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第五十六話:土曜日は嵐の予感part3

「あ、おかえりー、たつきー」

「本当、毎日毎日懲りないな会長は……」


 よろよろと腹を押さえながら、生徒会室に戻ってきた竜貴に、あやめと慎次が話しかける。

 因みに徹はいない。正じぃパトロールに行っている為だ。

 そして彼らはもう、ミカの映像は見てはいない。竜貴が正々堂々といくと言ってから、カメラは取り外した。

 よって、慎次は今、パソコンでネットなどを見ている。


「うるさい。この俺の純粋な気持ちなど、お前らに分かる訳がない!」

「そんなの分かりたくもないわね……」

「そうそう、縛られたい男の純粋な気持ちなんてね……」


 あやめや慎次に言われ、竜貴は二人に向かって怒鳴りつける。


「ええい、黙れ! 特に慎次! ネットアイドルおたくのお前に言われたくない!」


 すると、パソコンから顔を上げ、ムッとした様に慎次が言った。


「それは聞き捨てならないな、会長。そんなセリフは、今、俺がお気に入りのネットアイドルを見てから言ってもらいたい!」


 そう言って、慎次はパソコンを竜貴の方に向ける。


「あら、すっごい美少女……」

「フフフ、如何です? たかがネットアイドルと侮る無かれ! そこらにいる、グラビアアイドルなんか目じゃないでしょう?

 さぁ、会長! 如何ですか、この子!」

「………」


 竜貴は無言で、その画面に見入っていた。

 そこに映るのは、ロリータを身に纏った少女の姿。

 足を揃え、背筋を伸ばし、そして、伏せ目がちに本を眺めていた。


「この子実は、ロリータショップで働いてて、ショーウィンドウの中でマネキンの代わりをしてるんだよね」

「えぇ!? マネキンの代わり!?」


 あやめが声を上げる。


「そう! そこがまた、注目を浴びる要因なんだ! そして、彼女の正体は全くの謎! ただ、彼女は“ドール”と呼ばれている」

「………」


 竜貴は今だ、画像を見つめ続けている。


(こ、これは、一ノ瀬さん……?)


 心の中で、そう呟く竜貴。

 あの倉庫の中で、妖艶に笑っていたミカを思い出していた。


(しかし、この写真だと無表情すぎてよく分からないな……)


「……他の映像は無いのか? 例えば笑っていたりとかの映像……」


(そう、出来れば妖艶に笑っていれば尚いい……)


「フフフ……会長、あなたもこのドールの虜となったようだね?

 いいでしょう! 俺の取って置きのドールの一枚をお見せしましょう! これだ!」


 慎次は興奮気味に、パソコンを操作して、その映像を見せる。


「こ、これは――っ!!」


 竜貴が驚きの声を上げるその映像。

 それは、ウサギのぬいぐるみを抱き締め、眠りに付く少女の姿。

 しどけなく眠るその顔は、うっすらと笑みさえ浮かんでいる様でもあった。


「まるで眠り姫ね」


 あやめがポツリと言うと、慎次がビシッと指を突きつける。


「そう! まさにその通り! この映像の題名はその名もズバリ、スリーピングビューティー!

 今までのドールの映像の中で、眠っているのはこの一枚のみ! かなりレアなお宝ショット! さぁ、如何だ、会長!」


 勝ち誇ったように慎次が竜貴を見るが、彼は何処かガッカリしたような顔をしていた。


「……寝てたんじゃ表情が分からない……」

「なっ――!!」


 慎次はガーンとショックを受ける。


「そ、そんな、このドールの写真を見ても、彼女に囚われない男がいるなんて……。

 ハッ、もしかしてこれが、会長の言う、一ノ瀬さんに対する、純粋な気持ちというものなのかっ!?」


 何だか、負けた気持ちになる慎次であった。




 薔薇屋敷家、輝石の部屋――。


「輝石様! 大変で御座います! ドール様に関する情報を入手いたしました!」


 自室でまったりと、お茶を飲んでいた輝石は、その知らせにすぐさま反応する。


「何だって!! それはどんな情報だい!?」

「ロリータに関するもの全てに網を張っていた所、とある出版会社が、ドール様について土曜日に取材を行うとの事です」

「っ!! 取材!? それは、とてもよいチャンスだよ、流音! その取材にあやかって僕とドールの愛人宣言をしようじゃないか!」


 そう叫ぶと窓辺に立ち、何処からか白い薔薇を取り出す。


「フフフ、ドール……。漸く君に会えるね。あの幻のように、とくと僕の胸に飛び込んでくるといいよ!」


 そして、まるでそこに想い人が居るかのように、白い薔薇を前に差し出すのだった。




「ほっほぅー」


 輝石や流音に見えぬ場所、そこにこの会話を聞いている者が……。

 それは薔薇屋敷家の住み込みサンタであり、ミカにより命名された座敷翁。この薔薇屋敷家の前頭首、輝石や乙女の祖父にあたるその人であった。

 壁の隠し通路を渡り歩き、この屋敷の中での一番の情報通である彼は、ある場所へとやってくる。


「ちょっと失礼」


 ガコンと何もない壁を開け、その老人は現れる。


「っ!! 大旦那様!? このような所でまたお会いするとは――……」


 そこに居たのは、花瓶に薔薇等を活けている杜若だった。


「ほっほぅー。いやね、輝石がまた騒動を起こしそうじゃからの。教えに来たよ」

「っ!! 輝石様がですか!?」


 杜若が目を見張る中、白い立派な髭を撫でながら翁は言う。


「ほら、この前の乙女のお友達の娘さん……」

「ハッ、ミカお嬢様が何か!?」

「そうそう、ミカちゃん。ドールとも言うのかの? 何か土曜日に、出版会社から取材を受けるらしくての。輝石は愛人宣言するとか言っとるよ。

 そんな事したら、あの子はますます嫌われてしまうからの、止めたげて」


 それだけ言うと、彼は再び壁の中へと姿を消していった。

 後には、呆然と立ち尽くす杜若が残される。

 思わず、活けていた薔薇を握り締めてしまい、棘がその手に刺さるが、そんなものは気にならない位に、杜若の中には、今しがた言われた事が埋め尽くされていた。


(ミカお嬢様が取材……輝石様が愛人宣言……)


「あら、杜若。そんな所でボーとして、如何したんですの? 杜若?」


 偶々通りかかった乙女。

 花瓶に薔薇を活けたまま、ボーと立ち尽くしている杜若を見て、声をかけたのだが、彼は反応しない。

 乙女は杜若に近付き、彼を見上げる。

 やはり、何の反応も示さない杜若に、乙女は一言。


「あ、お姉さまが――」

「ハッ、ミカお嬢様が如何なさったのですか!?」


 漸く乙女を見る杜若。

 そんな彼に、乙女は苦笑する。


「杜若はすっかり、お姉さまの執事ですのね。わたくし、主人として杜若を怒るべきなのでしょうけど、相手はお姉さまだと思うと、その気も失せますわ。だって、お姉さまですもの!」


 オホホッと髪を払いながら笑う乙女に、杜若はすまなそうに頭を下げる。


「申し訳御座いません、お嬢様……」


 そして、ハッと顔を上げ、乙女にたった今聞かされた事を告げる。


「お嬢様、大変です! ミカお嬢様が、今度、ドールとして出版会社の取材を受けるそうです! そして、その場に輝石様も行って、愛人宣言をなさるとか!」


 それを聞いて、乙女はパチパチと瞬きをした後、


「なぁんですってぇ!!?」


 と、叫ぶのであった。



 ++++++++++



「くしゅん!」


 私は、何の前触れも無く、くしゃみをした。


「お? ミカたん、誰かが噂してるぞ?」

「父、そんなものは、迷信に決まってるじゃないですか」


 フッ、この前呉羽君がそう言ってました。


「ハッ、ミカたん、いつからそんな現実主義者に!?」

「それに、あみだくじの神様も嘘じゃないですか。今までよくも騙してくれましたよね……」

「そんな、嘘じゃないもん! あみだババアっていう神様がいるんだもん!」

「何でババアなんですか!? 神様にババアって何か失礼じゃないですか!?」


 そして、私はにっこりと笑って、父に言う。


「パーパ、足出して」

「ハッ、ミカたんがオレの事をパパって呼んでる! ああ、でも足を出したらあの壮絶な痛みが……」

「パパ、足出してくれないの……?」


 私は、杏ちゃんの必殺技の、ザ・上目遣いを行使する。


「ああっ! そんな上目遣いで見られたらっ!」


 そうして父は、デレッとしながら、私に足を差し出したのだった。



「ギャフーーン!!」



 父の叫び声が、我が家にこだまする。


 だから、何でそんな面白い様にギャフンと言うんでしょうか、父は……。


 父は涙を流しながら、次々に与えられる痛みに、絶叫していた。

 ソファーの背もたれにしがみ付きながら、何度も母の名を呼んでいた。


「ああっ、コトちゃーん!」

「はーい」


 私はバッと後ろを振り返る。

 そこには、ぽやっと笑う母の姿が。


 ハァッ! いつの間に!

 全く気配を感じませんでした……。流石はオーラの消え失せた母です。


「いつ帰ってきたんですか?」

「んー、ついさっき……」


 尋ねる私に答える母。

 そして、父を見ると、ポッと頬を赤らめた。


「大和さん……なんか色っぽい……」

「はぁ!?」


 私は父を見る。涙目で息も荒く、薄っすらと汗の滲む父。

 そして父は、母に手を伸ばす。


「ああ、コトちゃん……。オレはもう駄目だ。この壮絶な痛みに、耐えられそうも無い……」


 すると母は、父のその手を掴み、


「そんなっ、大和さんしっかり……」


 おおーい、何か小芝居が始まったぞー……。


 私は構わず、マッサージを続ける。


「ギャフン! いだだだ! コトちゃん、助けて!」

「ああ、大和さん! こんな時は、ヒッヒッフーよ、大和さん!」

「ヒッヒッフー! ヒッヒッフー!」


 いや、それラマーズ法だから。出産時の呼吸法だから。


「ああ、コトちゃん! これが生みの苦しみなんだね……」


 あ、父知ってた……。


「そうよ、大和さん。新しい命を生み出す時には、誰もが通る道だわ……」


 って! 何だか本当にお芝居してるよ!?


「そっか、コトちゃんも通った道なんだね。だったらオレ、耐えられるよ。コトちゃん、君の為に……」

「大和さん……」


 グリグリグリ!


「ギャフーーン!!」

「ああっ! 大和さーん!!」


 そして――。


「う、生まれたよ、コトちゃん……」

「おめでとう、大和さん……」


 な、何が?


「新曲、痛みのディスタンス……」


 って、曲の事かよ!(つっこみ)


 そうして、ソファーの上で脱力した父。その隣では、母が父の頭をヨシヨシと撫でていた。

 すると父は顔を上げ、私に向かって言う。


「あ、そー言えばミカたん。この前の純情少年と付き合ってるんだって?」

「へ!? 何でその事を父が――あ。姉ですか!」


 ってゆーか、それしかありえません……。

 ムムッ、姉はお喋りです……。


「フッ、オレの目に狂いは無かったぜ! 絶対こうなると思ってた!」


 ビシッと親指を突き出す父。

 何故だか母も隣で、同じように指を突き出す。


「私も――……」


 つまりは母も、そう思ってたって事?

 すると、父は言った。


「あの少年は、何処かオレに似てるからな!」

「はぁ!? 何処がですか!? 一緒にしないで下さい!」


 全く、本当に失礼しちゃいます。

 しかし、更に父はこう言った。


「フッ、オレのバンドが好きなんだろ? オレと感性が似てるんだよ。それに、むっつりスケベそうだし……」

「父はむっつりスケベじゃありません。ただのスケベです。エロオヤジです」

「んまっ! 酷いや、ミカたん!」


 ぶりっ子するように言った父だったが、ふと、ふざけた雰囲気を消して頬杖をつくと、フッと笑って私を見る。


「何より、好きになったら一途そうなんだけどな。……な? あの少年、オレにそっくりじゃん?」

「ウフフ、大和さんは一途よ」


 母が父に寄り添って言う。

 こうしてみる二人は、とても幸せそうだと感じる私。

 そして想像してしまう。


 私と呉羽君もいつかこんな風に……ハッ、なに言ってるんですか私!? 気が早いです!


「お? ミカたん、顔が赤くなったぞ? さては、エロい事でも考えてたな?」

「………」

「ギャフーーン!!」

「ああっ! 大和さん、しっかり!」


 私は無言で、再び父の足ツボを押してやった。


 全く、父と一緒にしないで欲しいです! 折角見直してあげたのに……。



 ++++++++++



 そして土曜日――。

 呉羽は車の中で、母である音羽に、これから取材する人物について聞かされていた。


「それが、すっごい美少女でね。何か見た感じだと、冷たいお人形さんって感じかしら。それに、そのモデルの子なんだけど、何処の誰って言うのは、一切明かされてないらしいのよね」

「ふーん……」


 あまり、気の無いように相槌を打つ呉羽。車の窓から、外などを眺めている。

 そんな呉羽に苦笑しながら、音羽はある写真を呉羽に渡す。


「それで、これがその子の写真。あ、見る時は覚悟してね? 本当に美人さんだから、ミカちゃんって彼女がいる以上、心奪われちゃ駄目よ!」


 そう念を押され、呉羽は眉を顰めながら、


「どんだけだよ……」


 と、呟く。

 斯くして、呉羽はその写真を見てしまった。そして、ゆっくりと目を見開いてゆく。


「ミカ……?」




 こうして、土曜日は嵐へと……。

 てな感じで、【予感編】は終わりです。次回からは【嵐編】へと突入……。

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