表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/110

第五十八話:嵐の土曜日part2

 俺は今、目の前でインタビューをされているドールを見つめていた。


 ああ、やっぱり生のドールはいいな。ここの所、ずっと写真で君を見ているだけだったもんな。

 それにしても……こうして聞くと、本当にドールと一ノ瀬さんの声って似ているよね。


 俺は、質問に答えるドールの声を聞きながら、そんな事を思った。


 それに、時折ドールの姿が一ノ瀬さんとダブって見える時もあるし……。やっぱり、親戚だからかなぁ……?

 あ、そういえば、今日は一ノ瀬さん、バイトに来てないのかな?

 ……ハッ! そっか、デートだ! この前、一ノ瀬さんにお決まりデートコース書いて渡したんだった!

 今日は土曜だし、早速、デートに行ってるのかな? あはは、今頃バカップルぶりを発揮してるかもね。

 あ、でもなんで薔薇屋敷さん、ドールの事お姉さまって言ってんのかな?

 一ノ瀬さんじゃ飽き足らず、ドールにまでラブだなんて……。

 それに、変な事も言ってたな。彼氏が如何のとか。俺の事じゃ無さそうだし……。


 と、俺はここで、深く考えるのを止めた。

 何だか、考えてはいけないと、俺の中で何かが危険信号を出している。


 それよりも、今はインタビューの内容を聞いていよう。

 杏さんのメールでは、聞けなかった事も聞けるかもだし。


 そして得られたドールの情報。


 まずは誕生日。8月15日。

 真夏だね♪ 獅子座だね♪

 そして血液型。AB型。

 二面性を持ってて、天才が多い型だね♪ 俺、O型だし、そんなに相性は悪くないかも?

 それから趣味は読書。

 まぁ、これはやっぱりというか、ショーウィンドウの中でいつも読んでるしね。

 後は休みの日は何をしてるか。

 ドールは意外にも、料理が得意らしい。

 美人で家庭的、理想だね! ああ、ドールの手料理……食べてみたい!


 それから後は、この仕事を始めた切欠とか、ロリータはどんなのが好きとか聞かれていたけど、そんな質問の時は、ドールは一ノ瀬さんのお姉さんで、この店の店長さんがホワイトボードに書いたものを喋っていた。

 そして、最後の質問。

 この質問をする時、ドールに質問している人が、俺の方をチラリと見た。


 ……? 何だろ?


「えーと、最後の質問ね? じゃあ、ドールちゃんには、彼氏はいますか?」


 俺はゴクリと唾を呑みこみ、ドールを見た。


 何だか、聞きたいような、聞いてはいけないような……。


 すると、ドールは俺の方を見た。

 何か、思い詰めた顔をして、そして意を決したように口を開く――……。


「あは☆ それはノーコメントでお願いしまぁす!」


 その時、杏さんが割り込み、そのように言った。


「だってぇ、ドールちゃんは、皆のドールだもん。そこの所は想像にお任せしますって事で!」


 そうして、インタビューは終わった。

 ドールは俺の元にやってくる。


「あの、日向君。お話、いいですか?」


 そう言って、此方を見上げてくるその不安げな顔に、俺はただ頷くのだった。



 ++++++++++



「乙女! これは一体、どういう事なんだい!?」

「どういう事も何も、見ての通りですわ!」


 店から出た後、この薔薇屋敷兄妹は二人、対峙していた。


「お兄様を、お姉さまに近づける訳にはいきません!」


 そう叫ぶ乙女を、輝石は悲しげに見つめる。


「そんな……乙女、君は兄である僕の言う事をよく聞く、素直ないい子だったじゃないか……。それに、お姉さまだなんて……。君は、ドールの妹にでもなったつもりかい?」

「その通りですわ! わたくしは、お姉さまの永遠の妹ですもの!」


 その言葉に、輝石は眉を顰めた。


「そう言えば乙女。この前、我が家に遣って来た、あのみすぼらしい女の子にも、お姉さまと言っていたね……。もしかして君は、気に入った女の子全てをお姉さまと呼んでるんじゃないだろうね?」


 輝石は、あの時の少女を思い出す。あの決闘の時、対峙した彼女が何故か、ドールに見え、そして勝つ筈の勝負に負けてしまった。忌まわしい記憶。


「わたくし、そんな事しませんわ! お姉さまはただ一人です!」

「だって乙女、君はドールにも……」

「ですから! お姉さまは一人しかいないんです!」

「……? 何を言っているんだ? 乙女、訳が分からないよ?」


 それから乙女は、信じ難い事を輝石に告げた。


「お兄様を負かしたお姉さまも、ドールのお姉さまも、同じお姉さま……。一ノ瀬ミカという一人の女性ですわ! お兄様がみすぼらしいと称した方がドールですのよ!」

「っ!!」




 そして同じ頃、彼らの執事である杜若兄弟もまた、お互いに向き合い、対峙していた。


「執事たる者、成す事は全て主人の為であれ。私や父は、お前にそう教えた筈だぞ?」


 流音は言う。そして吏緒は、兄のその言葉に頷いた。


「はい、ですので、そのように動いております。お嬢様とミカお嬢様の為に……」


 ピクリと流音が反応する。


「……ミカお嬢様だと!? まさかそれは、ドール様の名前なのか!?」


 吏緒が頷くのを見て、流音の纏う空気がガラリと変る。


「吏緒、お前はドール様について、何を知っている?」

「それは、ドール様から手を引いてもらわなければ、教える事は出来ません……」


 吏緒は、兄である流音を静かに見据え、ある覚悟を持ってそう言った。


「……それは、力づくで聞けという事か?」

「そうとって貰っても、構いません……」


 流音の表情が、威圧感のあるものへと変る。


「フッ、覚悟は出来ているという訳か。では、ドール様について聞かせてもらう!」


 流音は、身を低くしたかと思うと、リオに向かい真っ直ぐに突っ込んでくる。

 しかし、吏緒は動じず、真正面から兄を見据え、彼に向かっていった。



(な、何なんだ、これは!?)


 竜貴は、目の前で繰り広げられる壮絶な戦いを、呆然と見ていた。


(あれは、いつも俺の邪魔をする執事じゃないか?)


 慎次から見せられたドールの写真を見て、ミカかどうか確かめるべく、本物を見ようとそのロリータショップに行こうとしていた竜貴。

 しかし、ちょっと道に迷い、うっかり裏路地に入ってしまった彼は、そこでとんでもないものを目撃してしまった。

 それは、あの杜若とか言う執事と、彼によく似た金髪イケメンの戦い。


(何でこんな所で、戦っているんだ? ス、ストリートファイト?)


 そんな事を思ってしまう竜貴であった。


「クッ、強い! 吏緒、お前いつの間にこんなに――」

「兄さん、私は今までに、貴方に遠慮しすぎていました。でも、今日は一切、遠慮などしません!」

「何だと!?」


 流音が目を見開く中、吏緒が何の迷いも無く、肘をその顔面に向かい打ち出す。


「くっ!!」


 しかし、済んでの所で、流音は両手でそれを受け止めた。

 だがそれは、視界を塞いでしまう事となる。一発受ける覚悟で、流音は身構えるが、その衝撃は、全くの予想外の所から繰り出された。


「なっ!?」


 そして気が付けば、流音は地面に膝をついており、吏緒はそれを後ろから見下ろしていた。

 そう、衝撃は後ろから来たのだ。

 なので、何の構えも無しに、無防備に攻撃をそのまま受けてしまい、このような事になっている。暫くは立てそうもない。


「主人を守るのも執事の役目。ミカお嬢様は、私の心の主です……」

「吏緒……お前は……」


「杜若!」

「流音!? 何で膝をついて――ハッ、まさか二人は戦ったのかい!? しかも、流音が吏緒に負けた!?」


 信じられないと言うように、目を見張る輝石。


「……申し訳ありません、輝石様……」


 流音が力なく項垂れる。主人にこのような姿を見られたのだ。当然であろう。

 そして吏緒は、輝石に向かって頭を下げると、


「輝石様、どうかあの方から身を引いて下さい。あの方は――」

「みなまで言わなくても、分かっているよ」

「……? 輝石様?」

「杜若、お兄様は分かってくれましたわ」

「お嬢様? では――」


 吏緒が顔を明るくして輝石を見ると、彼は苦い顔をして呟く。


「まさか、あのみすぼらしい女の子がドールだったなんて……。僕は何も分かっていなかったんだね。そして、彼女の心を捕らえた男というのは、そんなみすぼらしい姿の時の彼女を好きになったと言うじゃないか。

 僕の心は今、敗北感に打ちひしがれているよ……」

「……輝石様……」


 こうして、二組の兄弟対決は幕を閉じた。

 そして、そんな裏路地の片隅で、竜貴は彼らを眺め一言。


「さっぱり訳が分からん……」


(しかし、あのドールというのがやはり、一ノ瀬さんだという事は分かった……)


 彼らの会話を聞き、そう確信した竜貴であった。





「……えっと、話って何かな?」


 此方は店の控え室。真澄の目の前には、ドールの姿をしたミカがいる。

 ミカは眉を顰め、難しい顔をして真澄と向き合っていた。

 そして真澄は、ある予感を持って、そんなミカを見る。


「日向君、あのですね、実は私――」

「ちょ、ちょっと待って!」

「え?」


 ミカは言葉を遮られ、ぱちぱちと瞬きをした。

 真澄は、胸に手を当て、スーハーと深呼吸をしている。そして、彼はグッと顔を引き結ぶと、「どうぞ」と言って、続きを促した。

 ミカはその行為に首を傾げながら、真澄にあの事を告げる。


「日向君……実はずっと隠してましたが、私は一ノ瀬ミカです……」

「………」


 真澄は無言だ。


「えと、日向君? あの、学校でいつも会っている、一ノ瀬ミカですよー?」


 ミカは、反応の無い真澄の顔を覗き込みながら、もう一度言った。

 すると真澄は、ゆっくりと目を瞑ったかと思うと、ハァーと深い溜息をつく。


「うえっ!? えと、あのっ、そのっ、だから私、日向君の気持ちには答えられないと言うか、だって、私は呉羽君と――」


 溜息を付く真澄を、怒っているのかと思ったミカは、慌てたように言葉を続けた。

 しかし、今度は手を前に突き出す事によって、その言葉を遮る真澄。

 そして、じっとミカを真正面から見詰めた。


「ああそっか、だから俺……」


(あの時、胸が痛んだのか……)


 呉羽と仲良くするミカを見て、胸がチクリとした事を思い出す。


(そうだよなぁ、幾ら親戚でも、こんなに似てる筈ないもんなぁ……)


 普段のミカを見ても、この頃はずっとドールを見ているような感覚になっていた真澄。

 心の何処かでは、もしかしたら分かっていたのかもしれないと、真澄は思った。


(だって、そんなに驚きはないもんな……)


「あの、本当にごめんなさい……怒ってますよね? 折角、最近お友達になれたと思ったのに……」

「えぇ!? それじゃあ、これからは友達になってくれないの!?」

「え?」


 ミカはキョトンと真澄を見る。

 真澄はそんなミカを見て苦笑すると、いきなり頭を下げた。


「一ノ瀬さん、ごめん!」

「え!? はい!? な、何ですか? いきなり……」


 戸惑うミカは、如何すればいいのか分からずに、手を上げ下げしてしまう。


「俺、心の何処かでは、一ノ瀬さんがドールなのかもって、分かってたんだと思う」

「えぇ!? だって、そんな……」

「きっと、信じたくなかったんだ。いつも学校で見ている女の子が、ふと街角で見かけた凄く綺麗な女の子だったなんてさ。

 俺、ずっと一目惚れだって思ってたのに、それじゃ、一目惚れなんて言わないじゃん。それに、見た目で判断してる最低な奴みたいだし……」

「うう、それは……」

「あ、否定しない。あはは、一ノ瀬さんもそう思うんだ。まぁ、そうだよなぁ……今までの俺を思えば、確かに最低な奴だよね、うん」

「でもっ、それは日向君が、素直な性格だったからじゃないですか? 告白されても、素直に返事してただけなんじゃあ……」


 ミカにそう言われ、真澄は驚いたようにミカを見た後、嬉しそうに笑った。


「やっぱり一ノ瀬さんは変ってるよ。普通、こんな奴嫌って当然じゃん。あ、でも最初は嫌ってたのか」

「あ、それは御免なさい」

「あはは、いいって、結局は友達にまで昇格したんだし。如月君も、最近は結構話し掛けてくれるし。うん、ちゃんと応援できるや、俺」

「あ……」

「だって如月君って、ドールの時の一ノ瀬さん知らずに好きになってくれたんでしょ? ちゃんと一ノ瀬ミカって言う女の子を好きになってくれたんじゃん。だとしたら俺、敵わないし、勝てる気もしないや」

「あうっ、日向君……。いい人です……」


 ミカはポロポロと涙を零す。

 そして、顔を俯けた拍子に、帽子を落としてしまった。


「おっと。うわ、結構重いね、この帽子……」


 落ちた帽子を拾って、思ったよりも手にズシッと来て、驚く真澄。そして、ミカを見て苦笑した。


「一ノ瀬さんって、結構泣き虫だよね。甘えん坊な所もあるし。ねぇ、一ノ瀬さん……今では俺、一ノ瀬さんの事もちゃんと好きだよ」

「え?」


 涙を浮かべ、真澄を見上げるミカ。

 真澄は、帽子をミカに被せると、その額にチュッとキスをした。


「んなっ!?」

「えへへ、デコチュー頂き!」


 驚き、額を押さえるミカに、真澄は二カッと笑って見せた。

 と、その時、


「何してんだよ、お前ら……」


 ミカと真澄は目を見開いた。


「え!? 呉羽君? どうして……」

「あれ? 如月君?」


 控え室の扉を開け、呉羽がそこに立っていた。

 その手には、野球帽を握り締めている。

 そして、怒りで顔を赤く染めながら、拳でガツンと扉を叩くと、その場を去っていってしまった。


「あ、呉羽君!?」


 戸惑うミカは、ただ呉羽を見送る事しか出来ない。

 そして真澄は、一度ミカの方を見て、「あちゃ〜」と額を押さえた。


「えっと、ごめんね、一ノ瀬さん。如月君、俺のせいで、何か誤解しちゃったみたいだ」

「え……?」

「つまり、一ノ瀬さんは扉から後ろ向きでしょ? そんでもって、この帽子。そして今の俺のデコチュー」

「あ……」

「分かった? 如何やらキスしてたと思ったみたい……」


「な、何ですと!? 今度は逆ですか!」


 思わずそう叫んでしまうミカ。しかし、今はそれ所ではない。慌てて呉羽を追おうとするが、真澄に肩を掴まれ、止められてしまう。


「一ノ瀬さん、その格好じゃ、追いつけないよ! 俺が後を追いかけるから、君はここで待ってて! 必ず連れて来るから!」


 真澄はそう言うと、ミカをその場に残し、急いで呉羽の後を追うのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ