第六十話:嵐の土曜日part4
私は店の外を走っている。帽子は邪魔なので置いてきた。
杏也さんにはあの後、
『仲直りしたいんなら、待ってるだけじゃ駄目だぜ? 自分から動かなきゃな』
そう言われ、私は今、ここにいる。
ううっ、杏也さんという人が、さっぱり掴めません。
物凄く意地悪になったかと思えば、今みたいにいい人になったりもして……。うーん、大嫌いなどと言ってしまって、悪かったですよね、後でちゃんと謝らねば……。
それにしても、呉羽君は何処にいるんでしょうか? 日向君も一緒にいる筈だよね……。誤解は解けたのかな……?
私はキョロキョロと辺りを見回す。
そして気付いた。
道行く人が皆、私を見ている。遠巻きに、そしてじろじろと……。
………チーン。
ハァァッ!! 私今、物凄く目立っています!
私は改めて、自分の姿を見下ろす。
あうっ、せめて上に何か羽織るべきでした……。
こ、こんなんじゃ、呉羽君を見つけたとしても、呉羽君は近づいてくれないかもしれません……。だって、呉羽君は派手派手ロックが好き……。
今の私は、真逆です。甘々ロリロリです……。
私がシュンと項垂れていると、
「あ、一ノ瀬さん?」
こ、この声はっ!
私は、ギギッと首を其方に向けた。
そこには、我が学園の生徒会長で、棚上げ嘘吐き男改め、チェリーボーイ大空竜貴の姿が……。
ハァッ!! 何か出て来やがったであります!
「大空会長、何故こんな所に……」
そうは言っても、今日は土曜日。
会長が街に繰り出していても、何ら不思議はない訳で――……。
「いや、ネットアイドルをしている一ノ瀬さんの姿を見つけて、最初はあまりに無表情なんで、ただ君に似てるだけかとも思ったんだ。でも確かめたくて、こうして君に会いにきた」
ナ、ナンデスッテ!? ネットアイドル……?
な、ななななんじゃそりゃー!!
私がショックを受けていると、会長は私をまじまじと見て、そしてポッと頬を赤らめた。
「一ノ瀬さん。その……凄く可愛いよ、その格好……。それで……好きです。俺を縛ってください……」
そう言いながら、ゴソゴソとポケットを漁る大空会長。そこから出て来たのは、束ねた紐。
それを私の手の上に置いた。
「ついでに、目隠しもしてくれると、嬉しい……」
今度はスカーフも取り出して、紐の上にポンと置く。
………ウゾゾゾゾッ。
ペイッ!!
私は激しく寒気を感じたので、それを捨てた。
「ああっ! そんな投げ捨てるなんて、酷いじゃないか、一ノ瀬さん! 俺の純粋な気持ちを!」
「そんなもの知りません! 今、私は呉羽君を探してるんです! そこ退いて下さい!」
「何!? 如月呉羽もいるのか!? ヌヌッ、いやでも、それでも構わない! 彼を探しながらでも、俺を縛って――」
「出来るかっ!!」
ベシィッ!!
私の激しいつっこみが、会長の胸に炸裂する。
「ああっ、ドール様がイケメンをつっこんでる!」
「流石はドール様や! 完璧なつっこみやったで!」
「ドール様は、つっこみも華麗でありんす!」
その時、そんな歓声が上がった。
見ると、そこにはロリータを着た、あの三人衆が……。それぞれに、ゴスロリ、パンクロリータ、和ロリを着ている。
名前は確か――。
「黒苺……紅百合……小豆……だっったけ?」
ポツリと呟いたそれを、聞きつけた三人が、感激して叫ぶ。
「聞いた!? ちゃんと僕らの名前、覚えててくれたよ!?」
「凄い記憶力やな!」
「流石ドール様でありんす。信者一人一人にも気に留めてくれるなんて……」
そう、彼女達は信者なのだそうだ。それも、ドール教信者なる者達。
どうゆうこっちゃ!?
と言いたい所だが、今は会長も含めて、彼らに構っている余裕はない。
「では私、人を探してるので、これにて失礼!」
シュタッと片手を上げ、去ろうとするが、私の目の前に大空会長が立ち塞がる。
「それは、如月呉羽の事なんだろう? 前から思っていたが、あの男の何処がいいんだ? 俺の方が、如何考えてもあの男より上だろう?」
「うわっ、言い切っちゃったよ、この人!?」
「どんだけ自信家なんや!」
「でも、イケメンでありんす!」
フンと胸を張って断言する会長に、ロリータ三人衆は、それぞれにそんな事を言った。
私は、此方を見下ろしてくる彼を真正面に捉え、そして言ってやる。
「呉羽君は、自分の事を棚に上げないし、嘘吐きじゃありません!」
「うっ!」
「それに、縛ってくれとも、目隠ししてくれとも言いません!」
「ううっ、しかしそれは――」
『し、縛る!? 目隠し!?』
『どんなアブノーマルなプレイやねん!』
『わっち等には、まだ早いでありんす……』
ロリータ三人衆が、顔を赤くしながらヒソヒソと話すのが、此方にも聞こえてきた。
私は今度こそ、彼の横を通り、その先に行こうとした。
しかし、
「待ってくれ!」
腕を掴まれてしまう。
ムキー! しつこい!
会長のどてっぱらに、一発お見舞いしようかと考えた時、
「ドール様、ここは僕等にまかせて、行って下さい!」
「うち等が、この男を押さえといたる!」
「さぁ、早く行くでありんす!」
「なっ!? 何なんだ、君達は!? いいから放すんだ!」
ロリータ三人衆が、会長にしがみ付いている。
彼はその事に驚き、私の腕を放した。
むほ!? 放した! やったね♪
でかした、ロリータ三人衆!
私は心の中で、彼女達をそう褒め称える。
「ありがとう、君達! それでは会長、さようなら!」
三度目の正直です!
私は今度こそ、会長に別れを告げる。
そして背後では、
「ああっ、待ってくれ、一ノ瀬さん!」
「ムフフ、僕達イケメンに抱きついちゃってるよ!」
「うわぁ、ドッキドキやなぁ!」
「こんなチャンスは、滅多にないでありんす!」
そんな彼等の声を聞いたのだった。
++++++++++
「ううっ、痛い……」
赤くなった頬を押さえながら、日向が呟く。
あの後、オレは言葉どおり、日向を殴ってやった。
そして今、日向はオレを恨みがましくねめつけている。
「本当に、手加減無しなんだもんなぁ、如月君……」
「結局、一発にしてやったんだから、ありがたく思え」
「ええっ、そんな思えないよ」
「あのなー、日向。お前、ミカにプロポーズとかしてただろう……」
「うえぇっ!? 何でその事を!?」
ああ、やっぱりこいつだったか……。
ギクッとして此方を見る日向に、オレはニッと笑ってやる。
「それなのに、こんなんで済んだんだ。その事も含めて、ありがたく思えっての」
「あー、うー……あまりに心が広くて、俺泣いちゃうよ……」
苦笑いしながら日向は言った。「何だそりゃ」と呟き、オレはククッと笑う。すると日向も、ははっと笑うのだった。
「それにしても、何でミカはオレにバイトの事、隠してたんだ?」
腕を組んで考えていると、その疑問に日向が答えた。
「ああー、何か嫌われちゃうと思ってたみたいだよ」
「はぁ!? 何でだよ?」
んな事で、嫌う訳ねーじゃねーか!
すると日向は、困ったように笑いながら、こう言った。
「それはまぁ、ロリータショップだしね。一ノ瀬さんとしては、恥ずかしかったんじゃない?」
その言葉に、漸くオレは納得する。
確かに、ただロリータショップで働いてるって聞いたら、ちょっと引くかもしれない……。それに、普通好きのミカとしても、知られたくない事実だったのかもな……。でも、そうだとしても……。
ハッ、じゃあ今、ミカはどんな気持ちでいるんだ? オレに知られたと分かって、嫌われたのかもしれないと不安になってるのか?
だとしたら、早いとこミカに会わねーと。
全く……あいつは全然分かってない……。そこんとこも、しっかり教えてやんねーとな。
オレは店に戻るべく、日向に声を掛ける。
「戻るぞ、日向」
「ああ、そうだね。一ノ瀬さんも待ってるしね。きっと、不安がってるよ」
そして、二人で戻ろうとした時、オレの携帯が鳴った。
ああ、くそっ! こんな時にっ!
オレは苛立ちと共に携帯を取り出し、見てみると、それはミカからのものだった。
「……ミカ?」
「え? 一ノ瀬さんから?」
オレが携帯に出ると、聞き覚えある声が聞こえてくる。
『く、呉羽君、ごめんね』
いきなり謝られた。
それに、何だか息も弾んでいるような……。もしかして、走ってるのか?
「おい、ミカ? 今お前、何してんだ?」
『あのね、あの時学校でね、呉羽君何のヒントも無しで、私の事見つけてくれたからね、私もそうしようと頑張ってみたんだけどね……』
「って、お前、オレの事探してんのか!?」
「え!? 一ノ瀬さん、お店出ちゃったの!?」
オレの言葉を聞いて、驚く日向。
「待っててって、言ったのになー」
そう、ぶつぶつと文句を言っている。
「あの時はお前、学校だったし、大体予想できる範囲だったろうが。
とにかく今何処にいんだよ? 下手すりゃすれ違いになっから、今居る所から動くな」
オレはそう言うのだが、ミカはオレの言葉を無視するように続ける。
『でもね、頑張ったんだけどね、分からなくて、ヒント貰っちゃいました……。でも良かった、思ってたよりも、近くに居てくれて……』
すると、オレの隣に居た日向が、俺の肩を叩く。見ると奴は、オレの背後を指差していた。
そしてニッと笑って、
「俺、先に戻ってるよ。お店の人とかにも、少し待つように言っとくから。あまり、遅くならないようにね」
そう言うと、走り去ってしまった。
オレは後ろを振り返る。そこには、携帯を手に、オレを見つめるミカの姿があった。
服装は、ロリータのままだ。
こんなんで走り回ってたのか!? こいつ……。
最初ミカは、オレを見て嬉しそうな顔をしていたが、ハッとして自分の姿を見下ろすと、慌てたように周りを見回し、近くの物陰に隠れてしまう。
「……おい、何してんだよ……」
オレは、未だ繋がったままの携帯に向かって話しかける。
『あうっ、だって、嫌ですよね? こんな格好……』
あ、日向の言ってた通りだ……。
オレはハァーと息を吐き、携帯を切ると、ミカが隠れている方へと歩き出した。
いよいよ次回、最終話です!