第五十四話:土曜日は嵐の予感part1
うふうふー♪ 早く土曜日にならないかなー。楽しみー♪
だってだって、その日は、呉羽君と初デートです! エヘヘー。
ピラッと私は紙を取り出す。それは、日向くんに書いてもらった、お決まりデートコース。
・まずは、公園や駅前なんか、分かり易い場所で待ち合わせ。(目印なんかがあるといいよ)
うふふー、これは駅前ですー♪
・それから、遊園地、水族館、映画館なんかが定番だね。
エヘヘー、それは水族館です♪
・お昼は、手作りお弁当がいいと思うよ。天気が好かったら、外で食べたりとかがいいかもね。(まぁ、お弁当は一ノ瀬さんだったらバッチリだね)
勿論、あたぼうよ! バッチリ気合を入れて、作りますとも!
・その後は、遊園地か水族館だったら、そのまま楽しむか、映画館だったら、喫茶店とかに入って、おしゃべりするとかウィンドウショッピングとかが定番かも。
ふむふむ、なるほど……。
それから、細かな事などが書かれていたりして、そして……。
・最後は静かな場所に行って、二人きりでロマンチックに過ごせばいいよ。如月君だったら、ちゃんとリードしてくれる筈だから。全部任せればいいと思うよ。
……? リード? 何がでしょうか? 何を任せるんだろ?
私は首を傾げる。
そして、最後にこう書かれていた。
・まぁ、定番とは書いたけど、一番大切なのは、二人が楽しめたかどうかだからね。たとえ定番じゃなくても、気にしない事。
おお、何かいい事書いてありますね。
日向くん、すっかり見直しました。ただの、早とちり勘違い男じゃなかったんですね……。
ハッ、でもドールの時、彼は私と付き合ってるフリをしなくてはならないんですよね!?
それに、彼はドールが好き……。そしてドールは私……。
ど、どうしましょう、ちゃんと断らなくては……。
何時も、私と呉羽君を応援してくれる日向くんを思って、私は胸がチクリと痛んだ。
ううっ、正体を言うのが一番手っ取り早いけど、そうしたら、日向くんは今まで通り、私たちと接してくれるんでしょうか……?
でも、何時までも隠している訳にはいきません。
何よりそれは、彼に対して、とてもひどい事をしている訳で――……。
あうっ、どうすればっ!
そんな事を考えながら、私は我が家へと辿り着く。
玄関の扉を開け、「ただいまー」と、誰とも無しにそう言う私。
そして、リビングに入ってゆくと……。
「何でまた、杏ちゃんがここに居るんですか!?」
杏ちゃんが、リビングのソファーで水などを飲んでいる。
「あは☆ おかえりぃー、ミカちゃん♪」
杏ちゃんはご機嫌で私に挨拶する。
相変わらず、杏也さんの時の姿を思い出して、そこはかとなく寒気を感じてしまう。
そして姉もまた、ソファーに座り、やはり水などを飲んでいる。
……って、客が来てるのに、何故茶を出さない!
ああー、幾らキッチンに立てないと言っても、電気ポットはあるんだし、お茶くらい淹れられるでしょーが!
私は慌しくキッチンに立つと、茶の用意をする。
お湯を沸かし、紅茶の葉を取り出すと、昨日作っておいたチーズケーキの存在も思い出す。
ケーキを取り出し、切り分け、出来た紅茶をアイスティーになどして、二人の前に出した。
「客が来てるのに水って、ありえないんですけど……」
私が冷たい声で姉に言い放つ。
「え? えへへ? だってだってー、お茶は出せるけど、今日ってなんか暑かったしぃ、暑い中に熱いお茶っていうのも何かなって思ってー……それなら冷蔵庫に入ってたミネラルウォーターのほうがいいかなって……」
「まぁまぁ、ミカちゃん? 水が貴重な国では、水が一番のお客様への歓迎の印って言うぞ?」
「……一体、何処の国の話をしてるんですか。ここは日本ですよ……」
私が目をすわらせ、低い声で言うと、
「いやーん、ミカちゃん! このチーズケーキ、美味しいーー!! ミカちゃん天才!」
「あ、本当ー、このアイスティーも凄く美味しい。これは紅茶の葉っぱから淹れたな? 流石ミカちゃん」
私の言葉を無視して、二人はケーキを食べ始めた。
何と言うか、手がワナワナと震えてくる。
いや、怒っちゃ駄目、怒っちゃ駄目だぞ、ミカ。
何故ならば、土曜日には呉羽君とのデートが待っています。こんな二人は気に止めず、少し早いですが、その日の準備などをしましょう。
例えば、着る物とか、お弁当の内容を考えるとか……。
あ、なんか楽しくなってきたかも!
エヘヘ、何着ていきましょうか――……ハァッ!! 私今、着る物を気にしている! 小学生以来無かった、このワクワク感。お、お洒落したい……。
でもでも、私お洒落な服とか、可愛い服とか持ってないよ? 皆平凡な服ばっかり……。
はうっ、どうしよう! 買うにしても、私そんなにお金持ってないし……。
私は姉を見る。
姉はニコニコと平和顔で、ケーキにパクついていた。
私は、意を決して口を開く。頬が引きつるのを感じた。
「……お、お姉ちゃん……」
「ブフッ!」
いま吹き出したのは杏ちゃん。
姉はというと、フォークを口にしたまま固まっていたりする。
そして、ゆっくり瞬きをしたかと思うと、これまたゆっくりとフォークを口から抜き取った。
姉はバッと杏ちゃんを見ると、ゲホゴホと咽ている杏ちゃんに取り縋って、涙目で訴える。
「あ、杏ちゃん聞いた? いま、今ミカちゃんが私の事、お姉ちゃんって!!」
ああ、杏ちゃんがガクガクと揺さぶられている。
咽てる上にそれとは、かなり苦しそうですよ……。
杏ちゃんは、やっとの思いで姉を引き剥がすと、アイスティーを飲んで落ち着き、私を見た。
「ええっと、ミカちゃん? 何を企んで――基、如何いう心境の変化?」
杏ちゃんは疑わしそうに私を見る。
私は、もじもじと指を弄くりながら、ボソッと言った。
「えっと、その……姉の服、貸して下さい……。ロリータとは別の可愛くてお洒落なのを……」
私がそう言うと、姉と杏ちゃんは顔を見合わせる。
「えぇ!? ミカちゃんが、普通とは違う服を、自分から着たがるなんて!」
「店長、これはあれじゃないですかぁ!? 彼氏くん効果ですよぅ、きっと!」
「ハッ、そっか! やっぱり、女の子は恋をすると変るのね!」
「それに、可愛い服って……これはもう決まりですよぅ!」
「え? なになに?」
「もう、店長ってば、分かってるくせにぃ! デートですよぅ、で・え・と!」
二人はニマニマとして私を見る。
や、止めて、そんな目で私を見ないで! 何か嫌な予感が――……。
「あは☆ 如何します? 店長」
「それはもう、決まりでしょ」
『こっそり後につい――』
「今言ったら、こっそりじゃないでしょーがっ!!」
ビシィッ!!(つっこみ)
っていうか、ついて来るだとぅ!?
折角のデート、邪魔をされてなるものか!
「二人とも、絶対に後になんかついて来ないで下さい! そんな事したら、姉にはピーマンと椎茸ですよ! そんでもって、杏ちゃんには、強烈に痛い足ツボマッサージしますよ!」
「えぇ!? ピーマンと椎茸ぇ〜?」
「ブッ、何そのお仕置き!」
「杏ちゃんには攻撃が効かないので、この前覚えました! フフフ、これでギャフンと言わせます!」
この足ツボマッサージ、既に父で実験済み。
父は泣き喚いていた。
私は、本当にギャフンと言う人を、その時、初めて見ました……。
「あ、そうだ。ミカちゃん、もしかしてデートって、土曜日とかじゃないわよね?」
「え!? 何で姉がそれ知ってるの!?」
まだ、呉羽君と私だけしか知らない事なのに……。
すると、姉と杏ちゃんは顔を見合わせて、あちゃ〜と言う顔をした。
そして二人とも、私を哀れんだ顔で見てくる。
な、何? 何ですかその顔は!?
「えーとね、ミカちゃん。その日は、如何してもお姉ちゃんのお店に来て欲しいの……」
「そう、如何してもドールが必要なんだよねぇ……」
姉はすまなそうに、杏ちゃんは困ったように私に言ってくる。
「な、何でですか!? じゃあ、私は如何しても、呉羽君とデートしたいです……」
だってだって、初めてのデートだよ? お決まりデートコースだよ? 呉羽君と一日一緒にいられるんだよ?
私は、目にじわりと涙が浮かぶのを感じた。
「ああ、ミカちゃーん! そんな顔しないでー! お姉ちゃんだって、心苦しい! 出来る事ならデート応援したい! でもね、でもね――」
「何と、雑誌の取材がくるんだよねぇ。しかも、ドールに会いたいんだって」
「そうなのー、もうオッケー出しちゃったのー! ごめんねー、ミカちゃん!」
………チーン。
しゅ、取材? 雑誌の取材ですって!?
そんなのしたら、下手したら呉羽君にバレちゃうよ? だって、呉羽君は私の素顔を知ってるんだから……。
「バイト代弾むから、許してミカちゃん! あ、そのお金で、お洒落な服買えばいいんじゃない?」
「……それって、ロリータの雑誌……?」
「え? うん、そう。ロリータファンの間では、結構有名な雑誌なの。だから、お客様アップの為に協力して、ミカちゃん!!」
「………」
「あれ? おーい、ミカちゃん?」
私は無言で、ふらふらと自室に向かう。
そして、途中で立ち止まり、振り返って姉に言う。
「分かった、ドールやる……」
自室に入ると、私はハァーと溜息をつく。
呉羽君にこの事言ったら、ガッカリするよね……と言うか、怒んないかな?
うぅっ、呉羽君、ごめんね……。
そして、部屋着に着替えていると、扉をノックする音が聞こえてくる。
着替えも終わり、「はい」と言って、扉を開けると、そこには杏ちゃんが。
「入ってもいい?」
「え? あ、はい、どうぞ……」
私は杏ちゃんを招き入れる。
すると杏ちゃん……いや、杏也さんは、私の頭を撫でてきた。
「えと、何ですか?」
「ん? 偉い偉いってね? 何だかんだ言って、お姉さん想いって言うの?」
「そういうんじゃありません。バイト代が手に入れば、姉から服を借りる事をしなくてもいいじゃないですか。借りを作りたくないだけですよ……」
「フッ、素直じゃないねぇ」
「それに、ロリータ雑誌なので、呉羽君が見る心配もありませんし……」
そうです、呉羽君が好きなのはロックとか、派手派手なものです。
部屋にあった雑誌とかも、ロックのものとかだったし。
あうっ、それよりも!
「ん? 如何した、ミカ? 思いつめた顔してんゼ?」
「だって呉羽君に、土曜日のデートが駄目になった事、言わなくては……」
ううっ、気が重いよぅ。
すると杏也さんは、ニッと笑いながら言ってきた。
「何、同志君って、そんなに器の小さい奴だったの?」
「ムッ、呉羽君は器小さくありません!」
私が文句を言うと、杏也さんはポンと私の頭に手を置く。
「なら、大丈夫じゃないの? ミカは、デートが駄目になったからって、同志君が怒るような奴じゃないって思ってるんでしょ? なら、信じてやれば?」
私は彼の言葉に、ウルウルとしてしまう。
「あうっ、杏也さん。今日は凄くいい人ですね……」
「プッ、今日はいい人って……。でもまぁ、もし、同志君がそんな事で怒るような奴だった場合は、俺がミカとデートするかな」
「は!? 何でそうなるんですか!?」
「拒否権はないぜ? それにミカは、あいつが怒らないって思ってるんだろ? なら、何も心配する事ないんじゃないの?」
「それはそうですけど……」
ムムゥ、一体何なんでしょうか、納得できません。
折角いい人だと思ったのに、やっぱり鬼畜さんですか!?
そんな事を思っていると、目の前の彼は「ああ」と何かを思い出したようだった。そして、私を見下ろし、ニヤッと笑う。
「そういえば、口直しにしてもらった? 同志君に……」
具体的ではない一言であったが、何が言いたいのか分かった私。
ハッ、そうでした、彼には唇を……。
「杏也さん! 今直ぐ足を出してください! 足ツボマッサージをします!」
「ククッ、お仕置きで、足ツボマッサージって……」
しかし彼は、足を出す所か、顔を近づけてきて、
「そのお仕置きより、俺もキスマークのお仕置きがいいな……」
「っ!? 何の事……ハッ! 何でその事を杏也さんが知ってんですか!?」
その事というのは、以前呉羽君にしたお仕置きの事。
何故彼が知っているのだろうかと、私が目を見開かせていると、彼はフフンと笑いながら、
「さて、何故でしょう……?」
と、質問に質問で返されてしまった。
「そんなの、分かる訳ないじゃないですか!」
プクッと頬を膨らますと、杏也さんはプッと吹き出し、
「なんか美味そう……」
と呟いたかと思うと、私のその膨れた頬に顔を近づけ、そして……。
フ……ニャーー!!
舐めた! 舐めやがりましたよ、この鬼畜オカマ変態がーー!!
ムキーーッ!!
私がすかさず、杏也さんの足を掴もうとすると、彼はスルッと私から離れた。
そして、杏ちゃんの口調に戻って、こう言いやがったのであります。
「ウフフ、何だか膨れる頬っぺたがお菓子みたいで、思わず味見しちゃった☆ ごめんねぇ」
何だとぅ!? この鬼畜オカマ変態め!!
私は目の前で、甘ったるく微笑む彼をねめつけるのだった。