最終話:ドールは君のもの
あ、切れちゃいました……。
私は、プツッと切れた携帯を眺める。
ロリータ三人衆にしがみ付かれた大空会長と別れた後、私は以前に何のヒントも無しで、私の居た屋上まで辿り着いた呉羽君のように、私も彼を探そうとした。
おし! 愛の力で見つけ出してやるもん!
等と意気込んだのはいいものの、片や学校、片や街中。
規模が違いすぎると言う訳で、仕方なくヒントを得ようと、携帯に掛けてみた所、何処からとも無く携帯の鳴る音が……。
これはっ! 間違いない、呉羽君だ!
だって、呉羽君の携帯の着信音は、武士ギャラクシーの着メロです。間違える筈ありません!
私はその音を頼りに、裏路地へと入り、そして見つけた。
呉羽君は、此方を振り向き、私を見たけれど、その視線は私の服へと……。
呉羽君の眉が顰められた。
はうっ、やっぱり嫌なんだ……。
そうして私は、慌てて彼からこの姿が見られぬように、物陰に隠れた訳である。
あうあうっ、嫌われちゃった?
もう、近付いてくんない?
そんな事を考え、しょんぼりとしていると、
「おい」
凄く近くから、呉羽君の声が聞こえた。
恐る恐る顔を上げると、そこには腕を組み、少々怒った顔の呉羽君が立っている。
「ピッ!?」
お、怒ってるよ? 何か呉羽君、怒ってる……?
やっぱり許してくれないの? ロリータ着てるから? 日向君の事、まだ誤解してるの?
あ、でもさっき、日向君笑ってたよね、誤解は解けたのかな?
色々な事が頭を過ぎり、私は縮こまって、
「呉羽君、御免なさい……」
と、謝っていた。
呉羽君は、ピクッと眉を上げ、聞いてくる。
「それは、何に対して謝ってんだ?」
へ? 何に対して?
「あうっ、だって、ロリータ着てるし、バイトの事黙ってたし、日向君の事だって……あれはただのデコチューです……」
「ああ、それは聞いた。でも、何処にしよーがキスはキスだ。お前だって、オレが副会長にあごにキスされた時だって、嫌だっつっただろーが」
「そ、そうですけど……」
「それに、俺が怒ってるのは、その事じゃねーんだけど……」
「へ!?」
「デコチューは、日向に一発殴った事で、俺の気は済んだ」
「えぇ!? 殴った!?」
ハッ、そういえば、日向君の頬が赤くなっていたような……。
「オレが怒ってるのは――」
「ひゃあ!?」
グイッと私は物陰から引っ張り出される。気が付けば、物凄く近くに呉羽君の顔があった
「オレが、ミカがロリータ着てる事で嫌いになるなんて、思われてた事なんだけど……」
ムスッとして呉羽君が言った。
え? じゃあ……。
「嫌じゃないんですか? 私がこんな格好してるの……」
「お前だって、オレが派手な格好してた時、オレから離れなかったじゃねーか……」
「え? あ、それはだって、呉羽君は呉羽君ですし……」
すると、呉羽君はフッと笑って、私の鼻をプニッと摘む。
「オレだって同じだよ」
「ふぇ?」
「どんな格好してても、ミカはミカだろ?」
「あ……」
私が目を見開いて、呉羽君を見上げると、彼は笑みを深くして、私のおでこにチューをした。
「く、呉羽君!?」
吃驚して、上ずった声を上げてしまう。
「一応消毒。他の奴には、もう触らせんなよ?」
うきゃ〜〜、呉羽君にデコチューされたよぅ。はうっ、ドキドキします……。
嬉しさと気恥ずかしさから、私は顔を真っ赤にして俯いていた。
そして、「あっ」と思い出す。
だから私は、呉羽君の袖をクイクイと引っ張り、呉羽君を見上げた。頬は熱いままだ。
呉羽君は、そんな私を不思議そうに見やり、
「ん? 何だ?」
と首を傾げている。
「……あの、私にも消毒させてください……」
「は!?」
「副会長にチューされた所……」
だってだって、今思い出してもやっぱりムカムカするし、今、呉羽君は消毒と言いました。
なら私も消毒したいです。時間は経ってしまってるけれど……。
やっぱりこういうのは、直ぐにやらなくては意味のないものなのでしょうか?
私はチラリと呉羽君を見る。彼はポカンと私を見下ろしていた。
え!? やっぱり時間制限ですか? 一週間以上経っちゃうと、駄目なんですか?
「だ、駄目ですか……?」
私がポツリと聞くと、呉羽君はポカンとした顔のまま、ぶんぶんと首を振った。
ホッと胸を撫で下ろす私。
「よかったぁ……」
そう呟くと、呉羽君にアゴチューをするべく、顔を寄せる。
「………」
「………」
物凄く見られている。落ち着かないし、恥ずかしい。
私は一旦視線を逸らすと、
「……呉羽君、恥ずかしいので、目を瞑っててください」
「っ!! うっ、あ……わ、わりー……」
呉羽君は慌てたようにそう言うと、ギュッと目を瞑った。
今彼は、顔を真っ赤にして、純情少年になっている。
ちゃんと目を瞑っているか、手を振って確かめると、うんと頷き、私は改めて顔を寄せる。
そして――。
プチュッと柔らかな感触。
あ、あれ? 柔らかいぞ? アゴだから硬い筈なのに……。
そっと目を開けて見ると、目を見開く呉羽君の顔がどアップで映る。
「………」
「………」
互いに見詰め合うこと、およそ10秒ほど。
トンと、爪先立ちだった足を元の戻すと、唇から柔らかな感触が消えた。
あ、あれ? 今、私何処にチューしたの? 目瞑ってて、よく分からなかったぞ?
あれ? でも、だって、あご周辺で柔らかい所って言ったら――……。
私は途端に理解し、自分の口をバッと押さえる。
ま、間違えたーー!!
はい、皆さん。チューする時は、ちゃんと場所を確認してからチューしようね? って、誰に対して注意しとんねーん!
ひゃーー、呉羽君が固まってるー!
「く、呉羽君、呉羽くーん! 御免なさい、間違えました! 今の無かった事にして下さい!」
うわーん、恥ずかしいよー! それにそれに、呉羽君との初チューは、もっとちゃんとしたかったよー!
私はチラリと呉羽君を見た。彼は口に手を当てている。
ギャー、なんか気にしてるよー! はうーん、こういう時、如何すればー!
隊長さーん、出てきてー! 最近、ぜんぜん出てこないんだもんなー!
……自分、男女の色恋沙汰には不器用なもので……。
ハァッ! 隊長出てきた! って、自分の分身が何言っとんねーん!
何て、自分自身につっこんでいる間も、呉羽君は確かめるように自分の唇を触っていて……。
「く、呉羽君?」
恐る恐る声を掛けてみると、彼は口に手を当てたまま、此方に視線を寄越す。
「あ、あのね? 目瞑っちゃっててね、それでね、間違えちゃってね……。だからっ、そのっ、今の無しでっ! 無かった事にして下さい!」
すると、呉羽君の視線がジトッとしたものになった。
何だか不機嫌そうである。
「はうっ、ご、ごめんなさいぃ〜!」
ビクビクしてそう謝ると、ぶにっと頬っぺたを摘まれた。
ちょこっと痛い。
「なーんで謝るかな、こいつは……」
「ふ……ひゃって、くれひゃ君、怒ってにゃい?」
「バカ! 何で怒んだよ! 逆に嬉いっつーの! それをお前は、無かった事にだとぉ!?」
「にゃ〜〜!! いひゃい! いひゃいれす、くれひゃ君!」
呉羽君は更に、もう片方の頬を摘み、ぶにぶにと引っ張る。
だがそれが、不意に止まる。
そして、摘まれてた頬は、今度は呉羽君の手のひらに包まれていた。
「? 呉羽君?」
私は不思議に思って彼を見上げると、呉羽君は物凄く真剣な顔をして、此方を見つめていた。
え? え? これって、これって……。
呉羽君は、首を傾けながら、ゆっくりと顔を寄せてくる。
チューなの? チューだよね? チューだぁ!
うわぁ、ドキドキしてきたー。
私は震える手を、ギュッと握り、目を瞑った。
そして、唇には彼の吐息が掛かる。
はぅん、緊張する〜。ちっちゃい頃にした、晃さんへのチューも、杏也さんにされたチューとも、全然違うよぅ。
そしてとうとう、呉羽君の唇が、私のそれに触れた。
それ……それというのは、私の鼻である。
パチッと目を開けた。呉羽君と目が合う。
あれ? そこ鼻だよ? 呉羽君も間違っちゃったの?
私がパチパチと瞬きをしていると、呉羽君は唇を離し、そして、
「口にされっと思ったろ?」
そう言って、ニッと笑った。
………チーン。
だ、だまされたぁーー!!
口をあんぐりと開けていると、呉羽君がブクッと吹き出した。
私はそんな呉羽君を見て、プクッと頬を膨らませる。
ムムムッ、酷いです、呉羽君。
ドキドキしたのにっ、ドキドキしたのにぃー!!
ムキーー!!
「呉羽君のバカちん! 杏也さん並に意地悪です!」
「おいおい、あんなのと一緒にすんなよ」
私が呉羽君の胸をポカポカと叩きながらそう言うと、彼は杏也さんの名を聞いて、面白く無さそうな顔をする。
「そんなの知りません! 知らないもん! 呉羽君も鬼畜な変態の仲間入りです! オカマさんにでも、何でもなってしまえばいいんです!」
「はぁ!? 何でそこでオカマなんだよ!?」
訳の分からないという顔をしながらも、その口元はニマニマとしている。
それを見て私は、更にポカポカと叩くのだが、その笑みは深くなるだけ。
「何で笑ってるんですかぁ!? こっちは怒ってるのにぃ!」
「だって、全然痛くねーし」
「だってそれは……」
惚れた弱みとでも言いましょうか、痛くしちゃいけないと思って……。
ムムム、ムキー!
「そんな事言うと、痛くしますよ! 本気で痛くしちゃいますよ! 痛いツボ知ってるんですからねっ! 父なんか、ギャフンって叫ぶんですからね!」
「ブッ、なんだよツボって、それにギャフンって……」
「あー、笑いましたね!? バカにしましたね!? 本当に父はギャフンって叫ぶんですよ!」
更に私がポカポカと叩こうとすると、
「こんのっ、バカップルがぁーー!!」
という叫びが、裏路地に響き渡る。
私は呉羽君を叩くのをやめ、そちらに目を移すと、そこにはロリータ三人衆を引きずり、顔を真っ赤にさせるチェリーボーイ会長……基、大空竜貴会長が立っていた。
「何でてめーがここに……」
呉羽君の呟きが聞こえる中、ロリータ三人衆が、此方に向かってすまなそうな顔をする。
「ドール様、ごめんなさいぃ!」
「うちら、必死で押さえとったんやけど」
「このイケメン、見かけによらず、バカ力でありんす!」
そして、彼女達は一様に赤い顔をしていた。
「何かもう、すっごいラブラブだったね……」
「バカップル炸裂やったな……」
「何か見ていて、恥ずかしかったでありんす……」
「お前らっ、イチャイチャするのも大概にしろ! 出るタイミングが掴めないだろーが!」
会長が吼える。
………チーン!
見ーらーれーてーたーー!! 何処から!? 一体いつから見られてたの!?
「イ、イチャイチャって、私は叩いてただけですよぅ……」
「そんなもの、叩いてたとは言わん! じゃれ付いてたんだ! そんな事するくらいなら、俺を縛ってくれた方が時間を有効に使えるぞ!」
「どーゆー理屈だそれは!」
呉羽君がつっこんだ。
『ねーねー、この人、この前のドール様の彼氏様と一緒にいた人だよね』
『あ、言うたらアカン。ドール様程のお人は、彼氏の一人や二人いても可笑しくあらへん』
『お、大人でありんす……』
そんな三人衆のヒソヒソ話が聞こえる。
「き、君達!? それ違うから!」
「ああ、まだここにいたー。もう遅いよ、二人ともー。撮影始まっちゃうよ? って、あれ? 何でこんな所に会長がいるの?」
『ああっ、あれは彼氏様!』
『アカーン! 泥沼や! 修羅場や!』
『生昼ドラでありんすか!?』
「え? ああ、君達は、この前の……。あはは、違う違う。本物の彼氏はあっち。俺ってば、ついさっき振られたし、俺、二人の友達だから!
それよりも、早く戻んないと! 皆待ってるよ!」
日向君は明るく笑って私達を促す。その頬っぺたには、呉羽君に殴られた痕があった。
そうして私達は、店に戻るのだが、その中で私は、ツンツンと肩を叩かれる。何だろうと思って振り返ると、呉羽君がグイッと私の腕を引っ張り、気付けば目の前にはどアップの彼の顔。その瞳は熱っぽく私を見やり、そして何より唇には柔らかな感触と、濡れた何かが……。
そしてその時、私は恋人同士のチューがどんなものか思い知らされたのだが、あまりの事に呆然としていると、呉羽君が名残惜しげに離れる。
何事も無かったかのように前を向く呉羽君。しかしその耳は、よく見ると真っ赤だ。
私もまた前を向くのだが、私はギクッと体を震わせた。
前を歩くロリータ三人衆の一人が、顔を真っ赤にして此方を見ていたからだ。
またもや見られてたっ!? た、確かあれは黒苺ちゃん?
「ん? 何や、黒苺。顔真っ赤にして?」
「本当でありんす。何かあったでありんすか?」
「え? ううん、な、何でもないよ? あはは、ただちょっと暑いなぁ〜って!」
私はホッと胸を撫で下ろす。黒苺ちゃんは気を使って、黙っていてくれるようだった。
ふと、手に温もりを感じる。見れば呉羽君が手を握ってくれていた。私も答える様に手を握り返すと、彼は私の指の間に指を絡め、ギュッと握り締める。
はわわっ、こ、これは手を繋ぐ中でも最上級なのではっ!
これが一体何繋ぎと呼ばれるものなのか、それは店に戻った時、姉の一言によって判明した。
「ああー、ミカちゃんってば、恋人繋ぎしてるー! いやーん、メルヘン!」
いや、だから、メルヘンの使い方が変だって……。でも、そっか、恋人繋ぎって言うのか、これ……。エヘヘ、何だかくすぐったい。
「ああー、駄目だぞ? 今は彼女はドールなんだから。ドールは皆のドールなんだぞ?」
杏ちゃんがそう言って、私と呉羽君を引き剥がした。
ムムッ、やっぱり杏也さんは意地悪です!
そうして、撮影所に連れて行かれ、撮影が始まったのだった。
++++++++++
そして後日――。
「会長、会長!」
慎次が、息せき切って生徒会室にやって来る。
「何だ、そんなに慌てて……」
「フフフ、これで会長もドールの虜ですよ! 見て下さい!」
バッと慎次が、竜貴の目の前にある物を差し出す。
「………」
「如何です、会長! ドールの笑顔ですよ! とびっきりの笑顔ですよ! まさか、ドールが雑誌の表紙に載るなんてっ、それも滅多にお目にかかれない笑顔でっ! 会長この前、無表情とか言ってましたよね? 如何ですか、これ? これで会長も――」
「……ハァ」
「っ!? そんなっ、このドールの笑顔を見て溜息をつくなんてっ!」
(そんな、あの男に向けた笑顔見せられてもな……)
竜貴はそう、心の中で愚痴る。
あの後、撮影の為に店へと戻るミカについていった竜貴。
始まる撮影を前に、緊張した面持ちのミカに、カメラマンが一言。
『はーい、ドールちゃん? 好きな人とのデートでも思い浮かべてー……』
その言葉に顔を赤くするミカだったが、明らかに表情が柔らかくなった。
そして、その目線の先には――。
「……ハァ」
またもや溜息をつく竜貴。そして、慎次の持ってきた雑誌に目を向ける。
(全く、ついて行かなければよかった……。あれじゃ、入り込む隙などないと、思い知らされたようなものじゃないか……)
撮影の間中、ミカと呉羽は見詰め合っていた。それはもう、二人だけの世界である。
「あの、バカップルが……見てるこっちが恥ずかしい……」
「ああっ、会長! やっぱり、一ノ瀬さんがいいんだ! こ、これが会長の一ノ瀬さんへの純粋な想い……負けたっ」
慎次はドールの載っている雑誌を手に、その場にガクッと膝をつく。
その雑誌の表紙には、とても嬉しそうに、そして幸せそうなミカの笑顔。
(皆のドールか……)
杏也が言った言葉を、思い出す竜貴。
しかし、ドールが一体誰のものであるのか、それはこの笑顔を見れば一目瞭然だろう。不覚にも竜貴は、この笑顔にときめいてしまうのだった。
「杏ちゃん、杏ちゃーん! 見て見てー! ミカちゃんが表紙になちゃったー!」
「あは☆ それ見たら、ミカちゃん吃驚しますねぇ」
「あ、そーよねー。ミカちゃんこういう目立つの、好きじゃ無さそうだもんね……」
ミカ姉、マリは、出版会社から送られてきた雑誌を見てしょんぼりする。
「ああーん、ミカちゃんも一緒に、この喜びを分かち合いたいのにー!」
「それは残念ですねー」
「いーもん、いーもん。こーなったら杏ちゃんと、この喜びを分かち合うんだもん。ね、杏ちゃん?」
「ウフフ、いーですねぇ♪ 街にでもくり出しますかぁ?」
「エヘヘ、いいわねぇ……あ、でも、街って言えば、杏ちゃんこの前、街で見かけたわよ?」
「え? 本当ですかぁ? もう、やだなぁ店長、一声かけてくれればよかったのにぃ」
「うーん、そうしようかとも思ったんだけどね? でも、何で杏ちゃん、男の子の格好してたの?」
杏也はピシリと固まる。
「あ、でも、すっごく格好よかったわよ? ウフフー、杏ちゃんってば、男装も趣味だったのね? それはそれでメルヘン、でしょ、やっぱり」
「……店長? どうして杏って分かったんですかぁ?」
「え? うーん、どうしてって言われても……雰囲気とか、仕草とか、癖とか?」
「……ふーん、じゃあ店長ってば、そんなに杏の事見ててくれたんだぁ……」
「ん? 杏ちゃん? 何か目がギラギラしてるわよ?」
「そう? でも店長、もし杏が男だって言ったら、如何します?」
「えぇ!?」
ズズイと顔を近づけてくる杏也に、戸惑う声を上げるマリ。
「失恋には、新しい恋だと思わない? ねぇ、店長?」
「ふ、え? あ、杏ちゃん? 何か声低いわよ? それに新しい恋って……えぇ!?」
「フフ、こういう時は、メルヘンって言わないんだ。俺、新しい恋は遠慮なんてしないから、覚悟してね、マリ……」
そしてここにも、ドールが表紙の雑誌を手にする者が。
「全く、こんな物を買って、諦めが悪いよなぁ、俺も……」
真澄であった。
「あら? お姉さまの魅力を前に、そう簡単に諦められるものであって?」
「え? あ、薔薇屋敷さん。それに杜若さんも」
「………」
真澄の目の前に、乙女と杜若が立っている。因みにここは教室。朝である。
そして、ミカと呉羽はまだ来ていない。
「わたくしもこの雑誌、買い占めましてよ。今、お兄様と共に、どちらがより美しくスクラップできるか、競争している所ですわ」
「私も一冊、手に入れました……」
杜若が、何処から取り出したのか、彼もその雑誌を取り出して見せる。
「……もしかして、杜若さんも諦められないとか……?」
「……諦めるも何も、私とミカお嬢様は、主人と使用人の関係です。色恋沙汰など、ご法度です」
「言うなれば、杜若は、禁断の関係で萌えているのですわ。またの名を、フェチとも言うのかしら?」
「お、お嬢様!? そ、そのような事は決して……」
「……その慌てっぷり様は、図星だったんだね……」
真澄は焦る杜若を見て呟く。そしてふと、窓の外を見た。
「あ、一ノ瀬さん達、登校して来るよ。うわ、恋人繋ぎして……この雑誌の取材があってから、ますますラブ度が上がったよね……。それに、この前デートもしたって言うし。何かバカップルにも磨きが上がっちゃって……」
「ああん、でも、呉羽様といる時のお姉さまが、一番萌えますわ……」
三人は、仲良く笑い合うミカと呉羽を眺める。
仲良く手をつなぎ合って歩く二人。ミカは、呉羽に向かって、可愛らしく微笑んでいる。
「そうなんだよねー、つまりは、如月君を想ってる一ノ瀬さんが、一番可愛いんだもんなぁ。そんでもって、そんな一ノ瀬さんの事が、ますます好きになっちゃってるんだから、始末に終えないよね……」
乙女も杜若も、その真澄の言葉に苦笑する。
ドールは皆のドール。だけど、その笑顔はたった一人に送られたもの。
(この幸せ者め!)
三人は心の中で、ミカの隣で歩く幸せそうな彼に向かって、そう叫んでいたのだった。
〜ショーウィンドウのドール・終〜
これにて本編終わりです。
次回からは、番外編や特別編をお楽しみください。




