それではお嬢さん。ありがとう御座いました!』
そう言って握手を求められ、私が右手を差し出すと、ガシッと両手で握ってきた。
カサリ。
あり? 何か手の中に入れられたぞ? 何だ? 紙?
そう思って、自分の手の中を見てみようとすると、
『さぁどうぞ、お席に戻ってくださーい!』
そう言われたので、私は席に戻る事にする。戻る間、男性達からは、何やらやたらと熱い視線をおくられた。
ううっ、何かやだな……。
「うー、呉羽くーん」
私は席に戻ると、彼に向かって手を伸ばす。
すると彼は、苦笑しながら、私の手を握ってくれた。
カサリ。
「ん? 何だこれ?」
あ、そういえば、握ったままだった。
呉羽君は私の手を覗き込む。
「ああ、それは何か、あのお兄さんが握手してきた時にくれたんですよ。一体何なんでしょうね?」
「………」
すると呉羽君は無言で、その紙を開く。そして無言でクシャリと握り潰す。
「ああっ、何するんですか!? 何が書かれてたんですか!?」
「……くっだらねー事だよ」
「えー? 何ですか? くだらない事って……?」
「……あのヤロー、他人の彼女に、何渡してくれてんだ……」
ボソリと呟く呉羽君。
だから一体、私は何を渡されたんだろう?
と、そうしている間も、私は一人で手を動かしてたりなんかする。
「……お前、さっきから何してんだ?」
「え? エヘヘ、恋人繋ぎです」
私は、繋がれた手を彼に見せる。
実はさっきから、私は呉羽君の指を動かし、指を割り込ませる作業をしていた。
「今日は、手を繋ぐ時は、こうしてたいです……」
ポソッと呉羽君に耳打ちすると、呉羽君は顔を真っ赤にさせ、「……バカ」と呟いた。
キューーン! あうっ! きたっ、呉羽萌えですっ!!
やっぱり、純情少年の呉羽君は、いい子いい子したくなりますなぁ。
ああ、ここがこんな人の多い場所じゃなければ、頭なでなでするのに……。
そう思って、周りを見回すと、私はギクリと体を強張らせた。
「く、呉羽君っ」
「……? 何だ?」
「何かすっごい見られてますっ」
「は? あ……」
呉羽君も、言われて気付いたようだった。
はうっ、またバカップルって思われたのかな? 恥ずかち〜!
私は顔を真っ赤にして、俯いてしまう。
なので、見ている殆どの者が、男性である事に気付けなかった。
「出よう……」
と、ショーが続いているのにも拘らず、私の手を引いて、この場を去ろうとする呉羽君に、私は戸惑うばかりであった。