第五十一話:バカップル誕生!?
「乙女ちゃん、お昼休みになっても、とうとう戻ってきませんでしたね……」
ミカは、乙女の席を見ながら呟いていた。
杜若も乙女を探しに行ったのか、教室にはいない。
「まぁ、薔薇屋敷さん、一ノ瀬さんラブだったもんね」
「あの執着心は異常だろ。あいつストーカーだし……」
そんな事を言いながらも、呉羽は乙女を気にしているようだった。
「あ、呉羽君、お弁当です。どうぞ」
ミカはカバンの中から、呉羽の弁当を取り出すと、彼に渡す。
「ん? ああ、サンキュ。でも、手怪我してんだから、無理しなくてもよかったんだぞ?」
「そんな、無理なんてしてませんよ。だって、お弁当作るの、今日凄く楽しかったんです。
エヘヘ、好きな人思い浮かべながら作るのって、こんなに楽しいなんて知りませんでした」
頬を紅潮させながら、ミカがそう言うと、呉羽は朝同様、バッと向こうを向いてしまう。
(だから、こいつはっ! 言う事が一々、可愛すぎるっつーの!)
「……なんてゆーか……ごちそうさま? もうすっかり、相思相愛って感じだね……」
苦笑いしながら真澄が呟いた。
そうして彼らは、お弁当を広げる。
呉羽がいつもの様に、弁当を口に運んでいると、ミカがじーと見ている事に気付いた。
「……? どうした?」
「いえ、どうですか? 味、変じゃないですか? 幾ら作るのが楽しかったって言っても、指怪我しちゃってますから、味付けとか雑になっちゃって無いかなって……」
「いや、大丈夫。すげー美味いよ」
「そうですか? よかったぁー」
ホッと胸を撫で下ろすミカ。
自分のお弁当を食べようと、箸を持つと、
「いたっ」
カシャンと、その箸を取り落としてしまう。
「おい、大丈夫か?」
呉羽が心配そうにミカを見る。
「あはは、大丈夫ですよ」
ミカはニッコリと笑って、また箸を持った。やはり、ちょっと持ち辛そうにしている。
真澄はそれを見て、何事か考えた後、ポンと手を撃って、そしてニヤニヤと笑うと言った。
「それなら、如月君に食べさせてもらえば? 恋人同士なんだし、それくらい普通じゃないの?」
その言葉にピクッと反応するミカ。
「普通……?」
「な、何言ってんだよ、日向! こんな人の目のある所で、そんなこっぱずかしい事――」
「呉羽君、食べさせて下さい!」
「はぁ!? ミ、ミカ?」
「はい、お箸。だって、普通ですよね! 恋人同士の普通……。思えば、恋人同士の普通って、どんなものか知りませんでした!
あ、日向君。後で恋人同士の普通とか、定番とか教えて下さい。参考にします!」
「え!? いや、ミカ?」
「あはは、分かった。それなら任せておいて。お決まりのデートコースとかも教えてあげるよ」
「本当ですか!? お決まり! お決まりもまた、いい言葉です……」
うっとりと目を瞑るミカ。
そしてミカは、自分のお弁当を呉羽に差し出すと、
「はい、呉羽君。あ、最初は私、タコさんウィンナーがいいです」
期待した目で見てくるミカに、呉羽はやがて諦めた様に溜息をつくと、箸を手に取り、彼女の言うとおり。タコさんウィンナーをつまんだ。
「ほれ」
そう言って、彼女の前に持っていったのだが、ミカはプクッと頬を膨らませた。
「あー、呉羽君、駄目ですよー。ちゃんと“あーん”て言わないと! これは、人に食べさせる時の常識です!」
呉羽は目元を押さえ、ピクピクと頬を引きつらせながら、ハーと深く息を吐く。
そして、意を決したように、
「ミカ、あーん!」
もう、殆どやけくそであった。
それでもミカは、嬉しそうにニッコリと笑うと、「あーん」と口を開け、タコさんウィンナーを口に頬張る。
「………」
呉羽が無言で見つめる中、ミカはもぐもぐと口を動かし、見つめてくる彼を見つめ返す。
やがて、ミカは頬を染めて俯いた。
「あう……。呉羽君、あんまり見ないで下さい……恥ずかしいです」
「だって、食い終わったか、確認しなきゃなんないだろーが」
「そ、そうですけど……」
「で、次どれ?」
「おかずを食べたら、ご飯が定番です」
呉羽は言われたとおり、ご飯をすくう。
彼は内心、にやけてしまいそうだったが、それを必死で抑えていた。
正直、この食べさせるという行為は、楽しいと感じた呉羽。まるで、雛に餌を与える親鳥の心境とでも言うのだろうか。
それに、なんと言えばよいのだろう。この箸越しに伝わる唇や舌の感触に、呉羽は思わずドギマギとしてしまう。
(ヤバイ、何だか、病み付きになりそうだ……)
「ほら。ミカ、あーん」
「あ、あーん……ハムッ」
「次は?」
「ムムッ!? ……ングッ……そんなに早く飲み込めませんよぅ……」
ゲホッと咳き込みながら、ミカは傍らに置いてあったペットボトルのジュースを口に含む。
しかし呉羽は、ちょっとすまなそうな顔をしただけで、箸をミカの弁当に向ける。
「ああ、悪い……で? 次は?」
「ミ、ミートボール?」
「ふーん……ほら、あーん……」
(うわー、如何しようこの状況……)
真澄は、この二人の様子を見ながら、自分の言った事に後悔していた。
(いや、さ、最初に食べさせてもらえばって言ったのは俺だよ? 俺だけど……)
呉羽は物凄く優しげにミカを見つめ、そしてミカはそんな呉羽を恥ずかしそうに見ながら、素直に口を開けている。
(何つーの? 見てらんない? 見てるこっちが恥ずかしい? ああー、これって、二人だけの世界って感じだよね。俺ってもしかしなくても忘れられてるっぽい……ってゆーか邪魔?)
とうとう目を向けていられなくなった真澄。僅かに頬を染めながら、黙々と自分のお昼である菓子パンを口に運ぶ。
そして、このクラスの生徒達もまた、真澄と同じ心境であった。
一様に頬を赤らめ、居た堪れない様な気持ちになっており、そして皆、同じ事を思っていた。
(この、バカップルがっ!!)
++++++++++
はうっ、恥ずかしい……。
何か、食べさせてもらう事って、こんなに恥ずかしい事だったでしょうか?
でもだって、私、呉羽君に「あーん」て食べさせてあげた事あったよ? 呉羽君にじゃないけど、食べさせてもらった事もあるし……。
呉羽君だから?
私は、目の前の呉羽君を見る。
物凄く優しい目で此方を見ていた。
何だか、楽しそうに見えるのは気のせい?
もしかして呉羽君って、世話好きなのかな? 昇降口の時だって、靴とか取ってくれたし……。
「ほら、あーん」
「あーん……」
今度はブロッコリーを入れられる。
あうっ、これも気のせいかな?
口に入れられる時、お箸の先で、舌や唇を撫でられるような気がします。
それに、何気に俺様になって無いでしょうか? 何かちょっと強引ですよ?
でもな、怪しい光とか無いしな……すんごく優しい目だしな……。
もぐもぐと口を動かしながらそんな事を考えていると、呉羽君はクスリと笑って、私の口の端を指で拭った。
「マヨネーズ付いた」
そんな事を言って、私の目の前で、その指をぺろりと舐めてしまった。
顔がボボンと熱くなる。
にゃ〜〜〜!! にゃにするの!? 呉羽君!!
「な、舐めちゃだめですよぅ!」
真っ赤になって私が抗議すると、呉羽君は「ん?」と私を見る。そして、「あ……」と呟き、口元を押さえ、彼もまた真っ赤になった。
「わ、わりー、つい……」
キューーン……。
ハッ、またです。また胸が苦しくなりました。これって一体、何なのでしょうか!?
朝にも感じたこの感覚。それに、何故でしょう、手がうずうずします。
呉羽君を、いい子いい子したい……。
ハッ!! なに言ってんですか、私!? わ、訳分かりません!
そこで私は、はたと気が付いた。
教室内が、シーンと静まり返っている。いつもは煩い位に騒がしいというのに……。
私は視線を横に移動させると、まず日向真澄が見えた。彼は黙々とパンを食べている。何故だか頬が赤い。
他の生徒達も同様、みな頬を染めながら、一心不乱に自分のお弁当を食べている。そして、時折チラチラと、此方を見ている事に気付いた。
………チーン。
ハァァッ!! 見られてた!? もしかして、全部見られてたの!?
私は手を伸ばし、クイクイと呉羽君の袖を引っ張る。
「ん? 何だ?」
「………」
私は無言で呉羽君を見る。
彼は不思議そうに私を見やった。
私は、クラスメイト達に目を移す。
呉羽君もまた、つられて其方を向いた。
「あ……」
呉羽君も気付いたようだった。
私達は顔を見合わせ、お互い顔を真っ赤にさせ、俯いてしまう。
「いや、うん、あのね? 最初に言い出したのは俺だから、何も文句言えないんだけど、一言だけ言っていい?」
「何だ?」
「何でしょう?」
私達はある覚悟を持って、日向君に目を向ける。
「君達、今日付き合いだしたとは思えないくらい、バカップルだよ……」
ガーーン……。
ショックを受ける私達。
「まぁ、今までだって、その片鱗は見せてた事もあったけどさ……。でも、俺、何てゆーか、物凄く居た堪れないってゆーの? だから、今の内言っといてくれる?
俺、邪魔? 邪魔なら他行って、昼飯食べるからさ」
私と呉羽君は、ハシッと日向君を掴む。
「駄目です! 日向君、ここに居て下さい!」
「そうだぞ、日向! 行くな!」
私達は半ば必死になって、彼を引き止めた。
だって、こっちだって居た堪れない。この気恥ずかしい気持ちを何処にぶつければいいのか……。
ああ、そうだ、乙女ちゃん……。乙女ちゃんがここに居てくれればいいのに……。
++++++++++
保健室――。
「あら、そうだったの。失恋相手って、この前の子だったのね」
「そうですわ。お姉さまはわたくしの永遠のお姉さまでしたのよ。それなのに、呉羽様と、つ、つ、付き合うなどとっ! わたくし、ショックですわ!」
乙女はまた、ぐすんと鼻を啜る。
その傍らには執事の杜若がおり、空かさずハンカチを差し出した。
部屋の中には、立派なテーブルと、ゴージャスな椅子、それに豪華なお弁当が並べられている。例の如く、黒子達によって運び込まれたものだった。
そして、保険医和子先生も、そのテーブルについて、乙女の話を聞いていた。
「でも、お姉さま、凄く嬉しそうでしたわ。それはもう、私が何も言えないくらい、とてもとてもお似合いですわーー!!」
わーんとテーブルにつっぷする乙女。和子先生は、手を伸ばして彼女の頭を撫でてやる。
「あら、偉いわ、薔薇屋敷さん。普通、恨み言の一つや二つ言うものなのに、逆にお似合いだなんて。人間が出来ているのね」
和子先生がそう言うと、乙女はピクリと反応した。
「わたくし偉い?」
「ええ、とっても」
「人間が出来ていますの?」
「ええ、それはもう」
すると乙女は、顔を上げ、ファサッと髪を払うと、オホホと笑う。
「それは当然でしてよ! 何たってわたくし、薔薇屋敷乙女、薔薇屋敷乙女ですもの!」
「うふふ、褒めると浮上するタイプなのね」
「そうと決まれば、お姉さまに祝辞の言葉を言ってまいりますわ! その、私の人間の出来ている所を見れば、お姉さまもきっと……」
フフフと不敵に笑う乙女。
「アラー?」と首を傾ける和子先生。
如何やら、乙女はまだ、諦めていないようだった。
「まぁ、行くのは構わないけど、この素敵な食べ物たちは如何するのかしら?」
和子先生は、少々物欲しそうに、テーブルの上に並ぶ、豪華ランチを眺める。
「ホホホ、どうぞお食べになって! 今日は、とってもお世話になりましたもの。後日、改めて、お礼も致しますわ!」
「あら、そう? 悪いわね」
「それで、お礼の方は、ハチミツでよろしくって?」
「はい?」
ハチミツという言葉に、首を傾げてしまう和子先生。
彼女を見た者は、やはり一様に同じものをイメージしてしまう様である。
生徒会室――。
「何なんだ! このバカップルぶりはっ!!」
竜貴が叫んだ。
パソコンに映る映像を見ながら、イライラと膝を揺すっている。
「まぁ、それは確かに……」
「そうねぇ、でも、この結末は分かり切ってた事じゃない?」
会計の小田原慎次や、副会長の美倉あやめも、パソコンを見ながら苦笑いしていた。
書記の永井徹も、お昼を口にしながら、あやめの言葉にコクコクと頷いている。
「こんな事、分かりきってたまるかーー!! こうなったら、奥の手を使うしかないようだな……」
フフフと、竜貴は不敵に笑った。
他の者達は顔を見合わせる。
「うわー、会長ってば、まだ諦めて無いんだ。たくましー」
「まぁ、そこが竜貴の竜貴たる由縁よね」
「……撃沈……」
ボソッと呟く徹の言葉に、ププーと吹き出す、慎次とあやめ。幸いな事に、竜貴には聞こえなかったようだ。
「この手はあまり使いたくは無かったが、一ノ瀬さん、君が悪いんだよ、俺を選ばないから……」
「はぁ、全く、どんな略奪計画なのかしら」
すると、竜貴が心外だと言う様にあやめを見る。
「略奪だって? 人聞きの悪い事を言わないでくれ! 俺はただ、如月呉羽の本性を、一ノ瀬さんに見てもらうだけだ!」
「うーん……本性ねぇ……」
「あやめ、それにはお前の助けが必要だ!」
「はぁ!? 私!?」
「協力しなければ、あやめの両親に、あの事バラす……」
「えぇ!? あの事!?」
「ああ、あの事……おじさん、おばさん、知ったら悲しむだろうなぁ……。まさか、あんな事をしているなんて……」
「ハッ、まさか、あの事……」
思い当たる事があり、あやめは顔を青くする。
「フフフ……、さぁこれで、一ノ瀬さんは俺を選ぶ筈だ……」
メガネをクイッと上げ、パソコンに映る、ミカの姿を眺める竜貴であった。