第五十三話:長はチェリーボーイと化す
『私の出番かしら? 天国に連れて行ってあげるわ……』
私の中で、そんな言葉が浮かんだ。
ハッ、バタフライるみ子!?
でもでも、るみ子がこの男に通用するのでしょうか?
何だか会長は、女性相手に慣れていそうです……。
するとまた、別の言葉が浮かんでくる。
『あら、どんな百戦錬磨の男も、私を前には、チェリーボーイも同然よ……』
ハッ、チェリーボーイ! チェリーボーイでありますか!?
はて、前から思ってましたが、チェリーボーイとは何じゃらホイ。さくらんぼ少年……?
以前、父に聞いてみた所、遠い目をして、『甘ずっペーなぁ……』とたそがれていた。
晃さんは、『まぁ、女性に対して、経験不足って事かな……』と呟いていた事を思い出す。
つまりは、純情少年という事でしょうか?
今、目の前には、微笑の貴公子と謳われた、あの極上の笑みを引っ込め、不敵に笑う大空会長が居る。
そんな彼を前に、私は心の中で宣言する。
わっかりました、るみ子さん! 私、蝶になります!
それに、この場面は、何処かマグロ漁船のワンシーンに酷似しております!
漁船内の倉庫に追い込まれるるみ子。
船橋を前に、るみ子はもう逃げる事はせず、逆に真正面から彼に向き合った。
そして、笑みを浮かべこう言った。
「こんな所に私を連れ込んで、一体何をするつもりなのかしら? 会長(船長)さん?」
私は、そのセリフの船長の部分を会長に変え、目の前の男に向かって言ってやる。
なるべく、妖艶さを意識して微笑む。
フフフ、妖艶さなら、母の右に出る者は無し!
思う存分、参考にさせて頂きます!
「……一ノ瀬さん?」
会長の目が驚きに見開かれる。
私は彼の前で、ゆっくりと髪を解き、軽く頭を振って髪を散らばせると、目の前の会長に顔を近づけた。
「会長さん? メガネ越しじゃ、本当の私は見えないわよ?」
そう言って、私は会長の縁無しお洒落メガネを外す。
戸惑った彼の瞳は、探るように此方を見返した。
「一ノ瀬さん、君って――」
「ねぇ、私のも外して?」
何か言おうとするのを遮って、私は彼を促す。
その言葉に操られるように、彼は私のメガネに手を掛ける。
そして、メガネ越しじゃない、私の素の瞳が、彼の前に晒されると、会長はハッと息を呑んだ。
私から目を逸らせる事無く、瞳を揺らめかせる彼の胸に、私は手を置く。
彼の心臓は、物凄い速さで脈打ってるのが分かった。
フッ、もう一押しっ!
私が彼の胸を軽く押すと、会長は容易く後ろに退いた。そして、直ぐ後ろに歩き箱の上に、腰を下ろす形となった。呆けたように私を見上げる大空会長。
おしっ、ここもマグロ漁船にありました!
るみ子は、屈服したかのように座り込む船橋に、覆い被さるようにすると、スカーフを取り出し、それで彼の目を覆った。
スカーフ……スカーフなどありませんから……そうだ、ネクタイで代用しましょう。
マグロ漁船でも、その後船橋の胸元のボタンを外すとありましたから、丁度いいです。
そして私は、大空会長の首に指を這わせると、ネクタイを掴み、するりと外した。
会長は瞳を揺らめかせ、何か期待したように私を見つめている。
そして頬は赤く、やはり呆けた顔だ。
何だか、馬鹿っぽいですよ、会長……ハッ、もしやこれがチェリーボーイって事ですか!? この馬鹿っぽい顔が?
うーん、よく分かりませんが、今は続きを……。
ええーと、確か……。
私はネクタイを手に、彼に顔を近づけると、ニッと笑って囁きかける。
「この後、如何すると思う?」
そう尋ねながら、私はネクタイで会長に目隠しをしてゆく。
ネクタイを縛ると、私は彼の前で手を振って、見えていない事を確認し、フィーと安堵して息を吐き出す。
妖艶にって、疲れるんだね。母は凄いです。これじゃ、オフの日は力も抜けるわ。
「い、一ノ瀬さん? これは一体……」
ハッ、イカンイカン、時間を置いたら駄目なんだった。
目隠しを外そうとする会長の手を、そっと掴むと、私はフーと会長の耳に息を吹きかける。
すると、面白いようにビクンと体を震わせる大空会長。
おお、ここも書いてあったとおりです。
「いい子にしてたら、天国に連れて行ってあ・げ・る」
るみ子のセリフを、会長の耳元でボソリと言った。
私は視線を横に移すと、そこにはビニールテ−プが置いてあった。
るみ子はここで、ロープを取り出して、船橋を縛るんだよな。
そう思って、そのビニールテープを引っ掴むと、会長の腕を後ろに回し、ぐるぐると縛った。
抵抗は一切しない。
ヨシヨシ、素直ですね。あ、ついでに足も縛っとこう。
そして、私はある物を探す為、彼の上着を肌蹴させると、ポケットを探った。
あ、あった。
チャリン――。
そこには鍵があった。
恐らくこの倉庫の鍵と、そしてこれは――……。
私はそれを握りこむと、大空会長に顔を近づけて言った。
「ありがとう、会長(船長)さん? 目的の物は頂いたわ」
これもるみ子のセリフ。船橋の胸ポケットから、マイクロチップを奪い取ったのだ。
すると、一拍置いて会長が声を上げる。
「え!?」
そして彼は立ち上がろうとするが、足を縛られているので、そのまま床に転がった。
うわ、痛そう……。
肩を打ったみたいで、痛そうに顔を顰めている。
私はそんな彼を置いて、倉庫の鍵を開け、出て行くのだった。
++++++++++
オレは、倉庫を後にし、ミカを探して校内を走り回る。
あの、棚上げ嘘吐き男は、杜若に任せた。たっぷりとお仕置きされている事だろう。
「ミカ、何処に居るんだよ!」
先程から携帯で呼び掛けているが、一向に出る様子はない。
オレは、焦りと苛立ちで、拳を壁に叩きつける。
と、その時、携帯に着信が。
見ると、メールが届いていた。ミカからだった。
『呉羽君のライオンボーイ』
と、その一文だけ書いてある。
それで、ミカが何を言いたいのか分かった。
オレもメールを返す。
『あれは会長が企んだ事だ。副会長がそう言ってた』
すると、直ぐに返事が届く。
『でも、抱きついてチューしてました』
だー、もうやっぱり勘違いしてやがる!
『あれは口じゃない。あごにされたんだ』
今度は暫しの間があった後、一言、、
『それでも嫌です』
と、返ってきた。
そのあからさまなヤキモチに、そんな場合ではないのだが、嬉しくなって思わず頬が緩む。
ここは素直に謝っておくべきだよな。
『ミカごめん。謝るから今居る場所、教えてくれ』
今度は、さっきよりも長い間があった。
そして返ってきたものは、
『呉羽君がもし、私の居場所を見つけられたら、無条件で許してあげますよ』
そう書いてあった。
オレはその文を確認すると、すぐに携帯をしまい、ミカを探す為に走り出す。
何故だか分からないが、オレはある場所に向かっていた。
あの場所はまだ探していない。
そこは、ミカがオレを同志と言った場所。
いわゆる、オレ達の始まりの場所だ。
そうして、やって来たのだが、屋上へ向かう階段には、人の姿は無かった。
「……違ったか……」
オレは呟き、踵を返そうとするが、ここでもう一度だけ振り返り、屋上の扉を見つめた。
いや、ここには鍵が掛かってる筈だよな……。
そう思うのだが、オレの足は自然とそこに向かう。
ドアノブに手を掛け、捻ってみると、ガチャリと音を立てた。
「っ!!」
オレは驚きと共に、ある確信を持って、その扉を開ける。
そして、そこにそいつは居た。
オレを見ると、目を見開いて、そして拗ねたように少しだけ頬を膨らませる。
「……ミカ?」
「あーあ、見つかっちゃいました。これじゃ、許すしかないじゃないですか」
しかし、そう言うミカだったが、しっかりと、此方を向いて立っていた。
という事は、ずっと扉の方を向いていたのだ。
オレの事を待ってたのか?
++++++++++
先程から、携帯が鳴り続けている。
出なくとも分かる。呉羽君だ。
私は、あの棚上げ嘘吐き男を床に転がした後、手に入れた鍵を使い、屋上にやってきた。
何で屋上の鍵って分かったのかですって?
フッ、それはちゃんと鍵に“屋上”と書いてあったからですよ。
私はフェンス越しに校舎を眺める。
すると、中庭を見下ろし、渡り廊下と別棟が見える。
そして、廊下を走っている人物が見えた。
「……呉羽君?」
ここからでも分かる。あれは呉羽君だ。
物凄く必死になって、誰かを探している。
キューと胸が苦しくなった。
誰かって、それは私しかいないです……。
だって呉羽君、ずっと携帯持ってるもん。
そして、私の携帯はずっと鳴り続けてるし……。
でも、脳裏にあの光景が浮かぶ。そして会長の言葉も……。
私はメールを打った。
呉羽君のライオンボーイめ……。
すると、直ぐに返事が届く。
『あれは違う。会長が企んだ事だ。副会長がそう言ってた』
私は、“副会長”という文字に、プクッと頬を膨らませる。
「だって、チューしてたじゃん。抱きついてたじゃん」
そう、ぶつぶつ言いながらメールを打つ。
『あれは口じゃない。あごにされたんだ』
直ぐに返事が届いた。
あ、あご? あごチュー?
何だそっか、口じゃなかったのか……。
ホッとはした。でもまだムカムカする。
場所はあごでも、チューはチュー……。
私は、呉羽君に別の女性が触れたのだという事実が、堪らなく嫌だった。
だからその気持ちをメールに送った。
すると、ちょっと間があってから返事が届く。
『ミカごめん。謝るから、今居る場所教えてくれ』
屋上と打とうとして、はたと手を止める。
果たして、素直に教えてもいいものだろうか。私はまだ、許せないでいる。
でも、会いたいと思う自分もいる。
だから、ちょっとだけ困らせようと私は、
『呉羽君がもし、私の居場所を見つけられたら、無条件で許してあげますよ』
と、打って送った。
ヒントとか聞かれるかも、と思っていたのだが、もう返事は返ってこない。
呉羽君は、ちゃんと探してくれてるんでしょうか?
だって屋上には、鍵が掛かっていて入れないと思ってるんだよね、呉羽君……。
じゃあ、来る訳ないじゃん?
それなのに私は、自然と扉の方を向いている。
まるで彼が来るって信じてるみたいに……。
そして――。
私の目の前には、呉羽君が立っている。
あのメールを打って、それ程時間も経っていないというのに。
それは、真っ直ぐにここに向かって来たという事。
流石は元同志、呉羽君です。物凄い推察力です。
何もかもお見通し、という事ですか?
困らせようとしたのに、何だか、呉羽君はズルイ……。
「ミカ……?」
「あーあ、見つかっちゃいました。これじゃ許すしかないじゃないですか」
なのに呉羽君は、こんな事を言う。
「何でお前、ここにいんだよ……?」
何ですと!?
「分かってて来たんじゃないんですか? 私はてっきり、全てお見通しなのかと……」
「んな訳無いだろ? 単なる勘だって」
勘? 勘ですって? もしかして、野性的勘?
ロンリーウルフだから? いや、今はライオンボーイだった……。
「そうですよね、呉羽君はライオンボーイですもんね。きっと、野生の勘が働いたんですね」
プクッと頬を膨らませていると、呉羽君が近づき、プニッと私の頬を摘む。
「だからあれは、あの棚上げ嘘吐き男が企んだ事だって、さっきメールでも書いたけど、キスもしてない。副会長も、会長に弱みを握られて仕方なくって言ってた」
そう聞かされても、私の心は晴れない。
大空会長の言葉があるのだ。
頬を摘みながらも、優しく見下ろしてくる呉羽君に、私はまた、胸が苦しくなってくる。
そして、他の女の子にも、こんな顔を見せたのだろうか、そう思ったら悲しくなってきた。
「……呉羽君は、今までいっぱい、女の子と付き合ってきたんですか?」
私がそう聞くと、呉羽君は私の頬から手を放す。
「それ、あの男から聞いたのか?」
私が頷いてみせると、呉羽君はハーと息を吐いた。
「確かに、何人かの女とは付き合った事はある……」
「じゃあ、女性関係にだらしがなかったんですか!?」
「はぁ!? 何だそれ、それもあの男から吹き込まれたのか!?」
怒った様に、眉を上げる呉羽君。
そして、またハーと息を吐くと、プニッと今度は鼻を摘んで来た。
「で、お前はそれを信じる訳? お前には、オレが女にだらしなく見えんのかよ?」
静かに私を見下ろす呉羽君。
何だか、少し怒っているようにも見える。
「み、見えません。だって呉羽君は、私のこと凄く大事にしてくれてるって分かるし、それに優しいし、結構真面目な所もあるし、弟君思いでもあるし……」
私がそう言うと、呉羽君はニッと笑う。
何処か嬉しそうだった。
「何だ、俺の事よく分かってるじゃん」
そして、私の鼻から手を放すと、
「今まで付き合った女ってさ、オレの外見だけ見て好きだって言ってそうな奴らでさ……それで、外と中身のギャップにガッカリして、浮気されたり、振られたりしてたんだ。
お陰で、女性不信になったっつーの」
えぇ!? 呉羽君、振られんぼだったの!?
そんなっ、こんな純情少年なのにっ!
ほらっ、今だって、こんなに顔を赤くして――。
「えーと、ミカ?」
「はい?」
「何してんの? お前……」
その言葉に、ハッと我に返ると、私は今、自分が呉羽君に、何をしているのかに気付いた。
目の前には呉羽君の顔。
私は思いっきり背伸びをして、呉羽君の頭の上に手を置いている。
そして、なでなでなで……。
ハァァッ!! いつの間にやら私、呉羽君に、いい子いい子してたぁっ!!
私は、慌てて手を放すと謝った。
「ご、御免なさい、つい……」
すると、呉羽君はムスッと拗ねたような顔になる。
「好きな女に同情されるのって、一番傷付くんだけど……」
「えぇ!? いえっ、あのっ、同情とかでは決して無くて――」
「じゃあ、何……」
「うっ……だってね、こうね、胸がキューとしてね、手がウズウズってなってね……実は前から、いい子いい子したいって思ってましたー!!」
ひゃー、何か呉羽君に告白した時より、恥ずかしー!!
実は、この気持ちの正体は知っている。
この前、何と無しに、この気持ちの事を乙女ちゃんに話してみた。
すると乙女ちゃんは、私の手をガシッと握って、
『おめでとう御座います、お姉さま!』
『はい?』
『それこそ萌えですわ! 萌えデビュー、おめでとう御座います、お姉さま!』
その時私は思った。
こ、これが萌え!? 私、呉羽君に萌えてたの!? ……呉羽萌え?
そんな事を思い出していると、目の前の呉羽君は、変てこな顔をしていました。
如何反応していいのか、分からない顔。
でも、呉羽君は赤くなって頬をぽりぽりと掻くと、ハァーと溜息をつきながら、「ほれ」と言って、頭を差し出してくる。
「へ!?」
「だから、したいんだろ? 今のうちにしとけ」
つ、つまり、いい子いい子していいって事?
あ、こんな近くに呉羽君のつむじが……。
私は、震える手で、呉羽君の頭に手を置く。
少し固めの髪の感触が手に伝わった。
うわーい。私いま、呉羽君にいい子いい子してるー……。
あうー、つむじがー、つむじー……。
「ニャーー!!」
わしわしわし!
「うおっ!? 何だよ、いきなり!?」
私は最早、呉羽君の声は聞こえず、夢中でその頭を撫で回した。
わしわしわし!
そして、勢い余って、呉羽君の頭を抱き締める。
「ニャー!」
「ミ、ミカ!? ちょっとこれは――……」
ギューー!! グリグリグリ!
力いっぱい抱き締め、その頭に頬擦りする。
呉羽萌え、萌え萌え〜♪ まん丸頭、クリクリ頭、可愛いな♪
「はうっ、呉羽君、大好きだよぅ……」
「〜〜〜っ!!」
と、いきなり私は、腰を力いっぱいギュッと抱き締められて、我に返った。
ハッとして手を放すと、呉羽君がブハッと息を吐き出し、顔を上げる。
「おまっ、オレを窒息死させる気かっ!」
ぜーゼーと息をする呉羽君。
「あう、ごめんなさい……」
や、やりすぎましたっ、反省……。
すると呉羽君が、ボソッと、
「……オレも大好きだ……」
と呟いたかと思うと、ギュ〜〜と思いっきり抱き締められる。
ギリギリギリ!
グハッ! く、苦しいっ!!
私が、目を白黒させながら呉羽君を見上げると、彼はニヤッと笑って、「お返し」と言った。
「ギャー! ギブッ、ギブです、呉羽君! 内臓出る! 口から飛び出ます!」
そして、漸く解放された私。
「あう〜、内臓が〜〜……」
お腹を押さえながら私が言うと、呉羽君は困ったように笑って謝る。
「ワリー、お詫びに今度、モンブラン食わせてやっから」
キュピーーン!
き、黄色いウネウネ……ジュルッ……。
「ブハッ、お前、涎が出てるぞ!!」
呉羽君が吹き出した。
マ、マジデスカ?
私は涎を拭う。
それから、呉羽君は私の手を掴んだ。
「もう戻ろうぜ。薔薇屋敷とか、お前は無事かとヤキモキしてっぞ、きっと」
「え? 乙女ちゃんも私の事、探してくれたんですか?」
「うーん、まーな……後、杜若とか日向とかも心配してたぞ」
「そうだったんですか……。それは、ちゃんとお礼を言わなくては」
そうして、私達は屋上を出た、そして……。
「ああーん、お姉さま! ご無事で何よりですわー!」
「本当、会長に連れてかれたって聞いた時は、どうなる事かと思ったよ」
「あの悪い虫には、この杜若がしっかりと、お仕置きをしておきました……」
皆がそれぞれに声をかけて来る。
ううっ、こんなに心配させちゃってたんだな……。
「心配をお掛けしまして、ごめんなさいです……」
私はぺこりと頭を下げた。
するとその時、
「一ノ瀬さん!」
あの、棚上げ嘘吐き男がやってきた。
「何しにきましたの? お姉さまには、指一本触れさせませんわ!」
「うわー、懲りないね、会長も……」
「まだ、お仕置きし足りませんでしたか……」
吏緒お兄ちゃんが、ポキポキッと拳を鳴らして、会長に近付いてゆく。
会長は、顔を真っ青にして、ぶんぶんと首を振った。
「違うんだ! 一言、一ノ瀬さんに謝りたくて!」
そう言うと、私の方を向き、会長は頭を下げる。
「一ノ瀬さん! 俺が悪かったよ。確かにあんな事をするのは卑怯だった! これからは、正々堂々と、真正面から君に向き合うよ!」
『はぁ!?』
皆が一斉に声を上げる中、大空会長は此方に近付くと、私を見つめ、ポッと頬を赤らめた。
「実は、あの感覚が忘れられないんだ……」
そしてネクタイを外すと、それを私に差し出し言った。
「好きです! 俺を縛って下さい!」
………チーン。
何ですとぅ!?
その時私は、グイッと呉羽君に抱き締められる。
「ミカに近付くな! この変態!」
「何!? この純粋な気持ちを、変態などという言葉で汚すな!」
「お前、ミカをあんな所に連れ込んだくせに、純粋って何だ、純粋って!」
「何を言う! 俺はただ、キスをしようとしただけだ!」
シーン………。
「それで、写真を撮って、それをネタに色々とお願いをしようと……ううっ、すまない一ノ瀬さん。俺は心を入れ替えるよ! もう二度と、そんな卑怯な真似はしないと誓う!」
皆が呆気に取られている間、私はポンと手を打ち、ある事を思い出す。
チャリンと鍵を取り出すと、会長にそれを渡す。
「あのこれ、お返しします」
「ああ、一ノ瀬さん! 俺は如月呉羽の次でも構わない! だから――」
「何言ってんだよ! ミカ、お前も気軽に近付くなっ!!」
「……でも、鍵を返さなければならなかったので、学校の物ですし……。あの、大空会長……」
私が彼に呼び掛けると、パッと顔を輝かせて、大空会長は此方を見る。
「何かな、一ノ瀬さん」
「つかぬ事をお聞きしますが、会長はチェリーボーイですか?」
私は気になっていた事を聞く。
そして、私以外の者は皆、固まっていた。
長い沈黙を経て、会長が一言。
「何故それを――あ」
バッと口を押さえる会長。
なぬ!? 会長はチェリーボーイなんですか!?
では、純情少年という事ですかな?
そして、一泊おいて、
『えぇー!?』
皆の驚きと戸惑いの声が響き渡る。
はて、如何やら皆、チェリーボーイについて知っているんですね?
私は、傍らに立つ、呉羽君を見上げる。
彼は呆然として、会長を見ていた。
「呉羽君。呉羽君もチェリーボーイですか?」
「うえぇ!?」
慌てふためく呉羽君。
だって、呉羽君は純情少年なんじゃ……。
あ、でも、晃さんは、女性に対して経験不足って言ってたよね。
呉羽君は、女の子と付き合ってた事があるって言ってたし……。
「違うんですか?」
「うっ、あっ、いやそのっ……」
「ああー、一ノ瀬さん。そういう事は聞くのは野暮だよー」
日向真澄が割り込んでくる。
彼は確か、女の子、とっかえひっかえって聞いた事があるので、確信して、
「日向君は、チェリーボーイじゃありませんね」
うん、と頷く。
「うわっ! 断定された!」
そして私は、吏緒お兄ちゃんへと視線を移す。
彼はぎくりと体を強張らせた。
「吏緒お兄ちゃんは――」
「お姉さま! そういう事は、女性から聞いては駄目ですわよ!」
「……? 乙女ちゃんは、チェリーボーイって何だか知ってるんだね? チェリーボーイって、一体何の事なの?」
男達はピシッと固まった。
乙女ちゃんは、プルプルと震えると、私に抱きついてくる。
「うわ、乙女ちゃん?」
「んもー、お姉さまは、ずっとそのままでいて下さって結構ですわ! 皆さんも、絶対にお姉さまに教えてはなりませんわよ!」
「ええ!? そんな……」
その後、幾ら呉羽君に聞いても、絶対に教えてはくれなかった。
他の人も同様。
こうして私は、チェリーボーイの意味を知らぬままに終わってしまったのだった。
だから、チェリーボーイって一体何なのーー!?
誰か、私に教えて下さい!!
呉羽に続いて、とうとうミカも変身……。あれは何に変身したのでしょうか? 適当な言葉が思い浮かばない……。




