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第五十二話:長の略奪計画

 呉羽はハァーと深い溜息を付いた。その手には、手紙が握られている。

 そこには、


『お話したい事があります。中庭で待っていてください』


 とあった。

 差出人の名前は無い。見た所、女性の字のようである。

 と言う事は、恐らく告白だ。

 ミカとは恋人同士になった呉羽。

 その事は、この学園内では結構有名な話だ。何せ、生徒会長、大空竜貴の想い人として、ミカ自身、注目されていたし、会長のライバルとして、呉羽もまた、注目を浴びる存在となっていた為である。


 ミカと呉羽が付き合う事になった事。

 それは何故だか、呉羽に対する告白が減る所か、寧ろ前より増えていた。

 実は、ミカに対する、男子の見る目も変わってはいたのだが、話し掛けようとする者、近付く者は、ことごとく呉羽と杜若の手によって阻止されていた。

 なので、そんなものがあった事事態、ミカ自身は全く知らない。


 呉羽に対する告白。

 それは全て、ミカより自分の方が可愛いとか、ミカの様な地味な女と付き合うより、自分と付き合う方がいい筈だとかいう、自意識過剰なものばかりだった。

 正直、うんざりして、無視したいところだが、それではまた、ミカが嫌がらされてしまうのではと危惧し、一々こうして、会って、断って、ミカに手を出さないように念を押すのである。


(ったく、何で中庭なんだよ。下手すりゃ、ミカに見られんじゃねーか!)


 イライラとしながら、心の中で愚痴をこぼす呉羽。

 そして漸く、その待ち人が来た。


「如月呉羽君……」


 その声に振り向き、その人物を見て呉羽は驚く。何故ならば、そこに立っていたのは、生徒会副会長、美倉あやめであったからだ。

 呉羽は、あの大空竜貴に近しい者として、あやめを少々警戒した。


「フフッ、そんなに怖い顔しないで? まぁ、気持ちは分かるけど……。でも私は、こう見えても一ノ瀬さんのファンなの」

「は!? ファン?」

「ええ、そうよ。そこで、ある忠告をしておこうと思って」

「忠告?」


 今だ警戒の解けない呉羽に、あやめは話を続けた。


「実はね、竜貴が何か企んでるみたいなの。だから気をつけて」


 呉羽は目を見開き、多少警戒を緩め、あやめの話を聞くのだった。




「呉羽君は何処かな?」


 ミカは呉羽を探す為、教室を出る。

 すると、


「一ノ瀬さん」


 呼ばれてミカは顔を顰め、そして振り向く。


「何ですか? 大空会長……」


 もういい加減、お弁当は諦めて欲しいと、ミカが思っていると、竜貴は申し訳なさそうにこう言った。


「一ノ瀬さん、実は俺、今までの事を君に謝りたくて……」

「謝る?」

「ああ、色々、騒ぎにもなったりしたろ? 君が嫌がらせを受けていたのも、俺のせいでもあるし……」


 すると、竜貴は周りを気にし始めた。


「ここではちょっと人目があるから、別の所でいいかな? 俺、一応生徒会長だしね。また何か噂になったりしたら大変だ」


 そう言って、困ったように笑う竜貴。


「はぁ……」


 パチパチと瞬きをしながらも、ミカは彼に頷くのだった。




「で、会長が何企んでるって?」


 呉羽が尋ねる。

 あやめはチラッと二回にある渡り廊下を見上げた。

 そろそろ来る頃だろう。

 そして――。


「ごめんね、如月君」


 いきなり謝られ、何の事やら分からない呉羽。

 しかし、次の瞬間、あやめは呉羽に寄り添い、そして首に手を回した。


「な、何を――」


 呉羽が目を見開く中、あやめは彼に顔を近づけていった。




 信じられない思いで、その光景を見るミカ。

 竜貴について、渡り廊下を歩いていると、中庭が見え、そこには先程探していた呉羽の姿があった。

 そして何故か。副会長であるあやめの姿もある。

 何しているのだろうと眺めていると、あやめが呉羽に抱きつき、首に手を回して、そして――。


「一ノ瀬さん」


 声を掛けられ、放心状態のミカは、呆然と竜貴を見やる。

 彼は辛そうにミカを見ていた。


「大丈夫かい? 顔が真っ青だ……。きっと、何かの間違いだよ。理由か何かあるに違いない。そうだ、今から問いただしてみようか? 俺も一緒に行ってあげるよ」


 優しい声でそう言って、ミカの手を取り、引っ張ってゆこうとする。

 しかし、ミカは動かず、ぶんぶんと首を振った。

 すると、竜貴はチラリと中庭を見て、


「あ、彼、此方に気が付いたみたいだよ」


 バッと顔を上げるミカ。

 中庭の方を見ると、目を見開く呉羽と目が合った。

 しかし、あやめが首にしがみ付いたままである。慌てて呉羽が、あやめの手を外そうとしているのが見える。


「あ、このままじゃ彼、こっちに来るね」


 その言葉にビクッとして、竜貴を見るミカ。


「やっぱりここは、彼に問いただして――」

「嫌です!」


 ミカは、竜貴の袖を掴んで引き止めていた。

 竜貴は、そんなミカを見て、ハーと息を吐くと、


「しょうがないな、暫くは彼から身を隠そうか」


 そう言って、ミカの肩を抱き、歩き出す。

 その時、竜貴は中庭の方を見やり、ニヤリと笑ったのだが、ミカにはそれは見えなかった。




「な、何を――」


 あやめに抱きつかれ、呉羽が目を白黒させる中、彼女の顔が近付いてくる。

 そして、プチュッとアゴに柔らかい感触が……。

 あやめは唇を離すと、申し訳無さそうな顔で言ってくる。


「ごめんね、如月君。私、竜貴に弱み握られちゃってて。

 あ、一ノ瀬さんのファンは本当よ。貴方との仲も応援してるわ」

「じゃあ、何でこんな事……」


 呉羽が顔を顰めていると、あやめが視線を移す。つられて。呉羽もその視線を追った。

 二階の渡り廊下。

 そこには、竜貴と共にいる、ミカの姿があった。

 そして呉羽は、ミカと目が合う。酷く悲しげに此方を見ていた。

 ハッとして、呉羽はあやめの手を振り解こうとする。しかし、がっちりと掴まれており、中々引き剥がせない。


「ちょっ、放せよ!」

「本当にごめんねっ! でも、あの事は如何しても両親に知られる訳にはいかないのー!!」

「んな事知るかっ!」


 呉羽はもう一度、ミカの方を見ると、竜貴に肩を抱かれ、移動する所であり、竜貴は此方をチラッと見たかと思うと、勝ち誇ったようにニヤリと笑った。


「っ!! あのヤロー!」


 カッと頭に血がのぼる。


「いいから、放せって!!」


 いい加減、我慢の限界が近付き、一瞬、暴力に訴えようかと思ってしまった時、あやめは実にアッサリと呉羽を開放した。

 すぐさま追いかけようと、駆け出すが、あやめに引き止められてしまう。

 イラッとして彼女を睨むと、あやめは肩を竦め、


「本っ当にごめんなさいね。お詫びに、竜貴が一ノ瀬さん連れ込みそうな場所、教えるからっ!」


 ハッとしてあやめを見る呉羽。


「闇雲に探し回るよりは、いいと思わない?」



 ++++++++++



 私はずっと考えていた。


 呉羽君は何であんな所に居たのだろう?

 何故、美倉あやめと?

 何で、あんな事――……。


 先程の光景を思い出してしまい、ギュッと目を瞑ると、


「可哀想に、一ノ瀬さん。実は如月君はね、今までも何人かの女性と付き合ってた事があったらしいんだけど、皆長続きしなかったそうなんだ。何故だろうと思っていたけど、こういう事だったんだね」


 私が大空会長を見上げると、彼は言った。


「女性と別れる理由なんて、決まってるだろ? きっと、女性関係にだらしなかったんだよ、彼は……」


 その言葉に、私は俯く。


「……やっぱり、呉羽君はライオンボーイだったんですか……?」

「は? ライオン? 何を言っているんだ?」


 すると、大空会長はいきなり真剣な顔になったかと思うと、私に迫ってきた。


 ハッ、な、何!?


 そして、またもや私は壁に追い詰められ、そこで漸く、ここが何処かの倉庫であると気付いた。

 体育祭やら、文化祭やらの行事で使った備品などが置かれている。


 あ、あれ? いつの間に?


 如何やら、私がショックを受けている間に連れてこられたらしい。


「一ノ瀬さん、俺は君の事が好きだ」


 私は、「はい?」と目を見開かせていると、彼は更に言った。


「君の辛そうな姿は見ていたくない。俺なら君にそんな思いはさせない」


 そして、彼は私を抱き締める。


「如月呉羽は止めて、俺と付き合って欲しい……」


 ………チーン。


 な、何ですと!?

 え? ちょっと待って?


 私は、大空会長に抱き締められ、身動きが取れずにいた。

 何もかもがいきなり過ぎて、思考が上手く働かない為だ。


 えーと、ちょっと整理させて?

 えっと、私、呉羽君を探していました。

 会長に話しかけられました。

 そして、中庭に呉羽君と美倉あやめが居て、彼女が呉羽君に抱きついて、そして――……。


「一ノ瀬さん?」


 何の反応もしない私を訝しんだのか、彼は私を覗き込むと、


「ブッ、い、一ノ瀬さん!?」


 会長は吹き出した。

 私はその時、思い切り頬を膨らまし、ムスッとした顔をしていたのだ。


 だって、だって――……。

 私、呉羽君とまだチューしてないのにっ!!

 ムムゥ……何だか、物凄くムカムカしてきたっ!


 そうしたら、居ても立てもいられなくなった私。

 今直ぐ呉羽君に会って、直接文句を言いたくなってきた。

 先程までの悲しい気持ちが嘘の様に、今の私の心は怒りが支配している。

 私は会長を睨み付けると、


「放して下さい」


 ポツリと言った。

 会長が聞き返す。


「え?」

「いーから、放して下さい。私、やっぱり呉羽君に会ってきます」


 そして私は、会長の腕を振り解こうとするのだが、彼は一向に放す気配はない。

 逆に、逃げられないように、更に力を強めてくる。


「会わせる訳が無いだろ?」

「え?」


 今度は私が、聞き返す番だった

 彼からは、今までの優しい感じが消え去る。


「一ノ瀬ミカ、君が俺を選ばないというのなら、こっちは最後の手段を選ばせてもらうよ?」


 ニヤリと笑う大空会長。

 ギラッと彼の目が、獲物を狙うがの如く輝いた。

 そこで漸く私は思い出す。


 ハッ、そうだった! この男は棚上げ嘘吐き男だったーー!!

 ヤバイ、ヤバイよ! 物凄く身の危険を感じるよぅ! 誰か助けて、ヘルプミー!

 呉羽君! 呉羽くーん!


 私が心の中で呉羽君の名を呼んだ時、私の中である言葉が浮かんできた。


『私の出番かしら? 天国に連れて行ってあげるわ……』



 ++++++++++



「くそっ! 何処に居るんだよ!」

「本っ当に御免なさいね、役に立たなくて……」


 あやめが恐縮して謝る。

 竜貴が行きそうな所をとりあえず探してみたのだが、その何処にも竜貴とミカの姿は無かった。


「あれ? 如月君? 如何したの、こんな所で?」


 その時、プリントの束を持った真澄が、階段から下りてきた。


「日向! ミカを見なかったか?」

「え? 一ノ瀬さん? 見てないけど……」

「竜貴……生徒会長も一緒の筈なんだけど、知らないかしら?」

「あれ? 副会長さん? ええ! 一ノ瀬さん、大空会長と一緒なの!?」


 真澄が焦ったように声を上ずらせる。

 そして彼は、ハッと何かを思い出した。


「そういえば、結構前になるけど、職員室で会長を見たよ! 何か先生から鍵もらってた」

「っ!! それは何処の鍵だ?」


 呉羽が真澄に詰め寄る。

 真澄は思い出そうと「ううーん」と目を瞑っている。そして「あっ!」と声を上げると言った。


「何処かは知らないけど、何か文化祭で使った備品が必要だからって言ってたよーな……」


 するとあやめがポンと手を打ち、呉羽を見る。


「そうだ! あそこがあったんだわ! 滅多に使わないから、存在をすっかり忘れてたわ。恐らく別棟の第三倉庫じゃないかしら?」


 呉羽はそれを聞くと、何も言わず、すぐさま別棟に向かい駆け出した。あやめもまた、その後を追う。


「ああ! 俺も――って、このプリント置いたら、直ぐに向かうよー! ついでに、杜若さんとかも呼んでくる!」


 真澄は慌てて、プリントを置きに走るのだった。




 そして、別棟第三倉庫。

 肩で息をしながら、呉羽はそこに辿り着いた。

 しかし――。


「あははははー、竜貴、あんたその格好――っ!!」


 あやめは中を見て、腹を抱えて笑う。

 そこには、ネクタイで目隠しをされ、手は後ろ手に縛られ、上着も半脱ぎ状態で床に転がる竜貴の姿だった。よく見ると、足も縛られている。


「その声!? あやめか!? 何でもいいから、これを外してくれ――」


 パシャ!


「何だ、今の音は!? まさか、撮ったのか!?」

「うふふ、これでおあいこね、竜貴」


 あやめは携帯を竜貴に向け、別の角度からもパシャッと撮る。


「えっと――、“見事撃沈”慎次と徹に送信っと」

「んなっ!! 止めろ、送るな! ってゆーか、早くこれを外してくれ!」


 その時、竜貴はグイッと胸倉を掴まれる。


「ミカは何処だ!」


 呉羽が怒鳴る。

 今にも殴りかかりそうな勢いだった。

 実際の所、彼がこんな状態でなければ、呉羽は間違いなく、竜貴を殴っていた事だろう。


「そ、その声は如月呉羽か!? み、見るな! それに、一ノ瀬さんは知らない。鍵を奪ったら、俺を放置して行ってしまった」


 実に悔しそうに、竜貴は呟いた。そして、その頬は真っ赤に染まっていた。


「まさか、あんなに美少女だったなんて……。しかも、物凄い経験豊富そうだったぞ!? 騙されたのは此方の方だ」

「……美少女? 経験豊富? ……ハッ、もしかしてまた、るみ子になったのか、あいつ……」


 竜貴の言葉に、眉を顰める呉羽。


「ねぇ、一ノ瀬さんは無事――って、何これ!? 何で会長が縛られてんの!? 如月君がやったの!?」

「お姉さまの一大事ですってー!? それで、お姉さまは何処に!?」

「ミカお嬢様に危害を加える者とは何処ですか!?」


 真澄が慌てて駆け込んできて、続けざまに乙女と杜若も駆けつけた。

 だが、倉庫の中にも、この周辺にも、ミカの姿は一切見当たらなかったのである。



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