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第五十七話:嵐の土曜日part1

 なっ!? ちょっと待てよ! これって如何見てもミカだよな!?

 カツラ被ってて、化粧もしてるけど、間違いなくこれはミカだ。


「彼女、名前とかも伏せてて、ドールって呼ばれてるのよね。言い得て妙よね、本当にお人形さんみたいだもの。

 うーん、インタビューとかもするんだけど、冷たかったり、お高くとまってたりしたら如何しよう……」


 いや、それはねぇって! 時々テンション高くて、ぶっ飛んでるって!


 オレは如何しようか悩む。

 お袋に、これはミカだと言うべきだろうか。


 って言うか、そもそも何でミカ、こんな事してんだ!?

 あ、もしかして、バイトってこれか!

 それに、ドール、ドール……。ドールって何処かで聞いたぞ。

 確か……そうだ! この前、薔薇屋敷ん家に行った時、あの輝石って奴が、日向に決闘とか申し込んでた時に、散々出てきた名前だ。

 ……ちょっと待て? って言う事は、日向の心に決めた奴っていうのは、ミカの事だったのか? だとすると……以前、オレがミカのバイト先探してた時に、日向に会ったあの場所……。あの場所がミカのバイト先!?


 オレは、ザワリと胸がざわつくのを感じた。


 じゃあもしかして、バイト先でプロポーズしてるのって、日向だったのか? それに、薔薇屋敷の兄貴……キセキっつったっけか? あいつはミカの事、愛人とかって言ってなかったか?


 更に、俺の中で、どす黒い何かが這い出そうとしている。


 ミカは、浮気とか、そんなんするような奴じゃない。それは分かってる。でも、何でミカはこの事隠してた?


 ――うっかりしてると、横から掻っ攫われる――


 誰かが言っていたセリフが、頭を過ぎった。

 オレは、今までの悪い考えを振り払うように頭を振る。


 いや、大丈夫だ。何か訳があんだよな。オレはミカを信じる。


 でも、とオレは車のサイドボードを漁る。そして、目当ての物を見つけた。

 以前、誰かから貰った野球帽。

 オレはそれを目深に被る。これならば、近付かなければ、ミカがオレに気付く事もないだろう。

 これで暫くは様子を見ようと思う。


 お袋を見たら、ミカは吃驚すんだろうな。そこにオレまで現れたら、ミカはパニックを起こすかもしれない。

 とにかく様子を見て、話し掛けるかどうかは、それから決めよう。話し掛けるにしても、頃合とか見てからの方がいいかもだからな。


 オレはもう一度、お袋に渡された写真を見る。そこに映るミカは、オレの知らない奴みたいで、何だか遠い存在に感じ、少し胸が痛んだ……。



 ++++++++++



「んもー、ミカちゃんってば最高! やっぱりいーわー、ミカちゃんのロリータ姿。ラブリィ♪」


 姉が私の姿を見て、ぱちぱちと手を叩く。

 今日の私の格好。

 フリルブラウスにチュールのスカート、リボンで編み上げたブーツに、頭にはヘッドドレス付きの帽子が乗っている。


 何か、いつにも増して、フリル度合いが多いのは気のせい? それに、ピンクカラーも強いような……。


 今日は、カツラではなく、地毛を巻いてたりする。

 それに帽子は、お花やらリボンも付いて、ちょっと重い。


「それで? 取材の人達はいつ来るの?」


 私は、頭を動かすとズレてしまいそうな帽子を、手で押さえながら姉に聞く。


「え? んーとね。十時頃に来てね、まず質問とかするんですって。まぁ、インタビューよね。そしてね、お昼を挟んで、写真撮影」

「あー、それで何か、お弁当作らされた訳だ……。でも、インタビューって……何答えればいいのよ?」

「あ、それなら心配ナッシング! 私が、後ろから指示出すから、その通りに答えればオッケー☆」


 そう言って姉は、ホワイトボードを私に見せたのだった。



 そして、十時になる前に、彼はやってきた。


「ああ、ドール……。今日は一段とステキだ……」

「王子様来たよぅ」


 そう、日向君だ。

 そして、日向君の後ろには杏ちゃんが……。

 姿が見えないと思ったら、日向君を出迎えていたなんて……。


「万が一、この前の輝石とかいう人が来た時の為に、一応彼氏として傍に居ないとね」

「………」


 私は無言で、日向君を見る。


 如何しよう。彼には、私の正体を言わなきゃ……。何よりも、彼の為に……。


 じっと見つめていると、日向君はポッと頬を赤らめ、私から視線を逸らせる。


「ドール……そんなに熱く見つめられたら、俺恥ずかしいって……」

「………」


 私は無言で、恥ずかしそうに、もじもじとしている日向君を見る。

 恐らく私は今、凄く冷たい目で彼を見ている事だろう。


 ……今、思わず私の正体をズバッと言いそうになりました。頃合とか、タイミングとか考えずに……。




 そして十時、雑誌の取材の人たちが到着した。

 姉が出迎えるが、私はそこで、信じられないもの……いや、人物を見てしまった。


 そ、そんなまさか……あ、あれは呉羽君のお母上!?


 そう、そこに居た人物とは、呉羽君のお母上、如月音羽さん。


 お母上が何故ここに!?


 そして、彼女は私に近付くと、にっこりと笑って右手を差し出す。


「初めまして、私、今日あなたにインタビューをする、如月音羽と言います。あまり堅くならずに、自然体で答えてね」

「………」


 私はお母上の手を握り返す。

 お母上は、ニコニコと笑って、「ヨロシクね」と言うのだが、私は驚きのあまり、何も言えない。


 あうっ、どうしましょう!? まさか、お母上がインタビュアーだったなんて!


 私はギギッと姉と杏ちゃんの方を見る。少々、泣きそうになりながら。

 二人は、そんな私の様子に首を傾げるのだった。



「えぇ!? あの人、同志君のお母さんなの!?」

「えー!? すっごい偶然! 何だか運命的でメルヘン!」


 驚く杏ちゃんと姉。因みに、日向君は壁際で大人しくしている。

 なるべく、必要以上に近づかないようにと言ってあるのだ。


 ってゆーか、姉よ。何故にメルヘン……? 何でもかんでも、メルヘンと結びつけるのは如何かと思うぞ?


「でもまぁ、あっちはミカちゃんの正体に気付いて無いんでしょ? だったら、でんと構えてればいいと思うんだけどな。

 逆におどおどしてたら、不審がられちゃうぞ?」


 杏ちゃんは言う。


「でもでも、お母上から、呉羽君に私の存在を告げられる恐れが……。呉羽君は、私の素顔を知っていますし……」

「うーん……まぁ、その時はその時?」

「んなっ!! ううっ……杏ちゃん、他人事だと思ってぇ……」

「んふふ、だって他人事だもん♪」

「ムキー!」


 涙目で私は、杏ちゃんをねめつけるのだった。



 ++++++++++



「うーん、無言で握手返されちゃった。やっぱりお高くとまってるのかしら? 如何思う、呉羽?」


 お袋がオレに尋ねてくる。


 いや、あれは単に、お袋の存在に驚いてただけだって。

 それにしても、あそこにいるのは、ミカの姉だよな……。ここって、あの人の店だったのか。何か納得。


 普通好きミカが、ロリータショップなどでバイトしている訳が分かった。

 身内の店だったからだ。


 それにしても、凄い格好だな……。

 まぁ、似合ってるけど……つーか可愛い……。


 決してロリータが好きな訳ではないが、ミカが着ていると、何だかロリータもいいなと思ってしまう。

 オレは、目深に被った帽子の影から、ミカを見つめていた。

 此方に気付く様子は無い。


 まぁ、他にも、オレと同じ背格好したのも、何人かいるからな。

 でも何で、日向までここにいるんだ? もしかして、あいつもここで働いてるとか?

 あいつは、あそこにいるミカが、いつも学校で会ってるミカだって、知ってるのか……?


 そうして、お袋のミカへのインタビューが始まった。


「えーと、初めまして。ドールちゃんでいいのかしら?」

「……はい」

「年齢とかも伏せてるの?」

「はい、でも十代ではあります」


 まずは順調に、事は進んでゆく。

 ミカは時折、お袋の後ろの方に目を向けている。

 そこにはミカの姉がおり、ホワイトボードで、指示を出しているようだった。

 そして――。



「そのインタビュー、ちょっと待つんだ!」



 いきなり現れたそいつに、お袋も他のスタッフも唖然とする。

 その時、その場に現れたそいつは、真っ白な服に身を包み、中性的な顔立ちの男。そして、その傍らには、杜若によく似た金髪碧眼のイケメン執事。

 そう、こいつは薔薇屋敷の兄貴、キセキって奴だ。


 何だ!? 何しに来たんだこいつ!?


 すると、そいつはミカの傍らに立つと、ミカの肩に手を置き言った。


「この僕を差し置いて、ドールにインタビューなんて無しだよ! だって、何たってドールは僕の愛――」


「ちょっと待った!!」


 更に引き止める奴が……日向だ。


「ムッ、出たな、大魔王め!」

「だから何なんだよ、大魔王って!」


 日向は薔薇屋敷の兄貴をねめつける。

 そして、ミカの肩に置かれたそいつの手を払い除けると、日向はミカの肩をグイッと抱いた。


 うおぃ! 何してんだ!? オレの彼女に!


 しかし、次に言った日向の言葉によって、オレは凍り付いてしまう。


「ドールには俺っていう彼氏がいるんだ! だからもう近付くな!」


 な、何だって!? 彼氏だと!? 日向、いつからお前がミカの彼氏になった!?


 オレは思わず、飛び出してオレだって彼氏だ、と名乗り出しそうになる。だがそれは、済んでの所で阻止される事となった。

 新たな乱入者が出現したのだ。


「んまぁ! 彼氏ですって!? お姉さまには、わたくしという永遠の妹ががおりますわよ!」


 ば、薔薇屋敷!? それに、お姉さまって……じゃあ、そこに居るのが、ミカだって分かってるのか!?


「輝石様……もうお止め下さい。でないと、更にその方に嫌われてしまいます」


 そして、当然杜若も一緒に現れる。


「乙女!? それに吏緒も……。お姉さま? 嫌われる? 何を言っているんだい、二人とも?」

「それにお兄様? お姉さまには、既に彼氏がおりますのよ? それも、わたくしが最初に見初めた方。とってもお似合いですのよ!」

「ハッ、それって、この男の事かい? やっぱりこの大魔王は乙女にまで毒牙に……」

「違いますわ! そこに居る日向真澄など、ただの犬の骨ですわ!」

「うわっ、ひどっ! ってゆーか、あれ? 薔薇屋敷さん? 何で……あれ? お姉さま?」


 日向がやたらと首を傾げている。

 如何やらこの様子だと、ドールがミカだという事は知らないらしい。

 オレがミカの方に目を移すと、ハッとした様に日向を見ていた。此方も此方で、日向には正体を隠していたのかもしれない。

 オレはちょっとだけホッとした。


 そうだよな。でなければ、学校での日向のオレ達への態度とか、結びつかないもんな。あんな風に笑顔で、友達だとか言える筈がないしな……。

 もし、それが全部演技だとしたら、オレは相当な人間不信になるぞ。

 でも、だとしたら……なんで日向は、ミカの彼氏とか言ってんだ?


 オレは、そんな疑問を胸に、ミカを見つめるのだった。



 ++++++++++



「このままじゃ、埒が明かない。乙女、この兄とちゃんと話そうじゃないか」

「もとより、そのつもりですわ!」


 そうして、二人は外へと向かう。

 突然現れた、この薔薇屋敷兄妹。皆が呆気にとられている。

 斯く言う私もそうなのだが、正直、この状況に困っていたので、乙女ちゃんの登場は、ある意味助かった。


 ああ、乙女ちゃん……君は私の救世主です……。


 そして、此方も……。


「兄さん、輝石様にドール様から身を引くように言って下さい。あの方には既に、心に決めた方がおられるのです。

 これ以上、ドール様に嫌われない為にも、輝石様の執事である兄さんが、主人である輝石様を止めて下さい」

「吏緒、言いたい事はそれだけか? 主人の願いを叶える事、それもまた、執事の役目……。お前には如何やら、もう一度、執事の何たるかを教え直さねばならないようだな……」

「……はい、兄さん……」


 ……何だか仰々しい雰囲気である。壮絶な兄弟喧嘩がおっ始まりそうな予感……。

 り、吏緒お兄ちゃん、ガンバッ。


 そうして、一時的にだが、この場には平穏が訪れた。

 私は、肩に置かれた日向君の手を、抓りながら退けると、目の前に居るお母上に目を向ける。


「さぁ、今の内に済ませてしまいましょう、インタビュー……」


 私がそう言うと、お母上はハッとして、此方を見る。


「そ、そうね……」


 そして、チラリと日向君の方を見ると、


「えっと……その子は彼氏?」


 等と尋ねてくる。


 いいえ! 全く違いまする! わたくし、あなたの息子とお付き合いさせてもらっておりまする!


「先程の男性の対策として、彼氏のフリをしてもらっています」

「俺はそのフリが取れる事を、切に願っています!」


 ……日向君、君は答えなくて良いのだよ……。

 それに、余計な事は言わないで! お母上に誤解されちゃう!


 そのお母上は、少々困惑気味に、


「そ、そうなの。頑張ってね……」


 日向君にそのように言っていた。


 いえ、お母上! 頑張られると困るのです! 私には、あなたの息子の呉羽君という彼氏が居るのです!


 それから私は、ある決心を持って、日向君を見た。

 そして、そっと耳打ちする。


『日向君、インタビューが終わったら、大事なお話があります』


 すると、彼は「え?」と私を見返し、少し期待したような顔をした。

 ちくりと胸が痛んだ。


 私の正体を知ったら、この顔は如何変るのだろうか?

 悲しみ? 怒り?

 どちらにしろ、日向君はきっと、今までみたいには接してはくれなくなるだろうな……。

 ごめんね、日向君。折角お友達として、仲良くなってきたのに……。


 離れてゆく日向君を見ながら、私の胸は、何かがズシッと重く圧し掛かるのを感じていた。

 


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